2014/07/22

Shift│第3回 夢の病院で始まる、「IT」と「デザイン」から生まれた教育の新しいカタチ 【前編】チャイルド・ケモ・ハウスの挑戦 [3/6]

最大の課題は意欲があるのに授業を受けられないこと

 チャイルド・ケモ・ハウスでは、子どもたちが快適に過ごすためにデザインと同じくらいこだわっているのが教育だ。
 「つまるところ大事なのは教育。いずれ、小児がんへの偏見をなくしてくれるのも教育だと思っています」とは楠木氏の言葉だ。
 長期入院する子どもが大勢いる大型病院には、院内学校という学校があるのはご存じだろうか。当該自治体の教育委員会による異動発令で、普通学校の先生が異動してくる。この施設にも、入院している子どもたちが集まって授業を受けられる教室を用意している。
チャイルド・ケモ・クリニック 楠木院長
 一口に院内学校といっても種類がある。本格的な教育を施す病院は、学年ごとにクラスが分かれた「分教室」を用意している。また、違う学年の子どもたちが一緒に授業を受ける「院内学級」を用意しているところも多い。多くの病院は、教員が週に3~4回訪れて授業をする「訪問学級」を採用しており、教員免許を持った教員を自治体などが派遣する仕組みだ。
 残念ながら、チャイルド・ケモ・ハウスは、まだそこまでには至っていない。というのも、施設としての歴史が浅いため、入居患者の数が安定しておらず、院内学級を常設できないからだ。その上、神戸市は医療産業都市構想を掲げる医療特区で、同施設のあるポートアイランドにもたくさんの大型医療関連機関があり、2年後にはすぐ近くに「兵庫県立こども病院」も移転してくる予定だ。そうした機関のひとつひとつに院内教室を設けて教員を配備するには人員が足りない。
 そういう状況を踏まえて、チャイルド・ケモ・ハウスは「ケアの面でも教育の面でも、他の医療機関と相互連携を計ることになるだろう」というのが楠木氏の現在の見立てで、最終的にどうなるかは、今まさに行政と話し合っているところだという。
 ただ、チャイルド・ケモ・ハウス側も行政が結論を出すまで、手をこまねいているわけではない。「行政の協力も必要だが、学習塾など民間の協力でできることもある」と楠木氏はいう。実際、同施設ではそれを実証するような面白い授業の試みが2013年から始まっている。
 「施設で子どもたちに多くの学びの機会を与えたいと思いましたが、彼らの年齢や学力などの背景がそれぞれ違います。そういう中で、みんなにとって役立つ学びというのは、将来、子どもが社会に出た時に役立つ知識の習得だと考えました。例えば『世の中にはそんな仕事があるんだ』という気づきを与えられる授業や、実際に仕事に就いた時に役に立つ『デザイン』の授業です」(楠木氏)。
 ところが、チャイルド・ケモ・ハウスでは一斉授業を行う際、大きな問題を抱えていた。一般に入院する子どもたちは、年齢や学力だけでなく、体調や容態もバラバラだ。授業のある日に調子が悪くて寝室を出られない生徒や、容態が回復するまでしばらく授業を受けられない生徒もいる。
 つまり、必要だったのは、授業を受けたくても受けられない子どもへのケアだ。ここで、チャイルド・ケモ・ハウスが重視する「デザイン」と「IT」が出合い、この問題を乗り越えるきっかけとなる。
 子どもたちが授業に出られなくてもあとから視聴できる、教室に行けなくても病室で参加できる、さらには授業さながらの臨場感も得られる、そんな理想的な遠隔授業を実現できたのは、この出合いからだった。ここから、チャイルド・ケモ・ハウスで小さな「シフト」が起こる。困難を抱える子どもたちの QOL(生活の質)を高めるための教育の始まりと言ってもいい。