2016/03/31

第100回 教員が「学びの改革」の担い手となるために-多忙な教員の声から学校教育の課題を考える-

研究員 木村 聡
 教員の多忙化については、そのように言われて久しい。2013年に経済協力開発機構(OECD)が行なった国際調査「国際教員指導環境調査」(TALIS)の結果では、加盟34の国と地域の中学校(前期中等教育段階)の教員の中で、日本の教員の週あたり勤務時間は53.9時間で、参加国平均38.3時間を大幅に上回って世界最長と発表された。また、授業時間は参加国平均と同程度であるものの、授業の計画や準備、課外活動の指導、事務業務といった仕事に使う時間が長い、という課題も示された。
 では、勤務時間や睡眠時間、休日出勤の状況も含めた教員の生活の多忙化は、教員にどのような心理的負担を与えているのだろうか。また、多忙な中にあっても、教員は仕事に対してどのようなやりがいや魅力を感じて日々頑張っているのだろうか。そして、社会環境の変化に対応して、子どもたちが主体的に学ぶための環境づくりやこれからの社会で求められる新たな能力の育成といった「学びの改革」が学校教育に求められる今、多忙な教員がその改革の担い手となるために必要なことは何だろうか。
 ベネッセ教育総合研究所では、HATO・教員の魅力プロジェクト※1 からの委託を受けて、「教員の仕事と意識に関する調査」を実施した。本調査は、2015年8~9月に、全国の公立小学校・中学校・高校の教員(主幹教諭、指導教諭、教諭)を対象に、合計約5,400人の協力を得て実施したもので、教員の仕事の実態や学習指導の実践状況、教員の仕事の魅力や悩み、学校教育などに関する意識と実態について尋ねている。この調査の結果から、まずは忙しい日々を頑張っている教員の姿を確認した上で、学校教育が「学びの改革」を進めていくための課題について考えてみたい。

教員の生活実態

 公立学校教員の勤務時間や休息のための時間はどうなっているのだろうか。図1には平日(授業がある日)の「学校で仕事をする時間」と「睡眠時間」を示した。学校での勤務時間は小学校・中学校教員で11時間台、高校教員は10時間台となっている。労働基準法で定められた法定労働時間は1日8時間(1週間に40時間)であるから、それを大きく上回っているのが現状である。ここではデータ紹介を省略したが、さらに、平日に家で仕事(授業の準備など)をする時間が1時間弱ある。また、睡眠時間は、どの学校段階の教員でも5時間台である。社会生活基本調査(2011年 総務省統計局)によれば、日本人の平日の平均睡眠時間は7時間31分であるから、平均より2時間弱も短いということになる。
 教員は、平日の時間の約半分を学校や家での仕事に使い、1/4を睡眠に充てている。残された時間は7時間前後である。通勤時間等を考慮すれば、自由に使える時間はさらに短いというのが実態であろう。
図1 平日(授業がある日)に学校で仕事をする時間、睡眠時間(1日平均)
図1 平日(授業がある日)に学校で仕事をする時間、睡眠時間(1日平均)
 次に、休日(勤務を要しない日)の「出勤日数」を示した(図2)。1か月平均で小学校教員は2日、中学校・高校教員では1か月の土曜日・日曜日の半分にあたる4~4.5日となっている。中学校・高校教員は休日の出勤日数が多く、月に「8日以上」の教員も1割以上存在する。さらに、データの紹介は省略したが、休日に家で仕事(授業の準備など)をする時間は、平均約1時間~2時間弱となっている。
図2 休日(勤務を要しない日)の出勤日数(1か月平均)
図2 休日(勤務を要しない日)の出勤日数(1か月平均)
 このように、教員はとても忙しい平日をすごしており、また本来は休息日であり自由な活動の時間であるはずの休日も、部活動や授業準備など、何らかの理由によって出勤し、仕事をしている。とにかく現在の教員の生活は多忙を極めている。昨今、社会からは教員に対して大きな期待が寄せられ、それゆえに、社会が求める役割の幅や質的水準が一方的に高まる傾向にあるのではないかと筆者は感じている。しかし、教員に対して大きな期待を寄せ、大きな役割を担うことを求める前に、我々は教員のこの多忙な現状から目をそらしてはならないだろう。

