2016/03/16
子どもの発達を促すe-learningの活用方法(第2回)
研究員 中島 功滋
内容
この度、アセスメント研究開発室では専門家による講演会「子どもの発達を促すe-learningの活用方法」を開催しました。講演者の植野先生による内容紹介の2回目です(第1回、第2回、第3回)。
今回はヴィゴツキーの理論がeラーニングシステム'Samurai'でどのように実現されているかをお話しくださいます。
開催日
2015年12月22日
会場
ベネッセコーポレーション東京本部(多摩)
発表者
植野 真臣(電気通信大学大学院 情報システム学研究科 教授)
子どもの発達を促すe-learningの活用方法
前回、ヴィゴツキーの社会的構成主義を紹介しました。ヴィゴツキーは、人の知識構築が単なる人から人への知識の伝達ではなく、図1のような対象の理解の仕方への支援としてモデル化しています(植野 2015)。この考えでは、教育は、単なる他者からの知識の伝達ではなく、他者が属する文化そのものの伝承を意味し、知識や学習方略の獲得と学習動機や情熱などの情意面の獲得が切り離せない過程であるといえるでしょう。今回は私が開発したeラーニングシステム’Samurai’が、このヴィゴツキーの考えをどのように実践しているかをお話しします。
CAIの限界と最初のeラーニング
私が大学院生のころ、教育工学分野ではコンピュータが教師の代わりに教えるというCAI(Computer Assisted Instruction)や、人工知能技術を用いて学習者がどこで行き詰っているかなどを対話的に同定して教えることができるITS(Intelligent Tutoring System)の研究が盛んに行われていました。しかし、これらは知識のみを学習者に注入するもので、図1のような他者(熟達者)からの学びが実現できず教育学の基本からは逸脱していると感じていました。多くのCAIは、教科書を教えているだけで、教師の学習対象への見方や解釈、文化的背景、動機や感情、価値観などはむしろ排除されるもので、教科書をデジタルに置き換えたに過ぎなかったのです。このように当時流行っていたCAIやITSは、教育の本質には向かっていないと考えられたのです。
ちょうどこのころ、インターネットが登場し、日本でもそのインフラ整備を積極的に進めようという時代がやってきました。インターネットがコンピュータに加わることにより、オンライン上でのコミュニティが実現できるようになってきたのです。このネットワーク上でのコミュニティを学習に適用することにより、学校教育では実現できなかった教育学における「コミュニティの発達」と「個人の発達」をネットワーク上で同時に実現できるのではと考えたのです。さらに、サーバーに学習履歴を詳細に蓄積して分析すれば、いままでの教育学では実現できなかった新しい有用な教育が実現できるのではないかと考えました。そこで、東京工業大学の助手時代に2年ほどかけて、ネットワーク上で学習コンテンツを共有できたり、各学習者が課題を提出したり、学習者同士で評価しあったり、議論しあったりできるプラットフォームを開発しました。
その後、長岡技術科学大学工学部に助教授として着任しました。この大学は全国の高等専門学校(高専)卒業生を3年生に編入生として受け入れ、修士課程に連なる4年間の課程を提供するために開校した特別な大学だったのですが、編入生が大学1・2年生で履修すべき授業を履修しないまま、大学3年生の授業を受けざるをえなかったり、大学から見て高専は教養科目に相当する授業数が少ない等、両者のカリキュラムの違いに由来する問題がありました。編入生に円滑に学部教育を導入できるように、カリキュラムの橋渡しをする仕組みが必要でした。私は全国各地の高専から大学のコンテンツをインターネット経由で利用したり、議論したりすることにより、スムーズな高大接続ができないかと考えたのです。
当時は、eラーニングという言葉もない時代でしたが、大学だけでなく文部科学省の後援も受けてこの考えを実践する事業が2000年よりスタートしました。すべての高専向けに長岡技術科学大学1、2年の授業をコンテンツとして配信し、それを高専の単位として認めてもらうことで両者のカリキュラムの連携をめざしました。この時に、東京工業大学在職時に開発した自作のプラットフォームをこの事業で使うことにし、大規模な学習者履歴の蓄積が始まりました。その後、この授業は正式な大学単位として認められるようになり、高専生があたかも連続して大学の単位が取れるような仕組みとなりました。これらの取組みは、まとめて教育工学会論文誌に掲載されました(植野2003)。日本の教育工学において、最初に「eラーニング」という言葉を用いた論文でした。
しかし、このeラーニングは、対面授業をビデオ配信やコミュニケーションツールで近似しただけのものであり、教育学で目指すべきコミュニティの構築などは行えてはいなかったのです。
