2021/03/12

主体的な学びを促す問いづくり③(中学校社会編)

 第3回は、中学1年生・社会の地理的分野「オセアニア州」を題材に、学ぶ意欲を引き出すための問いについて、高校教員13名、小・中学校の教員4名が議論した。
 ※本勉強会は、2019年度に実施した「主体的な学び研究会」での成果を土台にスタート。第1・2回と同じくオンラインで実施。参加した先生を生徒役として「ICEモデル」のフレームを活用した問いづくりの模擬授業を行い、授業後に4つのグループに分かれて議論し、その内容を全体で共有した。

1.オセアニア州を題材として地理的な視点・考え方を学ぶ

 今回、模擬授業を担当したのは、神奈川県横須賀市立田浦中学校の清(せい)田(た)直紀先生。中学1年生の地理的分野「オセアニア州」を題材に、ICEモデルのフレームに基づき授業を組み立て、学びに向かう意欲を引き出し伸ばすための発問づくりを目標としたオンライン模擬授業を実施した。授業は、通常3~4時間で行う内容を30分間にまとめた特別版で行われた。
 導入として、清田先生は、2019年のラグビーワールドカップ日本大会に出場したオセアニア州の代表チーム(オーストラリア・ニュージーランド・トンガ)の写真を提示。生徒に興味を持たせ、オセアニアの国々を地図で示し、「ここは何州ですか?」と問いかけた。
 上にある複数の写真を示し、「写真から分かったことや気づいたこと、思ったことはありますか?」と尋ねると、参加者から「海に面している」「島が多い」「自然が豊か」などの声があがった。さらに、清田先生は、「火山もありますが、どういった自然現象が多いか予想できますか?」と問いかけ、地震が多いことを示し、2020年にニュージーランドで発生した大地震を紹介。「自然が豊かで地震が多い。これは、私たちが住む日本とちょっと似ていますね」と、日本とオセアニア州の共通点を指摘し、題材に対する興味・関心を喚起した。
 続いて、オーストラリア産商品の輸出国・地域シェアを示したグラフを示し、「分かったこと、気づいたこと、思ったこと」を聞いた。「アジアへの輸出が多い」「距離が近い」といった答えに対し、清田先生は、「経済的にも日本・アジアとのつながりが強いんですね」と述べた。
 オセアニア州が、自然が豊かで、貿易において日本とのつながりが強いことを踏まえたうえで、Connections(つながり)の問いとして、「日本とオセアニア州との間には、いつ、どのような理由でつながりが生まれたのでしょうか?」と発問。1960年のオーストラリアの輸出入相手国を示したグラフから、かつてはイギリスが輸出入相手国のトップだったことを示した。
 「なぜ、イギリスとのつながりが強かったのでしょう?」と、ヒントとしてオセアニア州各国の国旗を見せた。そして、「国旗の一部にイギリスの国旗が使われている国はいくつありますか?」と問いかけ、オーストラリア、キリバス、トンガなど、オセアニア諸国はかつてイギリスの植民地だったこと、その影響で英語やキリスト教、ラグビーなどが普及したことを説明した。
 ここで清田先生は、「それでは、最近はどうでしょうか」と、2011年の輸出入相手国のグラフを示し、「赤い枠で囲んだ部分を見て、気づいたことはありますか?」と質問。参加者から「アジアが増えている」という答えが挙がると、「輸入相手国からイギリスがいなくなり、アジアが増えている理由は何だと思いますか?」と続けた。すると、参加者から「距離が近いから」「オセアニアの経済力が高まった」「関税が安い」「依存からの脱却」など、多くの意見が挙がり、それらに一つひとつ共感を示したうえで、清田先生は次のような解説を行った。
 第2次世界大戦後、ヨーロッパの植民地だった国々が次々に独立した影響を受け、アメリカとソ連の狭間で世界市場におけるヨーロッパの経済活動は停滞した。ヨーロッパ諸国は、米ソに対抗するため、1967年、EUの前身にあたるEC(ヨーロッパ共同体)を発足させた。イギリスは、貿易赤字の拡大を受けて、1973年に加盟した。それに伴い、オーストラリアは、日本やアジアを重視する政策に舵を切った。
 清田先生は、以上の経緯を、1973年にイギリスで発行された記念切手を見せながら説明した。
 ここで清田先生は、再度、「しかし、オーストラリアには、大きな課題がありました。どんな課題だったと思いますか?」と問いを投げかけた。当時のオーストラリアのポスターを提示し、「同じ英単語が3つ並んでいますね」とヒントを出すと、参加者から「WHITEの文字が入っている」という答えが挙がった。
 清田先生は、「オーストラリアでは、白豪主義という人種差別政策が行われており、黄色人種が多数を占める日本やアジアとよい関係を築くことができませんでした」と指摘したうえで、「皆さんが政治家だったら、白豪主義を続けますか?」と質問し、イエス・ノーの挙手を促した。
 続いて、オーストラリアが白豪主義を撤廃した1973年には何が起きたか、参加者に覚えているか尋ねると、「イギリスがECに加盟した年」と答えが挙がった。清田先生は、「そのとおり。オーストラリアの身の切り替えは見事ですね」と述べ、ニュージーランドも白人優遇政策を捨て、先住民の保護と多文化主義へ舵を切ったことを説明。そして、ラグビーのニュージーランド代表が試合前に踊るハカが、先住民マオリの戦いの儀式を取り入れたものであることを紹介した。
 ここで、前に投げかけた「日本とオセアニア州との間には、いつ、どのような理由でつながりが生まれたのでしょうか?」という問いに戻り、「イギリスのEC加盟に伴い、オーストラリアを始めとするオセアニア州の国々が日本・アジア重視にシフトした」という結論を提示。通常の授業では、その結論をノートに書かせたり、声に出して読ませたり、教科書の該当部分に下線を引かせたりして、意識づけさせると語った。
 さらに、生徒がオーストラリアを身近に感じられるよう、学校のある横須賀市は、オーストラリアのフリマントル市と、南極探査船「しらせ」の中継地といった縁から姉妹都市提携を結んでいることを伝えた。
 最後に、オセアニア州が貿易において日本・アジアとつながっていることを振り返り、Extensions(新しい価値を生み出す学び)の問いとして、「今後どうすれば、日本とオセアニアは協力関係をさらに発展させられるでしょうか。貿易や自然、観光以外にもいろいろな分野があると思います。この後、みんなで考えていきましょう」と次時の授業内容を伝えて、模擬授業は終了した。

