2023/03/31

【授業レポート】1年次から地域のブランディングを実践的に学ぶ 地元企業と連携し、冬季の観光客減少という課題を抱える 地元松本へ観光客を集める方法を考え提案 前編

信州大学
アルピコグループ×信州大学連携講座 地域ブランド実践ゼミ2022(大学1年生対象)
信州大学は、複雑化する社会で活躍できる人材を育成するため、全学部を対象とした選抜型副専攻「全学横断特別教育プログラム」を実施している。全5コースのうちの1つ「ローカル・イノベーター養成コース」では、地域の問題を分析して革新的な解決策を考え、実行できる力が身につけられるよう、実践的な科目を用意している。
今回の前編では、「ローカル・イノベーター養成コース」のスタートアップ科目として1年次後期に行われる「地域ブランド実践ゼミ」の授業をリポートするとともに、同コース担当の林靖人教授や研究支援をされる柳澤美彩氏、授業を協働で進める地元企業の担当者、ティーチング・アシスタントの皆さんに授業の特長をうかがった。
(本記事は前編。後編はこちらです。
林 靖人

林 靖人

信州大学 副学長(エンロールメント・マネジメント担当)、
総合人間科学系教授
信州大学大学院総合工学系研究科博士課程修了。専門は、感性情報学、社会調査法、ワークショップマネジメント。学術研究・産学官連携推進機構社会連繋推進本部長、全学横断特別教育プログラム推進本部長、キャリア教育・サポートセンター長等として研究・教育を推進しながら、地域貢献活動として地域の地方創生総合戦略等の策定や地域活性化活動にも多数携わる。
山田 崇

山田 崇

信州大学 キャリア教育・サポートセンター特任教授
株式会社ドコモgaccoコンテンツプロデュース部部長(2023年4月1日から)。内閣府地域活性化伝道師、空き家プロジェクトnanoda代表などを兼任。2015年から7年間、塩尻市と信州大学との共同研究の一環で「地域ブランド実践ゼミ」を担当。
大島 正幸

大島 正幸

信州大学 キャリア教育・サポートセンター特任教授
ようび代表取締役。岡山県西粟倉村で国産針葉樹の家具を製造する会社を設立。株式会社アミューズクリエイティブメンター、塩尻市特任CCOなどを兼任。
柳澤 美彩

柳澤 美彩

信州大学 学術研究・産学官連携推進機構 社会連繋推進本部
研究支援推進員として、自治体・企業と大学との連携事業や協定関連の事務を担当。

社会で求められる実践力を1年次から育む

 信州大学では、意欲のある学生が、地域や世界で活躍する人物から学びながら、他学部も含めた同期生や上級生とともに現実社会の問題に取り組み、問題分析力や課題設定スキル、アイデアの創出などを磨く場として、2017年度から、全学部を対象にした「全学横断特別教育プログラム」を実施している。同プログラムには、「グローバルコア人材」「環境マインド実践⼈材」などの5つの養成コースがある。その中で最初に設置されたローカル・イノベーター養成コース」は、2013年度から実施されている全学共通科目の「地域ブランド実践ゼミ」を発展させて始まった。
 「地域ブランド実践ゼミ」は、1年次から社会で求められるスキルを身につけることを目的として開講された科目で、学生は長野県の自治体や企業と連携して地域の課題に取り組む。同プログラムの立ち上げからかかわる林靖人教授は、同科目を設けた理由を次のように説明する。
 「複雑化する現代社会では、教養や専門知識のみならず、幅広い実践力が求められています。その力を身につけることができるよう、学部共通教育を進化させることが、本大学の課題でした。特に、3年次に就職活動が始まると、大学での学びと社会で求められる力とのギャップに戸惑ってしまう学生が少なくありませんでした。そこで、1年次から、社会で必要なスキルを段階的に身につけられるよう、『地域ブランド実践ゼミ』を設けました」
「地域ブランド実践ゼミ」の実践的な授業は、地域の課題を何とかしたいという意欲的な学生を育てていった。そうした学生の力をさらに伸ばすための学びを、1年次後期〜3年次前期の2年間の「ローカル・イノベーター養成コース」として体系化した。
■全学横断特別教育プログラム「ローカル・イノベーター養成コース」概要
  • 履修期間 1年次後期〜3年次前期(原則)
  • 定員 各年度20人以内(単位や成績状況等を加味して選抜)
  • 修了認定要件 認定科目8単位、専用科目8単位、全16単位を所定の評価以上で取得
  • コース内容 地域社会の現場(ローカル)が抱える問題を的確に分析し、従来にはない革新的(イノベイティブ)な解決策を考案し、実践する人材の育成を目指す。
  • カリキュラム
今回リポートする「地域ブランド実践ゼミ」は、1年次後期のスタートアップ科目にあたる。

