2016/01/28

Shift│第11回 グローバル時代だからこそ、子どもたちに「和食」の文化を継承する -ミシュランのスターシェフが、泰明小学校にやってきた! - [1/4]

 最先端のテクノロジーで新しいものを生みだすことだけが、未来をつくることではない。守るべき伝統や文化を引き継ぐことも大事な「未来づくり」のひとつだ。グローバル化が進むからこそ、にわか仕込みではつくれない歴史や伝統に裏支えされたその国の特徴が重要になってくる。これまで積み上げてきた伝統文化を大切にすることで、日本が科学技術などの最先端の分野のみならず、さまざまな分野において独自の高い価値をもち続けられるからだ。
 幸いにも日本には世界に誇る素晴らしい伝統や文化が数多く残っている。中でも、世界中の人々から敬われているのが、西洋人が発見する遙か前から日本料理に使われてきた「うま味」成分に注目した味付けや、自然を大切にし、季節の移ろいを織り込む「和食」の文化だ。「和食」は、2013年12月にユネスコの無形文化遺産に登録されるなど、今、世界中の注目を浴びている。
 こうした豊かな文化をもつ国に生まれたということは、子どもたちがこれから世界で活躍していく際にも大きな後ろ盾になるはずだ。ところが、近年、例えば、塾に通う前にコンビニエンスストアで菓子パンなどを買って、食事を安易に済ませている子どもたちを見るにつけ、日本の食文化がちゃんと未来の世代に継承できているのかずっと不安だった。
 そんな中、一般社団法人「和食給食応援団」と出会った。「和食給食応援団」とは、2014年3月に日本料理の若手旗手たちが結成した団体で、次世代に「和食」という食文化を繋ぐことを目的としている。彼らの活動は、学校現場で給食をはじめとする食育活動をしている人たちをも勇気付け、子どもたちにも、和食文化の重要性が確実に伝わり始めている。
 【取材・執筆】 ジャーナリスト・林 信行
【企画・編集協力】   青笹剛士(百人組)

「銀座小十」奥田透さんのオリジナル給食で食育の授業

 「和食の日」をご存知だろうか。「いい日本食の日」とかけた11月24日がその日に当たる。2015年の和食の日、東京都中央区立泰明小学校に「和食給食応援団」がやってきた。「だしで味わう和食の日」と題して、日本が世界に誇る第5の味覚である「うま味」を、子どもたちに実感してもらい、和食文化への興味をもつきっかけにしてもらうためだ。
 泰明小学校は、高級店が立ち並ぶ東京銀座のど真ん中にある。今回のイベントには、給食の時間に農林水産省の森山裕大臣らが来校していた。
学校調理室内で指導する奥田さん(写真中央)
学校調理室内で指導する奥田さん(写真中央)
 この日のイベントのために和食給食応援団から選ばれたのは、日本料理店「銀座小十」の料理人、奥田透さん。奥田さんは、ミシュランで3ツ星を獲得していたことでも有名なこの料理店のオーナーシェフである。イベント当日の午前8時、奥田さんは、学校調理室に入り、栄養士と調理員たちに直接指導を開始。本日の給食を手際よくつくり始めた。
奥田さんの献立「だしで味わう和食
 本日のテーマは「だしで味わう和食」。奥田さんが決めた献立は、
 主菜:鰆のつけ焼き 五目豆あんかけ
 副菜:じゃこと野菜のごま酢和え
 汁物:豆腐と五色野菜のお吸い物
 吉野仕立て
という内容だ。給食の準備が整った頃、午前中の授業が終わって、お昼の校内放送が流れた。
 「みなさんはだし汁がどのようにつくられているかご存知ですか。今日は鰹節と昆布から取ったうま味たっぷりのだし汁を使っています。詳しくは6年生のみなさんに午後から食育の授業でお話しするので、1年生から5年生のみなさんは6年生のお兄さん、お姉さんに聞いてくださいね」。声の主は、奥田さん本人だった。
ポスター和食応援団
 一方で、奥田さんから食育の授業を受ける6年生以外の生徒たちも、イベントを心待ちにしている様子がうかがえた。例えば、廊下の壁には5年1組の生徒たちが今日の献立がいかに健康にいいかなど、彼らが調べてまとめたポスターが廊下に張り出されている。ポスターには「和食給食応援団がやってくる」の文字も見え、校内は歓迎ムード一色だ。階段脇のアクリル製のケース内には、本日の給食サンプルも飾られている。
 報道陣で溢れる6年2組の教室に入ると、前方には担任の先生や奥田さんと並んで、森山農林水産大臣らが座っているのが見える。その中に、一般社団法人「和食文化国民会議」の熊倉功夫会長の姿もあった。当法人は、ユネスコ無形文化遺産登録申請を契機に、和食文化を次世代へ継承するために、その価値を日本国民全体で共有する活動を展開している。
 熊倉さんは、子どもたちを前に、「味覚にはどんなものがあると思う?」と問い、「甘味」、「酸味」、「塩味」、「苦味」の4つの答えを引き出し、「辛み」は痛覚の一種で味覚ではないと話した。その上で1908年、日本で「うま味」という第5の味覚が発見されたこと、和食は昔から、このうま味を上手に活用してきたこと、一汁三菜の日本の食事様式や箸の形に至るまで、日本の食文化が他の国々と大きく異なっていることなどを解説した。子どもはもちろん、教室内にいる大人たちも、熊倉さんの話を興味津々で聞いていた。
森山農林水産大臣
森山農林水産大臣
 森山農林水産大臣からは、ユネスコ無形文化遺産登録以降、世界の日本食レストランの数が1.6倍になったこと、2015年に開催されたイタリアのミラノ万博において、「日本の食文化」をテーマにした日本館が大盛況だったことなど、外国での「和食」への興味関心の高まりが伝えられた。一方で、日本ではもう少し和食の素晴らしさを自ら確認する必要があるのではないかと感想を述べた。