2017/08/31
あスコラ Vol.3 『実践者と考える! これからの新しい学びが地域や社会に果たす役割』
「あスコラ」とは
さまざまな領域の専門家が一堂に会し、熱い議論を繰り広げる“一期一会の小さな学校”。それぞれの知見や経験、思いを語り合い、納得したり、刺激を受けたり、新しい発想が浮かんだり——。
教育に本気で向き合う大人の議論によって生まれる学びの場の様子をお届けします。
教育に本気で向き合う大人の議論によって生まれる学びの場の様子をお届けします。
ゲスト登壇者(五十音順)
加藤遼氏
旅×シェアリングエコノミーをテーマとした新規事業開発を通じ個人自立社会における新しい働き方の創造に取り組む。(株)パソナ ソーシャルイノベーション部 副部長。
高原友美氏
「まちのてらこや保育園」を運営する(株)サムライウーマン代表取締役。元総合商社勤務。ミス中央区、中央区の観光大使の顔も持つ。
松下慶太氏
実践女子大学人間社会学部 准教授。大学のゼミ「Matsu-lab」では、「アウェー」「越境」(異なる文化・組織に飛び出すこと)での体験からの学びを重視している。
須永正巳氏
キャリアのほぼ全てでテスト・アセスメントに関する業務に携わってきた、ベネッセ教育総合研究所 アセスメント研究開発室 研究員。
コメンテーター
林信行氏
最新テクノロジーが暮らしにもたらす変化を伝えるITジャーナリスト。(「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター)
新しい学習指導要領にみる、これからの学び
石坂 みなさま、本日はあスコラへお越しいただき、ありがとうございます。
今日は初めに、2020年度から施行される新しい学習指導要領(以下、「指導要領」)のお話から始めたいと思います。なぜなら指導要領はほぼ10年に一度改訂され、学校教育課程を規定し、日本の教育を左右する重要な大綱なのですが、この次期指導要領が目指す教育の在り方と、本日のテーマである地域・社会と学びのお話とが、実は深く関係しているからです。今回の改訂は大学入試改革と連動もしているので、「戦後最大の教育改革」という人もいます。一言でいえば、「何を学ぶか、何を知ってるか」だけではなく、「それを使って何ができるのか」までを見据えた教育にしていこうというものです。
ベネッセ教育総合研究所 石坂編集長
新しくなる指導要領と現在のものを比較したときに、大きく変わるんだなあと思う点の1つは初めて書き加えられた「前文」です。二段構成になっていて、「教育が目指すもの」と「それを実現するための方策」が書かれています。要約すれば、前段で教育の目的と意義をしっかりと謳う一方で、後段は子どもたちの学びの質を保証するためには、その役割責任を学校だけに帰すのではなく、一人ひとりの大人や地域・社会との連携と協働が極めて重要だという熱いメッセージになっていると感じました。とても素晴らしい内容なので、本日の登壇者の方々にも事前にお読みいただいたくらいです。
そこで、現在進行している「教育改革」と新しい指導要領とは、具体的にどのような関係があるのか、当研究所でアセスメントの研究開発をしている須永研究員がご紹介します。
須永 ベネッセ教育総合研究所のアセスメント研究開発室では、テストを作る、アセスメントを作ることを行っていますが、これらを作る際には、どういう能力をはかるアセスメントにするのかということが重要になってきます。そこで、だんだんと具体的になってきた新指導要領や、新しい入試問題と絡めながら、文部科学省が今後子どもたちにどんな力を身に付けてほしいと考えているのかについて、お話をしていきたいと思います。
ベネッセ教育総合研究所 須永研究員
そもそも指導要領はどのように変わろうとしているのでしょうか。改訂の大まかな基本方針は、
- 知識、技能の習得
- 思考力、判断力、表現力などの育成
- 学びに向かう力、人間性などの涵養
の3つに整理されています。そして、指導要領を変える背景についても、指導要領の「総則」という章に書かれています。
指導要領と合わせて、大学および入試・選抜が変わっていきますよ、という話もあります。学校教育法施行規則の改正に伴い、全ての大学等において、① 卒業認定・学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー) ② 教育課程編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー) ③ 入学者受け入れの方針(アドミッション・ポリシー) の3つを、一貫性のあるものとして策定し、公表することが求められるようになりました。また、これらを策定する際のガイドラインも定められています。
大学の入試問題は、そのアドミッション・ポリシーに基づいて、これまでと大きく違った問題になります。たとえば数学であれば、数式を用いれば解けるような問題ではなく、数学的根拠に基づいて、批判的に検討をすることができる力を問えるような問題に変わる、ということです。現在のセンター試験に替わって導入される大学入学共通テストでも、知識、技能を十分に有しているかの評価を行いつつ、思考力、判断力、表現力を中心に評価するような試験に変えますよ、ということが言われてます。
