2018/03/19
あスコラ Vol.8『「学びに向かう力」を引き出すデザインとは』
「あスコラ」とは
さまざまな領域の専門家が一堂に会し、熱い議論を繰り広げる“一期一会の小さな学校”、あスコラ。
それぞれの知見や経験、思いを語り合い、納得したり、刺激を受けたり、新しい発想が浮かんだり——。
教育に本気で向き合う大人の議論によって生まれる学びの場の様子をお届けします。
それぞれの知見や経験、思いを語り合い、納得したり、刺激を受けたり、新しい発想が浮かんだり——。
教育に本気で向き合う大人の議論によって生まれる学びの場の様子をお届けします。
登壇者(五十音順)
太刀川英輔氏
「社会や未来に良い変化をもたらすためのデザイン」を手がけるNOSIGNER株式会社代表。『東京防災』も手がけたデザイナー。
渡辺ゆうか氏
個人の自由な発想とオープンな場を掛け合わせた新たなものづくりを志向する、FabLabKamakura代表。一般社団法人国際STEM学習協会代表理事。
中垣眞紀氏
これからの社会に必要な資質・能力の目標・指導・評価を一体的にとらえたカリキュラム研究を行っている、ベネッセ教育総合研究所カリキュラム研究開発室長。
コメンテーター
林信行氏
最新テクノロジーが暮らしにもたらす変化を伝えるITジャーナリスト。(「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター)
「数値化しづらい資質・能力」をどう伸ばすのか
ベネッセ教育総合研究所
石坂編集長
石坂編集長
石坂 ようこそ、「あスコラ」へ。
2018年度から小中学校で移行措置期間が始まる新学習指導要領では、「知識・技能」に加えて「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力」といった資質・能力の育成が目指されています。しかし、これらは「知識・技能」とは異なり、どれだけ習得できたのかを数値化することが難しいため、どのように育成し、どのように評価すればよいのか、教育現場ではその重要性を理解しながらも模索が続いているのが現状です。
そこで本日は、「デザイン」や「ものづくり」という、まさに成長の過程や評価を数値化することが困難な領域で、高く評価される活躍をされているお二人にお越しいただきました。NOSIGNER株式会社代表の太刀川英輔さんと、FabLabKamakura(以下、ファブラボ鎌倉)代表の渡辺ゆうかさんです。お二人の経験談やお考えを伺うことで、これからの社会に求められつつも、数値化しづらい資質・能力の定義や育成について考えるヒントをいただけるのではないかと考えています。
さっそくですが、まず太刀川さんから、ご自身の活動とその根底にある考えについて、ご紹介いただけますでしょうか。
思考プロセスを可視化するデザイン
NOSIGNER株式会社代表
太刀川氏
太刀川氏
太刀川 NOSIGNER株式会社で代表を務めています、デザイナーの太刀川と申します。NOSIGNERでは、「社会や未来に良い変化をもたらすためのデザイン」を「ソーシャルイノベーションデザイン」と定義し、領域横断的にデザイナーとしての社会実験的なプロジェクトを展開しています。また、デザイナーとしての活動をするなかで、アイデアや新規事業が生まれる組織設計や意思決定のプロセスにまで踏み込んだコンサルティングを依頼されることが増え、現在はデザインを通じた戦略コンサルティングも担うようになっています。
本日のキーワードである「数値化しづらい資質・能力」に関連して、私が大学院生時代から一貫して興味を持つ「アイデアを生み出す思考プロセス」について紹介させてください。
大学院生時代の修士論文執筆やその後の活動を通じ、「人間がアイデアを生み出すプロセスは、生物が進化する過程と非常に近いのではないか」という仮説を持った私は、2016年秋にギンザ・グラフィック・ギャラリー第355回企画展「ノザイナー かたちと理由」で、デザイン発想のプロセスそのものをデザインすることに挑みました。下の写真は、同企画展で展示した作品の1つで、乗り物の発達プロセスを生物の進化系統図のように系統立てて、作品としてデザインしたものです。
