2017/01/12
課題をクリアするロボット競技で学びを深める WRO Japan
プログラミングは試行錯誤の連続です。最初からうまくいかないことが普通なので、何が違うのだろうかと考えては手を動かします。実は、これは学ぶうえでもとても重要なことなのです。学習時間が短くても成績が高い子どもは、「自分の解き方や考えを確かめることが多い」ということがベネッセ教育総合研究所の調査データ(※)でも明らかになっています。
これから小学校においても英語やプログラミング学習という新しい学びが導入されていきますが、求められる学習環境は従来の教科学習におけるそれとまったく同じであると思います。まず、学ぶ意味や目的を理解したうえで、仲間たちと楽しみながら試行錯誤ができるということです。間違ったことも次につながる大切なステップの1つであるという共通認識が、子どもたちの自由な発想を引出し、自主的で深い学びの契機になります。自分で作ったロボットとプログラミングで世界の舞台を目指す子どもたちの姿に、プログラミング学習の効果が垣間見えてきます。
BERD編集長 石坂 貴明
※「成績上位×学習時間短い」子どもは、「成績下位×学習時間長い」子どもと比較して、「何が分かっていないか確かめながら勉強する」で19.9ポイント、「○つけ(答え合わせ)をした後に解き方や考え方を確かめる」で21.4ポイント上回った。
ベネッセ教育総合研究所「小中学生の学びに関する実態調査」2014より
ベネッセ教育総合研究所「小中学生の学びに関する実態調査」2014より
第13回 WRO Japan国内決勝大会
WRO Japan2016 決勝大会 会場の様子
プログラミングは、学校以外にも民間企業やNPOが主催する塾や教室で学ぶことができる。こうした場を利用してプログラミングを学び、さらにはプログラムで動くロボットを使った競技に熱心に取り組む子どもたちが、全国で増えてきている。2016年9月18日に開催されたWRO(World Robot Olympiad)Japan2016の決勝大会は、ロボット競技に取り組む多くの子が出場を目指す大会のひとつだ。
WROは今回で13回目を迎える、世界の小中高校生による国際ロボット競技会。取材に伺った国内決勝大会には、優勝を目指して、全国34地区の予選会を勝ち抜いたチームが集まった。第1回目のWROが開催されたのは2004年。シンガポール国立サイエンスセンターの発案で13か国が参加して「第1回WROシンガポール大会」が開催され、日本も参加した。
その後国内の大会規模は年々拡大しており、2016年は過去最多の1300チームが全国で予選会に臨んだ。参加チームが増えているのは、プログラミングやロボット製作を教える塾や団体が増えていることと無縁ではないが、大会事務局長を務める渡辺登さんは「メカ寄りでもなく、ソフト寄りでもない場で、子どもたちが楽しく学んでレベルアップできる場を作りたいという、開催当初の思いは今も変わっていません。」と話す。
学ぶ目的、モチベーションの重要性
近年、日本が保有するICT技術を活用して世界をリードするためには、子どもたちのICT利活用の素地を早期に磨くことが不可欠だとし、文部科学省を中心にプログラミングに関する教育の普及が進められている。普及における課題はいくつかあるが、そのうちのひとつはプログラミングを学習するモチベーションの維持・向上や、プログラミング学習そのものの認知度向上。WROは、こうした課題に対する有効な取り組みのひとつとして注目されている。
WROはその活動内容について、次の3つを提示している。
【1】創造性と問題解決力を養おう
教育的なロボット競技への挑戦を通じて、創造性と問題解決力育成を目的としています。 科学技術への関心・意欲の向上、ものづくり人材の育成も目標となっています。
【2】チームワークでコミュニケーション力もUP
WROでは小学生から高校生までの子どもたちがチーム(子ども2名とコーチ《大人》1名)を組んで競技に参加します。 仲間と共にロボットを組立て、コースをいかに速く、正確に走るか、それをどう実現していくかアイディアを出し合いプログラム開発をし、各種競技に挑戦し、競技タイムやロボットデザインを競い合います。
【3】先端科学技術を体験する
ロボットは、メカトロニクス、通信、コンピュータ技術の集積体です。パソコンの画面に向かうだけでなく、ロボットを作り、プログラムし、動かすことで、子どもたちは先端科学技術に直に触れることができます。
WRO Japan 事務局長 渡辺登氏
決勝大会は年に1回、東京に全国の選抜チームが集まるかたちで実施されるが、予選会は全国で行われている。2016年の予選会は全国34地区での開催となったが、もっと多くの子どもたちが気軽に参加できるように、予選会の開催地区を増やしていきたいと渡辺さんは話す。「目標は、片道1,000円で行ける距離で予選会が開かれている状態です。」
