【授業づくり】考え、つながり、広がる そして本質的な問い ~ICEモデルを軸にした中学英語授業の実践~
学習者中心の授業づくりを目指して———
たゆまぬ挑戦をしてきた実践者の経験から、
これからの授業づくりについて議論を深めます。
英語科でのICEモデルの4つの事例。
(1)発問でのICEモデル
(2)単元を通したICEモデル
(3)ICEモデルを使った評価
(4)ICEモデルをより効果的に用いるために
教科の指導とICEモデルをどのようにつなげていくのか、つなげていく上での課題をどのように克服していくのかを4つの実際の事例から紹介する。
私がICEを知ったのはネットの検索からでした。「主体的な学び」というキーワードでネットサーフィンをしていると、ICEモデルに関する本の紹介が出てきて、その本を購入し、ICEモデルについて学び始めました。といっても、2年ほど前に知ったばかりでまだまだ自分自身も試行錯誤しながら取り組んでいる所です。そしてこのICEモデルを意識することで授業が変わってきたことは確かです。
私は中学校の英語の教師です。ある知人と話しているときに、「英語の学習って繰り返すばっかりで、覚えたらそれで終わりですよね。教える側も飽きたりしませんか。」と言われたことがあります。
この言葉は非常にショックでした。英語の教師として「生徒に英語ができるようになってほしい。英語を使えるようになってほしい」という気持ちは持っています。言語である英語を習得するにはたくさんの時間と練習が必要です。そのために英語の授業では様々な英語を使う活動の時間が多くとられます。しかし同じ練習や活動ばかりでは生徒もすぐに飽きてしまいます。そこで先輩の先生方や現役の先生がこれまでに素晴らしい実践や活動の方法を考えてこられました。それらを自分の授業に取り入れさせていただき、自分でも自分なりに様々な活動を考えてきましたが、活動だけに目を向けると「繰り返すばっかりで、覚えたらそれで終わり」になってしまうかもしれません。
しかし、ICEモデルの視点を取り入れると、覚えること(習得すること)はもちろんですが、習得したことから生徒がいかに学習を広げていくか、深めていくかにも重点を置けるようになります。そうすると今までやってきた教材研究が変わるようになりました。「この単元では不定詞が重要な文法事項だから、不定詞を使ってどんな練習ができるだろうか、生徒達が楽しんで取り組める活動はどんなことができるだろうか、本文を読むときはリテリングをやってみようか?」という発想から始めていました。それらはどのように教えていくかという方法であり、その単元を教える目的ではありません。
ICEモデルではこの単元を「何のために教えるのか」という発想を最初に持つようになります。そこから少しずつ「○○のために、生徒にこういう発問をし、それを生徒が答えるためにはこのような知識が必要であるから、その知識を習得させるためには△のような活動をしよう」というように階段を降りるように授業を組み立てていくようになります。
このように書くとシンプルで簡単そうに思えますが、実際にやってみると様々な困難がありました。教科の特性という言葉を逃げにはしたくないのですが、初期の英語の学習者の中学生にとっては日本語でなら難なくできるちょっとした会話でさえ、英語でやるとなるとハードルは高いものになります。その中で習得したことから学習を広げ、深いことまで考えさせることは正直難しいだろうと私も考えていました。他の先生達と話しても、どんな風に教えていこうという話題は盛り上がるのですが、「深める」話になると、色々話している内に「英語では無理だろう」という結論に至ることが多くありました。話していると、「ただ活動を考え、繰り返す授業」に疑問を持っておられる先生も多く、どうしたらいいのかということを一緒に考えていける先生もおられることはありがたいです。その考えている中で、「習得」の次に「広げる」という視点は比較的に取り組みやすいことも分かってきました。「習得できたことで次にどんなことをできるようになってほしい」という発想のもと、様々な活動を考えることができるようになりました。すると習得した内容と教科書などの教材とを合わせて、「○○という教材から□という課題について習得した内容を使って~しよう」という単元の目標を作ることができるようになってきました。ただこのような長期的なスパンのICEモデルの設定は準備も必要で、大変だということも分かりました。そこで長期的なICEモデルの設定だけにとらわれるのではなく、日常的な活動にもICEモデルを取り入れていくことも考えてみるようにもなりました。
私が取り組んでいる4つの事例を紹介します。
(1)発問でのICEモデル
中学でのリーディングを目的とした授業で、本文の読解の理解の度合いを教師が知るために発問をすることがあります。その際教師がする発問は5W1H(いつ、だれが、どこで、何を、どのように)を聞く種類とYes-No(内容の正誤)を聞く種類が多いと思います。これはICEモデルではIのフェーズで知識や技能としてできているかの段階で、C、Eフェーズの発問も必要になります。例えば次のような教科書のページで
図1.中学英語の教科書ページ(例)
※出典:『平成28年度版 NEW CROWN 2年(p.70)』
Iフェーズでは以下のような発問が考えられます。
・Where does he want to go on the day-at-work program?
