2015/02/16
[第1回] 学力レベルと高大接続—学力クライシス下の高大接続 [1/3]
大多和 直樹●おおたわ なおき
帝京大学・教育学部教育文化学科 准教授
東京大学大学院教育学研究科中退。博士(教育学)
東京大学大学総合教育研究センター・助教を経て現職。専門は、教育社会学。おもに生徒文化・学生文化、教育とメディアについて研究を行っている。主著として『高校生文化の社会学 — 生徒と学校の関係はどう変容したか』(有信堂、2014年)、『放課後の社会学』(北樹出版、2014)など。
東京大学大学院教育学研究科中退。博士(教育学)
東京大学大学総合教育研究センター・助教を経て現職。専門は、教育社会学。おもに生徒文化・学生文化、教育とメディアについて研究を行っている。主著として『高校生文化の社会学 — 生徒と学校の関係はどう変容したか』(有信堂、2014年)、『放課後の社会学』(北樹出版、2014)など。
Ⅰ.はじめに
近年、高等教育政策において高大接続がホットトピックとなっているが、大学人であっても「大学改革」などに比べて「高大接続」という語は耳慣れない言葉であるかもしれない。現在、全容が明らかになりつつある高大接続は、高校で大学の教員が出張授業をするなどの「高大連携」よりも遥かに広い射程を有している。注意しなければならないのは、単に高校と大学の接点をスムーズにする改革と考えるのは間違いであるということである。というのも、ここでは、新しい時代の社会的要請に対応すべく、大学教育(ひいては日本の教育のありよう全体)を再定義しようとする国家的プロジェクトについての議論が進行しているとみてよいからだ。
2014年12月に中教審による答申(「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について(答申)」:以下「答申」と表記)が取りまとめられた。この答申では、新しい時代に対応する①入試のあり方、②学力のあり方、③大学教育のあり方を再定義することが企図されていると筆者はみている。正確にいえば、再定義自体は、一連の大学改革政策を通じて目指されてきたものであり、今回の動きはそれを具現化・定着化させるものということができる。3つの再定義とは以下のとおり。
第一に入試の再編においては、現行のセンター試験を廃止し、新テストである「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」を新たに実施すること—平成32年度から段階的に実施—が明記されており(「答申」pp.14-15)、実施されれば、大きな制度的な変革が具現化することが予想される。それだけでなく、これに対応すべく高校教育において具体的な対応が必要になることは間違いないところである。
第二に、入試の再編の背景には新しい時代の学力像がある。平成19年の学校教育法改正の際に学力の三要素(「基礎的な知識及び技能」「それらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力等の能力」「主体的に学習に取り組む態度」)の育成が示されたが、上記の入試改革はそれを入学者選抜に反映させたものとみることができる。ここでは、大学入試センター試験を「『知識・技能』を問う問題が中心」と位置づけたうえで、新テストでは「『知識・技能』を単独で評価するのではなく、『知識・技能』と『思考力・判断力・表現力』を総合的に評価する」(「答申」p.14)としている。
第三に、そうした学力像を必要とする新時代の大学教育への要請がある。「答申」では、これからの時代を「知識量のみを問う『従来型の学力』や、主体的な思考力を伴わない協調性はますます通用性に乏しくなる」(「答申」p.3)と位置づけたうえで、「学士力」(知識・技能のほか、コミュニケーションスキル、数量的スキル、問題解決能力、自己管理力、チームワーク、倫理観、社会的責任、創造的思考力など)を中心とした「主体性を持って他者を説得し、多様な人々と協働して新しいことをゼロから立ち上げることのできる、社会の現場を先導するイノベーションの力」(「答申」p.4)等をもった人材を輩出する機関として大学を捉えている。ここには「大学は専門的学問を学修するところで、間接的に汎用的知識、態度や志向性、思考力を涵養する」という旧来的な大学像では不十分という考え方があるように思われる。
高大接続の動きは、いわば「国家百年の計」としての教育改革を入試再編という強力なテコを用いて具体化しようとするものと捉えることができる。
一方、筆者は新しい時代を睨んだ長期的な教育改革の必要性を認識しつつも、学問=科学の府としての大学という観点から、また学力クライシス—2000年代に社会問題化した学力低下と格差拡大—の観点から、むしろ「従来型の学力」(知識・技能)に着目することが重要と考えている。とくに学力クライシスについていえば、たとえ近年、PISA(国際学力調査)の順位が上がってきたとしても、日本の大学の現状—少子化のなか大学進学率が50%に達し大学合格率がきわめて高いにもかかわらず出口での質管理が徹底されていない—を考えるに、大学進学層のレベルという観点においては、危機的状況は依然継続しているとみている。その危機的状況とは、「従来型の学力」の不足によって「新しい学力」の育成が妨げられる事態と筆者は考えている。本稿では、この点に焦点づけて高大接続の実態・課題に関する調査を分析していく。ただし、この調査は部局レベルで実施したものであるから、「『従来型の学力』の不足の課題を持つ大学は『新しい学力』の育成にも課題を持っている」という現象を浮き彫りにすることをめざす。
このような観点から本稿では高校と大学の接続の課題が大学の入試難易度によって異なることがあることに注目する。そうした大学の置かれている状況の違いをとらえるために、大学(学科)の入試難易度別の検討が必要であると考え、一部で大学を3群に分けて分析を行っていく。なお、文系・理系・医療系で抱えている課題が異なることを鑑み、文系(人文科学、社会科学、教育)の大学(学部・学科)を対象に分析を行うこととした。大学(学部・学科)の入試難易度の区分は、以下の通り。
- A群 :入試難易度(偏差値)60以上の学科(国公立38部局、私立82部局)
- B群 :入試難易度(偏差値)50以上60未満の学科(国公立102部局、私立179部局)
- C群 :入試難易度(偏差値)50未満の学科(国公立7部局、私立389部局)
なお、今回の大学調査は各大学(または各学部・学科)の長を対象に実施している。ここで用いる大学の入試難易度は、大学の募集単位(その多くは学科単位)のものであり、合格可能判定がB(合格可能性が60%以上80%未満)となる値を用いた。