2019/08/08
【学びの場づくり】新たな価値を生む方法論「フォーサイト・クリエーション」で探求学習の質を高める②
2019.08.08 update
生徒の課題設定力を高めようと、兵庫県立姫路西高等学校(以下、「姫路西高等学校」)では、1年生の探究学習の授業において、「フォーサイト・クリエーション」を学ぶ講座を設けた。「課題研究(探究学習)」担当の国際理学科長の林宏樹先生と、講師を務める大阪ガス行動観察研究所の松波晴人所長に、「フォーサイト・クリエーション」を取り入れたねらい、期待する効果などをうかがった。(前回の①では授業の様子をお伝えしております。くわしくはコチラをご覧ください。)
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1.自ら問いを見つけられる力を育み、生徒の学びをより深めたい
兵庫県立姫路西高等学校では、5年間の文部科学省「スーパーグローバルハイスクール」(SGH)の取り組みにおいて、(探究活動を実施した)生徒一人ひとりが目的意識を持つ行動ができるようになり、第一志望を最後まで貫くようになるなどのマインドが育まれた結果、進学実績への向上に貢献している。国際理学科長の林宏樹先生は、その手応えを次のように語る。
兵庫県立姫路西高等学校教諭
国際理学科長 林 宏樹先生
国際理学科長 林 宏樹先生
齋藤町長による同校のコンセプトの1つである「学校はまち」は、多様な他者と交流できる「まちのような学校をつくる」「課題研究(探究学習)」では、研究を他者に説明し、質疑応答に答える機会が多くあります。様々な質問に臨機応変に対応し、他者に自分の考えを伝える力が高まった結果、入試の面接への対応力が身につき、大学合格につながる生徒も出てきました」
その一方で、課題も浮き彫りになった。特に問題だったのは、課題設定において、生徒が抽象的なテーマや壮大なテーマを設定しがちであることだった。1年生での探究学習では、生徒が掲げる研究テーマが抽象的すぎ、どういった実験やフィールドワークを行えばよいのかといった計画の立案に時間がかかり、テーマを深めるまでには至らないことがよくあった。
「1年生では、大半のグループが思うように研究ができません。そうした挫折はよい経験になるという思いがある半面、実質2年間と限られた時間の中で探究学習の質をより高めるために、課題設定の段階を改善したいと考えました」(林先生)
「新たな価値を生む」というのは、これまでとは異なる解釈をもとに「新たな問いを見つける」ことにつながる。姫路西高等学校では、この方法論を探究学習での課題設定に生かせると考え、授業に組み込むことにした。
例えば、生徒はよく「貧しい国での貧困をなくしたい」「教育の格差をなくしたい」といった国際的な課題を挙げるが、海外にフィールドワークに行けるわけではない。そこで、「地域の学童保育はどうだろうか」と、同じテーマでも身近な問題に目を向けさせようとアドバイスをしても、人から言われた受け身な内容に対しては、積極的に行動をしない。
「本校の生徒は、自分で考えて決めたことには、教員の想像を超える行動力を発揮します。そのため、生徒自らが適切な研究テーマを設定できるようにすれば、あとは自ら研究を進めていくことが期待できました」(林先生)
2.企業や大学で実践している発想法を、学校教育でも広めたい
そうした折、1年生での探究学習で協力を得ている、同校卒業生の原良憲教授(京都大学経営管理大学院教授)から紹介されたのが、京都大学で客員教授を務める松波晴人大阪ガス行動観察研究所所長だった。
松波所長は、新しい価値を生む人材を育成するイノベーション教育の方法論の必要性を感じるようになり、その方法論の開発に着手し、2016年、大阪大学で「フォーサイト・スクール」をスタートさせた。すると、受講生で結成したチームが、2017年2月に行われた学生や若手社会人が新しい商品やサービスのアイデアを競うコンペティション(EDGE
INNOVATION CHALLENGE COMPETITION
2017、文部科学省補助事業)で優勝した。また、学生が考えた案が実際の商品になるという事例も生まれた。これらの成果をもとに、小学校や中学校、高校でもイノベーション教育を実践したいと考え始めたころに紹介されたのが、姫路西高等学校だった。
大阪ガス行動観察研究所 松波 晴人所長
「大阪大学での開講1年目で大きな成果が得られたことで、企業向けに行っていた講座の内容を生徒・学生を対象とした内容にアレンジしても、十分な成果が得られると手応えを感じました」(松波所長)
