データ分析からの知見

岐阜市教育委員会・ベネッセ教育総合研究所 共同研究プロジェクト
「学習記録の可視化による学習意欲と基礎学力の向上」
~平成29年度「5年先行く岐阜市の学校教育」公表会での報告より~

ベネッセ教育総合研究所は、岐阜市教育委員会の協力の下、2016年度から、タブレット教材を活用した共同研究プロジェクトを推進している。その成果を、2018年1月20日(土)、岐阜市教育委員会主催の公表会で報告した。はじめに、ベネッセ教育総合研究所所長・谷山和成が「研究の背景・社会的意義」を説明。「2020年に迫る教育改革に向けて課題は山積している。しかし、すべての根源は子どもの学習意欲をいかに喚起するかだ。今回、その1つの事例として受け止めていただけると嬉しい」と話した。 報告の流れ(図1)に沿って、当日の模様を紹介する。
報告会の流れ

岐阜市の課題

岐阜市の教育課題はパッション(学習意欲)と基礎学力
その改善につながる取り組みを実施

岐阜市教育研究所 主幹
古田浩章先生
私からは、全国学力・学習状況調査からみえる岐阜市の課題について話したいと思います。岐阜市では、『コンパスキューブ』、すなわち「コンテンツ」「パッション」「スキル」の3つをバランスよく伸ばしていくことが、子どもたちの教育の成果につながると考えています(図2)。しかし、質問紙調査の結果では、とくに中学生で「挑戦すること」や「将来の夢や目標を持っていること」などの数値が低く、「パッション」に課題があることがわかっています。また、学力調査は全体として良い結果ですが、A問題で正答率が低いものがあり、基本的な知識・技能である「コンテンツ」の習得でもさらなるレベルアップが可能とみています。それら課題の改善を目指して、「学習意欲と基礎学力の向上」を目的に今回の実証研究に取り組んでまいりました。
「コンパスキューブ」と岐阜市の課題

研究概要:研究の目的と方法

学習意欲・基礎学力の向上のために、学習プロセスを可視化
教員による生徒への声かけや指導を支援

ベネッセ教育総合研究所 カリキュラム研究開発室室長/主任研究員
中垣眞紀
学習記録を可視化しフィードバックすることで学習行動の改善を目指す
私からは、本研究の目的と概要を説明します。生徒の基礎学力の向上には、家庭での学習習慣の定着が欠かせません。しかし、教員には家庭学習まで目が届きにくいのが実態です。宿題を出して「やったかどうか」の確認はできても、取り組みの質まで把握して指導することは簡単ではありません。本研究では、その見えにくい生徒の学習状況を明らかにし、教員と生徒に結果をフィードバックしています。それによって、教員が自らの指導を振り返ったり、生徒が自らの学習行動を変えるきっかけにしたりすることで、学習意欲と基礎学力の向上を図るのが目的です(図3)。教材は、国語・社会・数学・理科・英語の5教科。音声や映像などで理解を進める「講義」、自動採点と解答・解説で進める「演習」で構成され、間違えた問題を「解き直す」機能を持つタブレット教材を利用。2016年度は岐阜市立藍川中学校(以下、藍川中学校)と同市立三輪中学校の2年生約250名、2017年度は藍川中学校と同市立岐阜西中学校(以下、岐阜西中学校)の2年生約310名を対象にしました。生徒が学校や家庭で主体的に学習することに加え、学校のすきま時間を活用したり、週末や長期休業期間の課題として活用するなど、さまざまな取り組みを重ねています。
可視化の方法やフィードバックの仕方を試行錯誤しながら開発
この教材で学習を進めると、「学習に取り組んだ時刻」「学習内容」「学習量」「問題の正誤」「取り組み回数」などの情報が記録されます。つまり、できたかどうかの結果だけではなく、考えて解答したのか、間違った問題を解き直しているのかなど、今までは見えなかった学習のプロセスが赤裸々に見えてきます。これらのデータからは、クラス全体で正答率が低い弱点や、一人ひとりの努力の様子などがわかります。これらを教員にお戻しすることで、次の授業にいかしてもらったり、生徒を認め・ほめる材料にしてもらいました。また、生徒にも1~2か月に1回のペースで学習記録をフィードバックしました。これらが、生徒の学習意欲を高め、学習行動をうながすことにつながっています。しかし、教員にも生徒にも、大量のデータをそのまま渡しただけでは負荷が大きく、活用が進まないこともわかりました。フィードバックの内容やタイミング、回数などについて、各校の先生方と検討を重ね、つねにレベルの向上を図っています。