観光資源に乏しい冬場の地元・松本への観光ツアーを、地元の交通観光を主とする企業グループに提案

 「地域ブランド実践ゼミ」は、地域ブランドを構築する入り口の科目として、1年次後期の必修科目「スタートアップ・ゼミ」(2単位)として組み込んだ。2021年度までは、長野県大町市、長野県塩尻市と連携して授業を展開し、2022年度は、同大学と包括的連携協定を締結した地元企業「アルピコグループ」と協働で実施した。
■「地域ブランド実践ゼミ」概要
  • 履修者 1年生20人
  • 担当教員・講師 林靖人教授、同大学キャリア 教育・サポートセンター 山田崇特任教授、同センター 大島正幸特任教授、社会連繋推進本部 柳澤美彩氏、アルピコグループ管理職3人、ティーチングアシスタント(以下、TA)3人
  • 開講日 隔週金曜日5・6時間目(180分間)全21回+課外活動3回
  • 課題 長野県松本エリアでのウインターシーズンの観光を活性化するツアーと、信州を訪れる観光客に「学び」や「新しい価値観」を提供する観光コンテンツの提案
  • 単元計画(1年次後期に開講/2単位)
アルピコグループは、長野県を中心に運輸や流通、観光、不動産などの事業を展開する企業グループだ。アルピコホールディングス株式会社経営企画部課長の堀内敬志氏は、授業への期待を次のように語った。
 「長野県全体として、冬はスキーなどのウインタースポーツが観光の中心となりますが、市街地の松本市には冬に集客できる観光資源が乏しいという課題があります。今回の授業で、冬季の観光を活性化する新しい視点の企画が提案されることを期待しました」

