2018/01/22

あスコラ Vol.7『個性と能力が伸びていく「評価」とは?』

あスコラVol.7『個性と能力が伸びていく「評価」とは?』

「あスコラ」とは

 さまざまな領域の専門家が一堂に会し、熱い議論を繰り広げる“一期一会の小さな学校”、あスコラ。
それぞれの知見や経験、思いを語り合い、納得したり、刺激を受けたり、新しい発想が浮かんだり——。
教育に本気で向き合う大人の議論によって生まれる学びの場の様子をお届けします。
登壇者(五十音順)

小島希世子氏

無農薬の野菜農園を営むだけでなく、企業研修や引きこもり支援などにも農業を活かす社会起業家。株式会社えと菜園代表取締役。
著書に『ホームレス農園』。

向坂真弓氏

「人と組織で業績を上げる」をモットーとする株式会社サイバーエージェントで、人事データの収集・分析を手がける人材科学センターに所属。

吉本真代氏

初等・中等・高等教育と、広く子どもの学びや学校に関する社会調査に携わる。ベネッセ教育総合研究所研究員。
コメンテーター

林信行氏

最新テクノロジーが暮らしにもたらす変化を伝えるITジャーナリスト(「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター)

激変する世界を生き抜ける「資質・能力の育成」を

ベネッセ教育総合研究所 石坂編集長
ベネッセ教育総合研究所
石坂編集長
石坂 ようこそ、「あスコラ」へ。
 本日は能力の「評価」をテーマに、みなさんにお話を伺っていきたいと思いますが、その前にまずは日本の現状の一端を示すデータについて、話題提供します。
 OECDが3年ごとに行っている国際的な学習到達度調査(PISA:Programme for International Student Assessment)において、日本はこれまで、読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーのすべてで常に比較的上位に位置しています。つまり、日本の子どもたちは国際的な比較においても、高い学力を持っているといえるわけです。一方で、大人たちを対象にした調査をみてみると、米国ギャラップ社が行った調査では、日本は他国に比べて、エンゲージメント(熱意)のある会社員の割合が低い傾向にあるという結果が出ています。子どもたちの学力と社会人のやる気の関係を単純に結びつけて語ることはできません。ただ、せっかく学校教育で高い学力を修得しても、社会に出ると必ずしも熱意を持って仕事をできていない社会というのはとても残念な状況ではないでしょうか。
 そのような背景のなか、次期学習指導要領の柱である「資質・能力の育成」は、「学力だけが実社会で大切な要素ではない」という広い能力観に立っています。ただ、その「資質・能力の育成」の具体的な指導や評価方法の多くは、これから確立されていくというのが現状です。
 そこで今回の「あスコラ」は、学校教育や子どもの学びに関する調査研究を行っている吉本研究員と、実社会で人を育てることに携わっていらっしゃる小島さん・向坂さんをお招きしました。フィールドは異なりますが、個性や能力と向き合うなかで感じていること、考えていることを共有していただくことで、学校教育やそこでの「評価」について、興味深い示唆が生まれるのではと考えています。
 それではまず、吉本研究員より、次期学習指導要領の方向性と学校教育における「評価」について解説をお願いします。

