第24回大学教育研究フォーラム 参加者企画セッション 開催報告 学修成果の多角的・継続的な可視化とその活用 ~育成と一体化した評価への試み~ [5/6]

■ 可視化の方法論

ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 研究員 岡田佐織
 ここからは、これまでご報告してきた3つの事例をあわせて見たときに、どのようなことが言えるのかについて考えてみたいと思います。こういった取り組みは、この3大学の事例に限らず数多く積み重ねられてきていると思います。そのような複数の事例を総合的に重ねてみたときに、「こういう手順でやるとよいのではないか」というヒントや光明が見えてこないだろうかという趣旨で、今回のセッションを企画しています。
 この3大学に共通する特徴として、冒頭でお示しした可視化のプロセス①~⑥(資料p.3)を丁寧に踏んできているということが挙げられるのではないかと思っています。何かツールを作って評価を実施して終わりではなく、大学としてどうありたいか、学生にどうあってほしいのかを議論し言語化したうえで評価を行い、それを施策の中に落とし込んでいくということを重視して取り組んできてるのではないかと考えています。
 一方、可視化した結果の活用先をどこに設定しているのか、その点に3大学の違いが出ているのではないかと思います。高知大学では(資料p.4)、初年次の必修科目の中で評価を行うための指標としてチェックリストの開発を始めたのが、可視化をする議論の発端だったと伺いました。その議論が先行してある中で、ディプロマ・ポリシーの見直しが行われ、大学全体として何をどう評価するかという議論が追い付いてきて、「10+1」の力が定められた。その「10+1」の力とチェックリストを行き来しながら評価指標として仕上げていき、今回、チェックリストからルーブリックの形へとバージョンアップして全学で実装化される、という発展のプロセスをたどってきています。また、「これは仕組みとして実現できそうだ」という感触を得た段階で、4年間の教育プログラム全体としての成果を可視化するために、パフォーマンス評価を導入されました。そして、リフレクションセメスター、ポートフォリオを導入し、大学全体としてどう質保証するかというところまで整えられ、さらに、一人ひとりを評価し支援するための面談を実施される予定です。
 つまり、科目のレベルで検証を行うための評価手法のプロトタイプを開発し、目途が立ったところで一気に全てのレイヤー、つまり個人・科目・教育プログラム・大学全体のレイヤーで実装化するということを、ステップを踏んで進めてこられているのかなと思っています。
 追手門学院大学では(資料p.5)、「アサーティブ」をキーワードにしてどういう人に入学してほしいのかを言語化しています。アサーティブ面談は大勢の職員の方が実施していて、教職員の間に「こういう人に受験してほしい」「入学した後はこう学んでほしい」という共通言語ができています。これはすごいことだと思います。この人物像をもとに、その思いが実現できているのかをまずアセスメントで検証しました。その後、さらに精緻に、大学独自の指標として体系化するにはどうしたらよいかということを議論してきました。その中で出てきたのが「3つの力」であり、それに基づいて評価・指導を行うための面談カルテ・チェックリストといった各種ツールを開発してきました。この個人レベルでの可視化に効果がありそうだ、ということが見えてきましたので、今後はこれを学生カルテやポートフォリオの中にどう実装化し、指導に活かしていくのか、という大学全体の仕組み作りへと移行しようとしているところです。
 また、科目レベル、プログラムレベルでも、カリキュラムの体系化と各種検定の開発に取り組み、大学全体としての制度化が進んできています。
 関東学院大学との共同研究では、学生へのインタビューをもとに、どういう要素が成長に必要なのかを洗い出し、その観点をもとに評価・育成するためのツールを初年次と4年次で開発する、ということをしてきました(資料p.6)。これらをキャリア教育科目の中で実施し、評価結果をもとに教材を改訂し、あるいは課題の出し方を変えるなどの形で、科目の改善を2年間に渡り繰り返してきました。
 そして、これを1科目の改善の中に留めず、キャリア科目群という体系として考えることで、入学から卒業までのキャリア開発をどのように順を追って行っていくのか、という教育プログラム全体の検証としても使おうとしています。さらに、これを専門教育、教養教育へと横展開ができれば、全学の可視化、質保証へと発展させることができるという目論見のもと、そのための下地を作ってきました。つまり、プロトタイプを開発するための試行錯誤は裁量の効く科目のレベルで実施しつつ、折をみて横展開を狙うという方法で開発を進めてきた、ということになります。
 では次に、このようなプロセスを踏んでいく中での難所や勘所について、考えてみたいと思います(資料p.7)。まずステップの最初、学生像の明確化についてです(資料p.8)。恐らくどの大学でも、ディプロマ・ポリシーや建学の精神という形で何らかの育成したい学生像を持たれていると思います。それをいかに検証可能な形で言語化できるか、教職員や学生の間で共通認識・共通言語にできるかというところが肝になってくると思います。この①を①'に変換すること、これができるかどうかが大事なことではないかと思います。これがあるから、何をどう評価しますか、という話し合いができるようになります。
 例えば高知大学で設定されている「10+1」の「+1」のところが個人的にはとてもおもしろいと思っています。先ほどの塩崎先生のお話にもあったように、担当理事の先生が「+1」の力について、「『何とかする力』なんです」とおっしゃっていて、「何とかできない状況はこういうことで、それができるというのがこういうことで・・・」ということを言語化されています。そこまで言語化できていると、調査や評価ができるようになります。これが、「○○力を身につけさせたい」というふうに抽象的に一般論として言われると、調査や評価が難しい。こうあってほしい、あるいは、こうなってほしいがこの部分に課題がある、という学生の姿を具体的な言葉で語れること、さらにそれが学内で共有されていることが大事だと考えています。
 プロセスの二番目の「指標体系の検討」のところでは、評価の場面と評価結果の活用の場面を、仮決めでもいいので先に決めてしまう、ということが重要なのではないかと、このプロセスをひと回ししてみて痛感しています(資料p.9)。検証した結果をどう使うかは、この後のプロセス⑥に当たる部分なのですが、どの場面で評価するか、評価した結果をどう使うかということを先に決めないと、評価ツールや手法の開発がままなりません。学内の体制の中で本当にそれを実現できるかどうかは一旦脇に置いて、ダメもとでもいいから活用先を仮決めしてツールを作ってみて、いいものができたので使ってくださいと横展開していこうということを、共同研究の中でも意識的に行ってきました(資料p.10)。先ほど、共通言語が必要というお話しをしましたが、とにかくツールを作ってみるというこのプロセスの中で、育てたい人物像が具体的に定まり、共通言語として練られていくという側面もあると思います。
 そして、評価の実施の試行錯誤が可能な"出島"を、どこかに作ることが必要だろうと思います(資料p.11)。どこかで徹底的に深掘りして試行錯誤、実験ができる出島を作る。その時に可能であれば、複数の部署に足がかかるようなテーマと陣容で設定できると理想的です。最終的には、その出島で作ったものを全学の中に位置づけることが必要です。その時、トップダウンのリーダーシップと、現場で試行錯誤する人のリーダーシップがうまくかみ合う必要があります(資料p.12-14)。
 今回、3大学でのこれまでの取り組みのプロセスをお聞きし、また共同研究で実際に試行錯誤する中で、こういった要素が可視化を前進させるために重要なポイントとなるのではないかと感じました。