思考プロセスを進化系統図に
重ね合わせて表現した作品
重ね合わせて表現した作品
作品名:evolutionary map "MOBILITY"
写真提供:太刀川氏
写真提供:太刀川氏
動物は、それぞれが置かれた環境に適応するために進化を繰り返し、今の姿かたちになっています。人間も、環境や生活を変えるために、道具を作り使うことを覚え、発展させてきた。それは、人が自身を進化させるための活動だと考えるとしっくりきます。イノベーションは進化への探求なのです。
この、道具の進化図とでもいうべき作品の制作を通じて、ふと気付いたことがあります。それは、どんなに技術が発展したとしても、人の欲望というのは根本的な構造が相似形であるということ。早く移動したい。軽く運べて楽したい。海を渡りたい、家族で団欒したい、などの構造が、この図からだけでも見えてきます。こうやって系譜を観察することは、次なる知を生み出すうえでとても大事な学びがあります。欲望の裏返しとしてのイノベーションの系譜を辿ると、進化の両義性を感じます。たとえば、素晴らしく人の幸せや永続に貢献するイノベーションもある一方で、短期的な利益にだけ捉われて、未来にツケを残すような発明やイノベーションも生み出されています。どこまで先の未来を見通すかという難しさはあるのですが、未来に資する状況を分析し理解する力と、そこに仮説を与え、具現化する力を訓練することが教育の本質ではないかと、個人的には考えています。
テクノロジーを活用したものづくりを通じて創造性を育む環境デザイン
FabLabKamakura代表
渡辺氏
渡辺氏
渡辺 神奈川県鎌倉市で、ファブラボ鎌倉を運営している渡辺です。
FabLab(以下、ファブラボ)とは、「自分たちで自分たちの暮らしをつくる」という理念に基づいて工作機械を設置した工房を指し、世界80の国と地域に計1,000か所以上存在しています。私がファブラボを知ったきっかけは「Design for the Other 90%(“その他90%”の人たちのためのデザイン)」という、デザイン展でした。富裕層向けでも付加価値をつけるデザインでもなく、それぞれの地域課題を地域の人や資源を活用して解決できるデザインを志向するプロジェクトが数多く紹介されていました。そのなかで、モノを与えるのではなくスキルや環境を整えることで、自分たちで試行錯誤しながら生活を改善していくという理念で生み出されたファブラボに感銘を受け、ファブラボ鎌倉の設立に至りました。教育を受けづらいスラム街で、子どもたちへの教育機会提供も視野に入れて立ち上げられた起源を持つファブラボは、単に工作機械を設置するだけではなく、週1回以上地域住民に開かれた場所として運営していくことが推奨されています。私は、この世界と地域に開かれたプラットフォームを使うことで、“もの”だけでなくどういった“仕事”が生み出せるのかにも興味を持っており、実験的な取り組みを始めているところです。
FabLabの基本コンセプト
資料提供:渡辺氏
ファブラボ鎌倉は、対等でない価値を交換できる場にしたいという想いで運営しています。鎌倉には社寺が多く、掃除が一種の地域文化として根付いていることに着目し、「毎週月曜日のオープンラボでは、朝9時にファブラボに集まって掃除をした人だけがラボを利用できる」というルールを導入しました。そんなファブラボ鎌倉には、学校に通いづらい子どもやリタイアされたエンジニアの方など、さまざまな年齢と属性の方が集まります。授業中に質問を繰り返していた結果、学校に馴染めなくなってしまった子が、ここでは時間を割いて質問に答えてくれる人がいるから心地よく過ごせる。中学3年生が機械の使い方や新しい技術を大人に教えてあげる。こうしたバイタリティ溢れる方々が世代を超えて交流できる場所となっているのがファブラボ鎌倉です。
私は、かねてから「どういう環境下で人は創造的になれるのか」という問いを持っています。先生が一方的に教える今の学校教育のスタイルを必ずしも貫く必要はなく、先生不在でもみんなが主体的に学び合える空間や、他世代の価値観にもふれられる環境があってもよいのではないかという仮説のもと、ファブラボ鎌倉をはじめとした日々の活動を行っています。