次期学習指導要領と学校教育現場での「評価」

ベネッセ教育総合研究所研究員 吉本氏
ベネッセ教育総合研究所研究員
吉本氏
吉本 ベネッセ教育総合研究所の吉本真代と申します。近年は、小・中・高の生徒及び教員の経年調査に携わっており、日本の学校の学びの変化やその背景、これからの学校教育の在り方を中心テーマとしています。
 次期学習指導要領では、これまでの学習指導の考え方が抜本的に見直されていて、①育成すべき資質・能力を定めて、子どもたちが「何ができるようになるか」を考える、そのうえで②「何を学ぶか」③「どのように学ぶか」を考える、②③の結果として目的とする資質・能力が身につく(①)、という流れになっています。
学習指導要領改訂の方向性
学習指導要領改訂の方向性 出典:幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申) 補足資料 あスコラ事務局で再編集
出典:幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申) 補足資料
あスコラ事務局で再編集
 こうした学習指導要領の変化に合わせて、「評価」も見直そうとしています。学校教育法にある学力の3要素「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」を評価の観点として、どのように変えていくのかという議論が、文部科学省の設置するワーキンググループで始まっています。「学校での評価」と聞くと、テストや通知表をイメージされる方が多いと思いますが、それ以外にも評価に関する論点があります。現在の論点を簡単にまとめたものが、下記の資料です。
評価の論点
評価の論点 ※参照:幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)、中教審「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ」第1回資料「児童生徒の学習評価に関する論点例(案)」をもとに吉本作成
※参照:幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)、中教審「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ」第1回資料「児童生徒の学習評価に関する論点例(案)」をもとに吉本作成
 学校教育の世界では、これからの社会を生きていくうえで求められる「資質・能力」と「評価」についてこのような議論が行われていますが、みなさまが携わっているビジネスの現場では、「資質・能力」や「評価」をどのように捉えているのでしょうか。

インターネット業界で業績を上げるための「変化対応力」

株式会社サイバーエージェント人材科学センター 向坂氏
株式会社サイバーエージェント
人材科学センター 向坂氏
向坂 株式会社サイバーエージェント(以下CA)の向坂真弓です。私は、社内データを生かして人事領域の仕事を行う人材科学センターという組織に所属しています。
 まず、当社人事部の役割は、「人と組織で業績を上げる」ことであると明確に示されています。それを前提とすると、人や組織の評価の観点は業績である、といえます。
 では、当社で業績を上げるために求められる「資質・能力」は何か。これは私の個人的な意見ですが、最も重要なのは「どんな変化にもすぐに対応できる力」だと考えます。ネット業界は、変化が早いといわれる今の世の中においても、特に変化の激しい業界です。会社が別の方向に舵を切るときや、産業構造がガラッと変わるときに、すぐにそれを飲みこんで対応できる力が必要だと日々感じています。
 私自身、大学を経て就職まで一般的なレールに乗って進んだタイプなので、入社した当初は、変化対応力は高くなかったと認識しています。まだ起業して数年ほどのCAに入社し、いろんなことが目まぐるしく変化するのが当たり前の環境に身を置くうちに、変化することに対する恐怖感や抵抗感をそれほど持たなくなっていったように思います。

誰もがフラットに活動できる農園では、「身近な人や他人を応援できる力」

株式会社えと菜園代表取締役 小島氏
株式会社えと菜園代表取締役
小島氏
小島 神奈川県藤沢市と熊本県熊本市の2拠点で野菜農家をしています、小島希世子と申します。野菜農家として、農薬・化学肥料を一切使わない栽培方法で年間約30種類の野菜を栽培しながら、生まれ育った熊本県の16軒の農家とともに、農家直送で野菜をお届けする「えと菜園オンラインショップ」や直売所を運営しています。
 また、野菜作りや生き物と出合える楽しさを農家以外の方にも味わってもらえるような体験農園「コトモファーム」、農作業を通じた新入社員研修、“働きづらさを抱える人々”と人手不足の農家・農業法人をつなぐNPO法人農スクール(以下、農スクール)としての活動もしています
 今回は、農スクールの経験に基づいてお話したいので、まずはこの活動について簡単に説明させてください。
農業プログラム:年間スケジュール
農業プログラム 出典:小島氏投影資料
出典:小島氏投影資料
 NPO法人化したのは2013年ですが、“働きづらさを抱える人々”に対する農作業を通じた就労支援は2008年から行っていました。ここでいう“働きづらさを抱える人々”とは、たとえば、ホームレス、生活保護受給、引きこもりといった多様なバックグラウンドを持つ方々です。“働きづらさを抱える人々”を対象として、3か月を1つの期間とする農業プログラムを提供し、最終的には就職の手助けをしています。
 農作業を通じた就業支援に取り組みながら、農業に携わるプログラム参加者に必要だと感じる「資質・能力」は、「身近な人や他人を応援できる力」です。仕事とは、そもそも誰かが困っていることを解決する営みだと思っています。私が起こした農スクールも、他人の困りごとを解決するための事業です。仕事において求められるのは、隣にいる同僚や商品・サービスの届け先であるお客様を応援できる姿勢に尽きるのではないか、とつくづく感じます。