出典:須永研究員資料
学校現場は、基本的に指導要領に基づいて指導をしています。指導要領は、文科省が独自に決めているわけではもちろんなくて、何らかの社会的要請があって変わっていくんです。社会的要請は、学校現場に直接影響を与えますし、大学や入試・選抜にも影響を与えます。現実をみると、学校現場と学習者は、入試・選抜を意識していますので、入試が変われば、学校現場や学習者である子どもの「学び」が変わるのは当然、ということになります。つまり、指導要領と入試・選抜が変われば、学校現場も変わらざるをえない、そしてその根底には社会的要請がある、ということです。
自分たちの受けた教育とは違うという保護者の意識
石坂 このように教育の現場は今、大きく変わろうとしています。しかし、こうした教育現場の変化を、大人たちはどのくらい認識しているのでしょうか。高原さんは、保育園という場を通して日々、保護者の方々と向き合っていらっしゃいますが、何か感じることはありますか?
高原 2020年からの教育改革ということなので、私が日々向き合っている1歳児、2歳児の子どもたちは、ほぼ100%、新しい指導要領のもとで学んで大きくなっていく子どもたちですよね。保育園という場で感じるのは、親たちは、自分たちが受けてきた教育と、子どもたちが受ける教育は違うという意識を強く持っている、ということです。詰め込むように何かを覚えさせるというよりも、考えさせるような問いかけをされている保護者が多い印象です。数字やひらがなを教えるときも、ただ覚えさせるだけじゃなくて、子どもに考えさせる工夫をしている保護者の方もいて、親の意識が変わりつつあると感じます。
サムライウーマン代表取締役 高原氏
理解や正しさを求める学習の先にある、「意味」の再構築
石坂 松下先生が学生たちと日々接して、実践していることや、感じていらっしゃることをぜひお聞かせください。
松下 私の専門はメディア論ですが、アクティブラーニングやProject Based Learningを取り入れた授業をしており、「教育」や「学習」とは何かということも大きなテーマとなっています。実践女子大学人間社会学部では、3、4年生からゼミが始まり、私も「Matsu-lab」というゼミを持っているのですが、1、2年生で学ぶ「基本」とゼミでの学びが目指すものは違うんです。それを図で表したのが、こちら(図1)です。
1、2年生時の学びと「Matsu-lab」での学び(図1)
出典:松下氏資料
左側は、AIが得意な分野です。理解したり、準備したりといったことは、もちろん人も習得する必要はありますが、機械の方が得意なんですよね。ただ、言い方はおかしいかもしれませんが、機械を上回ろうと思ったら、右側にあるような表現や楽しむこと、非合理への対応といった部分を鍛えていく必要がある。左側のことができなくていいということではなく、これを前提として、じゃあ右側に示したようなことはできるのか、というところをゼミでは重視しています。
図1の右側にあるようなことは、「イノベーション」の分野でも必要だと言われていることです。先日ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ(Roberto Verganti)氏が来日講演のなかでも言っていましたが、イノベーションは大きく2つにわけることができるんですね。すなわち、「意味のイノベーション」と「改善イノベーション」です。改善イノベーションは今あるものをどうやって改良していくのかであり、より良い解決を目指すという話なんですが、意味のイノベーションは、解決じゃなくて意味を問い直すことであり、これは「リフレーミング/Reframing」なんです。
意味のイノベーションとリフレーミング(図2)
出典:松下氏資料
イノベーションといったとき、改善イノベーションはもちろん重要です。しかしそれだけではなく、意味のイノベーションも問われているならば、それをふまえて、大学では何ができるのだろうと考えています。eラーニングなど、知識を学ぶ方法はたくさんあるなかで、わざわざ大学に来て授業を受ける意味はなんだろうと。こうした背景から、大学ではプロジェクト型演習を担当することが多いのですが、そこでは「意味のイノベーション」や「リフレーミング」を意識した授業やゼミをしています。
実践女子大学人間社会学部 准教授 松下氏
その一例として、非常勤で行っている中央大学のMatsu-labと鹿児島県指宿市とで取り組んでいる「削り節プロジェクト」があります。指宿市の削り節をブランディング、PRするというものですが、そこでも「我々が食べている削り節ってなんだろう」「削り節をわざわざ買いに行くって、一体どういうことなんだろう」という、意味を問うことからやっています。
石坂 指宿市からは、地域活性化やプロモーションということで依頼があったのですか?
