2020/03/24

未来の学びを考える会議 レポート第5回 社会を自ら動かせる、その実感を持てる活動を行う子どもが中心の学校へ

いま日本が目指す教育とは何か
これからの教育を各界の第一人者に聞く「教育フォーサイト」。
日本の未来の学びに大切なことは何か。
様々な立場から教育の第一線で活躍する6人が一堂に会し、現在感じている課題や、未来の学びに対する思いを語り合いました。その「未来の学びを考える会議」レポートの第5回。
学校と放課後の時間を通して新しい学びの場づくりに挑戦する学校法人新渡戸文化学園の平岩国泰理事長が未来の学びを展望します。

すべての主語を「子どもたち」に

 企業に勤めていた私が学校教育にかかわるようになったのは、自分の子どもが生まれたことをきっかけに、放課後の子どもたちのためのアフタースクールをつくる活動を始めてからです。そして、新渡戸文化学園の理事長を務めるようになった今は、「日本中の子どもを幸せにするための学校をつくる」という思いで活動しています。
 本学園の最上位目標は、「子どもたちの幸せにいかに貢献できるか」です。そして、それを達成するための上位目標として「自律型学習者の育成」を掲げ、教育活動を行っています。
 最も大切にしているのは、すべての主語を「子どもたち」とすることです。学校では「学ばせる」「読ませる」といった「○○させる」という言葉がよく使われますが、それは学校や先生が主語の言葉です。学校はもっと子どもたちの主体性を発揮する場になってほしいです。
 子どもにとって、経験することすべてが学びです。「子どもたちが○○する」と、主語を「子どもたち」にして学びを捉えると、学校で行われることはすべて学びであり、学校には社会に出た時にも役立つ学びがあふれていると考えます。
 次に、子どもが多様な人と直接対話することも重視しています。自律型学習者となるためには学び続ける力が必要であり、それは、自分がよい成績を取るとか、大学に合格するといった自己の利益だけでなく、「誰かのため」という他者への思いがあってこそ持ち続けられるものです。そのためには、他者との対話がなければ持てるようにはなりません。ですから、学校という場での学びには他者との対話は欠かせないのです。実際に社会で起きている課題やジレンマを自分の目で見て、話を聞いて、自分が笑顔にしたい存在に出会ってほしいのです。
 そして、子どもが「社会を動かせる」という実感を持つ場になることが、学校の役割だと考えています。子どもにとって、学校は社会そのものです。その学校を自分たちの力で動かし、「変えられた」「少しでもよりよくできた!」という経験は、将来、社会を変えられるかもしれないという勇気につながるのではないでしょうか。

実社会とのつながりの中で学ぶ

 それらの考えを具現化した活動の一つが、「クロスカリキュラム」です。2019年度、まずは中学1年生の生物と英語で始めました。両教科の担当教員2名がSDGsを切り口とした社会課題を起点とするカリキュラムを作成し、チーム・ティーチングで2時間続きの授業を受け持っています。
 授業では、子ども同士が話し合って探究したい目標を設定し、自分たちで必要なことを考え、調べ学習やフィールドワークをして学びながら、目標達成に向けて活動しています。たくさんのゲスト講師も来て子どもたちに刺激をくれます。教員は、子どもの様子を見ながら適宜、方法を教えたり、アドバイスをしたりする、子どもの活動の伴走者となります。ちなみに、子どもたちが掲げた目標は、環境や食糧などへの問題意識から、学校内に菜園を設け、その収穫物をメニューしたカフェをつくることです。

クロスカリキュラム授業風景

 019年夏に始めた「スタディツアー」も、子どもが実社会の問題に触れ、自ら学びを組み立てていく場となります。過疎化が進み、学校がなくなってしまった三重県のある町を訪れ、地域の人たちとの交流を通して、町の未来を考え、支援する取り組みです。子どもたちは優しく接してくれたおじいさん・おばあさんの町がなくなりかけている現実に「なんとかしたい!」という思いを強く持ちました。今後はこのようなスタディツアーの場を広げ、そこでの原体験を起点として1年間の学びをデザインしようと計画しています。
 他にも、運動会や発表会などの学校行事の企画・運営を、子どもが行うようにすることも計画しています。これらの企画・実行は、大人が仕事で行っていることととても似ています。時には失敗もあると思いますが、子どもにとっての学びがあれば、学校では安心してたくさん失敗してほしいと考えています。

