2015/10/23

第81回 21世紀型能力の育成と評価 ~批判的思考~【前編】

研究員 伊藤 素江
 最近「批判的思考」という言葉を目にしたことがないでしょうか? 思考力と言うとロジカルシンキング(論理的思考)のほうがなじみ深いかもしれませんが、とりわけ教育界においてはいま注目されている能力の一つです。これまでは大学での学びで必要な力として高等教育段階で語られることが多かったのですが、いま行われている学習指導要領改訂や高大接続改革の議論の過程で高校段階まで下りてきたのです。国立教育政策研究所が学校教育において育成すべき資質・能力としてまとめた「21世紀型能力」の一つとして、批判的思考力が明記されています。
 ではいったい「批判的思考」とは何か、どう育成し評価するのでしょうか? 2回シリーズの前編である本稿では、批判的思考とは何か、および高校での育成事例から得られる示唆についてお伝えします。後編では、批判的思考力をいかに測定するかについて、テスト等国内外の事例をお伝えする予定です。
 ここで、批判的思考とは何かに入る前に皆さんにお願いがあります。「批判」という言葉のネガティブなイメージを忘れてください。これは決して相手を「非難・否定」する思考ではなく、また皆さんがこれまで自然に行ってきた思考の一部であり、決して特別な思考ではありません。学術的な議論や研究といったシーンだけでなく、たとえば自分の健康や、歴史の授業で学んだ史実の関係性、また新しい販売戦略など、日常生活・学習・仕事で私たちが何かを考えるとき、あらゆる場面で働いています。

批判的思考とは

 批判的思考は1930年代にアメリカで誕生した用語であるとされていますが、これまでさまざまな研究者が定義をしており、一つに定まってはいません(道田2003)。しかし数ある定義も全く違うわけではなく、共通する観点として以下3つが指摘されています(楠見2011)。
  • 論理的・合理的思考であり、規準(criteria)に従う思考
  • より良い思考をおこなうために、目標や文脈に応じて実行される目標志向的思考
  • 自分の推論プロセスを意識的に吟味する内省的(reflective)・熟慮的思考
 決して他者を攻撃することを目的とした思考ではなく、むしろ自分自身に対して働かせる思考であることが分かります。もう少し詳しく見てみましょう。
 批判的思考の構成要素を分解すると、図1のようになります。たとえば何らかの課題に取り組むとき、批判的思考を発揮するにはその分野固有の知識・スキルである「領域固有知識」と、分野に関係なく必要な「領域普遍知識」を身につけている必要があります。そしてこれら知識・スキルの適切な発揮にかかわっているのが、「批判的思考態度」と「メタ認知」です。批判的に思考しようとする態度・指向性がないとそもそも批判的思考が出てきませんし、解決すべき問題の状況をメタ的にとらえて発揮すべき知識・スキルを適切に判断する必要があります。これら要素すべてがうまく働いて、批判的思考が発揮されます。
 テーマにかかわらず求められる「領域普遍知識」について、さらに詳細を見てみましょう。「明確化」「推論の土台の検討」「推論」をさらにサブスキルに分解したのが表1です(詳細はこちら)。これらスキルを「criteria(規準)」として適切に発揮して、物事をとらえ判断することが批判的思考です。

