2022/09/26

【授業レポート】クリティカルシンキング基礎(大学1年生対象)「結論」と「根拠」を意識した対話を重ね、論理的に思考して問題解決する力を育む

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 連載第3回
2021年4月、武蔵野大学に日本で初めて設置された「アントレプレナーシップ学部」では、多くの実務家教員による指導の下、対話や実践を重視した教育活動を通じて、学生にアントレプレナーシップ(起業家精神)を育んでいる。
これまでの連載で、多様な想いやビジョンを持った学生が集い、自由闊達な議論を重ね高め合っていく学びの様子をお伝えしてきた。連載第3回は、1年次前期の必修科目「クリティカルシンキング基礎」の授業をリポートする。カリキュラムの3つの系統「マインド」「スキル」「アクション」(図1)のうち、自分の想いを社会で実践するために必要な知識や技能を学ぶ「スキル」系科目の1つであり、学生同士の対話を通じてロジカルシンキングの力を養成する。
図1 アントレプレナーシップ学部のカリキュラムの構造
お話を聞いた方
荒木博行

荒木博行

アントレプレナーシップ学部 教授
慶應義塾大学卒業後、大手総合商社などで人材育成やコンテンツ開発に携わる。2018年に株式会社学びデザインを設立し、代表取締役に就任。金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科客員教授を兼任。著書に、『自分の頭で考える読書』(日本実業出版社)、『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)、『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑 これからの教養編』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等。
アントレプレナーシップ学部
1年 板本大輝
1年 板本大輝
1年 伊奈垣賢
1年 伊奈垣賢

問題を解決するために論理的な言葉を生み出す力を養成

 起業を始めとして、自分の考えを社会で具現化するためには、情熱に加えて、自分の考えや想いを分かりやすく他者に伝え、周囲の人々を巻き込んでいく力が求められる。その土台となるスキルを学ぶ科目が、1年次の必修科目「クリティカルシンキング基礎」だ。同科目を担当する荒木博行教授は、科目のねらいを次のように説明する。
 「この科目では、自分の想いを内面から一旦分離させて批判的に見つめ直し、相手を動かす言葉を生み出す力を育てます。多くの学生は、高校時代まで、自分の想いをあいまいに表現して、何とか周囲とのコミュニケーションを成立させていたと思います。そこから脱し、自分を客観的に見つめ直して、コミュニケーションのあり方を捉え直すことで、自分の考えの甘さなどの問題に気づくように促しています」
 授業で活用するのが、伝えたい「結論」と「根拠」をピラミッド状に図式化するロジカルシンキングのフレームワークである「ピラミッドストラクチャー」だ。学生はそれを活用して自分の思考を整理し、相手を否定せずに、互いに自分の考えを主張し合い、議論を繰り返すことで、説得力のあるロジックによって相手を動かすスキルを身につけていく。
 履修している学生に話を聞くと、授業を通じて、思考が明確になり、相手にわかりやすく伝えられるようになったり、物事を捉える視点が多角的になったりと、思考やコミュニケーションのあり方が大きく変わったという。
 「私は、本学に入学後、映像関連の事業を起業したのですが、荒木先生のクリティカルシンキングの授業は実践的で、仕事にとても生きています。クライアントとの打ち合わせで、提案資料がわかりにくいと指摘された際、クリティカルシンキングを意識して作り直して、無事に了承を得られたこともありました。授業の課題は難しいのですが、みんなで一緒に考えて振り返りながら学び進めることで、思考の幅が広がり、ロジカルに考えられるようになったという手応えがあります」(1年 板本大輝さん)
 1年次に同科目でロジカルシンキングの基礎を身につけ、2年次には選択必修科目「クリティカルシンキング1(システム思考)」「クリティカルシンキング2(イノベーション戦略)」で学び、より高次なスキルを磨いていく。

