第23回大学教育研究フォーラム 参加者企画セッション 取材記事 学生の成長を可視化し、教育の質保証へつなげるために必要なこと

2017年3月19日・20日の2日間にわたり、京都大学高等教育研究開発推進センターが「第23回大学教育研究フォーラム」を開催しました。その参加者企画セッションにおいて、「学生の成長を可視化し、教育の質保証へつなげるために必要なこと」と題し、追手門学院大学・関東学院大学・ベネッセ教育総合研究所が共同発表を行いました。
 今回のセッションは、2016年度より、追手門学院大学・関東学院大学・ベネッセ教育総合研究所が、「学生の学びと成長のプロセス」に関して共同で研究してきた内容を発信したものです。司会を務めたベネッセ教育総合研究所の佐藤昭宏は、冒頭で次のように企画趣旨を説明しました。
ベネッセ教育総合研究所 佐藤昭宏
 「3ポリシー策定の義務化、認証評価第3サイクルに向けた基準改訂、大学教育再生加速プログラムによる先進モデルケースの開発など、学習成果の可視化を促す政策が次々と打ち出される中、大学ではその変化に対応すべく様々なアセスメントツールの開発や導入が進んでいます。そうした動きは、教育の質を高める優れた実践やツールを生み出す一方、一部の大学において開発や導入自体が目的化してしまい、教育の質保証、質向上につながっていないのではないかという問題意識を持っています。可視化された学習成果をどう活用し、教育の質を高める道筋を作っていくべきか、本日、お集りの皆様を含めて議論したいと思います」
 以上の問題提起を踏まえ、追手門学院大学・関東学院大学・ベネッセ教育総合研究所のそれぞれがテーマに関連する話題提供を行いました。

■ 話題提供/追手門学院大学

「アサーティブ入試の成果検証を起点とした多面的な成長の可視化」

追手門学院大学 入試部アサーティブ課 課長 志村知美氏
当日の資料
 追手門学院大学では、2015年度より、高校生を対象に大学で学ぶ目的を考えさせ、学びへの姿勢や意欲を育む「アサーティブプログラム」を実施しています。さらに、その成果を発揮できる場として、グループディスカッションや基礎学力適性検査、個別面接で選抜する「アサーティブ入試」を導入しました。
 「アサーティブプログラムでは職員との面談を通し、『なぜ大学に進学するのか』『この大学で何を学びたいのか』を徹底的に問いかけます。こうしたプログラムや入試を経験して入学した生徒が、他の学生と比較して入学時のどのような違いがあり、どう成長していくかを可視化するためにベネッセ教育総合研究所との共同研究を開始しました」(志村氏)
 研究では、ベネッセiキャリアが実施する「大学生基礎力レポート」のアセスメントデータを活用し、アサーティブ入試を経て入学した学生の成長プロセスを検証する。2016年4月(入学当時)のアセスメント結果からは、アサーティブ入試を経て入学した学生は、学びの意欲や協調的問題解決能力は高いものの、学習態度は十分に身についていないことが明らかになりました。2017年3月(1年次終了時点)には、2回目のアセスメントを実施し、入学後の成長の姿を可視化します。
 さらに今後の研究の進め方として、入学後のさらなる成長支援のために、次の3つの指標が示されました。
【1】内的キャリアと外的キャリアの経験を振り返る力(自己を知る力)
【2】情報・知識を探索し活用する力(学ぶ力)
【3】キャリア(ワークとライフ)のセルフマネジメント力(計画する力)
 「これら3つの力を発揮しながら様々な内的・外的キャリアを経験する中で、学生はいろいろな思いを抱きます。スライド14ページに示したように、大学側は、放っておくと散り散りになりやすい学生の思いを巻き取る、綿菓子の砂糖を巻き取る割り箸のような『支援棒』を用意することで、個々の学生の芯が形成されていくのではないかと考えます」(志村氏)
 志村氏は、以上のように学生サポートの方向性を示し、発表を締めくくりました。