教員の悩みや不満

 次に、教員が抱えている仕事の悩みや不満について見てみよう(図3)。先に、教員が多忙な毎日をすごしていることを示したが、「授業の準備をする時間が足りない」「仕事に追われて生活のゆとりがない」といった時間の悩みを抱えている教員は多いようだ。さらに、「部活動・クラブ活動の指導が負担である」と回答する中学校・高校教員は半数を超えている。 また、「国際教員指導環境調査」(TALIS)の結果において、日本の教員の自己効力感の低さ(≒自信のなさ)について示されたが、本調査の結果でも教員の4割前後が「仕事に自信が持てない」と回答している。ここでは示していないが、「仕事の社会的な評価が高い」と回答した教員の割合は4割前後にとどまっている。長い時間を日々の仕事に充てて頑張っているにも関わらず、なかなかその頑張りが社会的に評価されないことも、教員が仕事に対する自信を持てない理由の一つではないだろうか。
図3 教員の仕事の悩み・不満
図3 教員の仕事の悩み・不満

教員の仕事のやりがいや魅力

 多忙な勤務環境にあり、悩みや不満を抱えている教員であるが、では教員は、その仕事のやりがいや魅力をどのように捉えているのだろうか。図4に示したように、9割を超える教員が「子どもの成長にかかわることができる」と感じており、「世の中を支える人材を育てている」と感じている教員も8割を超えている。子どもの成長を促し、そして成長を身近に日々感じられること、さらには、未来の社会を支える人材育成に貢献していることに対して、やりがいや魅力を感じていることがわかる。また、8割以上の教員が「仕事を通じて自分が成長している」と回答しており、自己の成長実感が得られる仕事であることも、教員の仕事の魅力であるようだ。
図4 教員の仕事について感じること
図4 教員の仕事について感じること)

教員生活の総合的な満足度

 とても多忙であり、悩みや不満を抱えながらも、教員は子どもの成長に寄り添えることや、仕事を通じた自己の成長を感じられることなどにやりがいや魅力を感じることで、日々の苦労を乗り越えて仕事に取り組む様子が、これまでに紹介した調査結果で見えてくる。教員に、教員生活の総合的な満足度を尋ねたところ、約8割の教員が「満足(とても満足+まあ満足)」と回答している(図5)。参考までに、厚生労働省が2013年に中小企業の常用勤務者を対象に調査を実施した「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査 報告書」によれば、「現在の仕事の満足度」は52.2%(満足している+どちらかというと満足している)であった。その結果と比べると、教員の仕事に対する満足度の高さは特筆すべきものがある。苦労以上に、感じられるものや得られるものの価値が大きく、やりがいのある仕事だということだろう。
図5 教員生活に対する満足度
図5 教員生活に対する満足度

子どもたちにどんな力を身につけさせたいか

 とても多忙な毎日をすごしている教員だが、その多くが、子どもたちの成長や将来の活躍を願って日々仕事をしていることはこれまでに示した通りである。では、教員は学校教育の中で、子どもたちにどんな力を育てたいと考えているのだろうか。図6には「学校教育の中で、育てる必要があると思う力」について、「とても必要」の回答割合を示した。
図6 学校教育の中で育てる必要がある力
図6 学校教育の中で育てる必要がある力
 「他者と協働する力」や「自分で学ぶ力」については、小学校教員で8割前後、中学校教員で7割台、高校教員で7割前後と高く、学校教育で育てるべき力として多くの教員に認知されている。図6では割愛したが、「あきらめずに頑張りぬく力」「失敗しても立ち直る力」「多様な考えを尊重する力」についても同様に高い割合であった。一方で、「社会に対する関心」「物事を論理的に考える力」は4~5割台、「物事を批判的にみる力」については1~2割台と、比較的低い。社会環境が急速に変化していく中で、未来を生きる子どもたちにとって必要とされる21世紀型能力の中核と言えるのが「思考力」であり、それには「論理的思考力」や「批判的思考力」の育成が含まれているのだが、調査結果は、教員の「学校教育で育てたいと思う力」に対する意識が、まだそこまで及んでいないことを示しているように感じられる。また、21世紀型能力として「社会参画力」「問題解決力」が挙げられている中で、そのベースとなるであろう「社会に対する関心」を育む意識は、教員にこれからますます求められるのではないだろうか。

