教育改革のいま、「子どもの主体性をいかに育むか」【前編】非認知能力にみる主体性[2/3]
子どもの深い学びを妨げる要因とは?
邵
初等中等教育段階では、全体的に、宿題の増加などに伴って学習時間が伸び、学力も向上しています(
TIMSS2015・PISA2015や全国学力・学習状況調査の結果)。一方で、そうした量的な拡大が、必ずしも深い学びにつながっていない面が見られます。多くの学校がアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)を取り入れつつありますが、それがまだ形式的なものにとどまり、主体的、対話的な学びを通して、アクティブ・ラーニングの狙いである思考力の育成まで至っていないことが少なくないようです(図2)。
図2 アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)型授業の実施状況
(小・中・高校生)
Q あなたは授業の中で、次のような学習をどのくらい行っていますか。
注1:「よくする」+「時々する」の%。
注2:「小学生」は小5生、「中学生」は中2生、「高校生」は高2生である。
出典:ベネッセ教育総合研究所「第5回学習基本調査」(2015年実施)
学校にいる時間や放課後の勉強時間が長くなったことで子どもが忙しくなりました。それによって、子どもが自分で放課後の過ごし方を考えたり、多様な体験や経験をしたりするといった自由に使える時間が減少しています。それは子どもが自ら考え、自ら学ぶ力を弱め、また学びが深まらない要因の1つになっているとみることができるでしょう。
また、保護者との会話の内容を見ると、小中学生は勉強や成績などについてはよく話していますが、将来についてはそれほど話しておらず、また、高校生になっても、社会の出来事などについて話すことがそれほど増えてはいない様子がうかがえます。子どもは、学ぶ目的や将来の目標などについて考える余裕が持てなくなっているようです。
小泉 初等中等教育は6年・3年・3年と長期にわたりますが、学齢による課題の変化はありますか。
邵
学校段階にあがるにつれ、「希望する高校や大学に入りたいから」といった外発的動機づけで学ぶことが増えている一方、「学ぶことが好きだから、面白いから」といった内発的動機づけで学ぶといった回答が減っています。もちろん志望校に入るという理由を内在化し、学びに向かう動機づけとなることは中高生の発達を考えると、それも重要なことです。ただし、学ぶことの楽しさや面白さを感じてこそ、学校を卒業した後にも、自ら学び続けるのではないでしょうか。
小泉 「好きだから学ぶ」という子どもは、なぜ中学生になると減っているのでしょうか。
邵
1つには、教科が増え、学習内容がより難しくなる中で、定期テストを受けていることがあります。テストで自分のクラスでの成績の位置づけが明確になることもあって、勉強に対する自信、自己肯定感が低下しがちになります。また、子どもの発達という観点からは、思春期を迎えて体と心が大きく成長するとともに、さまざまな不安を抱え、多感になる時期でもあります。さまざまな要因が複合していると考えられます。
木村
高等教育段階でも、アクティブ・ラーニングを取り入れた授業が増え、そうした学びに積極的に参加していると回答する学生の割合が高まっています。また、授業に毎回欠かさず出席し、課題にしっかり取り組むという学生も増えています。ただし、学生が主体的にそうしているかどうかは、慎重に見なければいけないと感じます。近年は、就職試験で大学の成績を重視する企業の増加が増えています。そのことで、学生が真面目さを演出せざるをえない面があります。また、大学生活や学修について、自分で考えるよりも大学や教員に指導してほしいという依存的な意識も強まっています。
小泉 大学が、いわば高校化しているということですね。
木村
はい。学生が「生徒化」していると言う大学教員もいます。学生の側からすると、大学から授業料に見合ったサービスをしてほしいという、消費者的な感覚が強まっているのかもしれません(図3)。
図3 大学での学びに対する意識
Q大学教育について、あなたは次にあげるA、Bのどちらの考え方に近いですか。
注1:対象は大学1~4年生
出典:ベネッセ教育総合研究所「第3回大学生の学習・生活実態調査」(2016年実施)
また、小さな頃から大人の配慮を十分に受け、手間をかけて育てられています。自分に合った学びを提供してほしいという意識も、強まっていると思います。大学が提供するアクティブな学びに適応しているように見える反面で、自分で考えるのではなく他者が与えてくれることを期待するという奇妙な状況です。そうした状況は、子どもたちが育ってきた環境全体の問題であり、大学だけを変える、高校だけを変えるといった単純な方法では解決できません。主体性の育成は、やはり乳幼児期からの一貫した取り組みが必要なのだと思います。自律的な学びを妨げる外在的な要因を認識しておかないと、方法だけ形式的に変えても深い学びは実現できません。
小泉 では、後編では自律的な学びに影響を与える外在的要因を見据えつつ、子どもたちが主体的に学ぶためには、どのような環境が考えられるのか議論していきます。
邵 勤風
ベネッセ教育総合研究所
初等中等教育研究室長/主任研究員
しょう きんふう ●教育領域を中心に、子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究に多数携わる。これまで担当した主な調査は、「学習基本調査・国際6都市調査」(2006~2007年)、「第3回子育て生活基本調査」(2007~2008年)、「小中学生の学びに関する実態調査」(2014年)など。文部科学省「平成30年以降の子供の学習費調査に関する研究会」メンバー(2017年)。近年、学校段階間の接続といったテーマに関心をもち、子どもの発達を踏まえ、学びの連続性を保障するために、周囲(親や教師など)の適切な支援のあり方を考察している。