2016/12/01
第117回「一生学び続ける」を科学する⑯ 英語力を伸ばしているのはどんな学校か?(後編) —学校や英語科としての取り組み—
研究員 森下 みゆき
前編は、英語力を伸ばしている学校の授業(指導)について、その内容に焦点をあてて、これまでわかってきたことをみてきました。これらの取り組みは、一人の先生の取り組みではなく、学校や英語科の取り組みとして行われていました。後編では、どのようにして個人の先生の実践で終わらずに、学校や英語科全体の取り組みとなっていったのか、また、どのような方法で学校や英語科全体で取り組めるようにしているか、公立高校5校へのインタビュー調査からわかってきたことをご紹介します。
どのようにして学校や英語科全体の取り組みとなっていったのか
学校や英語科という全体の取り組みとなっていった経緯には、それぞれの学校の持つ背景や組織の状況など様々なことがかかわっており一概には言えません。しかしながら、先生方へのインタビューから、以下の4つの点がみえてきました。
- 取り組みの中心となる先生の存在
- 数年(4年~10年以上)ⅰ にわたる継続的な取り組み
- 「新課程の開始」「研究校に選ばれる」などの環境変化や外的要因
- (取り組み開始後に)GTEC for STUDENTS のスコアが伸びる、などの目に見える成果
それぞれをもう少し詳しくご紹介します。
[取り組みの中心となる先生の存在]
どの学校にも、取り組みの中心となる先生の存在がありました。一般的にどのような取り組みにもリーダーが必要ですが、これらの学校では役職というよりも、以前から英語の指導や授業のあり方に課題認識をもたれて、ご自身の授業に関して改善の取り組みをされてきた先生が、中心的な役割をされている点が特徴的でした。本研究のリーダーである根岸雅史先生(東京外国語大学)は、「各学校にessential(=本質的な、必要不可欠な)な存在の先生が1人はいるのではないか」と述べられています。
[数年にわたる継続的な取り組み]
これらの学校では、少なくとも4年以上にわたって取り組みがなされており、今回GTEC for STUDENTS のスコアの分析の対象であった2015年時高3の生徒が高1入学時やそれより前から取り組みがなされていることがわかりました。その過程は学校それぞれですが、学年単位で小さく開始している学校が多く、また、最初の段階から、前編でご紹介したような授業内容となっていたわけではなく、以下のように試行錯誤を経られていました。
- 訳読をしないで、音読や単語のインプットなど活動を増やすことで、生徒がアクティブになった。その後、(他校の取り組みなど知るうちに)この活動の中に、(生徒が自分のことを話すような)コミュニケーション活動はあったか、という問いが出てきた。
- (研究会等で外部の)いろいろな先生から意見をいただいた。暗唱や暗写など家でできることは家でやって、学校では話す活動に時間を取るようになっていった。
[環境変化や外的な要因]
取り組みが始まるきっかけは学校によって異なっていますが、環境変化や外的な要因の影響がみられました。新課程の開始という環境の変化に対してアクションを起こした学校や、「英語教育強化地域拠点事業」など研究校に選ばれたという外的要因によって後押しされたケースが多くありました。
[GTEC for STUDENTS のスコアの伸びなどの目に見える効果]
取り組み開始後に、実際にGTEC for STUDENTS のスコアなどから、英語力の伸びを確認することで、英語科内や学校内での関心が高まり、取り組みが広がった、という学校が多くありました。インタビューでは、実際にスコアがあがったことで、従来の授業のやり方がよいと思われていた先生も、新しい指導の取り組みに興味を持ってくれるようになった、と述べられていました。
学校や英語科全体としての取り組み方
次に、どのような方法で学校や英語科全体で取り組めるようにしているか、についてみていきます。学校や英語科全体として具体的に取り組めている学校では、「目標」「指導」「評価」について、それぞれを連動させながら教員間で検討、共有がされていました。
-
目標:生徒に身につけてほしい英語力を共有
(「CAN-DOリスト」形式の学習到達目標を設定) -
指導:目標に対して、実施する指導の方向性を示す
(授業ワークシートの共有) -
評価:目標に対して、指導の結果を確認する評価方法へ変更
(パフォーマンステストの実施、定期テストの方針確認)
