2024/11/07

【特集37】「今後の幼児教育の教育課程、指導、評価等の在り方に関する有識者検討会 最終報告」を受けて 幼保小接続期の思考力育成を考える【後編】

前編では、文部科学省「今後の幼児教育の教育課程、指導、評価等の在り方に関する有識者検討会 最終報告」(以下、最終報告)から読み取れるメッセージや、幼保小の円滑な接続に向けての園における取り組みなどについて述べてきた。後編では、幼保小接続に関する小学校での実践とともに、幼児期の思考力を育み、幼保小接続に資するためにベネッセ教育総合研究所がまとめた「幼児期の思考力を育み 児童期につなぐための手引き」の活用について話をうかがった。
お話をうかがった方

吉永安里 ● よしなが・あさと

國學院大學 人間開発学部 子ども支援学科 教授
研究分野は、幼児期のことばの発達や小学校国語科教育。東京都私立幼稚園勤務、東京都公立小学校教諭、東京学芸大学附属小金井小学校教諭を経て、現職。著書に『幼児教育と小学校教育における言葉の指導の接続』(風間書房)、『あそびの中の学びが未来を開く 幼児教育から小学校教育への接続』(共著、世界文化社)など。

安藤浩太 ● あんどう・こうた

東京都昭島市立光華小学校 主任教諭
東京学芸大学教育学部卒業後、東京都公立小学校に勤務。2018年「第67回読売教育賞生活科・総合学習部門優秀賞」受賞。2020年「第22回がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞。著書に『そこに、遊びがある授業』(東洋館出版社)、『小1担任のためのスタートカリキュラムブック』(明治図書出版)など。

梅澤京子 ● うめざわ・きょうこ

ベネッセ新横浜保育園 園長

林舞子 ● はやし・まいこ

ベネッセ川崎新町保育園 園長

1.幼児教育を参考に、小学校でも「環境を通して行う教育」を実践

——小学校側から見た幼保小接続の現状についてお話しください。
安藤  近年、「架け橋プログラム」※1が始動するなど、幼保小接続のいっそうの充実が図られています。小学校ではそれらを組織的な取り組みにすることが課題であるものの、幼保との交流の場はかなり増えてきました。それに伴って、円滑な接続を図るための具体的な情報を得られるようになったことは大きな変化です。
 私が10年ほど前に初めて1年生を担任した時に、先輩の先生から「1年生は園の中では一番年上だったのだから、あれもこれもとすべてをやってあげようとしないように」と言われました。ただ、「どういった力が育っているのか(だから、何をしなくてよいのか)」といった具体的な育ちに関する情報がなく、困った覚えがあります。今では園を訪れて子どもの様子を見て、保育の意図やねらいを聞けるようになったことで、1年生への接し方は大きく変わってきています。交流による相互理解が深まれば、カリキュラムの円滑な接続につながっていくはずです。
※1 架け橋期(5歳児から小学1年生の2年間)にふさわしい教育の充実を図り、一人ひとりの多様性に配慮した上で、すべての子どもに学びや生活の基盤を育むことを目指す取り組み。
——最終報告を受けてお考えのことがあれば、お話しください。
安藤  2021年に出された中央教育審議会の答申では、小学校以降において「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実させることが求められています。最終報告では、そうした学びを実現するために、小学校でも幼児教育で実践されている「環境を通して行う教育」を取り入れていくことは有効であると指摘されました。それは小学校教員にとっては学ぶべきことの多い、革新的な提言と受け止めています。
 個別最適な学びを実現するためには、子ども一人ひとりが個別に学ぶことのできる環境が欠かせません。しかし基本的に授業で教員は1人ですから、すべての子どもに同時にかかわることはできません。かといって自由に活動させるだけでは学びは深まりません。
 教員が主導する一斉授業の形式だけでは個別最適な学びの実現は難しいため、教員は指導を従来の枠にとどめず、子どもが自ら学びを深められるように、学習環境や学習活動、単元構成、教材・教具といった様々な「環境」に教員の指導性を埋め込むことが大切と考えています。自分の周りの環境から学びを得られるものを選び取る力を育むことは、大人になって学び続ける上でも大切なことだと思います。

