2014/12/25

第63回 新たな大学入学者選抜制度にどう転換するのか

ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 室長
樋口 健
 さる平成26年12月22日(月)、平成24年9月以来、2年以上にわたり議論を重ねてきた中央教育審議会高大接続特別部会から「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について~すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために~」が答申された。
 答申の名称にあるように、この部会では高校教育から大学教育の改革までを一体的に捉える中で、新たな大学入学者選抜制度の在り方が提案された。議論の最終局面で目的の明確化を趣旨として、新たな共通学力試験の仮名称が達成度テスト発展レベル・基礎レベルから「大学入学希望者学力評価テスト」・「高等学校基礎学力テスト」に変更された。しかし「教科知識を問う入試から思考・判断・表現力を中心に多様な能力・資質を問う総合的な仕組みへの転換」という改革理念は変わらず、平成32年度からの導入を目指している。一点刻み評価からの脱却や複数回受験の導入等も当初案どおりである。教科・科目の構成や問題の具体的な在り方、CBT導入など技術的な面については国と大学入試センター等で研究・開発されつつあり、今後次第に明らかにされるであろう。こうした技術上の諸問題に加え、大学入試改革の成否を問うもう一つの重要な課題は、大学・短大進学率が6割近く(平成26年4月:56.7%)にも上る今日、新たな入試を大学入学者選抜全体の基盤としてどのように普及するかではないだろうか。そのために、何を克服すべきなのか。

大学の「個別入学者選抜」をどうリ・デザインするのか

 一つの課題は、全ての大学が、新たな共通学力入試の活用を軸に個別入試をどう改革し実行できるかであろう。答申でも大学側の個別入試の改革については相当問題意識を割いている。特に選抜制が中程度の大学では、独自の作問が負担となり少数科目における知識量を問う入試になりがちであるとして、新たな共通入試の積極活用を求めている。しかしそれはあくまで推奨であり、決して大学が独自作成する入試を排除はしていない。
 1990年代以降の私立大学増加と比例して、特色ある人材確保の理念の下に入試の機会は多様化し増加した。しかしこの過程は、全入時代において「学生がどこかの大学に収まる調整過程」でもある。当研究所が2013年度に実施した調査(高大接続に関する調査)では、学力入試、推薦入試あわせて、国立大学では多くても3種類程度であるが、8割近くの私立大学は5種類以上の入試を実施していた(図1)。
図1 実施している入試方法の数(設置形態別)
実施している入試方法の数(設置形態別)
注)「実施している入試方法の数」は、実施している入学者選抜方法についての質問で「一般入試」、「センター利用入試」、「指定校推薦入試」「一般推薦入試」「AO入試」「附属校推薦」「その他」の7項目の中から選択した数を合計して算出した。
出典:ベネッセ教育総合研究所「高大接続に関する調査」2013年11~12月実施
 特に私立大学では、多様な試験を重ねることは十分な学生確保に直結する経営上の問題である。また筆者の経験的な感覚だが、独自試験は「これこそが、大学がどのような学生に入学してほしいかのメッセージであり、大学のアイデンティティである」と考える大学関係者も多いようだ。先の調査結果では「共通試験があれば、大学個別の学力試験を廃止してよい」と考える比率は、国立大学が34%弱なのに対して私立大学では28%程度である。国立大学より、むしろ私立大学において独自入試へのこだわりが強い。(図2)
図2 共通試験があれば、大学個別の学力試験は廃止してよいか(大学の設置形態別)
共通試験があれば、大学個別の学力試験は廃止してよいか(大学の設置形態別)
注)無回答は全体として1%に満たなかったため、省いて表示した。このため合計して100%にならない場合がある。
出典:ベネッセ教育総合研究所「高大接続に関する調査」2013年11~12月実施
 一方、同様の課題について高校側がどう考えているかというと、実は大学以上に、個別学力試験の廃止には反対である(図3)。その理由は多様であろう。現場の校長先生や教員の話を聞く限りでは、生徒の進路保証に対する責任感が強く、大学の入口はより多様であってほしいとの意識もあろう。またその背景として、あまり学力を強く問わない推薦・AO入試でなければ進学できない生徒が多いという、現実の問題もあるのかもしれない。
図3 共通試験があれば、大学個別の学力試験は廃止してよいか(高校長全体)
共通試験があれば、大学個別の学力試験は廃止してよいか(高校長全体)
注)無回答は全体として1%に満たなかったため、省いて表示した。このため合計して100%にならない場合がある。
出典:ベネッセ教育総合研究所「高大接続に関する調査」2013年11~12月実施
 こうした状況の中で、どのように大学・高校の合意形成を図りながら新たな思想に基づく入試を浸透させていくのか。特に私立大学では新たな入試を使って、あるいは、多様な資質・能力を測る観点から独自入試全体をどのようにリ・デザインできるかが、今回の制度改革の目的を達成するうえでの、重要なブレイクスルー・ポイントとなるだろう。