実践報告① 学校の立場から

データ活用のために教員を組織化
推進チームが生徒への意識づけを工夫し、アイデアを形に

岐阜市立岐阜西中学校 校長
松巾 昭先生
教員の働きかけにより生徒の学習が活性化
本校は、2017年度より本研究の実践校となりました。本校の生徒の状況をお伝えすると、自己肯定感が平均よりも低い傾向にあり、家庭学習の習慣が2極化しているといった課題を抱えていました。そのようななかで、タブレット教材を活用した取り組みを行う機会をいただきました。この機会に生徒が教員から認められたり、励まされたり、最後までやり切る達成感を味わうことで、自己肯定感を高められないか。また、家庭学習の習慣を身につけ、学力向上につなげられないかと考えました。しかし、タブレットを渡すだけでは、十分に使いこなせない生徒がいます。タブレットは高価なので、慎重な教員のなかには保管方法を気にする方もいます。最初は、鍵つきの部屋で厳重に管理していて、そのことが活用を阻害していました。そうしたことがあって、生徒を定期的に刺激し、学習への意識づけを図ろうと考え、全教科で教材を活用する「タブレット強化週間」を設けました。さらに、夏季休業期間の課題をタブレット教材から出し、休業明けにその確認テストを行うことも試みました。ベネッセ教育総合研究所が分析したデータを活用し、生徒一人ひとりの学習の実態を把握しながら、がんばっていれば認め、課題があれば励ますといった声かけを組織的に強化しました。これによって、次第に学習に意欲的に取り組む生徒が増えていきました。やがて、それぞれが自分のタブレットに所有感をもち、役立つツールであることが実感できたのでしょう。今では鍵などは一切かけずに、自由にタブレットが使える環境で学習ができる状態となりました。
推進チームの率先的な工夫が、新しい取り組みを根づかせる原動力に
本校では、各学年の教員から有志を募り、本研究を推進するチームを設けています。そのメンバーが中心になって、生徒への意識づけを工夫し、アイデアを形にしていきました。ベネッセ教育総合研究所から届くデータをアレンジし、管理職と担任につなげる。そのデータを基にして、担任が生徒を認め、励まし、指導を改善する。そうした動きが加速しました。組織的に動くことで、生徒の学習が活性化し、教員たちがこれでやれるんだという実感を持つことができました。一人でも多くの生徒に、できるようになったという実感を味あわせてあげたい。そのために、私たちが生徒にたくさん期待をしたいと考えています。

実践報告② 教育実践の立場から

「週間学習記録表(SP表)」で生徒の実態を把握し、
個に応じた声かけや指導を推進

岐阜市立藍川中学校 教諭(数学科)
吉岡靖之先生
可視化された生徒のがんばりを具体的にほめ、学習意欲の向上を図る
本校では、2016年度から本研究を行っています。今回は、数学科を中心に進めた2016年度の取り組みの内容と成果をお話しします。タブレット導入前の調査から、数学の学力が低めであること、女子に比べて男子の学習習慣に課題があることなどがわかっていました。そこで、数学科の教科担任で改善策を検討し、毎回の授業の復習を、その週の日曜日までにタブレット教材で行うよう指導することにしました。一人ひとりの取り組み状況をクラスごとに一覧にした「週間学習記録表(SP表)」(図4)が週明けにベネッセ教育総合研究所から届きます。クラスの平均正答率を見れば、集団として理解・定着に課題がある単元・分野がわかるので、改めて授業でじっくり解説しました。また、一人ひとりが各設問にどのくらい時間をかけて解いたのか、解き直しをしたのかもわかるので、これを見ながら生徒に声をかけることにしました。例えば、「週間学習記録表」を授業で示し、「A君は、粘り強く取り組んでいるよね」「Bさんは、正解するまで繰り返し解き直しているよね」と、生徒のがんばりを具体的にほめました。生徒にとっては、「先生は私たちの努力の様子をいつも見てくれている」といった、ほどよい緊張感を持つようになったと思います。
学習に自信を持つ生徒が増え、授業に活気が生まれた
そうした取り組みによって、学年全体でタブレット教材の学習量が増加しました。数学を中心に取り組んできましたが、意外にも数学以外の他4教科の学習に取り組む生徒があらわれるなど(図5)、主体的な学習習慣が根づきつつあると感じています。基礎学力の定着も、少しずつですが着実に進んでいます。数学の授業では、積極的に教員に質問したり、クラスメートと学び合う生徒が増えるなど、活気が生まれました。以前は、男子生徒は女子生徒に比べて熱しやすいが冷めやすい傾向にあったのですが、女子生徒以上に意欲的な生徒が目立つようになりました。学習に自信が持てるようになったからこその変化だと思います。タブレットの導入で、生徒一人ひとりに応じた支援やアドバイスがデータに基づいて行えるようになり、それが成果に結びついたと考えています。
週刊学習記録表(SP表)の例
教科別学習量(藍川中・2016年度)