「コミュニケーション能力」を問い直す事例

ITジャーナリスト 林氏(あスコラボードメンバー/コメンテーター)
ITジャーナリスト 林氏
(あスコラボードメンバー/コメンテーター)
 あスコラボードメンバーの林信行です。ITジャーナリストという肩書きを持つ傍ら、日本の産業構造や組織構造の分析に基づく企業のコンサルティングをしたり、ベネッセ教育総合研究所の特集SHIFTの取材をはじめとして教育に携わったり、国内外問わず幅広く活動しています。
 今日の「資質・能力」というテーマで思い出したのは、Googleが採用面接で導入している、「エアポートテスト」という特徴的な「評価」方法です。「エアポートテスト」は採用プロセスの最後に行うもので、面接官自身が、「この人と(停電などのトラブルが原因で)空港で一晩一緒に過ごすことになっても耐えられるか」を自問自答するのです。
 一般的に、評価においては、どうしても言葉を通じたコミュニケーションの内容が重視されがちですが、ここでは「なんとなくこの人といると心地よい」、「この人と一緒にいても大丈夫」といった感覚を持てるかどうかが重視されます。表面的なコミュニケーションや数字だけでは分からない、その人の持つ良さもあります。ですから、こうした感覚による評価も、今後はもっと重視されてもよいのではないかと個人的には感じています。
小島 農スクールに来る引きこもりや失業といったバックグラウンドを持つ方々は、言葉を通じたコミュニケーションが苦手なことが多いです。対人恐怖症などの理由で、面接の場で一言も発せない方もいました。しかしそのような方々ほど、野菜の生育状態や家畜の細かな体調変化を察知することに長けていたり、就職先の農家さんから「こんな素晴らしい子はいない!」というお褒めの言葉をいただいたりするんです。世間では、「就職に際して、コミュニケーション能力が重要だ。」とよくいわれますが、私は、面接で話すことができなくても、その後の仕事で評価されている方々をたくさん見てきました。

個の資質・能力を生かすための環境の捉え方

石坂 それぞれの現場で個人に求められる「資質・能力」についてお話いただきましたが、組織として、個人の「資質・能力」を生かすための取り組みなどがあれば教えてください。
CA人事の役割
CA人事の役割 出典:向坂氏投影資料
出典:向坂氏投影資料
向坂 CA では、「採用」「育成」「活性化」「適材適所」「企業文化」を人事のキーワードとして掲げています。なかでも重視しているのが「適材適所」です。
 「人は現場で育つ」というのが根本的な考え方なので、社員を適切な部署に配置し、成長を促すことを常に意識しています。「適材適所」を徹底するために、「キャリアエージェント」という専門チームを設けたり、社内のさまざまな部署の仕事やメンバー、求人情報を見ることができる社員専用サイト「キャリバー」を運営したりしています。
小島 「適材適所」って大切ですよね。農スクールでも、重視している考え方の1つです。農作業と一言でいっても、掘り下げてみると、「畑仕事」「袋詰め」「生産管理」というそれぞれの作業によって必要とされる能力は異なるので…。
 私は一度も企業に就職したことがなくて、26年間ずっとフリーランスをしています。「社員にならないか?」とお声かけいただいたことがあったにもかかわらず、フリーランスを貫いた理由は、まさに「日本の会社に入ると適材『不』適所になってしまう。」のを何度も目にしてきて、自分はそれに耐えられないと思ったからです。
石坂 必ずしも「組織として」という文脈ではないかもしれませんが、小島さんがよくおっしゃっている「野菜と人の育ち方は似ている。」とはどういう意味でしょうか。
小島 野菜も人も、「個性や置かれた環境によって、育ち方が異なる」という共通点があります。たとえば、トマトはどれも同じように育つと思われるかもしれないのですが、同じ土壌に植えたとしても1株ずつ育ち方は異なりますし、あまり実をつけなかった株が別の土壌に移すと急激に伸びることもあります。人に関しても、話すことが苦手で社会での働きづらさを抱えていた子が、農家へ就職し、のちに「共同経営者になってほしい!」とまでいわれたケースがありました。就農先がその子にとって育ちやすい環境だったという事例です。まさに、先ほど向坂さんがおっしゃった、「人は現場で育つ」だと思います。