松下 最初はそうですが、Matsu-labでは、言われたとおりにだけできないかもしれません、ということをちゃんとお話して、理解してもらっています。リフレーミングというところに落としこまずに、学生たちに「先方からこういう依頼がきたから、やってね」と言うと、「じゃあ先方が言うとおりにやります」となってしまうんですね。もちろん先方の希望を聞くことも重要なのですが、それだけにならないように煽っていくのが私の役目です。プロジェクトを進めると、企業の方たちなどから「先生のご指導があって…」と言われるのですが、「別に指導してません、煽ってるだけです。」とお話します。「それでおもしろいの?」とか、「それがやりたいことなんだっけ?」「正しいんだけど、おもしろくないなぁ」みたいに、学生を煽っていくんですよ。
旅から生まれる、2つの出会い
加藤 「リフレーミング」という話が出ましたが、私には「リフレーミング癖」があるかもしれません。現在私がやっていることとつなげると、今、「人に会いに行く旅」というのをつくっています。昨今、旅のスタイルが、観光消費型から現地生活体験型へシフトしています。ホテルや旅館に泊まって、名所を回り、おいしいものを食べて、お土産を買って帰るというのが従来型の旅。地域の家に短期的に住んで暮らして、ホストの人たちの人生哲学や、その人たちが体現している地域の暮らしや文化的な営みを肌で感じとるというのが現地生活体験型の旅です。
旅の目的地が観光地から人にシフトしていると思うので、「人に会いに行く旅」をどんどん広めたいのですが、ここでいう「人」には2つの意味があります。1つは地域の人に会いに行くこと、もう1つは、実は新しい自分に会いに行く、ということなんですね。
(株)パソナ ソーシャルイノベーション部 副部長 加藤氏
どういうことかというと、地域の人の暮らしとか、現地生活を体験すると、地域の文化や地域の人の精神性に深く触れることができる。そして、それに触れるとやっぱり自分の人生を考えるんです。自分は何者なのか、自分は何のために生きているのか、と。そうやって自問自答してると、自分の新しい価値観とか、自分のコアになってる部分、逆に自分がすごく背徳感を持っている部分に気付くんです。それが新しい自分を発見することだと思っています。実際に、旅を通じて僕の人生が変わりまくっているので、そういう旅をどんどんデザインしていきたい。まさに、旅のリフレーミングです。だから今、「人に会いに行く旅人」をおもてなしする、地域側のおもてなしホストのような人たちを増やそうともしていて、さらにこれを、自社の事業にするべく日々活動をしています。
「地域のおもてなしホスト」というのは、地域の人が旅人に地域の暮らしをシェアすることです。さらに、現地生活体験を提供することが仕事となるようなことを目指しています。民泊と呼ばれるホームシェア、車を貸すカーシェアや、体験ガイドなどのスキルシェアのように、その人の持ってる資産や知識・スキルをシェアすることによって、その人の生活をシェアするという働き方をつくっちゃうってことですね。
こうした動きは広がってきていて、たとえば限界集落の古民家に住むシニアの女性が、ホームシェアやカーシェアを通じて旅人をおもてなしして週2、3日外国人を泊めていたり。阿波おどりという、日本を代表する伝統的なお祭りの開催地に住む地域住民が、期間限定のホームシェアとかスペースシェアを通じて、お祭りに参加する旅人をおもてなしするプロジェクトもあります。
阿波踊り × 民泊
出典:加藤氏資料
社会の変化を見据えて、大人たちができること
石坂 次期指導要領では、子どもたちによる「他者の尊重」や「他者との協働」も促されており、新しい公共、助け合い、学校と社会との連携および協働などを強く意識したものになっています。これには、社会の要請が反映されているという話が須永研究員からもありました。
そこでお聞きしたいのですが、みなさんが、日々の活動のなかで感じ、考えている「社会の変化」はどのようなものでしょうか? その変化をとらえて、我々はどんなことを子どもたちに伝えていくべきなのでしょうか?