実践例から紐解く、学びのデザイン
ベネッセ教育総合研究所
カリキュラム研究開発室 中垣室長
カリキュラム研究開発室 中垣室長
中垣 ベネッセ教育総合研究所カリキュラム研究開発室長の中垣と申します。
私どものチームでは、これから社会で必要な資質・能力を育成するための目標・指導・評価を一体的にとらえたカリキュラムの研究・開発を行っています。近年では「アクティブ・ラーニングを活用した指導と評価研究」という研究を立ち上げ、その成果をまとめた『生徒主体の学びのデザイン』という小冊子を発刊し全国の高校に配布しました。その研究では、資質・能力の育成を目指して教育実践されている先生方の実践事例をヒアリングし、研究会で議論しました。資質・能力を育成するためには、授業中の工夫は重要ですがそれだけでなく、最初に育成を目指す目標設定や教材などの準備、成果を何で多面的に評価するのか、という学習プロセス全体を設計し整える必要があるという示唆をまとめています。
生徒主体の学びのデザイン
出典:ベネッセ教育総合研究所編
「生徒主体の学びのデザイン」を
あスコラ事務局で抜粋
「生徒主体の学びのデザイン」を
あスコラ事務局で抜粋
この研究会の前段階で、「生徒が主体的に学べる状況を作るためにはどうしたらよいか」を考える一助になればと思い、「コマ」をメタファーにして育てたい資質・能力の各要素を洗い出し、それぞれの定義と関連性を表現することも試みています。人が社会で活躍している、つまり「主体的に活動している状態」=「コマが回り続けている状態」と考えると、バランス、芯の強さやシャープさ、個性を生かすことが重要ではないかと解釈し、下のような図に考え方をまとめました。
主体的な学習者として活動し続けるためには
出典:ベネッセ教育総合研究所
「主体的な学習者として活動し続けるためには」
「主体的な学習者として活動し続けるためには」
子どもたちが前のめりに学べる環境とは
石坂 中垣さんが言及した小冊子の事例にもあるように、学校現場の先生方は子どもたちにいろいろな刺激を与えて主体性を引き出そうと奮闘されていますが、いろいろな方法が目の前の児童・生徒にフィットするとは限らないという現実があります。太刀川さんや渡辺さんはご自身が受けた教育や、子どもたちと向き合う教育活動から、何か考えられたことはありますか。
太刀川 前提として、知を得る方法としての学びは人類史的なテーマで、必要不可欠なものだと考えています。一方で、やらされる勉強は非常につまらないものだと感じています。勉強に限らず、やらされるもの、つまり自分の意志で活動する余地(オートノミー)のないものは、前のめりになって取り組めないと思います。また、やる目的が明らかでないものや、上達や成長している実感が持てないものも、つまらなく感じてしまうかもしれません。逆の見方をすれば、自分の意志で活動する余地を持たせ、明確な目的を設定し、上達や成長を実感させられる仕組みを整えることができれば、主体性を引き出せるのではないでしょうか。
NOSIGNERが制作に携わった『東京防災』
現代の教育は、自分の意志で活動する余地(オートノミー)が特に欠けていると感じます。これを補完するために、エンターテイメント性を持たせることが1つの手法として考えられると思っています。たとえばNOSIGNERは、東京都が各家庭に配布する防災ブック『東京防災』の制作に電通とともに携わったのですが、行政文書をいかに楽しいものにするか、防災に興味が薄い人の関心をどう高められるかに重点を置き、デザインと編集を工夫しました。
渡辺 私たちは、2017年より「ファブ3Dコンテスト」という全国規模のコンテストを始めています。今、日本には20か所のファブラボと、ファブラボ以外にもデジタル工作機械を兼ね備えた施設が120か所あります。これらの施設を核に地域と連携して、地域にも教育をサポートできるような人を増やし、学校から必要とされたときには地域が受け皿となれるような環境を整えることも視野に入れて、全国規模で新たに立ち上げた取り組みです。