難易度、年齢別競技で切磋琢磨
大会は、つぎの3つの部門に分かれて実施される。
【レギュラーカテゴリー エキスパート競技】
設定コースの課題をクリアする自律型ロボットによる競技。小学生、中学生、高校生がそれぞれ異なる競技内容で、与えられたミッションをクリアしていく。競技会当日にその場でロボットを組み立て、さらに「サプライズルール(一部ルールの追加変更)」が当日発表される。競技結果だけでなく、開発や活動のプロセスをまとめた「プレゼンシートによる発表」も評価対象となる。
【レギュラーカテゴリー ミドル競技】
初学者を対象とした競技で、エキスパート競技につなぐ競技。小学生、中学生、高校生が同じ競技内容でロボット機構の製作やプログラム制御の基礎技術を確認する内容となっている。
【オープンカテゴリー】 WRO2016のテーマ: Rap the Scrap
設定されたテーマについてロボットを使って製作展示、発表を行う。プレゼンのビデオとレポートによって事前審査が行われ、選抜された12チームが決勝大会に進出。決勝大会ではそれぞれがブースを設営し、審判に対してプレゼンを行う。
5月にレギュラーカテゴリーのルールおよび競技内容が公開されると、各チームは予選会に向けて、ロボット製作とプログラミングを開始する。WROの競技内容およびルールはかなり複雑で、一読しただけでは理解をすることが難しい。しかし、WROに参加するには競技内容および細かなルールを完璧に理解したうえで、ミッションをクリアできるロボットの製作と、ロボットの動作を制御するためのプログラミングをしていかなければならない。2016年大会のエキスパート競技、中学生部門の競技内容をみてみよう。
WRO Japan2016 エキスパート競技 中学生部門
「ゴミを種類ごとに分別せよ!」
競技は、リサイクル可能なゴミを、家庭から地方自治体の公共事業で回収してもらうために、ゴミ捨て場へと集めるロボットを製作することである。まずロボットは、公共事業に次回回収してもらうゴミの種類と、リサイクルゴミ置場の場所を全て特定する。その後ロボットは、正しい種類のゴミを家庭内のゴミ置場から空いているリサイクルゴミ置場に全て運び、スタートエリアに戻る競技である。
WROはチーム制をとっており、予選会も決勝大会も2~3名のチームで臨む。決勝大会に進んだチーム全体をみると同じ学校のメンバーによるチームが多いが、違う学校に通う子ども同士で組んだチームもある。大会参加のための準備には、コーチとして学校の先生や親、塾教師などの大人の指導者がつくことがほとんどだという。
予選会も決勝大会も競技内容は同じで、予選会で選抜された優秀チームのみが決勝大会に進むことができる。そのため、決勝大会へ出場を決めたチームはいずれもレベルが高く、最近は決勝大会の「常連チーム」もあるという。
事前の入念な準備は前提条件
WROの特徴に、当日発表される「サプライズルール」がある。これは、周知されているルールに追加されるルールのことで、このルールに対応するためにすべてのチームが事前に作成した自律制御用プログラムの修正や調整、ときにはロボットの構造そのものの修正を迫られることになる。ここで問われるのは、「問題解決力」やメンバー同士の密なコミュニケーションだ。フロアにはチームメンバーしか立つことが許されず、観客席から見守るコーチなどの大人の介入は厳禁。そのため、トラブルが起こっても子どもたちだけで解決をしなければならない。
ロボット組立に集中する参加者たち
決勝大会当日、開会式とサプライズルールの説明が終わると、ミドル競技とエキスパート競技でさっそく組立・調整の時間がスタートとなった。ミドル競技の組立・調整時間は120分、エキスパート競技では150分。WROでは、会場へ持ち込んでよいのは初期状態の部品と、事前に作成した自律制御用プログラムのみ。ロボット組立のための指示書は持ち込み不可のため、競技に臨むためにはチームメンバー全員がロボット組立の手順を細部まで熟知しておかなければならない。
組立・調整の開始が宣言され、終了までのカウントダウンが始まると、ほとんどのチームがまずは黙々とロボットを組立てる作業に入った。WROで使用されるのは、事前に指定のあった市販のロボットキット(※)。一つひとつのパーツは非常に細かいが、迷うことなくロボットを組立ている姿を見ると、ここに来るまでに相当な回数の組立をこなしてきた様子が伺える。
※WRO 2016 Japan 決勝大会では、レゴマインドストームEV3/NXT、HiTechnic カラーセンサーなどが機材として指定された。
競技開始ギリギリまで、トライ&エラーで調整を重ねる子どもたち
組立が終わったら、競技台を使って動作テストを行う。多くのチームが、調整のため何度もテストを行う
