2016/09/07

「プログラミング教育」における教師や大人の役割 <阿部和広さんインタビュー後編>

「プログラミング教育」を可能にする環境づくり
 始まったばかりのプログラミング教育に関する議論。一方、2020年からの次期学習指導要領に向けてはプログラミング教育の必修化も検討され始め、学校現場は待った無しの状況になっています。では、教師や保護者は、子どもたちの新しい豊かな学びのためにどのようなことができるのでしょうか。
 前編ではプログラミングの本質とは何か、またその教育的効果はどのようなものかをプログラミング教育の第一人者である阿部和広さんにお聞きしました。後編では、学校教育におけるプログラミング教育を実践するための具体的手法や教師が留意すべきこと、さらにプログラミング教育の先に広がる世界などについて伺いました。
BERD編集長 石坂 貴明

「子どもがプログラミング」 を可能にしたScratch

阿部和広さん
(青山学院大学 客員教授)
大人でも難しい——そんな印象のあるプログラミングを子どもが本当にできるのか。子どもたちが実際にプログラミングに取り組む光景を見たことのない人は、そんな疑問を抱くだろう。答えはもちろん"YES"だが、その実情を理解するには、Scratch(スクラッチ)というプログラミング言語のことを知る必要がある。
ScratchはMITメディアラボの研究チームが開発したブロックプログラミング言語(※1)。マウス操作とキーボードを使った簡単な入力ができればプログラムを組むことができるため、世界中のプログラミング教育の現場で活用されている。そして今回インタビューに応えてくださった阿部和広さんは、このScratchの日本語版の開発と普及に尽力している、日本版Scratchの第一人者だ。Scratchにはコミュニティサイトがあり、ここにアクセス・ログインすれば、サイト上で自分の作品を作ることも、共有することも、全世界のScratchユーザーの作品を閲覧することも可能だ。
Scratchサイト
Scratchの特徴はいくつかあるが、阿部さんはその代表的なものを次のように説明してくれた。
リスペクト…自分の作品に評価をもらえる。いいものを作れば他者に認めてもらえるコミュニティがある。他者からのリスペクトが、制作のモチベーションの根源になる。
リミックス…Scratchのベースにあるのが、誰かが作ったおもしろいもの、いいものをベースに新しいものを作っていける「リミックス」の考え方。日本では他人の作品に手を加えることは著作権上NGになることが多いが、Scratch上では、他の人の作品に敬意を表したうえで、そのうえに自分の作品を展開することを推奨しており、そのための仕組みも整えている(※2)。実世界でも、自分が新しい発見をゼロからすることはほとんどなく、先人たちの知恵の積み重ねのうえに今の私たちや、未来の発見がある。そうしたことを子どもの頃から身を持つて体験し、その大切さを体感できる。
オープンエンド…Scratchは完了形がなく、発展的なプログラミング言語。拡張機能も充実しており、たとえば、"ScratchX"という、拡張機能を自分で作るための仕組みを実装している。
※1 ブロックプログラミング言語…ブロックを組み立てることでプログラミングを行うことができる言語のこと。テキストでプログラムを記述していくプログラミング言語に比べると、プログラミングの専門知識がなくともプログラムを構築していくことが可能なため、同言語を使えば子どもでもプログラミングができる。
※2 Scratchの作品は、Webサイトにアップすることで CC BY-SA2.0(クリエイティブ・コモンズ 表示─継承)が適用される。これにより作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができる一方、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることが可能となる。

自主性を育む学びのコミュニティ

阿部さん自身が子どもの頃プログラミングをやっていて悲しかったことは、自分がやっていることを理解してくれる人がまわりにいなかったということだという。今もそういう子はいるが、その子がScratchコミュニティに参加することができれば、ネット上に居場所を見つけられる。
もちろん、いいことづくめではない。日本だけで約10万人の登録者がいるScratch。これだけの人数が集うネットコミュニティともなれば、コミュニティ内で問題も起こる。Scratchサイトにはコミュニティガイドラインが明示されており、多くの参加者がこのガイドラインを尊重しようという意識を持っているため秩序は保たれているという。しかし、ガイドラインを無視した言動をする人もいるし、ルールやマナーが存在しないような裏サイトも存在する。参加者の放漫なふるまいをどこまで許容するのか、どのように監視をし、介入していくかは今後も課題だと、阿部さんは話す。「10万人もいれば全員が仲良くやっていくというのはムリで、どうしたら共存できるのかを考えていく必要があります。」