[9・10時間目 問題解決プランの検討(ツアーの仮説を立案、発表、改善)]
教員や企業担当者から鋭い指摘を受け、ツアーを根本から練り直す

 最終日の事業提案報告会は、アルピコグループの代表取締役社長らが出席して行われる。その日に向けて、学生は1チームあたり3〜4人の計4チームとなり、フィールドワークなどを行いながら課題に取り組んだ。各チームには、林教授やアルピコグループの社員などが入り、適宜、アドバイスやフィードバックを行った。
 7・8時間目には、それまでに行った松本市の街のリサーチや施設見学、観光サービスの体験などを基に、冬の観光の問題点を洗い出し、新たな観光コンテンツは何か仮説を立てた。
 続く9・10時間目は、それを踏まえてツアー内容を検討した。まず、前回の授業を振り返り、アルピコホテルズ株式会社経営企画室副部長の松木嘉広氏が課題を述べた。
 「皆さんは、信州を旅行した経験があまりないので、インターネットなどで情報を調べていると思います。そのためか、前回の検討で出てきた案は、正直、新鮮味がありませんでした。創造力を発揮して、ほかとは違うセールスポイントを持ったツアーを提案してくれることを期待しています」
 松木氏の指摘を受けて、授業の進行を担当する大島正幸特任教授は、「作成した資料を読み上げるだけでは、伝わらない情報があります。今日の発表では、どのようなツアーなのか、ツアーによってどんな幸せが得られるのか、なぜそのペルソナ(製品やサービスのターゲットとなる人物像を、具体的なイメージに落とし込んだもの)を設定したのか、の3点を発表してください」と、発表の具体的な方法を示した。
写真1 学生は、アルピコグループの社員やTAを交えて、どのような人を対象として、どういったツアーにするのかを具体的に話し合った。
写真1 学生は、アルピコグループの社員やTAを交えて、どのような人を対象として、どういったツアーにするのかを具体的に話し合った。
 各チームは、7・8時間目に立てた仮説を基に議論し、ツアーを具体化していった。各チームが発表したツアーの概要は、次の通りだ。
  1. 大学生向け、特別なバスで行く信州旅
  2. 富裕層の中国人観光客向け、松本拠点の長野観光ツアー
  3. 好奇心旺盛な若手社会人向け、学びツアー
  4. 大学生向け、地元の友だちを呼ぼう!
 どのチームに対しても、教員や企業担当者、TAから鋭いフィードバックがあった。すべてのチームに共通していたのは、「課題を解決するツアーになっているかどうか」「ペルソナに合ったツアーか」の2点だ。
 例えば、「2.富裕層の中国人観光客向け、松本拠点の長野観光ツアー」には、「富裕層が松本に5連泊したくなるような魅力あるプランになっているか」「移動手段はバスだが、それは富裕層向けとして適切か」「年収3,000万円の富裕層は、何を求めているのか。ペルソナの居住地域について詳しく調べているか」といった指摘があった。
 全チームの発表とフィードバックが終わると、顧客の感情の変化を顧客目線で推測して可視化する「カスタマージャーニーマップ」を、チームごとに作成した。ツアーの設計者の目線ではなく、顧客の視点を改めて確認するためだ。そして、11〜16時間目で、ツアーを練り直したり、追加で調査を行ったりして、企画を精緻化していった。

[課外活動 フィールドワーク/集中作業]
ペルソナに適切なツアーか? フィールドワークで仮説を検証

 1月上旬には、課外活動として、練り上げたツアーを実際に体験して検証するフィールドワークが行われた。まず午前に、2チーム1組となり、互いにツアーを発表し、意見交換をした。山田崇特任教授は、「目からうろこが落ちるような斬新な企画か、実現が可能か、自分たちがオーナーシップを持っている企画か、その3点を意識してツアーを吟味し、意見を出し合いましょう」と、議論のポイントを伝えた。
 「4.大学生向け、地元の友だちを呼ぼう!」を企画したチームは、「信州大学の学生に、信州の魅力を知ってもらうために、大学の授業で学生にツアーを企画してもらう」というアイデアを提案。教員と次のようなやりとりがあった。
学生 「例えば、松本市には、松本城や松本市美術館など、アートに関連する施設がたくさんあります。信州大学の学生の7割は長野県外からきているので、信州大学の学生がそれらの施設など松本を回って、出身地の友人のための旅行プランを企画してもらう1年生必修の授業をつくります。優秀な企画を立てた学生には温泉券などをプレゼントし、出身地の友人を呼ぶきっかけにしてもらうというプランです。午後のフィールドワークでは、アートにかかわるギャラリーや喫茶店をリサーチして、授業で流す紹介用動画を撮影したいと思います」
山田特任教授 「本来なら、フィールドワークは、ペルソナに設定した県外出身の信大生が、本当にツアーを企画できるかどうかを検証すべきだと思うのですがどうでしょうか。ペルソナはどう設定しましたか」
学生 「信州大学の学生は、県外出身者が多く、松本の魅力を知らないため、出身地の友人を呼んで遊んだりしていないと仮説を立てました」
林教授 「今回のフィールドワークは、仮説の検証が目的ですから、ターゲットとなる学生を連れてきて、松本を巡って魅力を知り、ツアーを企画してもらう活動をするとよかったですね。今日はその検証はできないので、ギャラリーや喫茶店を訪問し、来店客数や客層、来店理由などを調査して、学生が楽しめるかどうかを検証してみてはどうでしょうか」
 午後のフィールドワークでは、学生は、手分けをしてギャラリーや喫茶店を訪問。松本で店を開いた経緯、客層や来店数、来店の交通手段などを調査した。インタビューでは、松本は日照時間が長く、降水量が少ないという乾燥した気候のため、ギターなどの楽器製造や家具の製作所が多いこと、東京から松本にIターンをして起業する若い世代が増えていること、江戸時代に大火があり、火災から町を守るため土蔵が多いことなど、それまでの調査で把握していなかったことを聞くことができた。学生は、地域住民から直接話を聞く重要性を実感した。
写真2 フィールドワークでは、ギャラリーや喫茶店のオーナーにインタビューして、学生が楽しめる場所であるかを検証した。
写真2 フィールドワークでは、ギャラリーや喫茶店のオーナーにインタビューして、学生が楽しめる場所であるかを検証した。