ロボットの組立とプログラムの調整が完了したチームは、動作テストをするために、実際に競技の行われる競技台へと急ぐ。実際に動かしてみなければ、ロボットが意図通りに動いてくれるかどうかわからないからだ。事前準備段階でロボットの動作が完璧でも、サプライズルールのおかげで初回の動作テストでミッションをクリアできないケースは多い。そのため、動かしては直し、直しては動かすというトライ&エラーの必要性と重要性を子どもたちは知っている。
車検のために並ぶロボットたち
小さなレゴブロックを拾ったり、複雑な動きを繰り返さなければ与えられたミッションをクリアできないが、ロボットがあらぬ方向へ動いてしまったり、意味のない動作を始めてしまうこともある。どこをどう修正すればよいのか、メンバー同士で相談したり、検討のため動画を撮っていたりする姿がここかしこで見られる。組立・調整時間が終了するまでに、所定の場所にロボットを置き、その後スタッフがロボットのサイズなど一定条件をクリアしているかどうか「車検」をしたうえで、競技開始となる。
ロボットの精度とプレゼン内容で総合評価
ロボットの動きを固唾を飲んで見守る
競技は2ラウンド行われ、各チームの得点に基づき順位がつけられる。審査基準は事前に公開されており、複数の審判が確認を取り合いながら、基準に沿って各チームの得点をつけていく。スタート位置にロボットを置き、スイッチを入れたら、競技が終わるまで選手はロボットに触れることができない。自分たちのロボットが、ミッションを一つひとつクリアしていく様子を、子どもたちは固唾を飲んで見守る。
競技終了後のプレゼンテーションでは、ロボットの特徴や開発ストーリーが披露される
エキスパート競技では、2ラウンドの競技終了後に各チームのプレゼンが行われる。エキスパート競技におけるプレゼンは、自分たちの取り組みを他者に紹介することでロボット製作やプログラミングに対する学びを深めるという教育的目的から、日本大会独自の規格として採用されており、国際大会では実施されない。しかし、この決勝大会では競技のベストスコアとプレゼンの評価を合計して、最終的な審査が行われるため、社会人相手のプレゼンにも力が入る。
世界の舞台で、自分たちの成果を示す
WRO Japan2016の入賞者たち
審査の結果、大会最後に入賞者が発表される。レギュラーカテゴリーのエキスパート競技、およびオープンカテゴリーの上位チームは、2016年11月にインド・ニューデリーで開かれるWRO国際大会への出場権を手にした。各チームは、ロボットのさらなる性能アップや英語プレゼンの練習などを重ね、国際大会への参加準備をしていくという。
国際大会のレギュラーカテゴリーは、国内大会と同様の審査基準で競技が行われ、得点数によって順位が決まる。一方、オープンカテゴリーでは事前の作品紹介動画のほか、英語によるプレゼンと質疑応答が評価の対象になる。英語圏でない参加国のチームは不利なのかを聞いたところ、渡辺さんの答えは「NO」だ。「英語プレゼンで重要なのは、何を伝えたいかということであって、流暢に話せるかどうかではありません。英語による質疑応答もありますが、何を聞かれているのかを理解し、それに的確に答えられるかが重要なので、短いセンテンスでもよいのできちんと回答できているかが問われます。」
本取材後の11月末に開催されたWRO2016インド国際大会では、レギュラーカテゴリー高校生部門に参加した3チームのうち、1チームが金メダルを獲得。オープンカテゴリーの高校生部門でも1チームが銅メダルを獲得するという結果を残した。
楽しさを教えてくれる指導者が、子どもたちのレベルを上げる
WROは、ロボット製作やプログラミングに馴染みのない者からみれば、課題レベルも参加者のレベルも非常に高い大会だ。渡辺さんいわく、そのレベルは大会が回を重ねるごとに上がってきているという。理由を問うと、「情報量の増加」という答えが返ってきた。「最近は動画サイトでロボット製作に関する情報がシェアされていて、子どもたちはより優れたロボットの情報を簡単に入手できます。情報量やロボット製作を体験する機会が年々増えてきていて、それがレベルアップにつながる。これは世界的な流れなのだと思います。」
参加者のレベルは一様に高いが、個々に見ていくとやはり「強いチーム」がある。こうしたチーム間のレベル差は、指導者のスキルや指導環境に負うところが大きいと渡辺さんは話す。
指導スタイルはさまざまあって唯一の解はないが、「プログラミングの必要性を知っているだけでなく、その楽しさや奥深さも知っている指導者」が必要だと渡辺さんらWRO関係者は考えている。現在公教育で教鞭をとっている先生たちは、プログラミング経験のない人がほとんどだ。自分たちが学校では学ばなかったことを学校で教えようとしたときに、「プログラミング嫌い」が増えてしまうような教え方はしないでほしい、という思いがある。
地域で楽しめる場を提供するロボットクラブ
レベルアップ講習会&練習会の参加者。自分で組んだプログラムを改善し、ロボットの動きをより正確なものにしていく