それぞれについて、詳しくみていきます。
[目標について]
これらの学校では、生徒に身につけてほしい英語力が共有されており、「CAN-DOリスト」の形で学習到達目標が設定されていました。学校によってその設定や活用の仕方に違いがありましたが、これらの学校では、ただ目標が設定されているのではなく、先生方が「1年生の後半ではこういう言語材料(語彙・表現)を用いて、これぐらいの内容の発表ができる」などと生徒が英語を使っている姿(能力)をイメージできていることが重要であると考えています。教科書で扱った内容を理解できているか、ということではなく、「聞く」「話す」「読む」「書く」それぞれについて、実態をもとに、生徒が今どこまでできているかを実感としてわかっていることになります。だからこそ、生徒の実態と身につけてほしい力との距離感がわかり、目標が指導につながっていると考えます。
[指導について]
指導については、これらの学校では、目標に対して実施する指導の方向性を示し、共有をされていました。その共有方法として、多くの学校で用いられていたのが、授業ワークシートでした。指導にかかわる重要な方針や進め方(英語で授業を行う、インプットとアウトプットの行きつ戻りつの流れ、4技能を用いたコミュニケーション活動やパフォーマンステストの盛り込み、など)を具体的な形におとし、授業ワークシートとして共有がされています。
インタビューでは、授業ワークシートについて、「英語での授業や活動中心の授業に慣れていない先生も、授業の進め方が可視化されているので取り組みやすい」、「(具体物になっているので)担当者間の進め方の相談がしやすい」などの利点があげられました。ここで重要なのは、ただ授業ワークシートを使用するということではなく、具体物となったワークシートをもとに、指導にかかわる重要な方針や考え方を教員間で共有し、確認している、という点にあると考えます。実際にインタビュー校の中には、方針や目標をしっかりと検討、確認することで、共通の授業ワークシートは用いていない、という学校もありました。
また、インタビューで先生方は、授業ワークシートは型にはめようとするものではなく、それぞれの教員が生徒の状況などにあわせて、アレンジすることができる自由度をもたせること、作ったら終わりではなくさらによいものを目指し変えていくこと、の重要性を述べられていました。方針や進め方を同僚と検討しながら、それぞれの先生が理解を深め、生徒の状況にあわせて自分のものにしていくことが大切である、ということだと思います。
[評価について]
評価については、まだこれからの検討課題という学校も多かったのですが、目標に対して、指導の結果を確認できる評価方法へ変更されていました。指導で「話す」「書く」活動を取り入れることを機に、インタビューテストや、授業中のアウトプット活動を使ったパフォーマンステストを取り入れた学校が多くありました。また、定期テストについては、学校による違いが大きかったのですが、指導の変化にあわせて、初見の問題をいれるなど英語科内や学年担当者で方針が確認されていました。
目標や評価は、文章化され英語科や学年で共有されることが多いと想定されますが、その間にある指導(授業)については全体で共有することが難しいのではないでしょうか。それゆえに文章で表現した目標や評価と実際の授業内容が結びついていない、ということが起こりがちです。インタビューを実施した学校では、共有が難しい指導の部分でワークシートを使うなどしながら、指導の方針や進め方を明らかにしていました。そうすることで、それぞれの先生方の中で、目標、指導、評価が有機的につながり、指導だけでなく、目標や評価についてもより深く検討することができていると考えます。
学校、英語科として取り組める土壌
これまでみてきた学校や英語科としての取り組みにいたるまでを、先生方は以下のように述べられています。
「(英語の指導を変えていく)過渡期の中で、理想とする授業についての意見交換や自作教材の共有などが2~3年続いたあと、5年くらい前からいい形になってきた。過渡期を乗り越えられたのは、やはり先生方が英語が好きだったから。」
「何をすればいいのか、同僚と試行錯誤の連続でした。」
「何をすればいいのか、同僚と試行錯誤の連続でした。」