2年次以降の学びの基礎となる物事を構造化して捉える力を鍛える

 このような活動を通して、学生は、調査→仮説→検証を繰り返す中で、問題を的確につかみ、その解消を目指して計画を練り、実行する思考力と行動力を身につけていく。
 「学生には、地域ブランドについて考えることは、恋愛に似ていると説明しています。好きな人に振り向いてほしいならば、相手を分析して何が好きなのかをイメージし、ライバルよりも有利になるための戦略を立て、自己分析を的確に行ってアピールポイントと弱点をつかむといったことです。それはまさに、Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)のマーケティングの3C分析です。本科目では、問題解決に必要となる物事を構造化して捉える力を育んでいます」(林教授)
 同コースでは自主的に取り組む課題が多いが、学生は意欲的に取り組み、大きく成長していくと、社会連繋推進本部の柳澤美彩氏は話す。
 「本コースの科目は、どれもチームで取り組むので、チームの中で自分の役割を見いださないと、前に進みません。学生は、自分の得意を生かし、苦手なところを補い合っています。最初は、発表を苦手としていた学生が、次第に堂々とプレゼンテーションするようになっていきます」
 アルピコ交通株式会社経営企画室課長の上嶋圭介氏は、自社にとってこの科目に参画する意義を次のように述べる(写真3)。
 「信州大学の新入生約2,000人のうち、県外出身者は7割に上ります。地元のツアーを企画するという課題を通じて、1年生が信州のよさを体感し、新たな魅力を発見してもらえることは、私たちにとって非常に大きなチャンスです。また、長い期間、学生と対話をする中で、今の若者の視点をつかむという貴重な時間にもなっています」
写真3 左から、アルピコグループの上嶋氏、堀内氏、松木氏
写真3 左から、アルピコグループの上嶋氏、堀内氏、松木氏
 TAは、同じコースを履修している2年生が務め、1年次に同じ授業を受けた経験を生かして後輩をサポートしている。
 「1年生の時は課題をこなすので精一杯でしたが、今回TAを務めて、先生方がどのような意図で授業を設計しているのかを知ることができ、視野が広がりました。今受けている授業では、そうした点を意識して学ぶようになりました」(人文学部2年 木口屋和人さん)
 「このプログラムでは、現実の課題に自分のアイデアを生かして取り組むので、とてもやりがいがあります。発表の機会が多いので、プレゼンテーションスキルを高めることができました。学部の授業でも、発表がうまくできるようになりました」(経法学部2年 草間岳さん)
 2年次の後期には、学生がプロジェクトの企画・運営を実施する「リアル・プロジェクトマネジメントゼミ」が実施されるが、そこで長野県の企業を招いた就職活動のイベント「大しごとーくin信州」を企画・運営した、人文学部2年の伊藤詩奈さんは、次のように話す。
 「1年次の『地域ブランド実践ゼミ』で学んだフレームワークは、そのままイベントの企画・運営にも活用できるものでした。1年生での経験を生かして計画を詳細まで作り込んだおかげで、イベントは成功しました。自分の成長を実感できました」
写真4 左から、TAの草間さん、伊藤さん、木口屋さん
写真4 左から、TAの草間さん、伊藤さん、木口屋さん
後編では、学外から実務家教員としてかかわっている山田崇特任教授、大島正幸特任教授から授業の狙いや学生の様子をうかがうとともに、最終日に行われた事業提案報告会をリポートする。
取材日:2022年11月25日、2023年1月13日