個性を見極め伸ばすための見とりの仕組み

石坂 お二人から「適材適所」という言葉が共通のキーワードとして出てきたところで、それを実現するために導入されている仕組み、ツールについてご説明いただけますでしょうか。
GEPPO 出典:向坂氏投影資料
GEPPO
出典:向坂氏投影資料
向坂 サイバーエージェントでは、月報をもじった「GEPPO」という月次報告を導入し、社員の志向性やコンディションの把握などに活用しています。毎月回答してもらう必要があるため、所要時間1~2分程度の簡単なアンケート形式で、その月の成果・パフォーマンスやキャリア志向などについて社員に聞きます。
 追加の質問項目を挿入し、ビジネススキルに限らない趣味・特技を問うこともあります。たとえば、AbemaTVで将棋チャンネルを新たに立ち上げる際に、この趣味・特技の欄に将棋と記入していた社員がプロジェクトメンバーとして推薦されるといった事例があります。
 「GEPPO」は4年前に導入されましたが、毎月約3,000人の社員が回答し、その回答率は96%に及びます。回答率が非常に高い理由は、先ほども言及した適材適所専門チーム「キャリアエージェント」のメンバーによる細かなフォローにあると考えています。
 「キャリアエージェント」は現在4名の社員が担当していますが、全員が毎月、全社員の回答に目を通し、気になるコメントを書いた社員との面談を実施します。面談以外にメールでのコミュニケーションもとっています。こうしたコミュニケーションがあるからこそ、社員に「GEPPOに意見を書けば、それをちゃんと拾ってくれる」と思ってもらえるんです。
 社員が率直な意見を記入できるように、「GEPPO」は、役員と「キャリアエージェント」のメンバーしか見ないという約束にしています。上司が見ると思うと、素直な意見を書きづらいので…。そして、本来的には上司とは「GEPPO」を介さず、直接対話してほしいという想いもあります。「GEPPO」を通じて人事に訴えるのではなく、上司であっても、言いたいことはきちんと面と向かって伝えてほしいと思っています。
 この「GEPPO」で拾いきれないニーズを補完するために最近作ったのが、先に触れた社員専用サイト「キャリバー」です。これにより、他部署の仕事や異動の需要が見える化されました。いわゆる社内版の求人サイトですね。こうした取り組みの結果、4年間で500人の社員、平均年間100人以上の社員が異動しています。「適材適所」に貢献している実績といえると思います。
小島 農スクールでは、約2時間の農作業を行なった後に、振り返りとしてA41枚の「ワークノート」を記入してもらっています。「ワークノート」には、その日にした「作業を通じて何を感じ、考えたか」という定性評価と、体力・知識・精神にまつわる観点での定量評価を記入します。それを毎回繰り返すだけでも、書く内容に成長がみられます。プログラムの後半には、目標設定とそれに対してフィードバックをするサイクルも組み込まれているので、毎回の自己評価が目標を達成する糧になっていると思います。
ワークノート(小島氏提供)。 ワークノートは目的に応じて12種類あり、これは最初に使うワークノート。
ワークノート(小島氏提供)。
ワークノートは目的に応じて12種類あり、これは最初に使うワークノート。
 もう1つ、こうして「ワークノート」という形に残す長所として、農スクールを修了し、就職した後に心が折れそうなときに自分の成長を自分で振り返ることのできる点が挙げられます。農スクールの思い出とともに、自分が頑張ってきた証や成長の足跡が手元に残るので、つまずいたときに「これまでも頑張って成長してきたのだから、まだ頑張れる!」と思ってもらえるのではないかと考えています。
向坂 「過去の成長を振り返ることができる」という点は、「GEPPO」にも共通しています。「GEPPO」も、個人が過去に提出したデータを見ることができる機能を実装しています。半期末のタイミングで、「GEPPO」の履歴も見ながら振り返っている社員が多いようです。これまでの成果やモチベーションの波を振り返ったうえで、「次も頑張ろう!」と考える社員が多いのだと、私の方が気付かされました。