新しい学びをしたくなる子どもたちの「リアル」

Scratchサイトのゲーム作品公開画面
Scratchがなぜ多くの子どもたちを引き付けるのか。それは、Scratchが今の子どもたちの生活に身近なものを創りだせるメディアだからだ。身近なもの——すなわち、ゲームやアニメーションである。阿部さんは「今の小学生のリアルはゲームやアニメーションにあります。大学生にとってのリアルはLINEやインスタグラム。だとすれば、教材もこうしたものに対応するものでなければいけないですよね」と語る。ゲームやアニメを作れる側にまわれるということは、大人が考える以上に子どもたちの想像力と創造力を刺激するのだろう。
Scratchに限らず、プログラミングは対象となる人たちの多様性に柔軟に対応できる、という強みも持っている。相手が小学生でも大学生でも、プログラミング未経験者でも熟練者でも、使用するプログラミング言語の難易度やテーマを適切に設定すれば、だれもが深く楽しめるのがプログラミングだ。もちろんプログラミングが苦手な子や、すぐに飽きてしまう子もいる。一方で、親や先生の指導の枠を早々に飛び越えていってしまう子もいる。「飛び越えていく子は、ネットの世界につないであげればいいんです。そこには、大人でもわからないような高度な議論を交わす子どもたちがたくさんいますから」と阿部さんは話す。ただし、日本ではインターネットへの警戒感が強く、子どもがネットに接続することへの親の抵抗感が非常に強いケースもあると阿部さんは言う。
プログラミングに実際に「はまって」しまった子のリアルも興味深い。阿部先生は多くの子どもScratcher(スクラッチャー:Scratch愛好家)の作品を見て、その作者とコミュニケーションをとってきたが、彼らに共通するのは、「英語で作品紹介ができなければ、自分の作品を多くの人に知ってもらえない」という認識を持っていることだ。Scratchのネットコミュニティ登録者数は、全世界で1200万人。そのなかで日本人はやっと10万人程度。自分がどんなにいい作品を作っても、日本語のみで紹介していたのでは自分の作品を多くの人に見てもらうことすらできない、ということを体感している。だから、自ら必要性を感じて、英語の勉強をしようという意思を持つ。
阿部さんが監修をしているNHKのプログラミング番組『Wny!? プログラミング』で小学一年生のスクラッチネームnoyco君の紹介があり、現在同番組のWebサイトからも見られるようになっている。そして、noyco君も「本当にみんなに見せたいものは英語で作っています。僕が英語をがんばれば、Scratchで人気になれると思って」と話している。これが、小学生Scratcherのリアルだ。

先生はプログラミングのプロじゃなくていい

Scratchのような子どもでも使いやすいツールがあれば、子どもは試行錯誤を楽しみながらプログラミングに取り組んでいく。一方で、プログラミング教育の必修化が現実的となってきた現状を、教師たちが戸惑いを持って受け止めている学校現場も少なくない。
2020年には約10年ぶりとなる小学校の学習指導要領の全面改定が控えており、小学校3年生から英語が必修になるなど、今後学校は大きな変化に対応していかなければならない。そんな状況下で、「プログラミング」という全く新しい科目が入ってくるかもしれない。しかもその教授法は確立しておらず、プログラミング未経験の教師が子どもたちに教えなければならない…となれば、教師たちの戸惑いや不安も、理解できる。
先生が教師・生徒役に分かれてプログラミングを学び合う様子
(写真提供:阿部和広さん)
阿部さんは東京都の品川区立京陽小学校で2014年度からプログラミング教育の授業計画や指導方法のサポートに携わっているが、3年目に入り「ようやく形ができてきた」と話す。数年間、公立学校で先生たちと共にプログラミング教育について考え、実践してきた経験から「先生たちがプログラミングを急に教えるのは難しい」とも考えている。
阿部さんはこう話す。「学校でプログラミングの教育体制を作っていくうえで何より大切なのは、先生自身がプログラミングを実際に体験することです。体制づくりの過程で、まずは先生が主役になる。そのうえで、子どもが主役になる授業展開ができるようにするんです。」プログラミングを学校に導入していく際に気を付けるべきなのは、先生はあくまでも「教えることのプロ」であるべきで、コーディングの専門知識を持っている必要はないということだ。阿部さんによれば、プログラミングの授業を展開するにあたり、先生が高度なプログラミング技術を身につける必要はなく、だからこそ直感的操作でき、理解もしやすいScratchの導入に意味があるという。
また、学校へのプログラミング導入期に必要なのは、先生の代わりに生徒の前に立ってプログラミングの説明をしてくれるガイドではなく、先生が授業をすることを支援する人や機材だとも話す。京陽小でも、阿部さんは一度も生徒の前に立っていない。こうした態度の裏には、過去に特別授業のゲスト講師で全国各地を回り、授業中はプログラミングを楽しむも、阿部さんが帰ってしまえばプログラミングがその学校に根付くこともなく終わってしまったという苦い経験への反省がある。