渡辺さんはNPO法人組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会(SESSAME/セサミ)の会員でもあり、SESSAMEが運営を行っているお茶の水ロボットクラブの運営もしている。このクラブも、WROの予選会突破に向けて活動を続けている。2016年10月の日曜日に開催されたクラブの取材に伺った。
クラブは未経験者を対象にした【タッチ&トライ】コースと、経験者を対象にした【レベルアップ講習会&練習会】コースの2つが同時並行で行われる。【レベルアップ講習会&練習会】に参加する子たちは、同クラブが毎回提示するテーマに沿って、ロボットの組立やそれを動かすためのプログラミングを学んできた。ライントレースなどの、ロボット操作のために必要な知識を徐々に身につけていき、来年のWRO地区予選会突破を目指している。クラブが何より大切にしているのは、子どもたちがロボット製作やプログラミングを「楽しめる」場の提供だ。
トライ&エラーを繰り返し、学ぶ
ロボットが思いどおりに前進すると、「やったー!」という声があがる
【レベルアップ講習会&練習会】コースの、この日のテーマは「回転運動を往復運動に変える構造」。ロボットを前に進ませるための足はこの構造を応用したものなので、足の組立・取り付けと制御プログラムの作成をすることが今回の学習内容だ。ロボットの組立に入る前に、エレベーターや車のワイパー、扇風機など「回転運動を往復運動に変える構造」を利用した製品が身の回りにもあることを、講師と一緒に確認しあう。
PDFで配布される指示書に従って組立が済んだら、ロボットのテスト走行だ。スタートボタンを押すと、自分が想像していた方向へロボットが前進せず、動きもぎこちない。ロボットの動きを見ながら、「どこがいけないんだろう…。」と考え、直し、またテストをする。プログラミングではトライ&エラーで開発を進めていくが、ここでも子どもたちはまさにトライ&エラーでロボットの動きを改善していく。見事自分の思ったとおりにロボットが前進すると、「やったー!」と、満面の笑みだ。
プログラミングは、やりたいことの実現ツール
お茶の水ロボットクラブもWROも、「プログラミングを学ぶ」ことを目的にはしていない。重要なのはロボットを動かしたり、ロボットで競技をしたりといったことに楽しさを見いだしてもらうことであり、プログラミングはあくまでも、その実現のためのツールだ。
ゲームを作ってみたいという子がいればそれが目的になればいいし、マインクラフトで効率的に建物を建てたいという子がいればそれが目的でもよい。子どもが「やりたい!」と思えるものを見つけて、その実現のためにプログラミングを使っていけるのが理想だと渡辺さんは話す。
一方で学校の授業では、さまざまな制約があるゆえに、たいていは教師側から「これをやりなさい」という教材と指示が与えられるが、その内容に必ずしも皆が興味を持てるわけではない。プログラミングという手段が目的化され、評価の視点がプログラミングの知識やスキルに偏ってしまえば、教師も生徒もプログラミング教育に楽しさを見いだせなくなってしまうリスクもある。こうした不安が現実にならないよう、各方面で議論や取り組みが始まっている。
Editor's eye
WROで子どもたちが競技に参加する様子を見れば、多くの大人がそのレベルの高さに驚くのではないだろうか。以前取材した阿部和広さんのお話のなかで「(プログラミング学習において)親や先生の指導の枠を早々に飛び越えていってしまう子」の話があったが、この大会にはそうした子が集結している印象だ。
運営側に話を聞いてみると、大会が提供したいのは「楽しく学べる場や機会」であり、プログラミングやロボット製作のスキルアップはその副産物。実際に参加者たちの競技中の様子を見ていると、遊びに集中する子どもの姿がそこにある。
WROの参加者レベルが年々上がっているのは、ロボット製作の「楽しさ」に目覚めた子どもたちが、高い学習意欲をもって、自発的に取り組んでいるからだという印象を持った。さらに、子どもたちの意欲を持続・向上させるためには家庭やNPO、企業などの「学校外の支援者や指導の場」が果たすべき役割は大きい。プログラミングは教育内容もさることながら、教育の場の在り方や指導/学習のスタイルにも多様性があり、そこに大きな可能性を感じる。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、水野昌也
【取材協力】NPO法人WRO Japan、NPO法人WRO Japan事務局長 渡辺登氏、お茶の水ロボットクラブ(主催:NPO法人SESSAME)
【取材協力】NPO法人WRO Japan、NPO法人WRO Japan事務局長 渡辺登氏、お茶の水ロボットクラブ(主催:NPO法人SESSAME)