2014/05/07

[第2回] 分析から見えてきたこと

1.はじめに

 ベネッセ教育総合研究所グローバル教育研究室では、一人1台タブレットパソコン(以下タブレット)を用いることにより、子どもたちが協働学習の成果を通して自己有用感を感じ、学習効果を高めることができるのではないかと仮説を立て、公立小学校での実証研究を行った。第1回で紹介した、研究の仮説、研究の概要に続き、第2回は、実証研究の調査結果や検討内容についてレポートする。
今回の研究体制
参加者:
東京都世田谷区立砧南小学校 菊地 秀文教諭(授業者)、宇都宮大学 教育学部 久保田 善彦教授、茨城大学人文学部 鈴木 栄幸教授、創価大学教育学部 舟生 日出男准教授、ベネッセ教育総合研究所グローバル教育研究室 中垣 眞紀、住谷 徹、土屋 利恵子

2.アンケート、学力定着テストの結果

 協働学習の成果や情報をタブレットに個人所有することが、学習効果にどう影響するのか、授業での実践を通して明らかにするため、各授業の後に抽出児童のヒアリングを実施。また、3コマ目終了時には事後アンケートと学習のまとめプリントを行い、1週間後に学習内容の定着を確認するために同内容のまとめプリントを実施した。

① タブレットやタブレット内に保存されたデータに対する価値観

 アンケートには、学習動機、やる気を高める方法、学習方略、自尊感情の状態などを問う項目に加え、今回の研究テーマである「学習内容の保存や所有に関する項目」についての項目を入れた。第1回でもアンケート結果について少し触れたが、今回はその内訳を詳しく紹介する。
 まず、「タブレットパソコンは私にとって( )だ」という(  )内に入る言葉を回答させる質問では、8割以上が学習に役立つ道具として認識していることがうかがえた。特に目立ったのが、「勉強の道具」「勉強をやる気にするもの」というものだ。タブレットを勉強に活用できる有効な道具の一つとして認識していることがわかった。一方、否定的な意見として「あそぶためのもの」という回答や「単なる機械だ」「(学習の際に)集中しにくい」といった回答が数人からあった。
Q: タブレットパソコンは私にとって( )だ
図1. タブレット・保存したデータの存在意義 (1)
 次に、「タブレットパソコンにいれた情報(絵や写真、制作物など)は、私にとって( )だ」という項目には、「大切な情報」「みんなの意見を見られる大切なもの」「勉強の内容がつまっている大切なもの」など、「大切」というキーワードの入った回答が4割を超えた。また、「思い出」と回答する子どもも見られ、半数以上がタブレットに保存された情報が価値ある情報として認識されていることがうかがえた。そのほかにも「きれいに整理できる」「達成感を感じるもの」などの声が多く、9割以上がタブレットに入れた情報にポジティブな価値を感じていることがわかった。
Q: タブレットパソコンにいれた情報(絵や写真、制作物など)は、私にとって( )だ
図2. タブレット・保存したデータの存在意義 (2)
 ただ、タブレットは学校での使用に限定しているため、家庭に持って帰れないことが残念だ、と考えている子どももいた。

② 「学習のまとめ」による定着の様子

 学習のまとめプリントは、今回の実証研究では、タブレットを用いた協働学習の学習効果とその定着などを見るために、授業終了後と授業から1週間後の2回行われた。内容は、実証研究の授業で学習したことを記述式でまとめるものだ。1問目は、「空気を通して人は他の生物とどのように関わっていますか」、2問目は「空気を通して人の生活は生物にどのような影響を及ぼしていますか」という問いで、2回とも同内容としている。
学習のまとめに取り組む児童
 2回の内容を分析すると、今までの学習では答案を白紙で提出する子どももいたのに対し、今回は授業で習ったキーワードをほとんどの児童がしっかりと答案に書き込んでいた。また、全く同じ内容のプリントを授業の1週間後に再度実施したところ、学習が得意な子どもだけでなく、学習が苦手な子どももほぼ同内容の記述があり、解答量も減ることはなく、知識の定着(学んだ学習量の保持)が見られた。
 知識の定着が見られた理由として、タブレットを用いると、自分の一番やりやすい方法で、きれいに情報を整理でき、友だちの意見も一つの画面に集約して閲覧できるため、思考に集中しやすくなったと考えられる。
 また、菊地教諭は学習効果が高まった理由として「承認」の効果を挙げる。
 「従来の学習では、恥ずかしくて自分の考えを表現するのが苦手な子どもであっても、『XingBoard』を用いることで、挙手して発言しなくても、タブレット上で意見や考えを入力することでグループ全員に自分の考えを受け取ってもらうことができます。自分の考えがグループに貢献していると実感でき、承認されることで知識の定着が促進され、答案を書く際の自信にもつながっていると感じています」
 このように、従来の学習法では力を発揮できなかった子どもが、タブレットを用いた協働学習で自分の意見を仲間のタブレットに表示し保存され、承認してもらうというプロセスを通して、今まで以上に学習に貢献できたという体験を積み、自尊感情を高め、学習効果を高めたと考えられる。