仕組みだけでなく、「人」と向き合うことが重要

吉本 「適材適所」といっても、出された希望を単純に受け入れているわけではないのでは? 出された希望と、部署や業務の組み合わせを考える際に気を付けていらっしゃることはありますか。
向坂 本人の希望と「やる気」をやはり最重要視しています。「これをやりたい!」という熱い想いを反映して異動させると、社員自身が成果を出すことへの責任感を自覚し、成果を出してもらいやすいためです。一方で、今配属されている部署で自分が納得する成果を出せていない場合には、すぐには異動を勧めないようにもしています。配属されている部署で「やりきった!」という自信をつけ、自分で納得してから、選んだ道を歩んでほしいと思っています。
 また、「GEPPO」から出力されるデータのみで、人の良し悪しやコンディションを判断することはよくない、という共通認識が社内にはあります。社員の声は、単なるデータではなく、貴重な「生の声」です。1つひとつの声に対して、「人」として向き合うことの重要性を、役員や人事に携わる全員が自然と意識しているように思います。
小島 「人」として向き合うことの重要性は、私も感じています。「ワークノート」上の自己評価を通じて調子の悪さが垣間見える方に対して、「何かあったの?」と聞いても、すぐには打ち明けてくれず、はぐらかされることがあります。けれど、私としては「ワークノート」を通じて不調を感じ取っているので、時間をかけてじっくり問いかけていくと、最終的には困っていることを打ち明けてくれたりします。
農業における適材適所
農業における適材適所 出典:小島氏投影資料
出典:小島氏投影資料
 「やる気」に関して、就農支援という側面においては、本人の「やる気」と受入れ農家のニーズがうまくかみ合わない事例も見てきました。農作業は、作業の種類も、それぞれの作業に必要とされる能力も多岐にわたります。なので、発生する作業と必要とされる能力の細分化と可視化を丁寧に行うことによって、就農希望者と受入れ農家とのミスマッチをなるべく減らす努力をしています。
向坂 もう1つ、CAでは、「機会を与えること」を大切にしています。研修を御膳立てして何かを教えるよりも、成長に寄与しそうな仕事や役職を機会として与えるという策を講じることの方が多いように思います。
 仕事や役職を与えられると、当事者意識が芽生えますよね。当事者になれるような権限委譲がされないと、働く側は徐々にやる気がそがれてしまう気がします。
石坂 次に評価する際の立ち位置ですが、農スクールでは、小島さんが指導や評価をする側になるかと思うのですが、そうした立場で気を付けていることはありますか。
小島 臨機応変に役割を使い分けるようにしています。ただそばにいて何も言わないこともあれば、おせっかいと自覚しながら踏み込んでいくこともあります。やはり、「人」や場面によって必要とされる役割も違うと思うので…。
吉本 どういった基準で役割を使い分けているのですか?
小島 明確な基準はなく、自分のこれまでの経験に基づくことが多いです。「この人は、ここまで介入した方がよい」とか、「この状況なら、離れても大丈夫」とか、相手の状況をふまえて、都度意識しながら接するようにしています。農スクールにやってきた人と一生一緒にいて、ずっと支えられるわけではありません。だからこそ、私だけでなく、友人や家族や職場など多様な居場所・拠りどころを持って、倒れそうになったときにはいろんなところに寄りかかりながら、自分の足で立てるようになってほしいという想いがあります。野菜作りに際しても、最後は自分で判断する力をつけていただきたいという想いから、答えやマニュアルを伝えるのではなく、判断できる材料を提供して答えは言わないよう工夫しています。