子どもが放課後の学びでも主体性を発揮

 「アフタースクール」も、本学園の特徴です。子どもがチャレンジしたいことは、衣食住・スポーツ・音楽・文化・学び・表現など何でも、「市民先生」と呼ぶ社会の方々の力を借りながら実現させています。
 アフタースクールでは、かなりスケールが大きな活動もあります。例えば、小学生が大工の棟梁を市民先生として、警備員さんが仕事で使う小屋を2年弱かけて建てました。スタッフは市民先生を探す手伝いはしましたが、基本的にすべて子どもたちに任せました。途中で抜けていく子もいましたが、最後まで頑張り、家を完成させた子どもたちは、本当に大きな達成感を得ました。中には、将来、「絶対に建築家になりたい!」と語った子もいました。本気の活動をしたからこそ生まれてきた志だと胸が熱くなりました。
アフタースクール活動風景
 最近では、SDGs部が発足しました。クロスカリキュラムでSDGsに関心を持った子どもたちが集まり、授業以外にも環境問題への取り組みをしようと、積極的に活動しています。学校で気づき、放課後が実践の場になることこそ、授業と放課後が結びついた学びであり、今後も、そうした子どもの主体的な活動が広がることを期待しています。
 また学習者は、子どもだけとは限りません。教員や保護者も学習者であり、学校をすべての人の学びの場として開放することを構想中です。具体的には、校内にコワーキングスペースを設け、学校をシェアオフィスにできないかと考えています。
 さらに、教員にも主体的な学びを促すため、副業や留学を奨励しています。実際に二刀流先生をしている人も増えてきました。午前中は授業を受け持ち、午後は企業で働くといった働き方がもっとあってもよいのではないかと、考えています。教員は本当にやりがいのある素晴らしい仕事ですので、教員が夢のある職業となり、優秀な人材が入ってこなければ、教育の質は高まらないと考えるからです。

「0から1」の変化を起こしし、全国に広める

 これまでお話ししてきた本学園の取り組みはまだまだこれからが本番ですが、子どもたちの笑顔が増えてきています。「学校や授業のことを生き生きと話すようになった」と、保護者から喜びの声をよくいただくようになりました。手応えは着実に出てきていると感じています。現在行っている生物と英語の2時間のクロスカリキュラムも拡大し、来年度は5~6時間程度を6科目でクロスする授業の計画を立てています。学年も拡大し、学園全体で取り組んでいきたいと考えています。
 今後の課題は、そうした教育活動を本学園の文化として根づかせることです。新しい取り組みはまだまだ手探りである部分もありますが、子どもたち、保護者、学校、社会が協働すればきっとよい方向に進むと信じています。
 子どもを主語にした学校、社会とつながった学びは、すぐに顕著な成果がでないこともあります。しかし、2030年ごろに社会に出ていく子どもたちを預かっている私たちは、未来からのバックキャスティングで学校デザインを行う必要があります。
 私は、教育に関して様々な議論がされながらも、なかなか変わることのない学校の現実をこれまで見てきました。まずは、「0から1」の変化を起こさなければなりません。そして、その変化から生まれた成果を自分たちだけのものにせず、多くの人に見てもらい、広めていくことが、日本の学校教育全体の未来につながると考えています。私たちが得た知見や成果はどんどん社会に出していき、日本の教育全体に貢献できる学校・アフタースクールになることに人生をかけています。
 本学園ではこれからも、日本の学校が今までやりたかったけどできなかったことに挑戦し、生徒と共に結果を出していきたいと思います。

平岩国泰氏

学校法人新渡戸文化学園 理事長
放課後NPOアフタースクール代表理事
株式会社丸井入社後、人事、経営企画、海外事業などに従事。2004年、長女の誕生をきっかけに、放課後NPOアフタースクールの活動を開始。2011年から教育の活動に専念。2017年、学校法人新渡戸文化学園理事、2019年、同理事長に就任。2013~2019年文部科学省中央教育審議会専門委員。東京都渋谷区教育委員。著書に、『子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門』(夜間飛行)。