2014/01/24
第39回理解を伴った「知識・技能の定着」へ-「小学生の計算力に関する実態調査2013」より
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
研究員 橋本 尚美
研究員 橋本 尚美
小学校では、新しい学習指導要領(2008年告示)が、2年間の移行措置期間を経て2011年度から全面実施された。その成果や課題は、全国学力・学習状況調査(6年生の算数・国語)の「経年比較分析調査」でも確認できる。本稿では、ベネッセ教育総合研究所が実施した「小学生の計算力に関する実態調査2013」から、その成果や課題を検討してみたい。
本調査は、新学習指導要領全面実施2年目の3学期末である2013年2~3月に、全国の公立小学校15校の1~6年生約7,800人を対象に実施したものである(第2回調査)。各学校に調査票を配布して、45分間で計算力テスト(整数・小数・分数などの計算問題)とアンケート調査に回答してもらい、それにより、小学生の計算力(計算技能)の実態と算数に対する意識を明らかにした。2007年にも今回協力いただいた同じ学校で同様の調査(第1回調査)を実施しており、学習指導要領の改訂前後での変化をとらえられるのが特徴である。
計算力(計算技能)は高まり、「計算のしかたを考えるのが好き」も増加
調査実施前、私たちは調査結果について、子どもの理解度が高まる部分がある一方で、つまずきや「算数嫌い」も増え、計算問題の正答率は上がらない(部分的には下がる)のではないかと予測した。新学習指導要領では、算数の授業時数が増加(年間869時数→1011時数、1~6年生の合計)して充実した学習ができる一方で、学習内容が増加したり、上の学年から下の学年に移行した学習内容があったりして、内容がレベルアップしているからだ。
しかし、今回の計算力テストの結果(表1)をみると、学年間移行がなかった学習内容の正答率は、1~3年生では差がみられず、4~6年生では5ポイント以上上昇していた。また、上の学年から移行した学習内容について、下の学年で同じ問題を出題したところ、正答率に大きな変化はみられなかった。同じ難易度の問題を、下の学年の子どもたちが前回と同レベルで正答している。総合的にみて、子どもたちの計算力(計算技能)は高まったとみてよいだろう。
表1 計算問題の平均正答率(2007年と2013年の比較)
また、アンケート調査では、算数や計算に関する意識をたずねたが、「算数」の勉強に対して「好き」(とても+まあ、以下同様)という回答や、「計算するのが好き」という回答が、2007年と比べて4~5年生で増加傾向にあった(図は省略)。もっとも変化が大きかったのは「計算のしかたを考えるのが好き」(図1)の結果であり、「好き」の比率が3~5年生で9~13ポイント増加していた。計算の習熟度が高まると同時に、算数に対する意識もいい方向に変化していることがわかる。学校現場の先生方の努力が表われているとみていいだろう。
図1:計算のしかたを考えることの好き嫌い(2007年と2013年の比較)
理解を伴った「知識・技能の定着」になっているか
しかし、これらの結果をそのまま評価してよいか疑問も残る。
計算問題ごとに詳細をみると、例えば、3桁×2桁の計算問題の正答率は70%台なのに対して、桁数を1つ増やした3桁×3桁の発展的問題は正答率が20~40%台に下がる。原理は同じでも、計算が複雑になるだけで正答率は大きく落ちる。
また、3年生の「13-1.8(正答11.2)」は正答率47.5%と決して高くないが、同類の「23-1.8(正答21.2)」は4年生で29.4%と正答する児童が3割にも満たない。前の学年での学習が定着していないことを示す結果だ。さらに、誤答例をみると「0.5」という解答が多い。小数点の位置を正しく捉えられずに「2.3-1.8」の計算をしているわけだが、「23」からおおよそ「2」を引くと考えれば、「0.5」という解答がおかしいことに気づく。こうした数量感覚が育っていない可能性がある。このように、全体の正答率が上がったことのみに着目するのではなく、子どもたちがしっかり理解を深めているのかについて吟味をする必要がある。
表2 3年生の計算力テストの結果(3桁×2桁、3桁×3桁)(2013年)
表3 3年生と4年生の計算力テストの結果(整数—小数)(2013年)
思考する楽しさを味わわせたい
こうした結果をどう考えればよいだろうか。
新学習指導要領では、「知識・技能の確実な習得」とともに、「これらを活用する思考力・判断力・表現力の育成」が「車の両輪」とされた。しかし、確実な「習得」と、じっくりと考えて表現する「活用」の指導を合わせて実践するのはそれほど簡単なことではない。今回、計算力(計算技能)が高まったものの、深い理解の部分で疑問が残る結果になったのは、「習得」と「活用」がうまく結びつかないまま、単純に「習得」のための時間が増えた結果かもしれない。学力向上への取り組みが強まるなかで、先生たちの指導が訓練的な性格を強め、子どもたちにたくさんの課題を与えているのではないかと懸念される。
それをうかがわせるデータがある。2010年に実施した「第5回学習指導基本調査(小学校・中学校)」では、教員の指導観が「子ども中心・主体性重視」から「教員中心・訓練重視」へと変化していた(1998→2007→2010年)。
図2 小学校教員の指導観(経年比較)
もちろん、計算のような基礎的な技能の習得に反復は欠かせない。しかし、反復すればわかるようになるわけでもない。訓練型の学習で知識・技能を「操作」するだけで終わらせず、子ども自身の「思考」を伴う学習に展開させる必要があるだろう。そのことが、学習内容の理解と定着につながるはずである。計算力が高まった今だからこそ、子どもたちには、反復してできるようになるという喜びだけでなく、自分の持つ知識・技能を最大限駆使して思考する楽しさを味わわせたい。「習得」と「活用」が結びつき、知識・技能の深い理解が子どもたちの生活や生き方とつながる学習になるといい。
著者プロフィール
橋本 尚美
ベネッセ教育総合研究所 研究員
ベネッセ教育総合研究所 研究員
愛知教育大学准教授を経て、2007年より現職。ベネッセコーポレーション入社後は、小学校領域を中心に、子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究を担当。これまで担当した主な調査は、「小学生の計算力に関する実態調査2013」(2013年)、「学校教育に対する保護者の意識調査(朝日新聞共同調査)」(2012年)、「第5回学習指導基本調査」(2010年)、「放課後の生活時間調査」(2008年)、「中学校選択に関する調査」(2007年)など。子どもの文化世界や学びの実態、子どもの成長環境としての社会・学校などに関心を持っている。