第1回のファブ3Dコンテストには、非常におもしろい作品の応募がたくさんありました。たとえば、最優秀作品賞を受賞した小学生は、スイカの維管束に興味を持ち、3Dプリンタでスイカの維管束のモデルを制作しました。1年目は市販のスイカでモデルを制作したのですが、2年目は自分でスイカを育てるところから行った2年越しの取り組みです。算数が苦手だった小学生が、父親に勧められた本でフィボナッチ数列を知り、数列に則したモデル「フィボナッチファインダー」を3Dプリンタで制作、この「フィボナッチファインダー」を使って身近なものでフィボナッチ数列に当てはまる形を探し出すという作品もありました。
2017年ファブ3Dコンテスト特別賞受賞作品
出典:「フィボナッチを探せ!」の報告資料より抜粋
このように前のめりに活動するファブ3Dコンテストの参加者を見ていると、周囲の大人が非常に重要な役割を果たしているように思います。興味・関心のある分野に自分で気付くことは、子どもにとって容易ではなく、実は興味があるのにその興味を深めるチャンスを逃してしまっているケースもあると思います。身近な大人が日常会話のなかで子どもの興味・関心をくみとって、自然なかたちで先導してあげることが、最終的には子どもの主体的な活動につながるような印象を持っています。
ちなみに、少し話は逸れますが、ファブ3Dコンテストを含むファブラボ関連のプロジェクトでは、文章として残すことをとても重要視しています。作品だけでなく、制作するプロセスをすべて文章化し、3Dプリントするためのデータや使用した機材等の情報も含めてFabbleというプラットフォーム上に各々がデータを蓄積していきます。これには、文章化することで見える世界があるという教育的価値の他に、みんなで情報共有や改変を重ねることで、アイデアを発展させる場にしたいという想いが込められています。
石坂 Fabbleを拝見しましたが、小学生でもとてもしっかりとした文章で書いているのが印象的でした。こうした文章力やその後ろにある論理的思考力等というのは、現行のカリキュラムにおいても定義されていますね。
中垣 学習指導要領を読み解くと、たとえば「根拠を明確にして意見を述べる」「聞き手の反論も予測しつつ自分の意見を立場、根拠を明確にして述べる」「論の展開を工夫して相手を説得できる文章を書く」といった項目は、中学生の学習目標にあたります。しかし、実際に教科書で意見文を書く単元は1つ程度しか設けられておらず、いざ書こうとすると、どう書いていいのかがわからない生徒も多く、ある程度の練習が必要なのではと思われます。
子どもたちの世界を広げるためにテクノロジーができること
石坂 ファブ3Dコンテストに参加していた子どもたちは、太刀川さんがおっしゃっていた「自分の意志で活動する余地(オートノミー)」を持ちやすい環境に恵まれているような印象を受けました。しかし、こうした環境が身近にない子どももいます。学校や周囲の大人の力で子どもたちの世界を広げることに限界があるのだとすれば、他にどのような手段が考えられるのでしょうか。
ITジャーナリスト 林氏
(あスコラボードメンバー/コメンテーター)
(あスコラボードメンバー/コメンテーター)
林 私は、AI(人工知能)が興味・関心のある世界を広げる役割の一端を担えるようになるかもしれないと考えることがあります。興味・関心を持った分野で、試行錯誤をしながらも高いモチベーションで取り組み続けるためには、楽しめる要素も兼ね備えつつもチャレンジングな負荷を与え続ける必要があるでしょう。
一方で、人間の先生が持てる知識の量には限界もあるので、生徒の興味や理解度、必要な負荷を一人ひとり個別に、かつ全員分を常に把握し続けるのも無理があると思います。生徒に直接指示を出すのは先生だとしても、AIがどういう指示を出したらいいかをアシストすることで先生自身の負荷を大きく減らしつつ、生徒たち一人ひとりにより適切な学びの機会を与えられるのではないかと思います。