■ 話題提供/関東学院大学

「エビデンスに基づいた成長プロセスの可視化とカリキュラム開発」

関東学院大学 高等教育研究・開発センター専任講師 杉原亨氏
当日の資料
 関東学院大学では、2013年に高等教育研究・開発センターを設立し、3ポリシーの再設定やカリキュラムマップの導入支援をはじめ、全学的な教育の質向上に向けた諸施策に取り組んでいます。この動きを踏まえ、さらなる教育の質向上につなげるため、学生の成長プロセスを可視化し、教学施策やFDに生かすことを目的に、ベネッセ教育総合研究所との共同研究に着手しました。
 「研究では、学生の成長要因・プロセスを解明し、その内容を学内で共有して議論し、実践的なカリキュラム開発に結び付けることを目指しています。学生の成長要因・プロセスの可視化は、次のフローで進めています。
①研究会での議論【問題意識の共有】
②アセスメントデータ(大学生基礎力レポート)の分析【定量手法による実態把握】
③学生インタビュー【質的手法による実態把握】
④インタビュー結果の考察【成長学生のモデル図づくり】
⑤学生インタビュー【成長学生の要因の精緻化】
 アセスメントやインタビュー調査などで可視化された新入生の実態は、4学部合同のFD研修会で共有され、教学施策につなげるための議論を行っています。」
 「データを分析するだけではなく、教職員全員が分析結果を共有し、どう活用するべきかを考えていくことが最も大切だと思います。これまでの研究では、学生の成長を支える上で重要なこととして、『学習のフィードバック・サポートの重要性』『大学型の学びへのスムーズな移行への対応』『困難を乗り越える・役割を任された経験』の3つが見えてきました」(杉原氏)
 さらなる研究プランとして、1年次春学期における変化についてキャリア科目を通して追跡していくこと、また学生インタビューを通して得られた「良い先生」「良い授業」に関する要素を整理し、学びへのモチベーションとの関係などを考察することを挙げました。そして今後の実践の展望として、こうした研究の成果を生かし、データやエビデンスに基づいたFD・SDを拡充していくことなどが示されました。

■ 話題提供/ベネッセ教育総合研究所

「学びと成長の『プロセス』を可視化する意義と方法論の構築」

ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 研究員 岡田佐織
当日の資料
 ベネッセ教育総合研究所の岡田佐織は、学生の学びと成長のプロセスを可視化する意義と方法論についてプレゼンテーションを行いました。
 「学習成果の可視化を機能させるためには、妥当性・信頼性の高い評価ツールの開発が不可欠ですが、それだけでは不十分であることを痛感しています。『なぜその観点で評価するのか』『評価の結果をどう活用するのか』を見据えないと、評価のための評価で終わってしまいかねません。そのため、2大学との研究では、学生の成長イメージを十分に議論して共有し、それを測るのに適した評価の基準やツールを丁寧に作り上げていくことを目指しました」(岡田)
 研究の出発点となる、育成したい人物像をどう定義したかについては、国内外の各種の能力モデルを用いて説明。続いて、学習成果の可視化を機能させるには、次の3つの困難に直面しやすいことを示しました。
◎能力要素および要素間の関係をどのように捉え、表現するか。
◎「打ち手」につなげるためには、プロセス&因果関係の解明(どこに課題があるのか)と環境・周囲の支援との関係の整理が必要。
◎うまくいっているかどうかを知るための評価指標をどう設定するか。
 これらに対するアプローチについて、様々な先行研究によるモデルを示すと共に、独自に作成した「学びと成長のプロセスモデル」を提示。サイクル(学びのプロセス)が上手く回るかどうかは、「本人の状態(能力・スキルレベルと意識)」と「大学の働きかけ」の相互作用によって決まることを説明しました。
 さらに、関東学院大学の学生インタビューの要素を用い、個人別に成長のプロセスモデルとして整理しました。
 「通常、『学修成果の可視化』というと、何の能力がどれだけ伸びたか、ということを問題にすることが多いと思います。しかし、今回のモデル化にあたっては、発想を変えて、学生さんが今まさに成長しつつある状態を『成長に向かう姿』として定義し、いかにして早期にその状態を実現するか、それができていないとすれば何が要因なのかを評価することのできるモデルとして整理しました。」(岡田)
 さらに次のように問題提起をしてプレゼンテーションを終えました。 「これまでの研究を通して、『どう可視化するか』と『その結果をどう使うか』をセットで議論しないと、うまく機能しないことを感じています。その仕組みをどう作っていくべきか、本日の後半にディスカッションしたいと思います」(岡田)

