2016/01/08

[第1回] 大学教育は学びと成長を促進し、社会生活を支えてくれるのか [3/4]

Ⅲ.大学教育の社会生活への影響(役立ち度)

 次に、大学教育の経験で得たことが、社会生活でどのように役立っているのかについて、ヒアリング調査の結果からみてみる。

(1)専門知識の活用

 1つ目は、専門知識の活用である。大学教育の役割の1つは、専門分野における基礎知識の習得である。21世紀の高度情報化、グローバル社会において、知識の生産ペース、更新頻度は極めて早い。すぐに使えなくなるという意見もある一方で、とりわけ職業と直結しやすい理系においては、大学教育で獲得した専門知識が直接的・間接的に役立っているということが伺える。
(a)学習系のアプリケーションも作っていたりしているので、化学にも関係がかなりあるっていうか、化学関係のほうの学習用のアプリケーションを作っているので、まあ知識としてはそのまま使えてますね。(私立・理系(理)・男性)
(b)薬理的な薬の作用とか、あの、やっぱり専門的に勉強してきてないと、それを自分でインプットして、患者さんに対してアウトプットするっていうのは、大学の授業がベースになっている。(私立・理系(薬学)・女性)

(2)社会との関わり方(認識基盤)の活用

 2つ目は、社会との関わり方(認識基盤)の活用である。異文化に対する理解や組織というものの捉え方など、知識そのものではなく、授業等を通じて社会を見る認識の枠組み(内的準拠枠)が獲得されたというパターン。特に、文系に多くみられる。
(c)文化人類学と言う必修の授業があるんですけど、・・・違いの多様性を認めるとか、異なる文化であることを認め合うみたいなとか。それってけっこう今の実生活でも大事だなと思って・・・その時は何を言ってるかなと思ったけど。(国立・文系(国際)・男性)
(d)経営学で言うとHRM(human resource management)の授業だったんですけど、それは実際人的資源で会社で組織でどうやって動かしていくかという授業だったので、それも比較的興味があって、人というものに対して、なのでそれは今でも役に立っている、考え方は役に立っていると思います。(私立・文系(経済)・女性)
 また、以下のケースのように、実験操作という営みを通じて、より高次の「思考の枠組み」が獲得・活用されているものもみられる。これは、学習目標分類であるブルーム・タキソノミー(改訂版)と対応させてみると(表1)、①~④全てのエリアに該当する。こうした「深い学び」の獲得は大学教育ならではの成果であると言えよう。
(e)実験操作ですね。あと、目的のために手段を調べて、その手段を実際実行して確かめるという一連の流れ。(中略)人に聞いてすぐ分かることはそれでいいですが、それは相手の時間を奪うことになりますので。簡単なことを辞書を引いてというそういう習慣が身についたと言えますね。調べることによって本当に欲しい回答が出てくるし、その周りのものも出てくるので、それがいいですね。(国立・理系(応用生物)・男性)
表1 「改訂版タキソノミー」による教育目標の分類(石井 2015)
【出典】石井英真(2015)「教育目標と評価」西岡加名恵・石井英真・田中耕治編『新しい教育評価入門-人を育てる評価のために-』有斐閣コンパクト、pp.77-111.

(3)スキルの活用

 3つ目は、スキルの活用である。前者のケースは、企画書や資料作成のスキルといったハード面に関するスキルと言える。後者は、同様に説得力を持たせる伝え方という側面に加えて、卒論の作成過程で身につけた論理的思考力といったソフト面でのスキルも活用されている。
 インターンシップや卒論などの長期的で複合的な活動を含むプロジェクトは、様々なスキルの獲得に大きく貢献しているとともに、卒業後にも強く印象に残っていることが分かる。
(f)(インターンシップを通じて)いろんな企業の人たちと一緒にそういうものの評価とかを手伝わせてもらったのは経験で、そこでけっこう報告書とかを書かされたりとか、企業に提出用のレポートを作ったりとか、というので、企画書スキルがかなり上がって、なので、前の会社でも今の会社でもその企画書を含めたスキルとか、資料作りとかはけっこう評価されるようになっています。(私立・文系(人間)・女性)
(g)(卒論を通じて)論理的な組み立て、文章をかなり書かないといけない時に、しっかりとした事例を持ってくることだとか、裏付けを持ってくるっていうことだとか、まあ視点をしっかりしているっていうこともそうですけど、そのうえで、自分なりの見解をきちんと示してっていうものは、まあ、やっぱり論理的思考を養うこともありますし、周囲に説得力を持たせるっていうような伝え方というのを学んだ。(国立・文系(経済)・女性)

(4)人間関係形成に関わる力の活用

 4つ目は、人間関係形成に関わる力の活用である。社会生活を営む上で基盤的な役割を果たすものである。従来、そうした力は正課外活動を通じて、特定の学生が「勝手に」身につけていくのが一般的であった。しかし、近年の大学教育改革の主要事項は、協調性やコミュニケーション、リーダーシップなど、人間関係形成に関わる力の育成を大学教育(正課・準正課)の中に取り込み、(あえて極端に言えば)全ての学生に対して「意図的に」身につけさせることにある。実際、そのための手法として期待されるアクティブラーニングの導入率は急速に高まっていることが本調査からも示されている。
 このケースは、後年次のゼミ運営というものであるが、低年次からこうした「仕掛け」を組み込み、体系的に育成していくことが重要である。
(h)ゼミの運営に関わることで、・・・自分一人でなにかをするというよりも周りをなんとか動かさなきゃどうにもならないっていうことが分かったっていうのもあって。結局仕事も、正直自分一人でやるものでもないので、その調整っていうことでは、相手に対してそういう言い方をするべきかとか、相手がどういうふうに感がるだろうかっていうような想像力。(国立・文系(経済)・女性)