2014/09/19
【実践研究】対話を通じた「学ぶ意欲」の向上
ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 研究員 原 大輔
高校時代に「学ぶ意味と目的」を「あえて」考えさせる試み
ベネッセ教育総合研究所は2011年度より、高校生の学ぶ意欲の向上を支援する実践研究として、高校生同士で学ぶ目的を語りあい、先輩と共に考え、自省し発表する対話型ワークショップ『高校生未来プロジェクト』を実施してきた。本稿では3年以上の運営の中で気づいたことを紹介したい。
本ワークショップは、学びにおける自己決定を、順序立てて高校生に体験してもらうように設計している。他者との対話の中で今の自分を見つめ、先輩の姿に近い未来の自分を見い出し、さらに内省を繰り返しながら、主体的に自分の課題、学びの目的を決定していく構成になっている。
ワークショップの構成要素(一例)
気づき①:対話という手法は、学ぶ意欲の向上に効果がある
ワークショップは高校生が普段の教室で語らないことを「気軽に」「まじめに」語り合えるように設計してある。昨今の若者論において「クラスルームでの“キャラ”にしばられて言いたいことが言えない」「問題意識が低い」と形容されがちな高校生だが、安心して話すことのできるルール(「発言に正解・不正解はないので、感じていることを素直に話す」「相手の話を真剣に聴く」「否定・批判はしない」「ここで話した話は他で話さない」)を設け、生徒同士に語らいを促すと、実に活発な対話が行われる。本人たちの事後アンケートでも「予想に反して自分は話せる」「もっとこういう話をしたい」と多く記述されていた。
これらは普遍的な青年期の若者の姿である。表現欲求をもち、他者に自己を開示し、それを承認してほしい、自分の意見を聴いてほしい、他人の意見を聴いてみたい、という古典的な青年像をあらためてワークショップでは確認した。生徒の発言が安全に傾聴される場を提供することにより、ワークショップは内面にこもりがちな高校生達の思春期の思考を表現させ、それを受容しあう関係を生徒達に体験させる。このプログラムを通じて、生徒達は自分の考えに手ごたえを感じ、主体的に自分なりの「学ぶ意味」「勉強の目的」を表現することになる。事後アンケートにおいて、生徒の主観的な学ぶ意欲は受講前よりも2倍前後に向上している様子がみられている。
気づき②:卒業生・先輩が語らう課題解決の姿に生徒は自分を重ね合わせて共感する
ワークショップ中盤では、実施校を卒業して数年の若い先輩方を招き、生徒が4人程度ずつ座る小さな輪に1-2人ずつ入っていただく。双方の自己紹介後に、「働く目的」「高校時代に勉強しておくことの意味」「大学生活の様子」について、意見交換を行う。そののち、ファシリテーターは全体に対して問いを投げかける。例えば「少子化という課題を、あなたならどう解決しますか」など。そこで、大学生や社会人は自分の学問や職業の専門性を通し、課題を解決しようとし、悩みながらも思考し発言する。学びと社会のつながりを考えている同じ学校の先輩の身近な姿を通して、高校生達は深く感じ取るものがあるという。数年後の自分達に近しい先輩と一緒に悩み、共感することによって、大学に入学した後の成長した先輩の姿を同一化し、学ぶ意味を理解するのである。アンケートでも「印象に残ったプログラム」第一位はこの「ハタモクガタリ」である。
気づき③:あえて自分で仮決めした「マイテーマ」が、自然な学習行動につながる
実施後の様子を数人の生徒にインタビューした時のエピソードを紹介したい。ある生徒は、ワークショップが終了してから数日後、帰宅時に自然に学習机に座った自分に驚いたという。このような報告が複数みられた。
事前アンケートをみると、「あなたが考える学ぶ目的とは何ですか」という問いに対し、生徒達は、「将来のため」「大学進学するため」「社会で必要な知識を身につけるため」と揃って答えている。しかし弊所の別の調査では、「勉強しようという気持ちがわかない」高校生が約6割存在している(ベネッセ教育総合研究所『第二回子ども生活実態基本調査』2009年)。ここからは筆者の見方だが、多くの高校生は、「高校生は将来のために、大学進学のために勉強する必要がある」ことを理解している。しかし、『この自分が、なぜいまここで勉強しなくてはいけないか』という、『個人としての納得』ができていないのではないだろうか。
そこでワークショップの後半では、高校生達は、他の生徒達との対話、先輩達との対話、内省を通じて、自分なりの生きるテーマ、学ぶテーマを「あえて」仮決めする。テーマは複数あってよいとしている。ワークシートにテーマを記入した後、それを高校生同士で語り合い、意見交換をする。全体を通じたルールどおりに、一方的な意見の否定はしないことになっているので、お互いの意見を認め合う風土ができている。素直に話すことができる態度が形成されているので、自分なりに決めた「マイテーマ」は、同世代によって承認され受容される。ギフトカードというコメントシートで先輩や同級生から、考えを褒められることもある。
マイテーマという主体的な学びの土台をあえて本人に仮決めさせることにより、『個人としての納得』を得ることができる。その上に知識や気づきが積み上がり、「学ぶ」という習慣につながっていく、という仮説を持っている。前述の「自然に机に座ったことに自分自身が驚いた」高校生達の姿が、ワークショップの典型的な効果であると私は考えている。
本ワークショップに対して寄せられる高校の主な要望として、高校一年生の文理選択や、高校二年生に進級する前の学習姿勢の強化などがある。ただ、本ワークショップは、高校生や大学生にとっての人生の節目、文理選択に加えて、学部選択や大学進学後の初年次教育、職業選択など、様々な場面で応用が可能である。大切な「問い」を安全に語らえる「場」を通じて、より多様な自省体験を高校生や大学生のみなさんに経験してもらいたい。納得感の高い「学ぶ目的」を自分自身の言葉でみつけてもらえればと願う。