2016/11/17
第115回「一生学び続ける」を科学する⑭ 英語コミュニケーション能力を育成する教員とは(後編)—英語教員のアクティブ・ラーニング—
研究員 福本 優美子
前編では、日本の初等中等教育における英語教育の課題とその課題解決に向けた動きを確認した上で、生徒の英語力向上のために、英語コミュニケーション能力の育成目標をどのように設定するのかを改めて認識することの重要性を述べた。
そこで後編では、その目標達成のために英語コミュニケーション能力を育成する指導において必要なことについて考えていきたい。
育成すべき英語コミュニケーション能力
中央教育審議会では、今後、必要となる資質・能力を「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の3つに整理している。これは、学校教育法に定められている、学力の重要な3つの要素を出発点としながら、さらに議論を重ねて整理されたものである。
英語の学習においては、「育成を目指す資質・能力と小・中・高等学校を通じた指標形式の目標の設定」の項で、「知識・技能が、実際のコミュニケーションにおいて活用され、思考・判断・表現することを繰り返すことを通じて獲得され、学習内容の理解が深まるなど資質・能力が相互に関係し合いながら育成される必要がある」と記載されている。
英語教育において育成する資質・能力は英語コミュニケーション能力であると解釈できる。英語教育が目指すべきは、英語コミュニケーション能力自体を育成することと、その育成を通して、子ども一人一人の「未来の創り手となるために必要な資質・能力」の育成に資することである。では、英語教員はどのように英語コミュニケーション能力の育成に取り組んでいけばいいのだろうか。
英語コミュニケーション能力を育成している教員とは
「英語教員に対する聞き取り調査」(2014)で、子どもたちに高い英語コミュニケーション能力を育成している教員6名(中学校教員3名、高等学校教員3名)に対するインタビュー結果を、Thinking at the Edge(TAE)1 という手法を用いて詳細に分析した。その結果、6名に共通する英語の指導に大切な5つのキーワード(「子どもに寄り添う」「自らの成長」「英語を使う経験」「最善を求め続ける」「変化」)が浮かび上がった。
これらのキーワードは、英語だけではなくどの教科にも共通することといえそうだが、唯一英語教育に特有なものが「英語を使う経験」であり、この経験が英語教育においては重要な役割を担っているように思う。これは、単に留学をしたり、海外で生活をしたりしたことがあるという意味ではない。伝えたいことを何とか伝えようとした経験や英語を使って人とつながることの素晴らしさや喜び、難しさや苦労を感じた体験等のことである。インタビューした教員には、共通してこの「英語を使う経験」があり、そして、それらを生徒に伝えたい、経験してもらいたいと思っていた。
「英語を使う経験」とは
具体的な「英語を使う経験」をインタビューから紹介する。(以下は、インタビューから筆者が再編したもの。)
①A先生(中学校教員)
一緒に勤めていたALTがアイルランドに帰国して教員になり、「(それぞれの生徒同士で)何かつながりませんか? 」と言ってもらい交流をするようになった。アイルランドの他にもアメリカなどいろいろなところがあった。このことによって、「やっぱり人はつながるんだというのをすごく意識するようになった」「友人もそれでできたので。親友が自分自身もできたので。ALTの先生と」「すごくペラペラしゃべれなくても、英語を上手に話している人がうまいコミュニケーターという訳じゃないですよね。そういうのを肌で感じた」。
このような「英語を使う経験」を通して、人とつながる素晴らしさや喜びを感じることによって、「英語っていうのは言葉だから使うことが大事、(中略)使う道具であるというようなことを(子どもたちに)感覚として持たせたい」と考え、また「英語というツールを使って人とつながってほしいとか、社会とつながってほしい」という気持ちを持つようになった。A先生にとっては、英語は「教えるための一つの材料」であり、「子どもと自分をつなげる材料になっている」という言葉も印象的である。
②B先生(高校教員)
大学での学びで大きいこととして、留学と教育実習の2つがある。留学した時には、留学先の大学で「なんであいつはあんなに一生懸命勉強するんだ?」と話題になるくらいに勉強した。大学院の先生に「大学院の授業に出なさい」と言われるくらい、認められたり期待されたりしたことが達成感や自信につながり、主体的に学ぶことの大切さも実感した。また、もともと「あんまり多く友だちを必要と思ってなかった」が、留学先で「助けてもらわなきゃいけなくて、それこそ待ってても何もしてくれないわけだから、自分で色々な人に声をかけ」、新たな人間関係を築くために積極的に動くことで交友関係がすごく広がった。このような経験がB先生にとっての「英語を使う経験」であり、英語を通してコミュニケーションをすることで、「コミュニケーション自体の大事さ」にも気づいていったと解釈できる。
インタビューした教員は、皆、それぞれこのような「英語を使う経験」をしており、この「英語を使う経験」の中で、自らも「主体的・対話的で深い学び」を経験し、英語コミュニケーション能力を向上させてきたのだといえる。
「英語を使う経験」とは、英語を自分にとって意味あるものとして使うことである。「中高の英語指導に関する実態調査2015」(ダイジェスト版)巻末の「特別インタビュー」の中でも、根岸雅史先生(東京外国語大学)が、英語教員に「英語を使い、自分の興味に沿って楽しむ体験をしてほしい」「自分の興味や関心のために英語を使って調べたり考えたり、コミュニケーションをとったりといった活動をしてほしい」とコメントされている。その活動こそが、言語活動であり、「教員自身が英語を使用する経験を十分にすることで、言語活動への感覚が養われる」と述べられている。
