2016/04/26

子どもの発達を促すe-learningの活用方法(第3回)

研究員 中島 功滋

内容

 この度、アセスメント研究開発室では専門家による講演会「子どもの発達を促すe-learningの活用方法」を開催しました。講演者の植野先生による内容紹介の3回目です(第1回第2回、第3回)。
今回はeポートフォリオを蓄積・共有することで,学習コミュニティの発達と他者からの学びが促進されることをお話しくださいます。

開催日

2015年12月22日

会場

ベネッセコーポレーション東京本部(多摩)

発表者

植野 真臣(電気通信大学大学院 情報システム学研究科 教授)

子どもの発達を促すe-learningの活用方法

 第1回では,「教育の目的が学習者個人の発達とコミュニティの発達を同時に促進すること,学びの本質は『他者からの学び』にあること」について述べ,第2回では,その実現のために私が開発したeラーニングシステム’Samurai’を紹介しました。
 しかし,eラーニングを用いた授業では学習者個人の発達とコミュニティの発達を同時に促進するシステムにまでは到達できていませでした。この大きな理由は,’Samurai’を用いたeラーニング実践が大学の講義の中での活用であるため、学習者は履修期間の半年間しか各学習コミュニティに参加できず,コミュニティ文化の構築に至るにはあまりにも期間が短いという致命的な実践上の制約があったからなのです。これを解決するために、eラーニングシステム’Samurai’はeポートフォリオを用いて、古くからのコミュニティをヴァーチャルに継続させるという手法を提案しています。今回は,このeポートフォリオ・システムを紹介しましょう。
他者からの学び:eポートフォリオ
 前回までにお話したように,私のeラーニング研究では,私が昔習った「教育学」をICTを用いて実現しようとしてきました。しかし,eラーニングの実践だけでは,前述のように教育学の目標「コミュニティと個人の発達を同時に分析すること」には到達していませんでした。コミュニティの発達を分析するためには,コミュニティがその外部に対してどのように貢献できるかを評価しなければなりませんが,学校は企業組織のように利益などの単純で短期的な指標利益では評価できないことに難しさの理由があります。学校の社会への貢献目標は,メンバーの人材育成そのもの,すなわち,学生たちが卒業後,社会に出て数十年にわたって活躍するということであり,学校の生産的貢献が人材育成だとすると,多様な学習者の活動を長期的・縦断的に観察し,データを取り続けないと学校の評価はできないのです。さらに,このようなコミュニティに属する学習者は多様な目標を持っており,限られた指標では,多様な目的に合った有効な学習成果が得られたかどうかを知るのが難しく,この点も学校の評価を難しくしています。
 ここで,ヴィゴツキーに話を戻すと,未熟な子供の学びは,大人がいろいろと援助することで,意識しなくても学習ができるように工夫されないといけないのですが,発達に伴い,学びの目的が多様化し,学習者自身が学ぶべき対象や他者を自律的に選択しなければならなくなります。しかし,実際には学習者が誰から何を学ぶのかを見つけることは非常に難しいことです。本人自身が目的を理解し,また誰のプロセスが良いかなどを判断できる能力が必要になるからです。また,学ぶべき人は教室の教員のようにたった一人だけよりも,多く存在して多様な他者から学んだほうが,多様な学習者の目標に対して効果的であると考えられます。私は, ’Samurai’に蓄積された多様な学習者の膨大で詳細な学習履歴データおよびその解析結果を,上のような他者からの学びに利用できないかと考えました。過去の学習者もヴァーチャルな学ぶべき先輩として利用できないかというアイデアで,ヴァーチャルなコミュニティでの見えざる徒弟的伝承が実現できないかと考えたのです。
 最近では,学習成果や学習履歴をまとめて個人ごとのページを作るシステムとしてeポートフォリオが普及してきています。しかし,その主な利用法は学習者個人が学習の振り返りのために用いるというものです。私はこのeポートフォリオを他者に閲覧できるようにすることで他者からの学びが促進できると考えました。長期的に蓄えられたeポートフォリオは,コミュニティの発達の結果そのものなのです。そこで,’Samurai’で履修科目や学習活動,提出物,学習日記,過去の学習履歴,最終就職先などをまとめて学習者のポートフォリオとして他者からも閲覧できるような機能を’Samurai’に追加しました(植野 2011, 2014)。
 図1は,ある学習者のキャリアポートフォリオの例で,学習者がどのように履修して,どのように学習し,どのような議論をしているのか、どのような課題を提出したのか,どのようなことを考えて学習していたのか,どのようなところへ就職できたのかなどの情報が詳細に階層的に蓄積されています。さらに過去の優秀な学習者からの学びを促進するために,図2のようなポートフォリオ推薦システムを開発しました。このシステムを用いて,学習者は希望の条件を検索エンジンに入力して多様な先輩学習者の学習方法や学習に関する考え方や動機について学ぶことができるのです。すなわち,学習者は将来の自分に近い他者を見つけ,その他者の自分と同学年時代の学習記録を観察・比較することにより,有効な学びとなるのです。この仕組みは,他者からの学びにおいて,はるか上のレベルの人から学ぶより,少しだけ自分より上の人から学ぶほうが有効に学べることが知られていることからも裏付けられます。このシステムにより,前回までに示してきたヴィゴツキーの「観察・模倣による他者からの学び」が促進できると考えられるのです。
fig1
図1. 他者からの学びを促進するeポートフォリオ'Samurai'
図2. ポートフォリオ推薦システム
 また,学習者は,学校の成績が良い人,創造的な仕事をした人,良い就職をした人,など様々な自分の目的に対して成功してきた人を探し出し,できる限り多様な他者を観察することにより,自分自身がその目的に達する方法を獲得できます。このシステムでは,学習者に類似の学習履歴を持っていて,学習者の目標に近い他者をできるだけ多様に推薦する機能も持っています。また,このようなeポートフォリオ自身がピア・アセスメントにより他者から評価される仕組みも持っています。私は,eラーニングのガイダンスのときにはいつも,「みなさんは学習者であると同時に,みなに学ばれる教材になってください」と説明するようにしています。他者から学ぶと同時に他者から学ばれる人材になるということは,社会文化的な発達の上で本質的な目標になるからです。私の研究室のLouvigné(2015)は,SNSにおける他者の学習日記を推薦する仕組みを開発し,’Samurai’に組み込みましたが,他者の学習動機から見事に学習動機が学ばれることをデータから示しています。特にSNSによる「学習日記」では,学習者が第一人称で書いており,それが有効に働き,他者の情意から学習動機の向上を導けたと分析しています。ヴィトゲンシュタイン,ヴィゴツキーも「私ことば」を重視して,レイブとウェンガーも「語り」の重要性を指摘しています。「私ことば」での記述こそが,他者からの学びを促進できると考えられるのです。
今後の課題-学習者の力が伸びる「足場かけ」とは
 近年,私は熟達者から初心者への支援,「足場かけ」をどのように行うのかについても研究しています。学習者の問題解決時にヒントを提示したときの正答確率を数理モデルで予測し,それがちょうど0.5になるようにデータベースよりヒントを選んで提示するともっとも能力が伸びることを示しました(Ueno 2015)。様々に予測正答確率を変えてヒントを選択提示しましたが,驚くべきことに「教えすぎ」(予測正答確率が高い場合)が最も教育効果が低いことがわかりました。正答確率が0.5になるようなヒント提示が良いということは,学習者にとって少し難しい課題に,学習者ができるかできないかぎりぎりくらいの支援が与えられるのが一番よいということなのでしょう。「足場かけ」の確率的アプローチは,今後重要な研究領域になると期待できます。