2.幼児期の“学びの芽”を発揮させて教科の学びにつなげる

——接続期のカリキュラムはどのようなことを大切にされていますか。
安藤  幼保小接続で最も大切にしているのは、幼児期の学びを受けて小学校期の学びを構成し、資質・能力を伸ばしていくことです(下図参照)。ここで難しいのは、スタートカリキュラム期の実践をどれだけ充実させても、その後に教科カリキュラム期に移行した際、ゼロからのスタートになりやすいことです。
 円滑な接続を図るためには、幼児期に育まれた“学びの芽”が小学校で発揮され、それが教科の学習と結び付いて自覚的に学べることが重要です。そのためには幼児期の“学びの芽”が発揮される文脈やストーリーをつくり、子どもを教科の学びへといざなう必要があります。
安藤先生が接続期のカリキュラムの構成で大切にしていること。幼児期の学びを起点として、「環境」にかかわりながら教科カリキュラム期へとスムーズに接続していく。
——安藤先生の具体的な実践についてお聞かせください。
安藤  1年生の国語の実践をお話しします。4月、ある子どもから絵本の読み聞かせをしてほしいと言われたため、文字のない絵本のような教材を一緒に見ました。すると、子どもが「これはね、お話の言葉がね、どっかいっちゃったんだよ」「絵からもお話って分かるからね。つくってみたい!」といった発言があり、絵を読み解いて物語をつくることになりました。
 その過程では、「見て見て、ここと前のお話がつながっているよ」など、子どもたちからいろいろな言葉が出てきて、それらが関連付いて1つの物語がつくられていきました。そうして自然な形で音読や劇遊びに発展していきました。
 子どもたちの発言には、国語科で育成を目指す資質・能力につながる学びがあふれていました。絵が何を意味するのかを考えたり関連付けたりしたことは、別の物語文を読み解く上での重要な学習方略になると考えています。
 教員が「〇ページを開いて一緒に読みましょう。これを音読と言います」と伝える指導もありますが、それよりも自然な形で、幼児期に絵本の読み聞かせや劇遊びで育まれた“学びの芽”が発揮されて国語科の学びにつながったと感じています。
 この単元では教員の指導性を直接的に発揮するだけではなく、文字のない絵本という教材(環境)を埋め込むことで、教員の指導性を間接的にも発揮できたと考えています。私は「この教材を見せたらお話をつくりたいと言うだろう」と想定していました。そして、読み聞かせをしてほしいという子どもの声を生かして学びを生み出し、その後も子どもたちは、幼児期に培われた絵本とのかかわりや劇遊びといった経験を生かしながら、文字のない絵本という教材(環境)とかかわり、学び進めることができました。

3.教科書を「環境」として活用し、子どもが自ら学びを深める授業

——幼児期に育まれた“学びの芽”が小学校で発揮されるカリキュラムを構成するためには、どういった想定や準備が必要になるのでしょうか。
安藤  教科の目標や内容を精緻に理解することが大事だと思います。そうした理解があると、子どもの思いや願いに柔軟に対応し、子どもの具体的な姿に重ねて教科の目標に向かうことができますし、子どもの発言が教科の本質に近づいているかを見取れるからです。
 入学前の子どもの実態を理解することも重要です。私も保育参観や保育者との交流会に参加して子どもの理解に努めたり、園に伺った際に「どんな絵本をどのタイミングでどういう時期に読み聞かせているか」と聞いたりしています。園で様々な絵本に触れ合っていることを理解していたからこそ、この単元の学びも成立するだろうと想定できました。
——小学校で「環境を通して行う教育」を実現していく上では、何が大切だとお考えでしょうか。
安藤  小学校教育において、幼児教育の物的環境に相当する主たるものとしては、教科書が大きな役割を果たしていると考えられます。しかし、教科書に取り上げられている教材のみを決められた順で学び進めなければならないという考えは、小学校に根強くあります。その考えを変えなければ、幼児教育とカリキュラムを接続するのは難しいでしょう。
 子どもの実態を基に、単元というまとまりの中で、いかに教科書を位置付けて活用するかが、次のステップだと思います。その先には、教科書がなくても子どもの実態にふさわしい教材を開発できるようになることが望まれるでしょう。それこそが教員の専門性だと胸を張れるような日本の教育の未来が訪れることを願っています。
 そうした指導の難しさを考えると、幼児教育での実践がものすごく高度なことだとつくづく実感させられます。
——園から小学校、また小学校から園に対し、質問や要望などがあればお聞かせください。
 園では自分で考えて行動していたのに、小学校では最初からあるルールに従わなくてはならず伸び伸びと生活できないと感じる子どももいるようです。学校ではルールをどのように捉えられているのでしょうか。
安藤  確かに、学校によって子どもが納得しづらいルールがあるのが実情です。例えば、ある小学校には、入学して3週間目くらいの「1年生を迎える会」を行うまで、1年生は校庭で外遊びができないというルールがありました。理由は「危ないから」なのですが、子どもと話し合えば、「気をつけて遊ぶ」「ルールを考える」といった解決策を自分たちで見つけられるはずです。
 子どもが納得して行動できるようになることは大事にすべきであり、私たち教員が既存のことにとらわれずに考え続けていく必要があると思います。