友人と一緒に勉強したい時、どう誘うと効果的か?を考える

「クリティカルシンキング基礎」の授業を具体的に見ていく。
■「クリティカルシンキング基礎」の概要
  • 履修者(必修科目):アントレプレナーシップ学部1年生 60人(1クラス約20人で、3クラスを開講)
  • 単元計画(1年次前期に開講)
「クリティカルシンキング基礎」の概要
※武蔵野大学では、1コマ100分間。
 授業では、個人やペア、グループと様々な形態で実践的な課題に取り組む。学生同士の対話は、思考の深まりや気づきにつながり、意識の変化をもたらす。その中で、クリティカルシンキングのスキルを身につけていく。
 今回は、「自分の後輩(高校生)に武蔵野大学アントレプレナーシップ学部のよさをプレゼンテーションする」ことを素材として、意見・主張を「根拠」で支えることをテーマにした13週目の授業「論理の構造化2(ピラミッドストラクチャーを完成させる)」の流れや学生の学びの姿を紹介する。
■本時の流れ(13週目の場合)
13:10 【オープニング】「成長する人に共通する条件について」学生からの問いと荒木教授の回答
13:17 【前時の振り返り】前時の学習内容の確認
  • 相手の立場に立って根拠を見つけていく
  • ポジティブなことだけでなく、相手が何を思うかを考える
13:22 【ショート課題】前時に宿題として出された課題について、ペアで意見交換した後、全体で発表
13:35 【課題の提示】高校生にアントレプレナーシップ学部の魅力をプレゼンテーションするという設定で、ピラミッドストラクチャーを作成するという課題を提示
13:40 【個人ワーク】個人でピラミッドストラクチャーの要素を検討
13:50 【グループワーク】グループで議論して、ピラミッドストラクチャーを完成させる
14:25 【発表・質疑応答】各グループが発表し、学生や荒木教授による質疑応答を行う
 導入で、荒木教授は、前時の振り返りとして、クリティカルシンキングの手法を用いて相手に提案するためのポイントは何か、を学生に尋ねた。すると、学生からは、「相手の立場に立って説明の根拠を考える」「ポジティブなことを伝えるだけではなく、相手が不安や疑問に思うことを話す」といった意見が出された。
 荒木教授は、「授業で、クリティカルシンキングの本質は、『自己批判』『自己つっこみ』であると伝えてきました。自分の意見や主張を批判的な目線で振り返ることが大切です」と解説し、次の例示で、クリティカルシンキングの大切さを改めて伝えた。
 「自分が必死に新しい企画を練っていると、『相手も同じように考えてくれるはず』と思い込みがちです。しかし、相手にとって、それは初めて聞く話であり、『本当にうまくいくのだろうか』と冷静に受け止め、様々な疑問も湧いてきます。だからこそ、『自分が相手の立場だったら、どう思うか』と考えることが必要なのです」
 次に、「友人と一緒に勉強したい時、どう誘うと効果的か」という前時に宿題として出された課題について、ペアで意見交換を行った。自分の考えた根拠をもとに、相手の状況を踏まえて提案を行う様子が見られた。
 荒木教授が気づいたことや難しかったことを問いかけると、ある学生は、「相手にとってのメリットを具体的に見つけるのが難しかった」と発言した。それに対して、荒木教授は、「確かに、相手をよく知らないと、具体的な提案をするのは簡単ではありません。つまり、コミュニケーションはその場だけのものではなく、継続的な観察が必要です」と返した。
 別の学生は、「『自分は英語の長文読解を教えるから、文法について教えてほしい』と提案してみました」と発表すると、荒木教授は「そのように提案に具体性がともなうと、相手の心は動きやすくなるはずです」と話した(図2)。
図2 学生が作成した「ピラミッドストラクチャー」
図2
図2 学生が作成した「ピラミッドストラクチャー」
 荒木教授は、この課題に求められる思考について、次のように語った。
「プレゼントは、相手が喜ぶものを考えて選ぶはずです。それと同様に、この課題でも自分の想いを伝えるだけで精いっぱいにならず、相手の状況をよく考えて言葉を選ぶ必要があります。それがコミュニケーションでは大切です」

