2016/01/08

[第1回] 大学教育は学びと成長を促進し、社会生活を支えてくれるのか [4/4]

Ⅳ.学びの充実度と成長実感は、社会生活を支えてくれるのか

 ここまで、大学時代の学びと成長、大学教育の社会生活への影響(役立ち度)を取り上げてきた。ここでは、社会生活を支える心理的側面として「自己効力感」を取り上げる。何をもって社会生活が支えられているのか。経済状況や交友関係など様々な要因が考えられるが、この調査では「自分が問題や困難に遭遇してもやっていける」という実感を表す自己効力感を取り上げた。自尊心や自信とも近い概念であるが、漠然とした自分に対する肯定的感情ではなく、物事への対処可能性という意味での肯定感を表している。社会生活を営む上では、様々な問題やストレスと向き合い、克服していかなければならない。最近では、精神的回復力や耐久力などとも訳される「レジリエンス」という概念が注目を集めているが、この自己効力感とも密接に関連している。実際の質問としては、伊藤ほか(2003)の主観的幸福感尺度の中の下位尺度「自信」に関する3項目(4件法)を用いている。
 そこで、大学時代の学びの充実度と成長実感が、現在の自己効力感と関係しているのかについてみてみる。詳細な手続きは割愛するが、クラスター分析によって、学びの充実度の高低と成長実感の高低で4つのタイプ(CL1.高充実・低実感タイプ、CL2.低充実・低実感タイプ、CL3.高充実・高実感タイプ、CL4.低充実・高実感タイプ)を作成した(図4)。そして、この4タイプを独立変数、自己効力感(3項目の合計得点、信頼性係数α=.845、項目平均2.72)を従属変数とした一要因分散分析を行ったところ、0.1%水準で有意差が認められた(F(3, 19829)=791.58)(図5)。そこで、多重比較(TukeyのHSD検定)を行ったところ、CL2<CL1<CL4<CL3(5%水準)という結果が得られた。最も高いCL3と最も低いCL2から、大学時代の学びの充実度と成長実感は、現在の自己効力感と関係していることが推察される。また、CL1とCL4の差について、成長実感の方が学びの充実度よりも現在の自己効力感と関係していると言える。
 こうした結果から、学びの充実・成長実感の双方を高めていくことはもちろん重要であるが、現代の大学教育の在り方を鑑みると、学びの充実が成長の実感として意味づけられる(統合化される)ような働きかけも重要であると思われる。コルブの「経験学習モデル」でも示されているように(図6)、体系化された知識の網羅的伝達のみならず、また単なる経験・活動のさせっぱなしでもなく、経験を内省し、意味づけし、異なる経験へと転用していくという学習サイクルを組み込むことで、この両者の統合が促進されるのではないだろうか。そして、この統合が、後の社会生活の心理的基盤となり、Ⅲで取り上げた大学教育を通じて培った様々な力と合わさって、力強く生きていくことにつながるのではないだろうか。大学教育はそれだけの潜在性と可能性を持つものであるということを、本調査を通じてさらに実感することができたように思う。
図6 コルブの経験学習モデル(Kolb 1984)
【出典】
伊藤裕子・相良順子・池田政子・川浦康至(2003)「主観的幸福感尺度の作成と信頼性・妥当性の検討」『心理学研究』74(3)、276-281.
Kolb, D. A.(1984)Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development, Prentice Hall.