教員が「学びの改革」の担い手となるために

 先に示した通り、教員の勤務実態はすでに相当忙しい状況になっている。ここでさらに社会環境の変化に対応すべく、子どもたちの新たな能力を育てていくことが求められ、それを実現すべく、授業スタイルも探究的な学びやアクティブ・ラーニングを取り入れたものへの変化が求められている。教員には、これまでも常に新しい仕事が追加される一方で、減らされる仕事はほとんどなかったのではないだろうか。しかし、勤務実態を見ればそれが限界にきていることは明らかだ。この先さらに教員に対して、子どもたちに育てるべき力の変化に合わせた「学びの改革」への対応を求めるならば、教員自身が変化に対応すべく、自ら学び続ける努力を惜しまないことは大前提として、教員が努力して変化していくための環境を、教員や学校を取り巻く地域社会全体が「学びの改革」の協力者となって一緒に作ることが重要となろう。「チーム学校」の議論があるように、教員だけで業務や課題を抱えるのではなく、外部の組織・専門人材を活用して一緒に解決していくことで教員の業務を見直し、指導力向上への努力により多くの時間を使えるようにすることも一つの方策であろう。また、教員養成大学は、子どもたちに21世紀型能力を育てることのできる教員を育成すべく、教員養成課程を一層充実させることが求められるし、現職教員に対して、学びなおしの価値ある機会を整備するなど、受け入れ体制の充実が必要だろう。
 子どもたちが未来を生き抜く上で必要な力を育てるために、行動するべきなのは日々子どもたちと向き合う教員だけではないはずだ。教員、大学、行政、そして保護者を含む地域住民やNPO、民間企業が一緒になって子どもたちの未来とそれを支える学びを考えていくことが、今こそ必要ではないだろうか。
※1
文部科学省国立大学改革強化推進補助金「大学間連携による教員養成の高度化支援システムの構築-教員養成ルネッサンス・HATOプロジェクト-」特別プロジェクト 教員の魅力プロジェクト(実施主幹大学:愛知教育大学)。国立大学法人北海道教育大学(H)、国立大学法人愛知教育大学(A)、国立大学法人東京学芸大学(T)、国立大学法人大阪教育大学(O)の強みを生かしつつ、教育養成機能の強化・充実を図ることを目的とした「HATOプロジェクト」は、4大学が活動拠点となり、全国の教員養成系大学・学部と連携・協力を促進し、教員養成の諸課題に積極的に対応することを目的としている。その一環である「教員の魅力プロジェクト」では、2014年度に「教員のイメージに関する子どもの意識調査」(愛知県内の公立小・中・高校の子ども対象)および「教員インタビュー調査」(4地域の小・中・高校の教員対象)を実施し、さらに2015年度には「教員の仕事と意識に関する調査」(全国の公立小・中・高校の教員対象)を実施した。これらの調査結果を通して「教員」の仕事の役割・魅力・課題を明らかにした。

著者プロフィール

木村 聡
きむら さとし
製造業の事業部企画部門、ベネッセコーポレーションの事業部企画部門および研究推進部門を経て、2012年度より現職。初等中等領域を中心に、子どもの学習行動・学習観に関する研究や、子ども・教員を対象とした意識や実態の調査研究を担当。これまでに関わった調査・発刊物は がある。