プログラミング教育の裾野を広げる環境づくり

京陽小のように、公教育機関で体系立ったプログラミング教育を受けられるというのは、現時点においてはかなり稀なケース。「プログラミング」や「Scratch」という言葉は、以前に比べればずいぶんと認知度が上がってきたが、地方と都市部、また一部の熱心な層とそうでない層との間では、認知と学びの機会の差は大きい。
阿部さん監修・著の『わくわくプログラミング』
『わくわくプログラミング2』
こうした「差」を埋めるために、阿部先生は全国を回ってプログラミング教育の普及に努めてきた。当初は全国を回っての講師やワークショップの開催をしてきたが、それだけを重ねても「点」しか作れない。それが分かってからは、テレビ番組の制作や書籍の出版に力を入れてきた。特に今年から放送が開始されているNHKのプログラミング番組『Why!?プログラミング』は反響が大きい。「放送前には7万人だったScratchネットコミュニティの日本登録ユーザーが放送後には一気に8万人を超え、来月には10万人超えしそうな勢いです(※)。テレビでは、それまでネットなどのICT環境にあまり触れていなかった層にリーチできた意味が大きい」と阿部さんは話す。
書籍やテレビでプログラミングに興味を持った子どもたちが、それを体験できる場づくりも重要だ。現在各地に無料・有料のプログラミング学習をできる場が広がりつつあるが、特に地方において、そういった場を維持していくために重要なのは、「地元の熱心な人を集め、その人たちを中心に継続できる仕組みを作ること」だと阿部さんは話す。そして、こうした仕組みづくりは、確実に広がりつつある。
※取材当時。2016年7月時点での登録ユーザー数は101,942人
【阿部和広さんプロフィール】
1987年より一貫してオブジェクト指向言語Smalltalkの研究開発に従事。パソコンの父として知られSmalltalkの開発者であるアラン・ケイ博士の指導を2001年から受ける。Squeak EtoysとScratchの日本語版を担当。近年は子供向け講習会を多数開催。
『小学生からはじめるわくわくプ ログラミング』、『小学生からはじめるわくわくプ ログラミング2』など、著書多数。
多摩美術大学研究員、東京学芸大学・武蔵大学非常勤講師、サイバー大学客員教授を経て、現在、青山学院大学客員教授、津田塾大学非常勤講師。プログラミング学習普及プロジェクト「PEG」、NHKのプログラミング番組『Why!?プログラミング』監修。

Editor's eye

6年生の子が1年生の子にScratchのプログラミングを教えている
(写真提供:阿部和広さん)
阿部さんがプログラミング教育の授業計画・指導のサポートに携わっている京陽小では、子どもたちは黙々と、スクリーンを見つめながらプログラミングに打ち込むという。そこにはパソコンやScratchに対する高揚感はもはやなく、「子どもにとってこうしたツールは書道セットと同じようなものです」と阿部さんは話す。
プログラミングは、まだその教育的効果も、指導方法も定まっておらず、現場では試行錯誤が続いている。プログラミングの本質を表す"Code to Learn"の意味が、この先日本の教育現場に浸透していくかどうかも未知数。確かなのは、大人のさまざまな懸念や葛藤をよそに、やる気のスイッチが入りプログラミングを手段として使いこなしている子どもたちの姿だ。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、水野昌也
【取材協力】阿部和広さん