【指定討論2】乳幼児期の社会情動的発達を支える子育てとは?

遠藤利彦●えんどう・としひこ

東京大学大学院教育学研究科教授。同研究科附属発達保育実践政策学センター(Cedep)センター長。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得後退学。博士(心理学)。専門は、発達心理学・感情心理学。著書に、『赤ちゃんの発達とアタッチメント』(ひとなる書房) などがある。

核家族において父親の養育参加が必須不可欠

 図1に示したのは、シアーという研究者が、文化心理学的な観点から親や親以外による子育てには、どのような要因が影響しているのか、その全体像を示した一つのモデルです。シアーは、親の養育行動には、ヒトに普遍的な要因、集団に特異的な要因、集団に特異的な文化モデル(子育てに関する暗黙の信念、子育てに関する思い込み)の3つが影響するとしています。
 よく言われることですが、ヒトの子どもは未熟な状態で生まれ、非常に体重が重く、子ども期が非常に長いため、親の養育の負担が際だって重いと言えます。そのため、ヒトの子育ては母親1人で行うのは難しく、集団共同型子育てが必要だといわれています。
 シアーは、いろんな文化圏の子育てに関するデータを収集しており、原始的な生活に近い自給自足型の生活を営む部族を対象にした調査を行い、子どもの生き残りや成長に、子ども以外の大人がどれだけ重要なのかを調べました。その結果、母親の存在は最も重要であり、次にポジティブな影響を与えているのが、年上のきょうだい、その次は祖母だということを明らかにしました(図2)。
図1
図2
 一方、父親が子どもの成長にどれだけの影響を与えているかというと、母親やきょうだい、祖母に比較して小さいことがわかります。ただし、すべての部族でそうした結果になったわけではありません。父親の存在なしでは、子どもが生き残り、成長できないという部族もあることがわかり、家庭における父親の存在意義は、社会や集団によってばらつきが大きいことを示しています。
 日本はどうかというと、家族構造や生活スタイルがかなりのところWEIRD化(Western, Educated, Industrialized, Rich and Democraticの略)された日本においては、祖父母などの親族が子育てのヘルパーとしての役割を果たせない状況が確実に増えつつあり、現実的な意味で、養育の担い手として、父親のニーズが非常に高まってきていると言えます。
 しかし、その一方で、日本においては、育児は母親がするものだという母子関係中心主義が根深く残存していることも否めません。これは、陰に陽に真田研究員の発表に示されていたかと思います。父親は未だに子育てに関与しようとしない、あるいは関与しようとしても、企業風土など、それを容易には許さないような状況がまだしぶとく存在しているのです。
 また、大久保研究員や李研究員からも、貴重なデータ分析の結果が示されました。
 李研究員からは、子育てに関する気持ちは、0歳児の初期値がその後も維持されるケースが多数であることが発表されました。つまり、子育てを開始する時点で、子育ての質や子どもの社会情動的発達がある程度予想されてしまうと示唆されます。まさに妊娠期や胎児期が重要な時期を持っていることがわかりました。大久保研究員のゲートキーピングの発表にもありましたが、夫婦において妊娠中の話し合いがその後の子育ての在り方に関わっており、子どもが生まれる前からの持続的包括的な支援が必要だということが示されたと言えます(図3)。
 唐研究員の発表からは、子どもの養育において「適度な統制」、つまり親の「毅然とした態度」が重要だとわかりました。また、統制というのは夫婦内の役割調整を経て、どちらかの親によって担われている場合に有効だということが垣間見えたのは興味深いことと言えます。3歳児期の違いが、今後の発達にいかにかかわってくるのか、今後も縦断研究を継続して調査し、明らかにすることが重要だと考えています(図4)。
図3
図4
 本調査では、親の養育行動が子どもの発達をある程度説明していることがわかりましたが、現在、私たちが焦点を当てている親子関係の調査だけでは子どもの育ちの全体像はなかなか見えてこないのかもしれません。とりわけ、現在は、子どもが幼稚園や保育所に通うことが一般的になっているため、そうした家族外の様々な要因の介在が強く、想定されます。これからは、そうしたあたりにも変数の網を広げ、親子関係の文脈に閉じない調査の実施・継続が必要だと感じています。
 今後もエビデンスに基づいた調査・分析を行い、日本における現代的集団共同型子育ての形を模索し、みなさまに提案していきたいと考えています。