2.地理的な見方・考え方を養う問いになっていたか?

 模擬授業後には、参加者を4つのグループに分けてディスカッションが行われた。Aグループでは元広島県立祇園北高校の柞磨 昭孝たるま あきのり先生が、B~DグループではICEモデルを実践する高校教員が、それぞれファシリテーターとなり、授業の構成や問いづくりのよかった点、疑問点などについて、約30分間話し合った。
 各グループのディスカッションの内容は、各ファシリテーターが発表し、全体で共有した。以下、発表順にその内容をまとめた。
●Dグループ
 清田先生の問いについて、生徒の自我関与を強める問いや、生徒自身に発見を促す問いがあればよかったのではないか。自我関与を高める問いとは、生徒自身が答えて心地よくなれる問い、自分が主役であると感じられる問いのことである。また、生徒が意見を自由に出していく中で、「どうしてそう思うのか?」「その理由は?」などと、教員が根拠を引き出すような問いを重ねることで、生徒の思考をより深化させることができたと考える。
 以上の発表に対して、自我関与を高める問いの具体例を、柞磨先生が補足した。
 「例えば、『オセアニア州の中でどの国に行ってみたいか』という問いでもよいでしょう。自分で決めて答えればよいので、間違いを恐れる必要もありません。ただし、この問いに答えるためには、オセアニア州について知らないといけないので、Ideasの部分でオセアニア州の国について知識を入れておくことも必要でしょう」
 これを受けて、清田先生は、「身近なオーストラリア産の食材を探させるなど、オセアニアとのつながりを感じさせる調べ学習も効果的かもしれません」とアイデアを述べた。
●Cグループ
 「白豪主義をやめるか、やめないか」といった問いかけでは、善悪二元論になってしまうため、生徒は「やめる」しか選ばないだろうと感じた。白豪主義にはメリットもあったはずであり、それを伝えた上でやめる・やめないの問いかけをした方がよかったのではないか。あるいは、アジアとのつながりを強めたことで失われたものはなかったかを検証してから白豪主義について考えさせれば、生徒がより学習に主体的になるのではないか。
 Extensionsの問いでは、協力関係を発展させることが本当に望ましいのかという見方もあり、日本目線で考えるか、オーストラリア目線で考えるかによっても、その答えは変わるだろう。また、この授業を基に定期考査を作る場合はどういった問題になるのか、という質問も出された。
 清田先生は、「白豪主義の是非についてはご指摘の通りで、私自身がまず調べたいと思いました。『もし白豪主義を続けていたらどうなったか』という問いも、生徒の考えを深められるかもしれません」と述べた。一方、協力関係の是非を論じる点については、世界の発展や国際協調の観点から、「中学1年生には、両国関係を発展させる前提で話し合わせたい」といった自身の思いを語った。定期考査については、知識・理解を問う問題として、イギリスのEC加盟と白豪主義撤廃について出題した、と回答した。
●Bグループ
 今回の授業は、オセアニア州について自然や貿易、歴史など、さまざまな切り口から学ぶことを通じて、地域を捉える視点を身につけることがねらいだと感じた。例えば、次にアフリカを学ぶ際に、「植民地」という視点をスライドさせて、フランスの植民地政策からアフリカの地域性について考えるなど、地理的な見方・考え方を身につけることで、今後の学びに広がりが生まれるだろう。そうした見方・考え方を持てば、今まで考えもしなかった疑問を抱く瞬間もあるはずで、新たな問いを誘発する授業構成だったと思う。