渡辺 たとえば、米国でプログラマーが新たに立ち上げた幼稚園では、園児の靴にタグをつけるという試みがされているといいます。どの子が本棚の前にどのくらいの時間いて、どの子がどのくらいの頻度でボール遊びをしているかなど、園児の行動データを蓄積して、園児の興味・関心がある分野の把握や園内での教育に活用したそうです。こういうテクノロジーの使い方もあるのだな、と気付かされました。
太刀川 教育現場にビッグデータの知見を取り入れることは興味深くはあるものの、それだけで機能するようには思えないところがあります。個人的には、データそのものよりも、データを活用するうえでのマインドセットを養うことができるかの方が重要だと感じています。たとえ話をすれば、「いじめを報告される」ことはデータの取得ですが、問題はどのようなマインドセットでそのデータに対応するのか。それは、あらゆるデータと判断の間に起こる理念の問題です。データを扱う教育者が、どのような教育観でデータを活用するのか、そのガイドラインを互いに共有することが大事になっていくでしょう。
主体性を引き出すために大切なこと
石坂 今の学校教育の現状を踏まえたうえで、子どもたちの主体性を引き出すためには、どのようなことができるのでしょうか。
中垣 まず、今の学校教育現場は、学習指導要領に則って学習内容が決められていて、確かな知識や技能をつけさせることが中心です。一方、新学習指導要領では、主体的・対話的で深い学びの実現を通じて、生きて働く知識・技能、思考力・判断力・表現力、学びに向かう力を身に付けることが目指されています。テーマに対して調べて、対話して、自分の考えを表現するといった活動を通じて、知識や技能を深く理解させる必要性が述べられています。
たとえば、ある学習テーマについて生徒同士でグループを組み、グループ内で担当者を割り振って、一人ひとりが調べてきた内容を持ち寄り共有して、議論することで理解を深める「ジグソー法」という学習方法があるのですが、通常の講義型の学習方法と比べると、1つの学びを終えるまでにかなりの時間がかかります。ただし、自分たちで調べて、自分たちで考えてまとめたことなので、誰かに説明したくなり、説明をすることでより深くわかって、忘れない、という効果はあります。しかし、そうした活動は時間がかかるため、限られた授業時間内にすべての学習内容を学ぶことは困難だといわれています。
そして、学んだことや、学んだやり方を別の場面で応用してみることは、簡単なことではありません。いわゆるよくできる児童・生徒だけが自らつかめていた、教科の学習に共通する本質的な見方・考え方を、全員が習得できるようにすることが必要になってきます。さらに、ある学び方を試したときに、それがどういう方法で、どういう学びをもたらしたのか、丁寧に生徒たちに伝えていく必要があると考えています。そうでなければ、「求められた作業をやった」という事実しか生徒の頭には残らず、その作業を通じて培った思考力は自覚できないままです。どの生徒にも、こうした共通の考え方を自覚できるようにすることが、新学習指導要領が目指しているものの1つだと私は理解しています。
太刀川 私は仕事柄、プロジェクトが始まると2~3週間でその分野の専門家と同等に話ができるようにならなければならないという環境に身を置いているので、短期間で特定分野について学ぶことが得意です。その際、正面からその分野のことを勉強するよりも、まわり道をした方が結果的に早く学べることがあるという実感を持っています。クラシック音楽を例にすると、名曲を聴いて専門書を読むよりも先に、直接関係ないかのように思えるオーケストラにまつわる漫画や映画にふれる、という方法です。高尚なイメージを持っていたクラシック音楽でしたが、漫画や映画という自分の親しみやすい入口からアプローチすることで最初の一歩が踏み出せ、それらをきっかけに興味をかきたてられたことで、その後も階段を上っていくように着実に知識をつけることができたと感じています。
「この人みたいになりたい」「こんな人に憧れる」と思えるロールモデルに早期に出会うことも、学びに対する意欲を高める方法の1つかもしれません。子どもたちが模倣したいと思える人に出会える機会をどう学校教育に取り込んでいくか、議論の余地があるのではないでしょうか。
