【指定討論1】子どもの発達をふまえ、より充実した縦断研究を目指すために

氏家達夫●うじいえ・たつお

放送大学愛知学習センター特任教授、名古屋大学名誉教授。北海道大学教育学部卒業、1983年同大学院博士後期課程満期退学。国立音楽大学講師、助教授、1988年福島大学教育学部助教授を経て、2002年名古屋大学教育発達科学研究科教授、2018年より現職。著書に『親になるプロセス』 (認識と文化)(金子書房)などがある。

子どもの発達は動的な性質を持つため、ボトムアップ的な研究も必要

 本調査は、規模や調査内容を見ても、世界的なレベルで考えても、決してひけをとらないようなすばらしい研究であることがよくわかります。このような研究からどのような成果が生み出されていくのか、知ることを楽しみにしています。
 私からは、概括的な内容になってしまいますが、調査全体に関わることについて、3つお話ししたいと思います。
 1つめは、子どもの発達という現象は、かなり動的な性質を持つ現象であるということです。発達という現象は、時間経過の中で様々な変化が起こります。そのため、その要因となる中身も変化していきます。
 例えば、月日が経てば子どもの運動能力は変化していきます。子どもが動けないときには、子どものまわりにある危険だけを取り除けばよいですが、子どもが動くようになると、子どもが動く範囲にある危険なものを片付ける必要が出てきます。そのように、子どもが変化すると親も変化しなければならず、1歳児の親がすることと、2歳児の親がすることは必ずしも同じではないのです。
 そのため、親が感じる子育てに関するネガティブな感情というものは、場合によっては、子どもが何をするかによって変化するかもしれないのです。ただ、親に子育てに対するネガティブな気持ちが起こった際、それが何に起因しているのかを予め見通すのは難しいと言えます。そうした場合、研究において演繹的な方法よりも帰納的な方法を使わざるを得ません。ある意味、ボトムアップな方法で知識を得なければいけないプロセスが存在すると考えています。ただ、そうしたボトムアップの研究は、長期の縦断研究として行うのは難しいため、どちらの研究も行う必要があると言えます。

様々な事象の要因を考える際には、注意が必要

 2つめは、サンプリングの問題です。今回の調査では、親の年収や労働時間などの様々なバックグラウンドのデータをとられているようですが、今日のご報告では「それらの要因を統制している」と仰っていました。
 私は、それらをコントロールしてしまうのは、もったいないと思いました。例えば、年収は、家庭が持つ様々な物的資源と関わっています。労働時間の長さや短さは、もしかしたら家庭の持つ精神的意味での資源量と関わっているかもしれないからです。
 家庭の持つ物資的もしくは精神的資源量がある水準以下、それ以上、中間といくつかのカテゴリーに分けると、それが子どもの発達に及ぼす影響が異なっているかもしれません。つまり、家庭が有する物資の資源量をカテゴリー別に考えると、ある特定の要因間との関係というのは、かならずしも線形ではなく非線形的になっているかもしれないのです。そのような可能性があることを否定できないと言えます。
 3つめは、縦断研究というのはある特定のコホート(同一の性質を持つ集団)を追跡して調査する研究です。例えば、ある年齢のときに大きな地震を経験した子どもやある年齢のときにコロナのような経験をした子どもと、同じ年齢段階でそれらの経験をしなかった子どもでは、それぞれの子どもに起こっていることが、同じだと言えるかという問題点もあります。そのような点もふまえて今後も縦断研究を継続していく必要があると考えています。