主体的な活動を促すために理想的な「評価」の在り方とは?

石坂 これまでのお話で、評価する側は個々人としっかり向き合い適性も見極めること、評価される側は自分の実績の振り返りを習慣化することの大切さがよく分かりました。では、より一層主体的な活動を促すためには、どのような「評価」が望ましいのでしょうか。
向坂 まず、「主体的な行動を認める、褒める」文化が重要な役割を果たすと思います。CAの場合、積極的に提案や行動する社員を褒める企業文化が自ずと浸透しています。「評価」で最も重視される観点は「業績」なのでシビアだと思われるかもしれませんが、業績とは関係ない表彰制度を設けるなど、主体的な取り組みを称賛する場があります。
 そのうえで、「評価」については、評価される人が納得感を持って受け入れられるかどうかがポイントだと思います。ただ単に周りから与えられるものではなく、評価された人が納得して受け止められるものを提供することが理想だと感じています。
小島 主体的な活動を促すためには、自分の「長所」を認識でき、またその「長所」を生かすことで社会や身近な人にどう貢献できるかという「少し先の未来」の見えやすい環境が必要だと思います。
 「評価」については、本来、人が幸せになるためのツールであるはずが、人を苦しめるツールになってしまっているケースもあることに違和感を覚えています。人を判断するための「評価」ではなく、人を育てるための「評価」であるべきですし、その方が現場でもプラスに働くのではないかと感じています。したがって、理想の「評価」は、「長所」を生かして生み出した結果を他者に褒めてもらえるものだと考えます。
吉本 私も、「評価」は人を育てるためのものであってほしいと強く思います。また、今日お聞きした実社会の取り組みのなかでも、次期学習指導要領の評価の観点にある、本人のやる気(個性・主体性)や自己評価を重視されているのがとても印象的でした。
 小島さんが言及されていた「野菜と人の育ち方は似ている」というところに立ち返るのですが、人でも野菜でも、本当に重要なのは本人が本来の能力を生かし、生き生きと活躍できること。人を評価する立場にある人は、この視点を大事にしなければならないと思いました。そのためにまず必要なのは「目標設定」ですね。 たとえば、「大学進学」や「就職」といった本質ではない目標設定で評価をするとゆがんでしまう。また、本人が自分の力を養えるように、教育者は手を加えすぎず適切なバランスの距離感を保つことも大切かもしれません。そういう観点では、CAの「GEPPO」や農スクールの「ワークノート」に見られる自己評価は、教育現場でも価値を持ちうるのではないでしょうか。本当によい教育現場をつくるためには、目標設定を含めて、評価に対する既存の価値観を変える必要もあるのではないかと感じました。
石坂 本日は、ありがとうございました。
あスコラ Vol.7 集合写真

主宰者より御礼

農業の担い手とIT企業の社員。
その成長や評価の方法は、およそかけ離れているという勝手なイメージがありました。
しかし、人の個性や能力が伸びていく環境には驚くほどの共通点がありました。
さらにそれらは、良い学級や学校といわれるところでも、しっかり実現されていることと同じだと分かった今回の「あスコラ」でした。
まず、そこにいるみんなが自尊感情を持てていること。
そのためには、自己との対話、振り返りがとても重要。
そして、周囲のサポートや関心が不可欠(適材適所はその結果)。
ただ、どんなツールや仕組みよりも大事なのは、一人ひとりが、いつも見てくれている人の存在を感じられていること。
一人ひとりの個性や能力を、日々しっかりとみて、引き出して、伸ばそうという人の存在。
評価する、されるというだけの関係ではなく、互いに学び、高め合おうとする信頼関係が前提なのだと感じました。
小島さん、向坂さん、ありがとうございました!