■ 指定討論/ベネッセ教育総合研究所

「入学者選抜方法の違いによる大学生の意識・行動の差に関して」

ベネッセ教育総合研究所 副所長 木村治生
当日の資料
 指定討論パートでは、最初にベネッセ教育総合研究所の木村治生が、「大学生基礎力レポート」を手がかりとして、大学入学者選抜方法の違いによる、入学直後における全国の大学生の意識・行動の差に関して説明しました。
 まず国公立・私立大学ともに、推薦・AO入学者が増加するなど、大学入学者選抜の多様化が進む現状を確認。こうした改革の帰結を検証し、今後に生かす必要があることを述べました。
 続いて、大学生基礎力レポートのデータを示し、次のような分析結果を説明しました。
◎大学納得度や志望度は、推薦・AO入学者が高い
◎学習意欲は、入試区分による差はない(同等に高い)
◎基礎学力は、一般入試・センター試験入学者が高い
◎高校時代の学習態度は、一般入試・センター試験入学者がよい
 「推薦・AO入学者の増加により、学習にコミットしにくい学生の学習意欲や大学納得度を引き上げる成果がある半面、学力や学習態度が身に付いていない学生の割合が増えています。こうした課題は多くの私立大学に共通していますが、追手門学院大学や関東学院大学の取り組みは、こうした課題解決の糸口になると考えています」(木村)

■ 指定討論/関東学院大学

「共同研究の成果をFD実践にどう活かすか」

関東学院大学 高等教育研究・開発センター専任講師 奈良堂史氏
当日の資料
 奈良堂史氏は、共同研究の成果をカリキュラムや授業改善といった大学全体の仕組みにどう生かしていくかを説明しました。
 関東学院大学では質保証に向けて各種の施策に取り組んでいますが、現状では、「ディプロマポリシーの達成度の測定・検証」「各学年で到達すべき水準(マイルストーン)の設定」「学生への『成長の可視化』のフィードバック」といった課題があることが示されました。これらの克服に向けて取り組むべきこととして、今回、奈良氏は個々の教員ができることについて言及しました。
 「現在、特に力を入れているのは初回授業の改革です。授業を通して何を身に付けるのかを自覚した上で学べるような初回授業のプロトタイプの開発などを精力的に進めています。一方、教員への支援として、ワークショップ形式の「教育実践力向上セミナー」を実施しています」(奈良氏)
 奈良氏は、卒業時のアセスメントが今後の課題であるとして、学生(4年生)が卒業論文の制作と並行して、自分の学びを総括できるような授業科目の新設を検討していることが述べられました。

■ 指定討論/追手門学院大学

「学習者中心のコンセプトが『言語処理』されている教学改革の現状」

追手門学院大学 アサーティブ研究センター長 池田輝政氏
当日の資料
 追手門学院大学の池田輝政氏は、「学習者中心」のコンセプトについて次のように語りました。
 「『学習者中心』が教育改革のキーワードになっていますが、それが本当に実現されるまでには20~30年がかかると思います。大学とはどうあるべきか、大学論を語ることから、学習者中心に関する理解を深めていく必要があるでしょう」
 追手門学院大学の改革に関しては、①学び力検定制度の開発、②プロジェクト型学修の充実・成果保存・発信機会を増やす、③アクティブラーニング型ゼミ・講義の開発、④4年次までの成長を記録する学びのポートフォリオの開発という4つの全学施策に取り組んでいることを説明。さらに、3年ごとにこれらの取り組みの進展を振り返る仕組みを整えていることを述べました。
 こうした教育改革の基盤として、専門教育・教養教育・キャリア教育を3本柱とする「追大版カリキュラムマップ構造」の構築が重要であることも強調しました。
 「今の大学には、カリキュラム全体の再設計が求められています。まず『デザイン知』を持って改革に取り組み、それから『分析知』を活かしていくことが大切だと思います」(池田氏)