学校や英語科として取り組むには、このように同僚と意見を交換し、試行錯誤をしていくことが必要となってきます。インタビュー調査では、それができるメンバーであったことが大きかったとの回答が多くみられました。しかしそれだけでなく、学校によって違いはありますが、校内で授業公開を実施したり(学校によっては1年1回全員が授業者となって実施)、教科会を定期的に開催したり、作成した資料を英語科全員で参照できるところに保存したりしている学校がみられます。こういった組織としての体制作りも、上記のような取り組みを可能にする土壌作りに影響しているのではないかと考えられます。
学校で行われている英語教育を総合的にみる
後編では、英語力を伸ばしている学校について、どのように学校や英語科として取り組んでいるか、についてみてきました。
これらの学校では、授業を変えたいという思いから、アクションを起こし、試行錯誤を経て、成果を出されています。教員個人だけではなく、学校、英語科として全体で行っているからこそ、それぞれの学校の英語教育の力を総合的に高めることができ、効果が高まっていると推察できます。一人ひとりでできることには限界があり、効率が悪いこともありますが、それを協働して行うことの効果は大きいのだと思います。
学校で行われている英語教育を、担当している一科目だけを中心にみるのではなく、授業内外含めて行われている英語教育全体としてとらえ、その結果を生徒の状況やGTEC for STUDENTS や模擬試験などのテスト結果も使いながら、担当している教員全員で検討する。そういったことにより、それぞれの学校の英語教育としてPDCAがまわっていくということではないでしょうか。
「中高の英語指導に関する実態調査2015」(ベネッセ教育総合研究所)では、97.7%ⅱ の高校英語教員が授業の振り返りとして、「生徒の状況を見て授業内容を改善する」と回答しています。ここでの「生徒の状況」は、日々の授業の中での生徒の反応や、テストなどの回答状況など、より日常的なことがイメージされます。それらが大切なことは言うまでもありませんが、「生徒の状況」を年度単位や学年単位などで振り返ることも重要なことと考えます。例えば、年度末に学年を担当する先生方でこの1年の英語指導全体を通して、それぞれの科目の授業や家庭学習でどのような取り組みをしたのか、生徒の状況、英語力の伸びはどうだったのか、客観的な数値なども用いて検討することで、次のステップにつながる課題がみえてくると思います。
一方で、個々の教員の努力だけに、学校や英語科という全体としての英語教育の改善を求めていくには限界があります。インタビューを実施した学校では、教科を問わず授業公開をしたり、教科会をあらかじめ時間割に設定しておくなどの工夫がなされていました。これは英語科に限らないことと思いますが、学校として、教員間で情報共有や授業公開ができる仕組みや風土、自校の教育について教員同士で考える機会づくりなど、個々の教員が学校の教育を総合的にとらえ、協働して取り組めるような働きかけも必要であると考えます。
インタビューを実施した学校の先生方は、よいと思ったら他校の実践を真似てみる、取り入れる、ということを述べられていました。自校の環境や生徒の状況などを踏まえることが必要ですが、全てを一からスタートするのではなく、他校の事例などから学べることが多くあるのではないでしょうか。英語力を伸ばしている学校の、授業内容から、または、学校や教科としての取り組みから、次のアクションのヒントを得ていただければと思います。
ⅰ 2016年度(インタビュー実施時)までの年数。
ⅱ「よく行う」+「ときどき行う」の合計値。
ⅱ「よく行う」+「ときどき行う」の合計値。
2016年12月4日(日)開催の上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウムにて、
本オピニオンでご紹介の「英語力を伸ばしている学校はどんな学校か」をテーマにした研究について報告、事例紹介等を行います。
本オピニオンでご紹介の「英語力を伸ばしている学校はどんな学校か」をテーマにした研究について報告、事例紹介等を行います。
著者プロフィール
森下 みゆき
もりした みゆき
ベネッセ教育総合研究所 研究員
もりした みゆき
ベネッセ教育総合研究所 研究員
ベネッセ総合教育研究所の前身の研究部門にて、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育の理論的枠組み)開発、東アジア高校英語力GTEC調査等に携わる。(株)ベネッセコーポレーションの幼児・小学生英語教材・サービス開発を経て、2016年より現職。子どもの英語学習とことばの成長、学校での英語教育について関心を持っている。