・What does he want to be?
・Does he want to be a nurse?
・Why is the nursing home perfect for Ken?
これらは内容が正しく理解できていれば答えられます。
次にCフェーズでは以下のような発問が考えられます。
①Do you know that Nursing homes use robots these days?
(最近高齢者保養所ではロボットを使うようになっているということをあなたは知っていますか)
②When you think of robots, what kind of robots do you imagine?
(ロボットということを考えるとき、あなたはどのようなロボットを想像しますか)
③Do you know the robot, Pepper?
(あなたはペッパーというロボットを知っていますか)
④Why did Emma talk about the day-at-work program?
(なぜ、エマは職場体験の場所の話題を話したのでしょうか)
これらは自分の体験や知っている知識を使って答えられる発問をすることで内容をKenやEmmaという教科書の登場人物の話ではなく、自分との関わりとして考えるきっかけを作ることになります。また英語の知識はこれらの問題を答えるときにはそんなに多く必要としません。例えば①の発問はYesかNoで答えられる単純な質問ですから、誰でも答えることができます。でも自分との関わりで考えることで生徒達は自らの疑問を持つようになります。ある生徒からは「本当に老人介護施設でロボットって使われているの?」というつぶやきが生まれます。教師はそのつぶやきを拾い、全体に「みんなはどう思う」と今の質問を投げかけます。ネットで調べてみると福祉施設で使われているロボットには様々な種類があると分かり、またそこから発問が広がります。「もしあなたがそこの所長でロボットを導入するとしたら、どのロボットを導入しますか」というEフェーズの発問まで広がることもあります。③の質問に対しては、「小学校の時に学校にいた」「〇〇にいたから話しかけたらちゃんと答えてくれた」など自分たちの経験や知っていることを自由に語ることができます。②の質問に対しては「工場で使われているロボット」から「お掃除ロボット(ルンバ等)」も出てきました。生徒達の答えが広がってくると、教師の発問も広がっていきます。「家にお掃除ロボットがある人はいますか」「なんでこんなに流行ってきたのでしょう?」「お掃除ロボット欲しい人?」等の質問に広がり、生徒のやり取りの中で、最後にはEフェーズのような「本当にお掃除ロボットは必要ですか」という発問にまで広がることもあります。
また④のように直接本文には答えは書かれていませんが、登場人物の気持ちや行動を想像したり、推測したりすること、Between
lines(行間)を読み取るような質問もCレベルの質問として考えられると思います。
次に、Eフェーズの発問としては他にも次のようなものが考えられます。
① If you have the day-at-work program, where do you want to go? And why?
(もし職場体験があるとしたら、どこに行きたいですか。またなぜですか)
② What kind of robots do you want? And why?
(どんなロボットがほしいですか。またなぜですか)
③ Is the day-at-work program really necessary for students?
(職場体験は生徒に本当に必要でしょうか)
Eフェーズで意識していることは生徒の意見や思いが引き出せる質問であるかということです。①のようにIf you
・・・(もしあなたなら・・)という発問で生徒達は自分の立場での意見を持つことができます。また②のように自分の好みや希望を尋ねるときは単に答えを言うだけでなく、その理由も尋ねることで(Why?)、根拠のある意見が言えることを大事にしています。そして③のような比較的社会性の高い質問をするときもあります。しかしこのような質問にいきなり答えることは難しいので、事前の準備が必要になると思います。
(2)単元を通したICEモデル
この単元で何を目標にするのかを考えるときにもICEモデルの視点を大事にしています。そのときに自分に問いかけるのは「この単元を生徒が学ぶ意味や意義は何か」つまり「この単元を何のために教えるのか」と言うことです。いくつか事例を紹介します。Lesson1では「My
favorite
words」というテーマで好きな言葉やそれを紹介しているスピーチが題材です。私はこの単元の目的を「これから1年間の英語の授業をクラス全員でがんばるために英語で自分たちの英語の授業のスローガンを作る」としました。
ICEモデルとしての単元計画としては、Iフェーズではクラス目標や好きな言葉について書かれた会話文や意見文を理解し、目標を紹介するときに使える表現を身につけることと設定しました。Cフェーズでは、英語の時間のスローガンにふさわしい表現を考えることとしました。Eフェーズではクラスで自分たちの英語の授業のスローガンについて交流し、クラスでスローガンを決めることとしました。
他にもいろいろあるので今年度取り組んだ事例のタイトルだけ下に紹介します。
表1.2018年度単元を通したICEモデル