●Aグループ
 前後のつながりを意識して、生徒が気づきや、発見を得られる授業構成になっていた。また、オーストラリアが日本・アジア重視に舵を切った歴史をストーリーとして把握できた点も、地理的な見方・考え方を養ううえで大きな力になるだろう。
 今回、オーストラリアを主に取り上げていたが、同国がオセアニア州の代表であるという前提で進めるのは、教員の枠組みを押しつけることになりかねない。まずは、オセアニア州がどのようなまとまりをもった国々なのかを紹介したうえで、今回はオーストラリアを取り上げる、といった導入の方がよかったのではないか。
 最後に柞磨先生から総評があった。
 「フレームワークを考えるうえで大切なのは、主体的な学びを促す問いになっているかどうかです。特にExtensionsの問いが、子どもの意思決定や自己判断、社会参画などの行動につながることが大切で、その意味で清田先生の授業はゴールの設定がしっかりしていたと思います。また、Connectionsの部分で、子どもの発見や気づきを促す問いがちりばめられていて、CからEにつながるストーリーがあったのもよい流れでした。ストーリーをつくるうえで大切なのは、変化を生み出した『きっかけ』を意識させることです。今日の授業では、ECや白豪主義がそれにあたり、1つのストーリーの中で考える視点を養うことにつながったのではないでしょうか。ただ、最後のExtensionsの問いは大きな質問だったため、地理的な課題に焦点化して問いかけた方が、生徒は取り組みやすいかもしれません」
【清田先生の振り返りコメント】
 オセアニア州を題材にICEモデルの授業をつくらせていただいたことで、いくつかの気づきがありました。主体的で深い学びを成立させる前提条件と、自分が授業をつくる上で心掛けた点です。
 主体的で深い学びの前提として 2つの要素が挙げられます。1つ目は「知識」です。2つ目は「問い」です。知識は、思考を拡散させたり深めたりするための材料です。知識がなければ思考は滞ります。主体的で深い学びを成立させるためにも「充分な知識」が必要と改めて認識しました。本授業では、オセアニア州の自然的条件や歴史・貿易・産業などに着目させ、いくつかの知識を獲得させるような組み立てを前半につくりました。これらの知識をただ教え込むのではなく「問い」のカタチにして、生徒たちに考えさせました。写真やグラフなどの資料から情報を読み取る活動を入れました。資料を提示し「分かったこと気づいたこと思ったこと」を問い、それらに答える過程を通して、子どもたちが自ら知識を得ていく流れにしました。
 授業をつくる上で心がけた点も2つあります。1つ目が「ストーリー」で授業を構成すること。2つ目が「友好的な国際関係をつくっていく意欲を中学生に喚起する」ことです。ストーリーで授業を構成できれば、子どもたちは楽しんで授業に取り組めるようになります。授業内容が友好的な国際関係構築を目指すものであれば、健全な協力社会をつくっていく力の基礎を育めます。子どもたちが大人になった時、日本と世界各国が友好な関係を結び、共に世界平和を構築していけるパートナーになれたら…。そのような願いを込め、生徒一人ひとりが平和の担い手になれるような資質を磨ける授業をつくりたいと思いました。地理的な見方・考え方を踏まえた上で、中学校社会科の全体の目標である「公民的資質の涵養」を目標にした授業構成を意識しました。