ちょうどこのころ、インターネットが登場し、日本でもそのインフラ整備を積極的に進めようという時代がやってきました。インターネットがコンピュータに加わることにより、オンライン上でのコミュニティが実現できるようになってきたのです。このネットワーク上でのコミュニティを学習に適用することにより、学校教育では実現できなかった教育学における「コミュニティの発達」と「個人の発達」をネットワーク上で同時に実現できるのではと考えたのです。さらに、サーバーに学習履歴を詳細に蓄積して分析すれば、いままでの教育学では実現できなかった新しい有用な教育が実現できるのではないかと考えました。そこで、東京工業大学の助手時代に2年ほどかけて、ネットワーク上で学習コンテンツを共有できたり、各学習者が課題を提出したり、学習者同士で評価しあったり、議論しあったりできるプラットフォームを開発しました。
その後、長岡技術科学大学工学部に助教授として着任しました。この大学は全国の高等専門学校(高専)卒業生を3年生に編入生として受け入れ、修士課程に連なる4年間の課程を提供するために開校した特別な大学だったのですが、編入生が大学1・2年生で履修すべき授業を履修しないまま、大学3年生の授業を受けざるをえなかったり、大学から見て高専は教養科目に相当する授業数が少ない等、両者のカリキュラムの違いに由来する問題がありました。編入生に円滑に学部教育を導入できるように、カリキュラムの橋渡しをする仕組みが必要でした。私は全国各地の高専から大学のコンテンツをインターネット経由で利用したり、議論したりすることにより、スムーズな高大接続ができないかと考えたのです。
当時は、eラーニングという言葉もない時代でしたが、大学だけでなく文部科学省の後援も受けてこの考えを実践する事業が2000年よりスタートしました。すべての高専向けに長岡技術科学大学1、2年の授業をコンテンツとして配信し、それを高専の単位として認めてもらうことで両者のカリキュラムの連携をめざしました。この時に、東京工業大学在職時に開発した自作のプラットフォームをこの事業で使うことにし、大規模な学習者履歴の蓄積が始まりました。その後、この授業は正式な大学単位として認められるようになり、高専生があたかも連続して大学の単位が取れるような仕組みとなりました。これらの取組みは、まとめて教育工学会論文誌に掲載されました(植野2003)。日本の教育工学において、最初に「eラーニング」という言葉を用いた論文でした。
しかし、このeラーニングは、対面授業をビデオ配信やコミュニケーションツールで近似しただけのものであり、教育学で目指すべきコミュニティの構築などは行えてはいなかったのです。
教育学を実現するEラーニングシステム”Samurai”
私は、学習者が、eラーニングに参加すると自動的に自律的な学びの共同活動が促進されるようなシステムを目指して先のプラットフォームを拡張し、Learning Management System(LMS) ”Samurai”の開発を行いました(図2)。
Samuraiを用いたeラーニングでは、学習者は興味のあるコンテンツに対する学習コミュニティに所属し、コンテンツ上の理論を実践・適用した結果をレポートにまとめてプラットフォームに提出します。そのレポートは、他の学習者によってピア・アセスメントで評価されます。Samuraiにこのような仕組みを入れたのは、これが真正な科学的実践共同体である学会などが長い歴史で発達させてきたやり方だからです。eラーニングでの共同体が真正な共同体に連続することにより、「学び」が本物になると考えたのです(植野2005、 2007b)。
Samuraiは、学習者の詳細な学習履歴データを蓄積しており、これを有効に活用するために、様々のデータ解析手法が適用できる仕組みも開発しました(Ueno 2004、 植野2007a、b)。例えば、学習者の大量の学習履歴から、集中していないような異常学習を検出したり、テキストマイニングによって、学習コミュニティ内で誰が誰とどのような話し合いをしているかを可視化できます。このようなデータ解析の結果は、学習者や学習コミュニティを支援する仕組みとしてSamuraiに組み込まれ活用されています。具体的には、各学習者の履歴とこれまでの過去学習者のデータから最終的にその学習者がどのようになっていく(優秀な成績⇔単位を落とす)かを機械学習で予測し、望ましい方向へ行くように学習者へのアドバイスを自動生成する機能があります。また、学習コミュニティの支援として、学習者同士のピア・アセスメントを、なるべくフェアで信頼できる評価になるように、バイアスを自動的に修正してくれる数理モデルを開発し、コミュニティ自身の発達およびコミュニティが学習者個人に与える影響を最大にできるように工夫しています。