※出典:『平成28年度版 NEW CROWN 3年』に基づく
(3)ICEモデルを使った評価
ここまでICEモデルを学びのフェーズとして考えていましたが、最初、ICEモデルを始めたときは評価モデルとして取り組んでいました。つまりICEをレベルとしてとらえて生徒の成果や活動を評価していました。レベルを設定していた時に意識していたことは生徒の思考の高まりがどれだけあるかということです。英語の評価はできるようになったかどうかでほとんどが評価されます。つまり習得の度合いがほぼ評価の対象になります。しかしICEモデルを使った評価では、英語の習得だけではない部分を評価することができます。つまり生徒がどのように工夫したか、どれだけ論理的に考えたか、どれだけオリジナルの発想ができたか、活動をどのように取り組むことができたか、などが評価になります。
例えば上記の表では以下のような評価をします。これは内容の評価に重点を置いています。
また個人の評価だけでなく、グループとしての取り組みを評価するときにも使っています。グループで評価させるとグループ全体で話し合いを持つ機会が生まれます。個人だけの評価だけでなく、他者がどのように評価しているかを聞くことで評価の客観性がうまれることを狙っています。
図4.【振り返り】 自分たちのグループの取り組みについて
達成できたと思ったら、〇 達成度 I → C → E
Iレベル グループ全体で、セリフが覚られるように練習することができた。
Cレベル グループ全体で、そのセリフの意図や人物の思いを再現するように声か
けをすることができた。
Eレベル グループ全体で、そのシーンの大切なポイントを伝えるように、良い点
を認めて、改善しながら進めることができた。
このようにICEモデルを学習のフェーズとしてとらえると同時に、レベルとして生徒と教員が共通理解できる評価に使うこともできます。
(4)ICEモデルをより効果的に用いるために
ICEモデルを授業に取り入れていくと、今までとは違った教材や教え方を模索していくようになりました。例えば、生徒が長文を読解する授業では、どう読ませるのかについても考えるようになります。ノートにまとめさせる時も話の流れを意識して読解させるようにするには、クライマックスはどこなのかを視覚的にわかるようにまとめさせます。
このようにまとめさせると英文として理解できているかどうかだけでなく、話全体をどのように理解しているかを見ることができます。しかしこれはIのフェーズです。大事なことは理解してそのあとの授業展開です。この話は上記に示したような話なのですが、Cフェーズでは「あなたがこの主人公ならどうしましたか」ということについて考えを交流し、Eフェーズでは、警官が主人公を見逃すのですが、「Do
you think he is
right?(彼の行動の賛同できますか)」という問いについて考えさせました。実はこのEフェーズの問いは生徒の発言から生まれたものです。普段から読んだ話を理解できる(内容ではなく英語として)だけを目標としていてはこの問いは生まれなかったかもしれません。「自分ならどうするだろう」「この話から考えられる問題点はなんだろう」という本質的な問いを生徒たちが考えられるようになってくれることがICEモデルの目標だと思います。
(5)最後に
教科の特性があるかもしれませんが、「こういう実践は英語で全部できるのですか?」と聞かれることがあります。深い話になると中学生の英語力では表現できないこともでてきます。しかし生徒は言いたい内容があるので、なんとか自分の使える英語で表現しようとしています。でもどうしても表現できないときは日本語を使っていることもあります。これには反対の声もあるかもしれません。しかし日本語ではできる高度な思考を英語で表現できないからといって伝えること自体をやめさせずに、英語で表現できる簡単なことしか考えさせないのでは生徒の主体的な学びは生まれないと思います。逆に言いたいことを英語でどう言えばいいのだろうという発想の転換で英語を学習していく過程も大事なことだと思っています。
また今回紹介した事例はすべて教科書を元に行った実践です。ICEモデルを使った新しい教材を探し、作るのも楽しいことかもしれません。でも私はそんなに仰々しく構えず、今使っている教科書や教材を教えるときにICEモデルの視点で考えていくようにしています。そうすると今までとは違った授業展開や活動が少しずつ生まれるようになってきました。授業の準備(授業を効率的に進めるためのパワーポイント資料や大量のプリントの作成など)も必要かどうかも考えるようになりました。ちょっと視点を変えるだけで全く新しい授業が生まれることがあります。でもICEモデルを軸に授業をすることは大げさな言い方に聞こえるかもしれませんが、その学習が生徒の人生や生き方にどのような影響を与えているのかを考えていくことだと思います。
プロフィール
林 秀樹
勤務校:滋賀県の公立中学校での勤務を経て、現在、滋賀県東近江市立五個荘中学校に勤務。英語の授業を通して「生徒が主体的に考える力をつけること」を目指した授業に取り組んでいる。
平成28年度 科学研究費助成事業(科学研究費補助金)
「TBIに基づいた思考力、判断力、表現力向上のための
授業案とその評価の開発」
平成30年度 科学研究費助成事業(科学研究費補助金)
「思考力、表現力向上のための
ICEモデルを適用した授業案とその評価の開発」