2019/08/01
【学びの場づくり】新たな価値を生む方法論「フォーサイト・クリエーション」で探求学習の質を高める①
2019.08.01 update
高校では、新学習指導要領の移行措置として、2019年度から「総合的な探究の時間」が始まった。生徒が主体的に課題を設定し、情報を集め、整理・分析し、結果をまとめて表現するという探究学習で要となるのが、課題の設定だ。兵庫県立姫路西高等学校でもそこに課題意識を持ち、てこ入れを図ろうと、大阪ガス行動観察研究所の協力を得て、新たな価値を生む方法論「フォーサイト・クリエーション」を学ぶ時間を設けた。その授業の模様を紹介する。
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1.新たな価値=新たな問いを生むための方法論を学ぶ
兵庫県立姫路西高等学校(以下、「姫路西高等学校」)では、2014〜2018年度の5年間、文部科学省「スーパーグローバルハイスクール」(SGH)での取り組みで培ったノウハウを生かし、指定終了後も引き続き探究学習に力を入れている。
2019年度は新たな試みとして、国際理学科の1年生で「フォーサイト・クリエーション」を学ぶ時間を設けた。
「フォーサイト・クリエーション(Foresight
Creation)※」は、大阪ガス行動観察研究所が独自に構築した、新たな価値を生む(=イノベーション)ための理論とメソッドであり、理解しなければならない理論と、実践できるようになるべき能力を8つの玉に集約している。
同研究所では、この理論とメソッドを学ぶ授業「フォーサイト・スクール(Foresight
School)」を大阪大学で2016年から実施しており、そこで成果が生まれたことから、他大学だけでなく企業の新価値創造にもオージス総研を通じて「フォーサイト・スクール」として展開している。
※「未来への展望を生み出す」ことを意味する言葉。
フォーサイト・クリエーションとは…http://www.osakagas.co.jp/company/kansatsu/
フォーサイト・クリエーションとは…http://www.osakagas.co.jp/company/kansatsu/
「新たな価値を生む」というのは、これまでとは異なる解釈をもとに「新たな問いを見つける」ことにつながる。姫路西高等学校では、この方法論を探究学習での課題設定に生かせると考え、授業に組み込むことにした。
【授業概要】
◎対象 国際理学科1年生(約40人)
◎授業時数 5〜7月の全4回(「総合的な探究の時間」「課題研究」の時間で100分×4回)
◎講師 大阪ガス行動観察研究所 松波晴人所長
◎単元計画
◎授業時数 5〜7月の全4回(「総合的な探究の時間」「課題研究」の時間で100分×4回)
◎講師 大阪ガス行動観察研究所 松波晴人所長
◎単元計画
・1回目
全体概要の説明、ゴール、基本的な考え方
「マインドセット」をするためのワーク
「気づき」を得るための理論とワーク
「マインドセット」をするためのワーク
「気づき」を得るための理論とワーク
・2回目
「気づき」の共有
「アブダクション(仮説的推論)」の理論の説明とワーク
「リフレーム(発想の転換)」の理論の説明とワーク
「統合」の理論の説明とワーク
「アブダクション(仮説的推論)」の理論の説明とワーク
「リフレーム(発想の転換)」の理論の説明とワーク
「統合」の理論の説明とワーク
・3回目
「気づき」と「リフレーム」の事例を説明
「メタ認知(自己理解)」の理論の説明とワーク
自分が取り組むテーマを検討
「メタ認知(自己理解)」の理論の説明とワーク
自分が取り組むテーマを検討
・4回目
自分が取り組むテーマと内容をグループで共有
取り組みの実践
取り組みの実践
2.理論の説明とワークをセットで行い、発想法を体感する
授業は、大阪ガス行動観察研究所の松波晴人所長が講師を務め、1学期に全4回行われた。
大阪ガス行動観察研究所 松波 晴人所長
1回目の授業では、新たな価値を発想するための基本的な流れとして、「事実(Fact)」から気づきを得て、複数の気づきを統合して「洞察(Insight)」を導き出し、新たな「展望(Foresight)」を描くというプロセスが示された。
そして、新たな価値を発想する際の心の持ちようとして、「チャレンジ精神」「他己実現」「前向きさ」といった「マインドセット」が重要であること、そして、観察をもとにして、新たな発想のきっかけとなる「気づき」を得る方法論を学んだ。
その上で、次に紹介する2回目の授業が行われた。
2回目の授業では、「気づき」から新しい問いである「洞察」を導きだ出すための「アブダクション」「リフレーム」の玉(理論)が取り上げられた。松波所長が、それぞれの理論を具体化した事例を複数交えながら説明をし、続いて、その理論を実践するワークが行われた。
ワークは、まず1人でじっくり考えた(個人ワーク)後、5〜6人のグループとなって、メンバーで考えを出し合って、最もよい仮説にまとめて、全体に発表する(グループワーク)という流れだ。