「中高の英語指導に関する実態調査2015」では、教員の自己研鑽のうち中学校・高等学校共にもっとも多かったのは「外国の人とのコミュニケーションを積極的にとる」だった(図1)。これには、ALTの先生とのやり取りが多く含まれていると考えられるが、挨拶や授業の段取りの打ち合わせなどだけではなく、ALTの先生と生徒の様子や指導の在り方について議論したり、もっとざっくばらんに趣味などの共通の話題について話してみたりすることも自分にとって意味のある英語の使用となるであろう。
図1 教員の自己研鑽
英語教員自身のアクティブ・ラーニング
さらに、インタビューした教員に共通していたキーワードとして、「最善を求め続ける」ことと「自らの成長」がある。
「最善を求め続ける」とは、中長期的な視点を持ちながら、常に1つの活動、1回の授業に最善を尽くしているということである。インタビューした先生方の「最善」は、「決められたことを行う」「間違いや問題を起こさない」というようなことではなく、前編でも述べたような目標を自ら主体的に設定し、その達成のために割り切らず、折り合いをつけず、よりよいものを求め続けるものであった。そして、先生方は、指導や授業運営の研究・実践・振り返りを行い、その繰り返しの中で、結果として自らの教育観や指導観までも発展・進化させ、さらに新たな目標を設定し、それに向かって行動していたのである。
また、「自らの成長」とは、自らの英語力を伸ばすために自己研鑽をしていることを表している。「最善を求め続ける」ためには自己研鑽は必要になってくる。そしてその自己研鑽にも「最善を求め続ける」のである。
つまり、このインタビュー結果の分析を通して、子どもたちに高いコミュニケーション能力を育成している英語教員は、自らの「主体的・対話的で深い学び」である「英語を使う経験」を基として、今も「自らの成長」を目指し、「最善を求め続ける」ために継続的に学び続けている、という様子が見えてきた。
英語コミュニケーション能力を育成するためには、英語教員自身が「英語を使う経験」を十分にし、「主体的・対話的で深い学び」を継続的に行う学習者、すなわちアクティブ・ラーナーである必要がある。生徒をアクティブ・ラーナーに育てるためには、教員自身がアクティブ・ラーナーでなければならない。
教員の多忙化は大きな問題であり、悩みや課題も多い中、最善を求め続けることは容易なことではないだろう。すべてに最善を求め続けることはできなくても、教員それぞれが、自ら重要だと思うものを選んで最善を求めてみるのはどうだろうか。その場合、教員として、そして「英語」教員として何をもっとも大切にしたいのか、という両面から考えてみることが重要である。
英語教員を支える環境も重要
「審議のまとめ」にあるように、今後、予測困難な時代にあって子どもたち一人一人を「未来の創り手」に育成することは、決して容易なことではないだろう。英語教育において、英語教員の指導力・英語力の向上はもちろん必要だが、一人一人の努力だけに頼るのは現実的ではない。各学校、各教育委員会が組織的に取り組むことが不可欠であろう。
前編でも触れたが、すでに平成28年度より都道府県ごとに「英語教育改善プラン」が策定・公表され、「生徒・教員の英語力等の目標設定・管理の下、必要な研修等」の実施などを、PDCAサイクルを通じて行われることが期待されている。これまでの指導を改善・充実していくためには、都道府県ごとに指導力向上や指導体制の構築に取り組むことが求められる。その仕組みづくりや条件整備、実施状況などに今後、地方自治体ごとの差が生じることも懸念されるが、英語教育担当指導主事や英語教育推進リーダーを中心に、各教育委員会・学校が一丸となって取り組む必要があるだろう。
ベネッセ教育総合研究所では、英語教育分野を入口に教育委員会や学校の取り組みについて研究をはじめた。現在は、教育委員会の国の発信の捉え方や、具体的な施策とするまでの意思決定や実行プロセスなどの現状について調査したり、指導主事の方々からは活動の実態や指導に対する意識などの情報収集を行ったりしている。
英語教育の改善や充実を図るために、都道府県、市区町村ごとに「英語教育改善プラン」にどう取り組むべきか。その実現のためのPDCAの確立と運用には何が必要か。教育委員会の役割や取り組みについて調査研究を進めることも、教員の指導力の向上につながり、それが生徒の英語コミュニケーション能力の向上に少しでも寄与できると考えている。生徒、教員がアクティブであるために、教育委員会がアクティブであることも支援していきたい。
注1:アメリカの哲学者・臨床心理学者であるGendlinらが開発した理論構築法。得丸(2010)が質的研究に応用。
参考文献:得丸さと子.(2010).『ステップ式質的研究法—TAEの理論と応用』 海鳴社.
参考文献:得丸さと子.(2010).『ステップ式質的研究法—TAEの理論と応用』 海鳴社.
著者プロフィール
福本 優美子
ふくもと ゆみこ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
ふくもと ゆみこ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
英語教育領域を中心に、子どもや保護者、教員を対象とした調査研究を担当。最近は、量的研究だけでなく、質的研究にも携わっている。これまで担当した主な調査は、