■ディスカッション

 続いて、会場からの質問などをテーマとして、話題提供者と指定討論者によるディスカッションが行われました。主な論点と議論の概要を紹介します。
【論点】
カリキュラムだけを変えても、授業の中身が変わらなければ仕方がない。カリキュラム改革と授業改革を紐づけるために必要な観点とは?
 池田氏:アサーティブプログラム、アサーティブ入試に関連づけてお話すると、日本の大学は「自己を知る力」という視点が決定的に欠けていました。人は生涯にわたり、自己発見が必要にもかかわらず、です。そのため、成績は良いのに自分自身を表現できないということが起こります。追手門学院大学はそこに気付き、「アサーティブ」という言葉で表しました。さらに「学ぶ力」「計画する力」という柱も含め、カリキュラムを専門ごとではなく、大学全体として捉え、共有していくことが必要だと考えます。
【論点】
アサーティブ入試により入学した学生の入学後の成長促進のため、どのようなフォローや支援が必要か。また学生の成長を支援していくために「組織」として必要なことは。
 志村氏:入学後は、他部署との連携が不可欠です。特に新入生担当のゼミ教員などと連絡しながら学生を支える必要があります。アサーティブ入試では入学前学習を課しており、少々心配な学生については早めに学部長に伝えて対応するといった試みも始まっています。組織として取り組むためには、教職員がおのずから学生の声を受け止め、学生に対して胸を張れる取り組みをしていく必要があるでしょう。そのためにいかに組織を活性化させるかを考えていきます。
【論点】
関東学院大学での初回授業の改革を学内で広く展開したとしても、教員個人の授業・科目改善に留まる可能性もある。どうカリキュラム全体の改革につなげていくか。
 奈良氏:教員個人の取り組みにならないように、「総まとめ」の科目を置くことを検討しています。そこに向かって個々の授業の学びを記録するドキュメントを蓄積したり、定期的に振り返ったりしながら、学びを進めていくことを考えています。
【論点】
エビデンスベースのFDから見えてきた関東学院大学の学生の課題と、その解決に向けてこれから取り組もうとされていることとは。
 杉原氏:一つは夏休みに学習のモチベーションの低下が見られたので、全学の1年生が履修登録する春学期のキャリア科目の最終回に、夏休み以降、どう計画して過ごすかを考えさせる課題・ワークを追加する予定です。もう一つ、大学型への学びに適応できずにモチベーションが下がる学生がいる課題については、秋学期のオリエーションを充実させていくことが効果的だと考えています。
【論点】
関東学院大学では今後どう「成長プロセスのモデル」をブラッシュアップ・活用していくのか。また追手門学院大学ではどのような研究を展開していくのか。
 岡田:関東学院大学の調査では、今後、入学当初には必ずしも良い状態ではない学生が良い状態に変わるための要因をつぶさに見ていく必要があると思っています。また追手門学院大学では、「こうあってほしい」という学生の姿に沿った成長の評価モデルを開発し、学内で活用できる指標としていきたいと考えています。評価とは、意図と目的があってこそ成立します。何を測りたいのかという合意を形成していくためのモデルをしっかりとつくっていくことが次の課題と捉えています。
【論点】
関東学院大学において学生が成長しつつある状態を測る上で、どういう評価のあり方が適切か。また、そうした評価を行うために個々の教員が力を高める方法とは。
 奈良氏:まず教員目線の回答ですが、ティーチング・ポートフォリオを作るワークショップを検討しています。教員がそうした自己省察を行い、メンタリングの経験をすると、ラーニングポートフォリオを用いた学生指導にも活用できます。また授業の中でコンセプトマップを用い、学んだことを可視化して振り返ることも効果的だと考えています。
【論点】
追手門学院大学のアサーティブプログラム・入試への教員の関与について、もう少し詳しく教えてほしい。
 志村氏:アサーティブプログラムには教員はほとんど関わっておらず、入試の最後の個別試験で初めて教員が登場します。全面的に職員が関わっているのは、教員は入試関連の業務負担が大きいこと、また職員にも学生に深く関わってほしいことなどが理由です。
【論点】
追手門学院大学では、不本意入学の学生への対応をどうしているのか。
 志村氏:不本意入学への対策として、「不本意と感じていない学生を入れれば良い」という発想から、アサーティブプログラム・入試はスタートしました。現在はアサーティブ入試で入った学生の頑張りが他の学生に伝染する様子も見られます。さらにアサーティブプログラム・入試に関わるスタッフが、他の学生を支援する動きもあります。
 池田氏:授業に自分自身を振り返るしかけを取り入れると、この大学で友人たちと切磋琢磨しながら自分は成長できる、と気付きを得て、学生は変わっていきます。その瞬間は教員として何とも嬉しいものです。大学には、「不本意入学の学生もどんどん来い」という度量があっても良いでしょう。そうした学生を成長させていけば良いのです。
フォーラム参加メンバー
(後列左から)影山裕介(注1)松尾洋希(注1)岡田佐織(注2)佐藤昭宏(注2)木村治生(注2)
(前列左から)福島一政(注3)志村知美(注3)池田輝政(注3)杉原亨(注4)奈良堂史(注4)山本勝造(注4)
 注1:ベネッセi-キャリア 注2:ベネッセ教育総合研究所 注3:追手門学院大学 注4:関東学院大学
 ディスカッションでは、会場との双方向のやり取りもあり、学生の成長支援や評価のあり方などに関して、議論を深めることができました。最後に司会の佐藤が、次のように今回のセッションを締めくくりました。
 「追手門学院大学・関東学院大学の2大学との共同研究は、研究のアプローチに違いはありますが、『学習者』を中心において学びと成長のプロセスを可視化し、教育改善までつなげようとする質保証のスタンスは共通しています。今後も、共同研究の成果を発信していきながら、あるべき教育改革の姿について皆様と意見交換をしていきたいと思います。」