『東京防災』の例のように、教科書に寄り道を用意してエンターテイメント化することにも可能性があると考えています。副読本で学習内容に関連した映画や書籍を紹介するなど、教科書という軸は維持しつつ、「(教科書から外れて)寄り道するもしないもみんなの自由だけれど、寄り道するとしたら、こういう選択肢があるよ」と提案してあげるのです。そうすることで、寄り道を介して最終的に教科学習に興味を持ってくれる子どもたちが増えるかもしれません。
林 輪郭の外側から、内側に向かって学習していくイメージですよね。思考プロセスを可視化した太刀川さんの作品はとてもおもしろくて、ぜひ教科書にして学校教育に取り入れてほしいと思っていました。見ているだけで楽しい教科書って、それだけでモチベーションが上がりますよね。教科書って教えなければならないことが詰め込まれただけの情報の塊になっていて、なかなか読む気になれないのではないかと感じています。
渡辺 学びはもちろん楽しい方がよいですが、教室に大勢が集まって同じことを学ばなければならない時点で、全員が楽しめる環境を作ることに無理があるようにも感じます。そうした側面も認めたうえで、「いかに楽しくできるか」という話になると思うのですが、新学習指導要領にはそのような思想が盛り込まれているのでしょうか。
中垣 新学習指導要領の総則には、児童・生徒が学習内容を身近なテーマととらえ自分で探求して力をつけていけるように、児童・生徒や学校、地域の実態に即した教育活動を行い、その質を、学校が組織的に高めていくことの必要性が示されています。そして実際の授業では先生は、学習内容を「なぜなんだろう、おもしろそう、調べてみたい」と思わせて、取り組ませることがとても重要です。教科書や学校の中に閉じずに、ロールモデルとなりうるような専門家と出会える環境を整えたり、学外の研究会などへの参加を前提に授業を組んだりする動きは、すでに見られはじめています。
渡辺 学校で学ぶことと自分の生活のつながりが実感できれば、「なぜ学びが必要か」がより明確になるでしょう。今は、学校の学びと社会がかけ離れているので、その意義を見出しづらいのだと思います。この課題を解決したいという想いから、私自身、地域と学校の学びをつなげるための活動を試みているところですが…。
太刀川 「自分が人に教えられることってなんだろう」と考えたとき、「いいアイデアを出すこと」「そのアイデアが実現するプロセスを提示すること」「アイデアをかっこいいかたちにデザインすること」の3つしかないなという結論に至りました。理由は、自分が興味を持つことしか、楽しく人に教えることはできないと考えたからです。教える側が楽しめば、子どもたちにもそれが伝わって自発性を引き出しやすくなるでしょう。「興味のある人が、興味のあることを教える」という単純な構造ができるだけで、教育の効率は大きく変わるのではないでしょうか。
中垣 おっしゃるとおり、子どもたちからみても、個人の興味・関心に沿って好きなことを起点に学びをつなげた「オーダーメイドカリキュラム」が理想なのかもしれません。加えて、専門家や先輩が学びに寄りそってあげられたらいいですよね。ただ、学校という学習の場は、ともに学ぶ仲間がいます。対話的に学ぶことによって、自分一人では気が付かない考え方にふれ、自分の考え方を広げたり、深めたりすることができる重要な場であることは間違いありません。効率性や予算といった現実をみると、どういったアプローチや順序で取り組めばよいのかは悩ましいですが…。
林 早期に興味・関心のスイッチが入ると、主体的に学ぶようになり、「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力」も同時に養われそうですね。そう考えると、スイッチを入れることが何より重要で、そのために私たちができるのは、好きなことをやっているかっこいい大人の背中を子どもたちに見せてあげることではないでしょうか。
石坂 本日は、ありがとうございました!