学校における批判的思考の育成-先進事例からの示唆

 批判的思考の習熟のためには、知識・スキルのより多くの獲得と、態度やメタ認知の向上を図ることになりますが、そのために特別科目を設置して特別カリキュラムで教えなくてはならないというものではありません。残念ながら「こう育成すればよい」といったセオリーはなく、教える側・教えられる側の事情に合ったベストな方法を探る必要があります。批判的思考の育成について考えるときは、以下の類型が参考になるでしょう。
 ジェネラル・アプローチとは、批判的思考を教えるための科目を特別に設けて、批判的に考えるためにはどうすればよいか具体的な手がかりや視点を明示的に教えるという育成方法です。育成事例として、筆者が訪ねた玉川学園中学部・高等部の取り組みをご紹介します。スーパーサイエンスハイスクール指定校である玉川学園高等部は、科学者育成のため問題解決や発表・論文作成能力の育成をめざし、そのために創造力と批判的思考力の育成が重要であると考えて育成プログラムを独自に計画・実施しています。
 育成プログラムの始まりは、一貫校の利点を生かして設置した中学3年生対象の自由研究の基礎講座(必修科目)です。この授業は、「問いを立てる→情報収集と取捨選択→解釈→論理的にまとめる」という探究学習のプロセスに沿って構成されており、批判的に考えるにはどうすればよいかや、マインドマップなどの思考ツールを要所要所で教えていく、という構成になっています。
 新しい知識・スキルの獲得には、ただその中身を知るだけでなくその効力感をいかに得られるかも影響するとされていますが、まさに生徒は必要なときにスキル・ツールを提示され、それがいかに有効かを感じながら探究学習を進めていくことができる仕組みになっているといえます。
 そして特筆すべきは、教員自身が育成したい能力を明確にし、その中で批判的思考とは何かについて徹底的に調べ議論して、具体的に指示できるレベルで定義づけしている点です。それにより「さあ考えましょう」ではなく、「この結論を裏付けるのに、この根拠で適切だろうか」など、考える観点を教員が具体的に生徒に指示できるようになっているのです。
 次にご紹介するのは、10年ほど前から批判的思考力育成に取り組む広島大学福山中・高等学校の実践例です。この学校では、特設科目を設置しての育成から始まり、現在は既存科目でも発展的内容として批判的思考力の育成に取り組んでいます。既存の科目で批判的に考える手がかりや視点を教示するインフュージョン・アプローチと、前掲のジェネラル・アプローチの良さを生かしたミックス型ともいえます。
 興味深い特徴の一つとして、批判的思考の観点を子どもたちに定着させるため「授業展開での具体的な問いかけ」を独自に設定し、それを意識的に発問しながら授業展開をしてきたという点があげられます。これにより、「一回学習したら終わり」ではなく、各学年に設置された(学年によっては複数の)科目で何度も繰り返し観点に触れることができるようになっており、批判的思考力習得に高い効果が期待されます。
 また福山中・高等学校では、育成したい能力の位置づけと教科との関係をマトリックスの形で整理したうえで取り組んでいます。科学者育成を目指す玉川学園中学部・高等部もそうであったように、思考力の育成はそれが最終目的ではなくその上にある目標達成のための一つの手段です。自然と複数の能力の育成が検討されることとなりますが、福山中・高等学校ではそれをこのように整理することで「科目間、教科間の連携を図り、内容のつながりを意識」(報告書)しています。すなわち、個別の授業を超えたカリキュラムとしての展開を狙っているということです。その基礎には、係る先生方の徹底した議論があることは言うまでもありません。
※広島大学附属福山中・高等学校HP「研究開発学校の取り組みについて」より抜粋 
これら先進事例の共通点から得られる批判的思考力育成への示唆として、以下の2点があります。
① 育成したい能力の位置づけ・定義をしっかり行うこと
② 多分野の教員がかかわって議論し、カリキュラムとしての構成を目指すこと
 学術領域でも定義が一つに定まっていないように、思考力は人それぞれ多様なとらえ方があります。ただでさえ曖昧模糊もことした思考力について一つの定義を作り上げるのは根気のいる作業ですが、そこが抜け落ちると教えたいこと・学習の目標が曖昧になります。ひいては、生徒の能力の伸びや育成の効果を評価するツールもはっきりしなくなり、指導計画・指導実践・評価・改善というような育成のサイクルが回らなくなります。
 また、批判的思考は教科や分野にかかわらず発揮される思考ですから、全教科が関連しています。より多くの教員で議論することで、その学校の生徒にとってベストな方法や文脈に関する豊かな議論が可能になります。さらに学校にはすでに決まったカリキュラムや部活・行事などがありますから、それぞれの学校の事情に合わせて考える必要があります。そのためにも多分野の教員がかかわり、たとえば○○を教えるならA教科ではなくB教科がよい、などの議論も欠かせません。
 これから新たに批判的思考の育成を検討されている学校では、全教科の教員参加のもとで、どのような思考力を育成したいのか、惜しみない議論をしていただければと思っています。

参考文献

楠見孝(2011) 「批判的思考とは」楠見孝・子安増生・道田泰司『批判的思考力を育む—学士力と社会人基礎力の基盤形成』有斐閣、2-24。
楠見孝・道田泰司編(2015) 『ワードマップ 批判的思考 21世紀を生きぬくリテラシーの基盤』新曜社。
佐藤純(1998) 「学習方略の有効性の認知・コストの認知・好みが学習方略の使用に及ぼす影響」『教育心理学研究』46、367-376。
平山るみ・楠見 孝 (2010) 「批判的思考が結論導出プロセスに及ぼす影響:証拠評価と結論生成課題を用いての検討」『教育心理学研究』52, 186-198。
道田泰司(2003) 「批判的思考概念の多様性と根底イメージ」『心理学評論』46,617-639。
村山航(2003) 「学習方略の使用と短期的・長期的な有効性の認知との関係」『教育心理学研究』51、130-140。

著者プロフィール

伊藤 素江
ベネッセ教育総合研究所 アセスメント研究開発室 研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科教育学専攻博士課程満期退学。修士(教育学)。2006年にベネッセコーポレーション入社。読解力、語彙力、批判的思考力など、これからの社会で必要とされる能力に関するアセスメントの研究・開発に携わる。

主な研究テーマは、ジェネリックスキルの項目開発研究。