「フォーサイト・クリエーション」という新たな価値を生む方法論は、これまでの異なる解釈をもとに「新たな問いを見つける」ことにつながる。それは、探究学習の課題設定においても求められる発想法だった。
「生徒は、発想が凝り固まってしまっている部分があり、異なるものを結びつけたり、自分が知っていること以外に目を向けたりすることがなかなかできません。『フォーサイト・クリエーション』で様々な発想法を学ぶことで、自分の枠から外れて、発想が豊かになるのではないかと期待しました」(林先生)
「フォーサイト・クリエーション」は既に大学や企業での教育実績のある方法論であること、そして、卒業生から紹介された人物であるということもあり、外部講師による講座の実施はスムーズに決まった。
3.生徒間に共通言語ができることで、話し合いが円滑に進む
「フォーサイト・クリエーション」では、理解しなければならない理論と、実践できるようになるべき能力を8つの玉に集約している。姫路西高等学校の授業では、生徒の発達段階や授業時数などを考慮し、5つの玉を取り上げることとした。
その中で最も大事なのは「マインドセット」だと、松波所長は強調する。
「コンペで優勝した学生たちに『フォーサイト・スクール』で最もよかったことを聞いたところ、先生が自分たち学生を信じてくれたことと、どんなにばかなことを言っても許してもらえる環境があったことの2つを挙げました。何を言っても受け入れてくれる安心感があってこそ、学んだメソッドを十分発揮できるのだと実感しました」
授業では、まずはワークを実践し、その後ワークの背景にある理論を説明する、という手順とした。そうすることで、理論を体感し、何をすればよいのかが分かる。そして、生徒が同時にワークを行うことで、生徒間で言葉の定義が共有され、その後の探究学習でグループワークを行う際の大きな強みとなる。
「例えば、『全員のインサイトがリフレームできていないから、もう一度、リフレームしよう』と言っても、言葉の定義が共有されているので、何が足りずに、何をすべきなのかが、その場にいる全員が分かるのです」(松波所長)
「考察しようと言っても、結果や事実のみを言うだけで、自分の考えが盛り込まれていないといったこともあり、共通理解ができていないことに端を発したグループでのトラブルは少なくありません。言葉の定義がグループ内だけでなく、クラス全体で共有されることで、ほかのグループとの相互協議も有意義なものにつながると思います」(林先生)
4.教員が、生徒の「なぜ?」を超えるマインドを持つ
大学では通常15コマの講義であり、姫路西高等学校版のカリキュラムはかなり圧縮している。それでも、生徒の知識の吸収は早く、テンポよく授業は進んでいると、松波所長は手応えを感じている。
ただ、この新しい試みの真の成果は、1年生が今後行う探究学習において、フォーサイト・クリエーションを学んでいない過去の学年と比べて、どのような変化が見られるかにあるだろう。
「課題設定がどのように具体的になり、実験やフィールドワークがどれほど充実するのかに注目しています」(林先生)
課題は、生徒のアウトプットをどういった視点で見て、アドバイスをしていけばよいのか、教員が学ぶことだ。今後、校内研修の実施も検討している。
「1回目に出された『気づきを集める』という宿題で、回収した生徒のアウトプットの内容に私は物足りなさを感じつつ、松波所長に提出しました。すると、松波所長は『どれもすばらしい』と言われていて、正直、驚きました。私と松波所長の視点の違いは何かが分からなければ、私たちは生徒を豊かな発想へと導くことができません。生徒に『なぜ?』と考えさせるためには、教員が生徒を超える『なぜ?』を持たなければならないと思っています」(林先生)
学校教育においてイノベーション教育を広めたいと考えている松波所長は、新しい価値を生む方法論を学ぶ意義を次のように語る。
「今後、AIが様々な場面で活用されることになると予測されます。人間にしかできないことは、クリエイティブなことである、と考えています。正解のない問題に取り組み、新たな問いを生むことが重要になることは間違いありません。イノベーション教育は、今後ますます必要になると考えています」
林先生は、育てたい生徒像を次のように語った。
「失敗を失敗だと捉えずに、成長の糧として前に進んでゆく人を育成したいと考えています。それは、探究学習に限らず、教科学習や進路についても同様です。自分に何ができて、足りないものは何か、次に生かせることは何であるのかという常に先を見通せるマインドを身につければ、どのような社会においても活躍できるのではないでしょうか」
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