高原 弊社の運営するまちのてらこや保育園は、「まちのみんなが先生で、まち全体が保育園」を重要なコンセプトとしています。これは、保育者が子どもたちの保育をするだけではなく、まち全体で子どもたちを育むことを目指しています。
地域のおじいちゃんの竹とんぼ教室 写真提供:まちのてらこや保育園
都会に住んでいると、隣に誰が住んでいるのか知らない場合も多いですし、保育園も子どもの安全を守るために、結果的に外に対して閉ざされているケースが多い。でも、自分たちのまちで育つ子どもたちを、地域として見守っていきたいよね、と。そういうのが健全な形ではないかと考え、保育園として、さまざまなまちの人たちと交流をしています。
たとえば、地域のおじいちゃんが竹とんぼ教室を開いてくださったり、地域にある相撲部屋の力士の方々に遊びに来ていただいたり。老舗が立ち並ぶ日本橋という地の利を活かして、節分のときは老舗ののり屋さんに恵方巻ののりを買いに行ったり、子どもたちが60円を握りしめて、人形焼き屋さんに「人形焼きください」って買いに行きます。こんな風に、まずは顔見知りを増やす活動をしています。そうすることで「まちのみんなの子どもなんだよ」っていう感覚を地域のみなさんに持ってもらう。
保護者の方も、日本橋で育った方は少なくて、マンションができたから引っ越してきましたっていう方がほとんどです。だからこそ、子どもたちの活動を通じて保護者の方にもまちのことを知ってもらい、まちに愛着を持っていただく。日本橋には、日本橋に住む、あるいは日本橋で働く忙しいパパたちが気軽に交流ができるパパ会があり、現在約200名ほどの構成員がいます。同じまちの子育て世代がつながり、イベントや懇親会などの活動を行っています。こうした草の根の活動の結果、最近では子育て世代と地域がつながり、たとえばパパたちが地域の神輿の担ぎ手になったりして、担ぎ手不足の地域も助かる、ということが起こっています。保育園も、こうしたまちの役割の一端を担えると思うんです。
松下 大学生たちには、「価値判断を相手にゆだねるな」って言い方をよくするんです。たとえば、「先生がこう考えるだろうから、それを忖度して先回りして動く」っていうのは、君の価値判断なのか、と。なぜここにこだわるかというと、価値判断を自分の内側に持てるかどうかが、楽しいか楽しくないかを決めると思うからです。学校教育のなかでも、「先生がああ言ってるから」とか「テストがあるから」とか、学びの価値判断が外側に置かれがち。もちろん、客観的に評価するためにはそれが重要になる場合はありますが、楽しめることを外側に見つけること自体が難しい時代だからこそ、自分の「楽しい」という判断が重要なんです。
「意味のイノベーション」を起こすときには、顧客に聞いても答えのないことが多い。そんなとき、「いや、こうなんだ」って言える力を身に付けるには、自分の価値基準としてこれを出したいとか、これが楽しいと思えるんだっていうことを、相手に共感なり理解なりしてもらう行動をとる必要がある。一方で、その非合理な部分や、楽しさをどうやって教育的に評価するのか、というところは難しい課題でもあります。
もう1つ、社会のなかで生きていくと、「公共」とか「道徳倫理」みたいなことにも向き合わないといけない。でも、パブリックというのは人に合わせるということじゃなくて、自分の価値を相手と重ね合わせていく作業だと思っています。自分がこう思うからあなたがどう思うかは関係ないってことじゃないし、あなたがそう思うから私はそうします、でもない。自分が思うことを相手に重ね合わせていくっていうことが、「新しい公共/パブリック」なんじゃないかと思います。
加藤 先ほどお話したホームシェアのような、いわゆる「シェアリングエコノミー」では、“儲ける”ではなく、“共に助け合う”という感覚が重要になります。これからは個人が会社に依存して働く時代から、個人が自立して働く社会にシフトしていくと考えますが、個人はやっぱり不安定なので、個人同士が共に助け合えるシステムを構築し、実装することによって個人が自分の強みを出せるようにしたい。
自分の資産や知識をシェアすることをサービスにすること、すなわちシェアリングワークのもとでは、人が「ありのままでも生きていける」ようになります。そうなったときに重要なのは、信念と、テクノロジーを利用して情報発信ができる能力ではないでしょうか。自分の生き方や信念をある程度明確にして、自信を持って生きていくということは大事だということですね。プラスアルファで、今の時代だと、情報発信する能力、プレゼンテーション能力、あるいは人に伝える能力をふまえてテクノロジーを活用する能力があると強い。限界集落でホームシェアを実現したシニアの女性は、息子さんにAirbnbの使い方を教わって、一気に世界とつながりました。これは、インターネットを活用できたからこそ、実現したことです。