3.アンケート結果から見えてきたこと

 1.2.の検討を通し、協働学習の成果や情報を、タブレットに入れて個人所有することが、学習効果に良い影響を与えていることが見えてきた。さらに、所有や保存について聞いた項目の「みんなでつくった『まとめ』が最終的に自分のタブレットに送られて来て保存できることはよい」に対しては、9割以上が肯定的にとらえている。
 ただ、協働学習の成果物をタブレットに保存することで達成感を感じる一方で、「みんなでつくった『まとめ』は『自分のものだ』と感じがする」という問いに対しては、「とてもそう思う」13%、「まあそう思う」23%、「あまり思わない」45%、「全く思わない」が19%と、子どもの考え方にはばらつきが見られ、どちらかといえば「自分のものだと感じていない」子どもが多かった。
図3.保存すること・所有すること
 このばらつきの理由を分析するため、注目したのは子どもへのインタビューだ。子どものコメントからは、「XingBoard」を用いた協働学習によって、周囲の友だちの意見をもらえてうれしいと回答した子どももいれば、周囲の友だちの意見を共有することで自分の意見が整理しづらくなりストレスを感じている子どももいることがわかった。また、友だちの意見を承認はしたものの、内容まで完全に理解したとはいえないという子どももいた。
 所有するという意識は、他者との関係で生じるものである。教科書やインターネットから情報を得て、タブレットに自分の言葉として書いて保存しておくことも所有だが、友だちの意見を受け入れて理解することも所有になる。知識の所有には様々な段階があると考えられるため、アンケートの質問にある「『自分のものだ』という感じがする」という表現は、子どもによって受け止め方が異なり、回答にばらつきが見られたのではないかと考えられる。
 また、所有意識の段階を考える上で、茨城大学鈴木栄幸教授から次のような意見があった。
 「『XingBoard』を用いてグループ内で意見交換をしたあと、友だちの意見をすぐに削除したり、編集したりする子どもは少数でした。グループでの成果物は、教科書や先生の話したことと同じように加工できないものとしてとらえていて、グループ活動中は手をつけないのだと考えられます。しかし、自分一人で編集作業する段階になると、似ている言葉を並べたり、中には同じ言葉があれば整理したりする子どももいました。これは、ロシアの言語学者バフチンの提唱する、『専有』の概念に基づく行為だと考えられると思います」
 人はどのように言葉の意味を獲得していくのかということを、バフチンは「専有」という言葉で表現している。言語は、辞書の中にある静的で中性的なものではなく、自己と他者の境界にあるものとしてとらえ、「言葉は必然的にそこから獲得して、自己のものとしなければならないものなのだ」(ミハイル・バフチン,『小説の言葉』(平凡社)1996,p.68) と述べている。
 つまり、教科書や教師の言葉は不可侵なものだが、自己のものとして理解するために、丸暗記するのではなく、自分の言葉で置き換えることを試みるのだという。バフチンは、自分の言葉で語り直すことで学習が成立するという過程を「困難かつ複雑な過程」としているが、タブレットを用いたことにより、簡単に編集や書き換えが可能で、他者の意見も一つの画面で確認できるため集中しやすく、より自己のものにしやすくなるのではないだろうか。
仲間からもらった意見を整理、編集している様子
 ただ、すべての子どもが仲間の意見を正確に理解し、自分の言葉に言い換える活動を行っているわけではない。情報の所有には、学習状況により意識の違いがありそうなことも、インタビューやアンケート結果から見えてきた。引き続き、ベネッセ教育総合研究所グローバル教育研究室では、所有することの意識の違いを更に詳しく分析する予定だ。[END]