これらの仕組みにより、学習者個人の発達とコミュニティの発達を同時に分析し、教育学では通常の学校の制約でどうしてもできなかった本当の教育とその評価ができるようになりました。
Samuraiを用いたeラーニングでは、学習者は興味のあるコンテンツに対する学習コミュニティに所属し、コンテンツ上の理論を実践・適用した結果をレポートにまとめてプラットフォームに提出します。そのレポートは、他の学習者によってピア・アセスメントで評価されます。Samuraiにこのような仕組みを入れたのは、これが真正な科学的実践共同体である学会などが長い歴史で発達させてきたやり方だからです。eラーニングでの共同体が真正な共同体に連続することにより、「学び」が本物になると考えたのです(植野2005、 2007b)。
Samuraiは、学習者の詳細な学習履歴データを蓄積しており、これを有効に活用するために、様々のデータ解析手法が適用できる仕組みも開発しました(Ueno 2004、 植野2007a、b)。例えば、学習者の大量の学習履歴から、集中していないような異常学習を検出したり、テキストマイニングによって、学習コミュニティ内で誰が誰とどのような話し合いをしているかを可視化できます。このようなデータ解析の結果は、学習者や学習コミュニティを支援する仕組みとしてSamuraiに組み込まれ活用されています。具体的には、各学習者の履歴とこれまでの過去学習者のデータから最終的にその学習者がどのようになっていく(優秀な成績⇔単位を落とす)かを機械学習で予測し、望ましい方向へ行くように学習者へのアドバイスを自動生成する機能があります。また、学習コミュニティの支援として、学習者同士のピア・アセスメントを、なるべくフェアで信頼できる評価になるように、バイアスを自動的に修正してくれる数理モデルを開発し、コミュニティ自身の発達およびコミュニティが学習者個人に与える影響を最大にできるように工夫しています。
これらの仕組みにより、学習者個人の発達とコミュニティの発達を同時に分析し、教育学では通常の学校の制約でどうしてもできなかった本当の教育とその評価ができるようになりました。
LMS”Samurai”に関する論文は、IEEEなどの世界的トップジャーナルを含む学術論文誌10本以上に採録されています。また、当時世界最大のeラーニングの国際会議”eLearn”で論文賞を受賞し、その後3年連続で論文賞を受賞しました。IEEEの国際会議でも論文賞を受賞し、2007年のIEEE Advanced Learning Technologyの国際会議を委員長として日本で開催することができました。Samuraiはたくさんの評価を受けましたが、特に、上でお話しした、当時誰もやっていなかった教育データマイニングの機能が注目されました。
Samuraiによって自律的な学びの共同活動が実現できた一方で、この時点では、まだ学習者個人の発達とコミュニティの発達を同時に促進するシステムにまでは到達していませんでした。この大きな理由は、Samuraiを用いたeラーニング実践が大学の講義の中での活用であるため、学習者は履修期間の半年間しか各学習コミュニティに参加できず、コミュニティ文化の構築に至るにはあまりにも期間が短いという致命的な実践上の制約があったからなのです。
Samuraiによって自律的な学びの共同活動が実現できた一方で、この時点では、まだ学習者個人の発達とコミュニティの発達を同時に促進するシステムにまでは到達していませんでした。この大きな理由は、Samuraiを用いたeラーニング実践が大学の講義の中での活用であるため、学習者は履修期間の半年間しか各学習コミュニティに参加できず、コミュニティ文化の構築に至るにはあまりにも期間が短いという致命的な実践上の制約があったからなのです。
これを解決するために、Samuraiはeポートフォリオを用いて、古くからのコミュニティをヴァーチャルに継続させるというアイデアを実現します。この話は次回に譲ることにします。
参考文献
- 植野真臣、他者からの学びの支援、人工知能学会誌、VOL 30. No.4, 469-472, 2015
- 植野真臣:大学-高専におけるeラーニングによる授業実践、日本教育工学会論文誌、 27巻4号、 417-426、 2003
- Maomi Ueno: Data mining and text mining technologies for collaborative learning in LMS ”SAMURAI”、 Invited paper、 IEEE ICALT2004 、 2004
- 植野真臣、矢野米雄:科学的実践と協働を実現するeラーニング(招待論文)、日本教育工学会論文誌、 28巻、 3号、 151-162、 2005
- 植野真臣:eラーニングにおけるデータマイニング(招待論文)、日本教育工学会論文誌、 31巻、 3号、 271-283、 2007a
- 植野真臣:知識社会におけるeラーニング、培風館、 2007b