林 教育の社会的要請という話も出ましたが、AIが流行ってるからAIでやらなきゃとか、IoTが流行ってるからとか、技術に振り回されている例をたくさん見ていて、あれはすごく危険な構図だなと感じます。その場しのぎの短絡的な視点で「だから今、プログラミング教育」みたいになり、その時点で流行っている方法でプログラミングを教えても、子どもたちが社会人になる頃には状況が変わっている。大事なのはその時点での社会的要請ではなく、変化し続ける社会的要請をどうとらえ、どう考えて、どう対処するかなど、生徒に内在する変えてはいけない価値の方ですよね。
ITジャーナリスト 林氏 (あスコラ ボードメンバー/コメンテーター)
テクノロジーが加速度的に進化する時代に
須永 これまでのみなさんのお話を聞きながら近い未来を想像したときに、「すごい、やったぜ!」とワクワクする一方で、怖いなとも思いました。先日、小学生20人ぐらいと話す機会があり、「将来何になりたい?」と聞いたら、魚屋さんとかパン屋さんって出てこないんですね。20人中15人がユーチューバーって答えたんです。「そうだね、かっこいいもんね」と返す一方で、「じゃあ、ものづくりは誰がするんだろう?」とも考えました。
松下 イノベーションは、ITの世界だけで起こっているわけではないですよね。1、2次産業でも、意味のイノベーションが起こっている事例はある。実は魚を捕ることっておもしろいんじゃないとか、野菜育てることってこういう意味があるんじゃないのというかたちで、イノベーションはこれからも進んでいくんじゃないのかなと、僕は結構ポジティブに思っています。
加藤 地域の課題は、地域に住んでいる人が日々感じているものなんですよね。僕は、正直な話をすれば、普通に生活しているなかでは畜産問題とか、農業問題って全然「肌感覚」がないんですよ。だけど、今の会社では本社ビルの中に観光農園の「大手町牧場」を開設していたりするので、仕事を通じて問題を肌感覚で感じられるようになった。けれど、これは珍しいケースです。だからこそ、畜産や農業の問題は政策的にちゃんとやらないといけないし、それこそ教育でちゃんとやらなきゃいけないところだと感じます。問題意識をちゃんとシェアして、醸成すればいろんなアイデアを出す人たちは出てきます。アイデアが出たら、そこにソーシャルとテクノロジーを合わせて、アイデアを高めたり実現に持っていったりする。
林 いわゆる“3K”と呼ばれる仕事については、テクノロジーでより少ない労働力で回せるようになっていくということをみんな期待して、現在、AIやロボットの開発が進んでいますよね。あとは1次産業にしても産業のフレームワークそのものを再構築しようという動きもある。クラウドファンディング的に前払いで農産物を必要な量だけ生産していくといった動きもあれば、もっと農業をかっこよくして農業人口を増やそうみたいな動きもある。以前取材に行った、ものづくりの伝承に力を入れている新潟県燕三条のような地域なんかは、この「かっこよくみせる」ことで継承者を増やすのに成功している気がします。
スティーブ・ジョブズが、1995年頃に受けたあるインタビューのなかで、「ある事実を知れば人生の幅がもっと広くなる」と言っています。どういう事実かというと「あなたの身の回りにある生活の全てに関わるものは、そこら辺にいる普通の人たちがつくってきたものであって、自分自身でそれを変えることもできれば、それに対して影響を与えることもできる。世の中は自分で結構変えられるんだ」ってことです。この感覚を実感値として持つと、その後の一生が変わっちゃうということをジョブズは言っています。実感値を持とうとしたときに、地域とのつながりは重要です。地域は、自分がアクセスしやすくて、変化も起こしやすい。「変えられる」というスケールのある、その人にとっての地域という場所は、すごい重要なんだなっていうことを、みなさんのお話を聞いていて思いました。
AIの時代になればなるほど、課題発見力の重要性が圧倒的に増します。課題発見力を伸ばすためには、もっと旅をするとか、人との接点をいっぱい持つとか、経験値を積むことってすごく大事なんですね。日本の学生たちと話をしていると、世界の学生たちに比べて住んでいる世界が狭いな、という印象を受けることもあるので、どうやって「大きな課題」を見つめることができるのかが問われるのかもしれません。
高原 私は、今日のみなさんのお話を伺って、私たちが今大切に育てている子どもたちがこれから進むであろう未来が、結構楽しそうな未来だなって感じました。自信を持って、子どもたちを社会に送り出したいですね。
石坂 本日はありがとうございました!