登壇者プロフィール

小島希世子(株式会社えと菜園代表取締役、NPO法人農スクール代表)

熊本県生まれ・藤沢市の野菜農家。
農業体験・貸農園コトモファームを開園し、都会の方に野菜作りを楽しんでいただく場を提供したり、 農作業を活用した新入社員研修、休職中の方への農業研修プログラムなどを企業向けに開発・提供している。
また、生活保護・ホームレス状態の方と人手不足の農業界をつなぐ取り組みや、引きこもりの方、心の病気を持たれている方などに向けて「就農研修プログラム」なども開発・提供を行っている。
小島希世子(株式会社えと菜園代表取締役、NPO法人農スクール代表)熊本県生まれ・藤沢市の野菜農家。株式会社えと菜園代表取締役、NPO法人農スクール代表。 農業体験・貸農園コトモファームを開園し、都会の方に野菜作りを楽しんでいただく場を提供したり、 農作業を活用した新入社員研修、休職中の方への農業研修プログラムなどを企業向けに開発・提供している。 また、生活保護・ホームレス状態の方と人手不足の農業界をつなぐ取り組みや、引きこもりの方、心の病気を持たれている方などに向けて「就農研修プログラム」なども開発・提供を行っている。

向坂真弓(株式会社サイバーエージェント人材科学センター)

一橋大学社会学部卒業後、2003年にサイバーエージェントに新卒で入社。
インターネット広告営業、マーケティング、SEMコンサルを経験。
現在は人事部内組織である人材科学センターにて、人事データの収集や分析を行っている。
向坂真弓(株式会社サイバーエージェント人材科学センター) 一橋大学社会学部卒業後、2003年にサイバーエージェントに新卒で入社。 インターネット広告営業、マーケティング、SEMコンサルを経験。 現在は人事部内組織である人材科学センターにて、人事データの収集や分析を行っている。

吉本真代(ベネッセ教育総合研究所初等中等教育研究室研究員)

アセスメントや高等教育領域の調査・研究に携わった後、近年は初等・中等教育領域を中心に、子ども・教員(学校)を対象とした調査に従事している。
担当した主な調査は、「第6回学習指導基本調査」(2016年)、「第5回学習基本調査」(2015年)など。
現在はこれからの社会に必要な子どもの学びのあり方とそれを支える学びの環境を中心テーマとして調査研究を行っている。
吉本真代(ベネッセ教育総合研究所初等中等教育研究室研究員) アセスメントや高等教育領域の調査・研究に携わった後、近年は初等・中等教育領域を中心に、子ども・教員(学校)を対象とした調査に従事している。担当した主な調査は、「第6回学習指導基本調査」(2016年)、「第5回学習基本調査」(2015年)など。 現在はこれからの社会に必要な子どもの学びのあり方とそれを支える学びの環境を中心テーマとして調査研究を行っている。

林信行(ITジャーナリスト)

最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター。
林信行(ITジャーナリスト)最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター。

石坂貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰)

アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験開発、社会人向け通信教育事業ユニット長など主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構の総括責任者として「地域おこし協力隊」制度などの立ち上げに参画、2013年より現職。「まなびのかたち」、「CO-BO」、「シリーズ・未来の学校 」、「SHIFT」などをプロデュース。
石坂貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰)アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験開発、社会人向け通信教育事業ユニット長など主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構の総括責任者として「地域おこし協力隊」制度などの立ち上げに参画、2013年より現職。「まなびのかたち」、「CO-BO」、「シリーズ・未来の学校 」、「SHIFT」などをプロデュース。
※プロフィールや所属団体などは取材時のものです。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