参考文献

  • Sebastién Louvigné, Yoshihiro Kato, Neil Rubens and Maomi Ueno:SNS messages Recommendation for Learning Motivation, 17th International Conference on Artificial Intelligence in Education (AIED:Fullpaper) , 2015
  • Vygotsky,L.S. :Thought and language, Cambridge, MA:MIT Press, 962
  • 植野真臣, 矢野米雄:科学的実践と協働を実現するeラーニング(招待論文),日本教育工学会論文誌, 28巻, 3号, 151-162, 2005
  • 植野真臣:eラーニングにおけるデータマイニング(招待論文), 日本教育工学会論文誌, 31巻, 3号, 271-283, 2007
  • 植野真臣:知識社会におけるeラーニング, 培風館, 2007
  • 植野真臣:他者からの学びを誘発するeポートフォリオ, 日本教育工学会論文誌, 35巻3号, 169-182, 2011
  • 植野真臣:過去の学習者履歴データを利用したeポートフォリオ・システム (招待論文),情報知識学会誌,24(4),414-423, 2014
  • Maomi Ueno:Probability based scaffolding system with fading, 17th International Conference on Artificial Intelligence in Education (AIED:Fullpaper) ,2015
  • 植野真臣,他者からの学び支援,人工知能学会誌、VOL 30. No.4, 469-472, 2015