4.幼児期の遊びを通した思考力の育みを可視化して、小学校の学びにつなげる

——ここまでの議論で、幼児教育における子どもの興味・関心や思いに応じた「環境を通して行う教育」の考え方は、小学校教育が目指す方向性につながっていることが確認できました。一方で、幼保小接続の取り組みが進む中での課題も見えてきました。ベネッセ教育総合研究所では、円滑な幼保小接続に向けて、思考力の側面から幼児期と児童期の資質・能力をつなぐための研究を進めています。今回お話しいただいた先生方にも助言や実践協力をいただき、思考力の芽生えを捉える枠組みを「幼児期の思考力を育み 児童期につなぐための手引き」(以下、手引き)にまとめました。幼児期の遊びの中での育ちと小学校の学習活動とのつながりを意識しやすいように、「比較する」「分類する」など、19の思考スキルを示したものです。手引きを思考力の育みや幼保小接続などにどのように活用できそうか、お考えをお聞かせください。
 思考スキルを園で子どもを見取るツールとして使ってみて、これまで子どもに口を出し過ぎていたのではないかと考えさせられました。子どもに気付いてほしいことなどがあると、つい直接的に声をかけていましたが、思考スキルの視点で子どもを見ると、子どもは頭の中で様々な思考をめぐらせていることが分かり、「ここでどのような言葉をかけると思考力をより育めるか」と慎重に考えるようになりました。
 また、子どもの思考がより具体的に見えるようになったことで、これまで子どもを認める際に「すごいね」などと抽象的な言葉を使っていたことに気付きました。子どもが、より受け取りやすい言葉をかけられるように、保育者が語彙を豊かにする必要があると感じています。
梅澤  この手引きを活用して園内研修を実施したところ、若手の保育者が「子どもがこんな力を発揮している姿が見えて、自信になった」と、うれしそうに話していました。また、ベテラン保育士が「子どもの考えを“分解”して理解できた」と語っていたのも印象的でした。子どもの姿を大まかに捉えるところから一歩進めて、行動の過程にある育ちを見取りやすくなったと感じます。
 子ども理解を深めながら、次はどういった言葉をかけたら子どもがもっと育つかを考えて、皆で徐々にステップアップしていきたいです。
安藤  手引きについて、小学校では3つの活用法があると考えています。1つめは、入学してきた子どものリアルな姿を知る手立てとすることです。幼児期にはどのような遊びや活動を通じて、どういった思考力が育まれているかが具体的に書かれているため、目の前の子どもを理解する参考になります。
 2つめは、評価での活用です。思考力の評価は難しく、特に言葉での振り返りが十分にできない1年生はなおさらです。思考スキルを参考にすると、これまで見えづらかった思考力を見取りやすくなります。
 3つめは、具体的な授業実践に生かすことです。単元の中でどの思考スキルが発揮されるかを想定して授業を構成する、さらには特定の思考スキルを発揮させるための学習活動を考えるといった活用ができると思います。
吉永  これまで幼児教育では、資質・能力の中でも社会性や情緒をコントロールする力などが重視される半面、認知能力の育みが課題でした。それが子どもの遊びの中で見せる姿から19の思考スキルが示されたことで、思考力が育みやすくなると思います。小学校においても、思考力とはどのような力であるかを捉えやすくなるはずです。
 幼児期に育つ資質・能力を小学校での学びにつなげづらいことが幼保小接続を難しくしていますが、思考スキルによってそのつながりが見やすくなるよさもあるでしょう。これまでの視点に加え、手引きに示された姿を見取りの観点として活用し、さらにより広い視点からも捉えていくことで、接続の円滑化に役立つことを期待しています。
——先生方、本日はどうもありがとうございました。幼小双方の立場から子どもの姿を起点に援助・指導を見合う際に、手引きによってその相互理解が進む一助になることを願っています。