主宰者より御礼
既知の知識から未知の価値をつくりだせる力。
この力は、今後ますます求められていくでしょう。
世界には既知の知識だけでは解決できない課題が山積しているからです。
この力は、今後ますます求められていくでしょう。
世界には既知の知識だけでは解決できない課題が山積しているからです。
そんな力はどうすれば身に付くのかを考えた今回の「あスコラ」。
社会や未来に良い変化をもたらすデザインをする太刀川さんも、テクノロジーを活用したものづくりで多様な可能性を広げる渡辺さんも、前例のない作品や活動で、社会から高く評価されています。
しかし、お二人の発想するアイデアは、まったくの「無」から突然に生まれるものではなく、思考が進化したり、スモールステップを積み上げたりしたプロセスの結果であることがわかりました。
社会や未来に良い変化をもたらすデザインをする太刀川さんも、テクノロジーを活用したものづくりで多様な可能性を広げる渡辺さんも、前例のない作品や活動で、社会から高く評価されています。
しかし、お二人の発想するアイデアは、まったくの「無」から突然に生まれるものではなく、思考が進化したり、スモールステップを積み上げたりしたプロセスの結果であることがわかりました。
この4月から、全国の小中学校では新学習指導要領への移行措置が始まります。幸福な未来を生きていけるために、子どもたちの「資質・能力」を育成する学びが模索されていきます。
その学びをより豊かで確かなものにするためには、学校だけではなく、家庭や身近にいる大人たちの果たす役割も極めて重要なのだとあらためて感じた「あスコラ」でした。
その学びをより豊かで確かなものにするためには、学校だけではなく、家庭や身近にいる大人たちの果たす役割も極めて重要なのだとあらためて感じた「あスコラ」でした。
太刀川さん、渡辺さん、ありがとうございました!
登壇者プロフィール
太刀川英輔(NOSIGNER株式会社代表、デザイナー)
ソーシャルデザインイノベーション(未来に良い変化をもたらすデザイン)を目指し、見えないものをデザインすることを理念に総合的なデザイン戦略を手がける。建築・グラフィック・プロダクト等のデザインへの深い見識を活かした手法は世界的に高く評価されており、グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞(香港)、PENTAWARDSプラチナ賞(食品パッケージ世界最高位/ベルギー)、SDA 最優秀賞、DSA 空間デザイン優秀賞など国内外の主要なデザイン賞にて50以上の受賞を誇る。慶應義塾大学SDM特別招聘准教授。渡辺ゆうか(FabLabKamakura代表、一般社団法人国際STEM学習協会代表理事)
多摩美術大学環境デザイン学科卒業後、都市計画、デザイン事務所を経て、2010年ファブラボジャパンに参加。2011年5月より、東アジア初のファブラボのひとつであるファブラボ鎌倉を田中浩也氏と共同設立し、2012年にFabLabKamakura,LLCを立ち上げる。2015年7月より一般社団法人国際STEM学習協会の代表理事を務める。地域と世界を結び、デジタル工作機械の普及により実現する21世紀型の創造的学習環境構築に向けて、世代や領域を横断した活動を展開している。2015年12月、これからの学習に特化した国際会議 FabLearn Asia 2015を横浜で開催。中垣眞紀(ベネッセ教育総合研究所カリキュラム研究開発室長)
ファミコンやコンピュータ技術を利用したメディア教材の研究・開発・製作・事業開発に従事。その後公立中高一貫教育校適性検査分析など、小学校領域のカリキュラム・アセスメントについての調査研究に従事し、「ベネッセ発親子で伸ばす『本物の学力』」(2006年日経BP社発行)の執筆を担当。経営スタッフを経て、2013年より現職。ICTを活用して、学びや学び方が学習者にとってよりよいものになることに強い関心をもって取り組んでいる。林信行(ITジャーナリスト、「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター。)
最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。石坂貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰)
アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験開発、社会人向け通信教育事業ユニット長など主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構の総括責任者として「地域おこし協力隊」制度などの立ち上げに参画、2013年より現職。「まなびのかたち」、「CO-BO」、「シリーズ・未来の学校 」、「SHIFT」などをプロデュース。
※プロフィールや所属団体などは取材時のものです。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