主宰者より御礼
"イノベーションは辺境の地から起こる"という言葉をあらためて噛み締めていました。困難な状況下に置かれている当事者こそ、それを乗り越える意志や行動力の芽生える可能性が最も高くなるのだなあと感じました。さらに、これからは今まで以上に社会変化が複雑で激しくなるので、個々人がしっかりと成長していくためには、"その人なりの小さなイノベーション"を起こしていく必要もあるのではないかとも思いました。そのときにカギとなるのが、生涯を通して主体的に学び続ける姿勢です。
そして、今回とても勇気付けられたのは、「個々人」といっても決して孤独に頑張れという意味ではないということでした。学校や地域コミュニティを、一人ひとりの特性や能力、経験資本などを交換する学びの場として活用しながら、個々人が一層輝く仕組みも構築し得る展開が見えてきています。そうした意味からも、地域の持つ力を子どもや大人の学びのために見事に引き出されている加藤さん、高原さん、松下さんのチャレンジは極めて示唆に富むものでした。ありがとうございました!
登壇者プロフィール
加藤遼(株式会社パソナ ソーシャルイノベーション部 副部長)
パソナにて企業の人材採用・育成支援、行政・企業・NPOと連携した若者雇用、東北復興、地方創生をテーマとした事業企画・立上などを経て、現在は旅×シェアリングエコノミーをテーマとした新規事業開発を通じ個人自立社会における新しい働き方の創造に取り組む。また、コーポレートベンチャーファンドを兼務。地域活性化に取り組む起業家発掘・育成・インキュベーションを担当し3社の投資先の事業開発・戦略担当役員やプロデューサーを務める。高原友美(株式会社サムライウーマン代表取締役)
2007年4月より7年間、三井物産株式会社に勤務。金属資源の輸出入、ブラジルでの金属資源開発案件などを担当。2014年4月に退職し、6月に株式会社サムライウーマンを設立。同社が運営する「まちのてらこや保育園」を開設し、園長を務める。第32代中央区観光大使・ミス中央でもあり、中央区の魅力を国内外に発信中。松下慶太氏(実践女子大学人間社会学部 准教授)
京都大学文学部・文学研究科、フィンランド・タンペレ大学研究員を経て、現職。中央大学・立教大学非常勤講師。専門はメディア論、若者論、学習論、コミュニケーション・デザイン。近年はワークプレイス/スタイルのメディア論、渋谷の都市フィールドワーク、ワークショップデザイン、産学連携PBLを実践・研究。須永正巳氏(ベネッセ教育総合研究所 アセスメント研究開発室 研究員)
2003年ベネッセコーポレーション入社。2006年東京大学教養学部教養教育社会連携寄付研究部門受託研究員等を経て、現職。NPO法人八王子つばめ塾理事。林信行(ITジャーナリスト)
最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター。石坂 貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰)
アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験開発、社会人向け通信教育事業ユニット長など主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構(JOIN)に出向し、総括参事として「地域おこし協力隊」制度などを立ち上げ、2013年より現職。「シリーズ・未来の学校 」、「SHIFT」、「CO-BO」、「まなびのかたち」などをプロデュース。 グローバル人材のローカルな活躍、日本の伝統と学びのデザインに関心。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、高藤さおり