高校生へのプレゼンを想定し、学部の魅力をピラミッドストラクチャーで整理

 続いて、自分の後輩(高校生)にプレゼンテーションするという設定で、ピラミッドストラクチャーを用いてアントレプレナーシップ学部の魅力をわかりやすくまとめて発表するという課題に取り組んだ。荒木教授は、「『この学部はすごい!』『盛り上がっている!』といった自分たちの気持ちを話すだけでは、魅力は伝わりません。高校生がどのようなことを感じるのかをよく考えてください」と伝えた。
 そして、ピラミッドストラクチャーを作成する過程は、具体的な魅力をできるだけ多く挙げてからグループ化する「具体ファースト」、あるいは「初めに魅力の根拠を考えてから具体例を見つけ出していく「抽象ファースト」など、どのような方法でもよいとした(図3)。
図3
図3 授業で作成したピラミッドストラクチャーの要素例
 ピラミッドストラクチャーは3層構造で、上層には「アントレプレナーシップ学部は魅力的だ」というメッセージ、意見や主張が入る。そして、中層には「何がどう魅力的かの説明」を根拠として、下層には「より具体的な根拠」として事例を入れる構成となっている。
 まず、個人でピラミッドストラクチャーに入れる要素を10分間考えた後、1グループ4〜5人の3つのグループに分かれて、グループごとにピラミッドストラクチャーを作成。高校生に学部の魅力をどのように伝えるか、30分間で考えをまとめた(写真1)。
写真1
写真1 ホワイトボードにピラミッドストラクチャーを書き込みながら、活発に意見交換をした。
 あるグループは、最初に学部の具体的な魅力を出し合った。
 「夢を追える」「自由に学べる」「仲間ができる」など、ポジティブな意見が出される中で、ある学生が「ネガティブ要素も踏まえる必要があるのではないか」と指摘。「例えば、高校生にとっては、『(学部の)歴史がない』『(就職などの)実績がない』『偏差値で表せない』といった点は志望校を検討する際に不安要素となるはず。でも、それに対して、『歴史や実績がないからこそ、柔軟に新しいことにチャレンジできる』『偏差値にとらわれずに多様な学生が集まる』と発想すれば、逆に大きなアピールポイントになると思う」と話した。その発言をきっかけに、高校生が何をどう感じるかを踏まえた議論が展開されていった。
 自分たちが志望校を検討した際に不安に感じたことを話し合う中で、ある学生が「寮生活が不安だった」と発言した。すると、ほかの学生が、「自分は寮生活が楽しみだったのに、不安に思う人もいるのか」と驚き、多様な考え方や価値観があることを踏まえてメッセージの根拠を検討する必要があるという考えに至った。
 別のグループでは、上層には「アントレプレナーシップ学部は、『普通』じゃないから魅力的だ」と記入し、中層は「教授」「学生」「環境」という要素を設定。それぞれの要素に対して具体的な理由を出し合い、下層には「親戚みたいな教授」「いろいろな強みを持った学生」「自由度が高い環境」といった学部のよさを挙げていった(写真2)。
写真2
写真2 あるグループが作成したピラミッドストラクチャー。最初に意見を出し合い、議論をして集約させて、高校生の心に響くと思う言葉や表現を検討した。
 各グループの発表では、学生や荒木教授から質問やフィードバックが行われた(写真3)。あるグループは、「環境が整っているから魅力的だ」というメッセージを掲げ、その根拠として「教授」「カリキュラム」「寮」のそれぞれの魅力と具体的な事例を発表した。
 それに対して、荒木教授は、「一言で表すと、どのような環境が整っているから魅力的と言えるのか」と質問。発表した学生は少し考えて、「“起業”に対する環境が整っている」と返答した。すると、荒木教授は、「ここが大事なのですが、最初に『“起業”に対する環境が整っている』というメッセージを伝え、教授、カリキュラム、寮といった要素がどのように結びついているかを具体的な事例とともに説明すると、それぞれの要素がつながってチャートが1つになり、説得力が増すはずです」と指摘した。
写真3
写真3 各グループが、作成したピラミッドストラクチャーをもとに学部の魅力を発表。それに対して、学生や荒木教授から様々な意見が寄せられていた。

「心理的安全性」の確保された場だからできる率直な意見交換

 別のグループの発表に対しては、学生から、「高校生の目線になると、根拠が多すぎてスッと入ってこないと思う」といった指摘があった。そのように、発表後の質問やフィードバックでは、よい面を伝え合うだけではなく、よりよくするための改善の視点が積極的に提示されていた。
 学生が安心して意見を交わし合う「心理的安全性」を確保するための配慮について、荒木教授は次のように語る。
 「私の説明は最小限にして、学生の対話を主体として授業を進めています。さらに、『これではダメ』ではなく、学生が自分で気づいて成長するきっかけになるように『あなたの案もよいのですが、もっと磨くとよりよくなる』といった前向きなフィードバックに徹しています。そして、『この場では安心して自分の考えを出してよい』といった安心感を持てるようにしています」
 学生も自由に議論を交わすことができる環境の大切さを強く意識している。また、学生を中心に考え、科目間の学びがつながっていることが、この「安心感」をつくりだしているのだろう。
 「学生同士の対話で構成される『キャリアデザイン1』の授業で、『お互いに成長できるように、一見、ネガティブなことでも率直に伝え合おう』と決めました。だからこそ、相手がどう感じるかを考えた上で、自分の意見をしっかり伝えるようにしています。そして、誰かから厳しい指摘があっても、前向きな意見として受け止めるように心がけています」(1年 伊奈垣賢さん)
 授業の最後に、次週は、「どのような学生生活を送りたいか」をテーマにしたピラミッドストラクチャーを作成するという同科目の最終課題が示された。
 学生は、1年次の「クリティカルシンキング基礎」で身につけたピラミッドストラクチャーの手法や、自己批判や自己を見つめ直すことにつながるマインドを生かして、ほかの科目を学んでいくことで、2年次にかけて大きく成長していく。その過程について、荒木教授はこのように説明する。
 「クリティカルシンキングを学ぶと、『自分の考えはこう伝えればいい』という気づきを得られますが、次の段階として、自身の語彙力や表現力が足りず、微妙なニュアンスを表現できずにフラストレーションを感じる学生が少なくありません。ここで、自分の力不足を感じることが重要で、それを乗り越えようとして様々な学習や体験に挑戦し、成長していきます。2年次の『クリティカルシンキング1・2』の授業では、自分と相手の立場や考えの違いを十分に踏まえて論理的に対話する様子が見られます。このような力が、アントレプレナーシップの実践を力強く支えていくのです」
取材日:2022年7月26日
連載第4回は、「グローバルアントレプレナー海外研修」として、2年生を対象に今年の夏に1週間行われたシリコンバレーでの研修を、参加した学生の声を交えながらリポートする。