ディプロマポリシーと結びついたアドミッションポリシーの整備

 新たな大学入試を普及させ、共通入試から独自入試にまでその理念を普遍化する第一歩をどう実現するのか。一つの鍵は、(答申も指摘しているが)国も指摘しているが大学のアドミッションポリシー(入学者受け入れ方針:AP)を、きちんと自学のディプロマポリシー(学位授与の方針:DP)と関連づけ、各大学で再考することだと筆者は考えている。
 2008年の中央教育審議会大学分科会答申「学士課程教育の構築に向けて」では、学士力として専門基礎とともに汎用的能力、総合的な課題解決力の育成が指針として示された。同時に大学教育の質保証の基本的枠組として、輩出すべき人材像とその修得能力を示すDP、その育成を実現するCP(カリキュラムポリシー)、入学者受け入れ方針APの一体的・体系的運用が求められた。以来、各大学での教育改革が積み重ねられた結果、課題解決力やコミュニケーション力、思考力など社会的要請を反映したDPとその実現を意図したCPへの取り組みは進みつつある。しかし、それが必ずしも円滑にAPから入試へとは繋がっていない状況だ。アンケート調査でみてもほぼ4割の大学学科長が「アドミッションポリシーを反映した入試を実施するのが難しい」と答えている(図4)。特に私立大学では学生確保という経営上の理由も強まるのか、この値が44.6%にのぼる。
 教育と入試の同時改革が求められる今が良いチャンスである。一度視点を変え、例えば「自大学で目指す、専門基礎と課題解決力・汎用的能力を併せもつ人材育成を首尾よく達成するためには、入学段階でいかなる能力を備えた学生集団を設計することが必要なのか。そのためにはどのような入試でどのような資質・能力を問う必要があるのか」教学マネジメント達成の視点で、特にディプロマポリシーと結びつけながら、アドミッションポリシーとその実現に必要な入試を再構築する試みが必要といえるだろう。その中で、新たな共通学力試験の活用、独自入試のあり方を含めて再考し、各大学での最適解を見出してゆけば良い。
 またアドミッションポリシーの表現については、高校生にとって分かりやすく、進路指導に役立つのが望ましいことはいうまでもない。現状では46.3%と半数近い高校で、「アドミッションポリシーは受験指導の参考になりにくい」と回答している(図4)。ここは、高校側との共同研究の積み重ねが必要な部分である。
図4 アドミッションポリシーについての考え方(大学・高校)
アドミッションポリシーについての考え方(大学・高校)
出典:ベネッセ教育総合研究所「高大接続に関する調査」2013年11~12月実施

高校における多様な資質・能力を育成する指導方法・評価方法の確立と早期転換

 一方、大学入試は基本的に高校までの教育・学習の達成を土台に作られる。この視点から、高校側の課題として言えるのは、高校教育の現場に、基礎学力の修得を超えた探究力までを含む、多様な資質・能力の育成をより早期に定着させ、実体化することだ。入試改革では、教科学力を超えた多様な資質・能力の評価をめざしている。これは現行学習指導要領でめざす、言語力を軸に思考・判断・表現力の育成・成果と直結するものである。しかし、現在の高校教育現場の状況は果たしてどうだろうか。
 図5は、従来の教科学力の枠を超えた新たな多面的な能力を評価することについての考えを問うたものだが、全体として肯定的な側面よりも、評価や(受験)指導のスキル不足等に対する懸念のほうが強く、いまだ、思考・判断・表現力など新たに求められる能力の指導・定着が途上にあることが透けて見える結果である。
図5 多面的な評価についての考え方(高校)
多面的な評価についての考え方(高校)
注1)[ ]内の値は、「とてもそう思う」+「まあそう思う」の%。
注2)選択肢は、「とてもそう思う」「まあそう思う」「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」の4段階。
出典:ベネッセ教育総合研究所「高大接続に関する調査」2013年11~12月実施
 すでに、次の学習指導要領の議論が開始され、今以上にコンピテンシーやアクティブラーニング重視の指導要領への転換が見込まれている。しかし現行の指導要領の中で教育の転換は今からでも十分可能だ。今後、高校現場での、多様な資質・能力に対する指導・評価方法の研究・開発と実践の蓄積を急ぎ、新たな多様な能力の教育とは何なのか認識と実践を確かなものにする必要がある。

高校・大学双方の十分な議論を

 文部科学省では今後、実行計画の策定や、各地での高大関係者のフォーラム等を開催し、新たな入試制度への道筋を示すとともに広く社会的理解を促すことを予定している。また、必要な法令改正をはじめ、アドミッション体制の抜本的強化等も講じていくようである。
 一方で、より重要なのは、この答申の提案を受け、高大を軸に社会として改革に向けた議論と実行の態勢をどのように整えるかである。
 これまで、高大ともに連携事業は行われてきたが、未来を見据えた総合的な視点で、高校大学を通じて、どのような教育が必要なのか。そのために、高校・大学それぞれで何の責任を持ち、連携するのか。その上でどのような入試とそのための指導が必要となるのか十分な議論が必要だ。有効な議論のためには、もちろん、社会・産業側の参画も欠かせない。今回の入試制度改革は、流動する社会で生き抜くために必要な汎用的能力など21世紀に必要な教育への大転換の潮流の中に位置づけられている。このことを前提に、将来日本を担う人づくりの場である、高校・大学の新たな課題と共同関係を、行政や研究機関、産業含め社会全体で築き、実行すべき時が訪れたのである。

著者プロフィール

樋口 健
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
民間シンクタンクにおいて、教育政策や労働政策、産業政策等のリサーチ・コンサルテーションに携わる。その後、ベネッセコーポレーションに移籍し、ベネッセ教育総合研究所において主に高等教育に関する調査研究を担当。これまでの関わった主な調査研究は以下のとおり。
など。
関心事:我が国における「中等後教育の戦略」はどうあるべきか
調査研究その他活動:日本学生支援機構 有識者会議委員、研修事業委員会委員