学習記録データによる分析・検証

学習記録データが示した
両校の取り組みの成果とその要因とは

ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室研究員
岡部悟志
昼休みに自主的に学習に取り組む生徒があらわれ、「数学が好き」と答える生徒が増加
2016年度の藍川中学校での「週間学習記録表(SP表)」を使った取り組みは、12月から本格化しました。3つの観点から、12月より前と以後の生徒の学習状況を比較してみましょう。1つ目は「学習量の推移」です(図6)。「数学」の学習量が12月以降急増しています。
教科別・クラス別学習量(藍川中・2016年度)
2つ目は「学習時間帯の変化」です。図7は縦軸が生徒一人ひとりを、横軸が学習時間帯を表しています。図中の四角いマスは、生徒が学習していないと灰色に、学習していると灰色以外の色になり、学習が活性化していればいるほど、赤い色になります。12月以降を見ると、まず、放課後の16時以降の学習が活性化していることがわかり、家庭で学習する生徒が増えた様子がうかがえます。次に、朝学習の時間が設けられている朝の8時台に赤色が目立つようになりました。さらに、13時の時間帯に注目すると、12月以降に学習が活性化しています。我々が予想もしていなかった昼休みに自主的に学習する生徒があらわれました。先生方によれば、給食配膳の合間や昼休み中に、友だちどうしでタブレットで学習をする様子が見られたそうです。3つ目は、学習意識の変化です(図8)。「数学が好きだ」という生徒の割合は、12月以降、学年平均で約7ポイント、吉岡先生が担任する4組では17ポイントも上昇していました。
学習時間帯の変化(藍川中4組・2016年度)
数学の「好き」「授業理解度」(藍川中・2016年度)
間違いを正す学習行動が、 学力向上につながる
2017年度の岐阜西中学校では、夏季休業期間に入ってから、学習量が大きく増加しました(図9)。その学力にも注目すべき変化が見られます。図10の左図では、生徒を、タブレット教材配付前の調査で学力が高かったa・b層81人と低かったc・d層85人の2群に分けて示しています。夏季休業期間後の実力テストでは、もともと学力の高かったa・b層は全員が偏差値50以上でした。一方、学力の低かったc・d層からは、偏差値50以上の生徒が15人出ました。
学習量の推移(岐阜西中・2017年度)
学力の推移(岐阜西中・2017年度)
その学力に変化がみられた15人の学習状況を確認したところ(図11)、総じて学習量が豊富でした。また、間違えた問題の解き直しにも意欲的です。例えば、図11の学習記録にある生徒は、夏季休業期間中に1,237問の問題に取り組みました(図11の左下の横棒グラフ参照)。最初から正解できた問題は47%。その後の解き直しで正解した問題が45%もあり、最終的に92%の正答率になりました。そうした自分の間違いを正していく解き直し行動と学力には、比較的強い相関があることもわかりました(図12)。
成績が伸びた生徒の例
学力と「学習量」「正答数」との関係

岐阜市の教育への示唆

先生方と力を合わせて今後の課題を解決し、
よりよい研究にしていきたい

岐阜市教育研究所 主幹
古田浩章先生
最後に、今回の研究結果を受けて、日々指導にあたっている学校現場の先生方にとって、どんな示唆があるかを話したいと思います。膨大な学習記録データから得られた知見は、これまで先生方が大事にしてきたことと一致しています。その一つは、一人ひとりの生徒の学びをきちんと見届けることの大切さです。岐阜市の課題であるパッション(学習意欲)を高めるには、やはりていねいな働きかけが必要です。研究結果を受けて、いつ・どこで・どのような子に・どんな内容を・どんな言葉で働きかけるかを、さらに深く考える必要があります。また、もう1つの課題である基礎的な学力に関しては、解き直すことの大切さが浮き彫りになりました。間違えた問題を正解になるまで取り組むという学習の仕方が、子どもたちに有効です。ぜひ先生方には、研究結果から得られた示唆を、日々の指導のヒントにしていただければと思います。
以上の報告を受けて、会場からは本研究への期待・感想や、生徒の具体的な変化の様子などに対する質問があがった。最後に、司会のベネッセ教育総合研究所副所長の木村治生が、「岐阜市教育委員会、学校の先生方・生徒・保護者の方々には大変お世話になったことに感謝している。引き続き、この実践を継続し、そこから導かれる研究成果を世の中に示していきたい」と今後の展望を語り、本報告は終了した。