「アブダクション」は、「仮説的推論」と訳すことができる。つまり、観察した事実から仮説を立てる方法だ。ワークは2問出された。1問目は、隣同士で座っているカップルが2人ともスマートフォンの画面を見ている様子の写真を示し、「せっかく2人で食事しているのに、なぜ2人は全く話さないのか」という事実を説明する仮説を推論する課題が出された。2問目は、世界にはいろいろな文化・価値観があるけれども、女性の髪はほぼどの国においても長いのはなぜか、その仮説を立てるという課題だった。
「リフレーム」でも同様に、事例を踏まえながら理論を学んだ後、ワークが行われた。リフレームは、それまで常識とされていた解釈や、ソリューションの枠組み(フレーム)を、新しい視点・発想で前向きに作り直すことだ。松波所長は、「音楽を外で聴く」という新しい文化を生み出したソニーの「携帯音楽プレーヤー」
や、大勢でゲームをするというゲームの新しい楽しみ方を提案した任天堂の「家庭用ゲーム機」 を例に示しながら、リフレームの意味を説明した。
続くワークでは、様々なスポーツにおいて、ホームとビジターの勝率の違いなど、4つのデータを示し、ホームチームの勝率が高い理由を推論するという課題に取り組んだ。
個人ワークの様子:課題には、まず個人で取り組み、自分が立てた仮説を付せん紙に書く。
グループワークの様子:グループワークでは、自分たちの仮説を出し合い、
議論し、新規性と妥当性が高い仮説にまとめていく。
3.新規性が高く、妥当性のある仮説を見いだす
ワークの最中、松波所長が繰り返し強調して伝えていたのは、新規性と妥当性の重要性だ。
「アブダクション」の1問目(隣同士で座っているカップルが2人ともスマートフォンの画面を見ている様子の写真を示し、「せっかく2人で食事しているのに、なぜ2人は全く話さないのか」という事実を説明する仮説を推論する課題)では、
各グループから出てきた仮説は一つとして同じものはなかった。
「2人とも耳が不自由で、スマートフォンで会話をしている」
「大勢で待ちあわせをしているところで、たまたま早く来た2人が座っているが、2人の仲はそれほどよいわけではない」
「カップルを装った爆弾テロ犯。しかけるタイミングを見計らっている」
といった具合だ。松波所長が、「いろいろなところでこのワークを行いましたが、初めて聞く仮説もありました」と驚くほど、各グループが発表した仮説には新規性があった。
一方、「リフレーム」の課題(ホームとビジターでは、ホームの方の勝率が高いのはなぜかを説明する仮説を推論する課題)
では、観客の声援が選手のパフォーマンスに影響するといった内容の仮説が多く、松波所長は「ほかのことを軸とした仮説はないかな?」と何度も問いかけた。すると、「観客の声援が、審判の判定に影響が出る」という仮説が発表された。ほかのグループから一瞬のうちに注目が集まり、松波所長は「新しい説ですね。そして、それが今のところ最も妥当性が高い仮説です」と評価した。
発表の様子:すべてのグループが仮説を発表。発言が終わると全員で拍手する。
4.発想の共有が、自由に発言する場を築いていく
松波所長は、それぞれのワークが終わった後に次のような言葉を生徒に投げ掛け、自身の気づきや洞察を振り返らせつつ、新たな発想に大切な視点を示した。
「ごくありふれたシーンでも、深く考えていくと、発想が変わり、大きな価値を生むことにつながります」
「自由に発想しましょうと言いますが、そもそも自分がどういう枠組みにとらわれているのか気づけていないことが大半です」
「違う発想で考えることは大切で、そのためにもいろいろな事実をどんどん吸収することが大切です」
「ある経営学者は、『何かを決めるとき、問題の解決に集中しやすいが、それは間違いである。最も重要なのは正しい問いを探すこと。間違った問いに対して正しい答えがあっても役には立たない』と言っています」
そのように、説明された理論をすぐに実践し、グループのメンバー間や教室全体で気づきや洞察を共有することによって、生徒は、同じ事実を見ていても気づきが異なり、その後の洞察や展望も違ったものになることを知る。そうしたワークの繰り返しによって、思考の枠が外れ、自由な発想を持てるようになることを目指している。
プロフィール
松波 晴人
大阪ガス行動観察研究所所長。兼株式会社オージス総研行動観察リフレーム本部。大阪大学 共創機構産学共創本部 特任教授、京都大学 経営管理大学院 客員教授、九州大学 グローバルイノベーションセンター 客員教授、桃山学院大学 経営学部ビジネスデザイン学科 客員教授。神戸大学大学院工学研究科修士課程修了後、1992年に大阪ガス株式会社入社。米国コーネル大学大学院にて修士号(Master of Science)取得ののち、和歌山大学にて博士号(工学)を取得。2005年、行動観察ビジネスを開始。2009年に大阪ガス行動観察研究所を設立。著書に『ビジネスマンのための「行動観察」入門』(講談社)、『「行動観察」の基本』(ダイヤモンド 社)、寄稿に『ハーバードビジネスレビュー「行動観察×ビッグデータ」 特集』がある。近著は『ザ・ファースト・ペンギンス -新しい価値を生む方法論』(講談社)-
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