2014/03/28
第48回 学問共同体から学びの共同体へ—大学変革の基本要件を考える—
ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室
主任研究員 樋口 健
主任研究員 樋口 健
カリキュラム改革を通して見た大学の課題
「変化が必要なのに、なかなか動かない」—大学教育はその代表格のように言われることがある。では、どうすればよいのか。そんな問題意識を持ち、本稿は大学でのカリキュラム改革を通して「大学の変革には何が必要なのか」を考えたい。大学のカリキュラム改革は、現代社会を生き抜く力を学生が身につける上でも、企業等が大学教育の意義を見出すためにも、さらには学問の新たな方向性を社会に示す上でも重要である。いわば、大学の存在と生き残りをかけた重要性をもつ。
もちろん大学の多くがカリキュラム改革に取り組んでいる。しかし実際の大学現場の担当者に話をうかがうと、改革の過程には困難な問題が様々に立ちはだかっている。その典型的なものが「教員間の合意形成」である。
大学教育の改革を阻む「教員の合意形成」
この実態は調査データで確認できる。ベネッセ教育総合研究所と日本高等教育開発協会が共同で実施した全国大学学科長を対象とした調査では、カリキュラム改革における阻害要因・課題として「学部・学科内の教員間の合意形成」が45.4%とトップに挙げられている。こうした状況に対する配慮として「多くの教員の意見をまんべんなく反映する」(66.3%)、「教授会などで承認を得る」(63.4%)、「オピニオンリーダーである教員の意見をできるだけ反映する」(50.0%)など、意見の反映について非常に苦心しながら改革を進めているようだ。特に「教授会などの承認」について「とても重視した」比率に着目すると実に31%にも上り、その重要性に対する認識を見てとれる。
大きなカリキュラム改革を目指すほど、授業科目の大幅なスクラップ&ビルドが必要となり、自分の担当科目が変更される可能性も高まる。また我が国の大学では「授業は教員に帰属するもの」との考えが根強く存在する状況からすれば、カリキュラム改革について教員間の合意形成が困難を来すのも当然だろう。
図1 カリキュラム改訂における阻害要因・課題(複数回答;上位5項目を抜粋)
注1)複数回答。
注2)対象は、カリキュラム改訂が2000年以降と回答した2,156件。
注2)対象は、カリキュラム改訂が2000年以降と回答した2,156件。
図2 カリキュラム改訂における配慮(意見反映に関する項目を抜粋)
注1)対象は、カリキュラム改訂が2000年以降と回答した2,156件。
注2)選択肢は「とても重視した」「やや重視した」「あまり重視しなかった」「まったく重視しなかった」の4段階。
注3)[ ]の値は、「とても重視した」+「やや重視した」の%。
注2)選択肢は「とても重視した」「やや重視した」「あまり重視しなかった」「まったく重視しなかった」の4段階。
注3)[ ]の値は、「とても重視した」+「やや重視した」の%。
FDの場を戦略的に活用して、カリキュラム改革を成し遂げる
しかし一方で、こうした状況を乗り越えなければ、環境変化に対応した有効なカリキュラム改革、ひいては教学改革は実現できない。よく指摘されるが、大学教員は専門研究者としての独自意識が強く、どちらかといえば専門の垣根を超えた同僚との意識共有、共同経験に乏しい。このため組織変革を生み出す力がどうしても弱かった。こうした困難を突破する役割を果たしているのが「FD(Faculty Development)」という教員の能力開発の場である。実際、様々な大学を取材して分かったが、カリキュラム改革に成功している大学にはこのFDをうまく活用している例がある。以下にその3つの典型例を紹介する。
ケース1; ある私大では、最初に「教職員全員参加」のワークショップを繰り返し行い、今の大学教育に足りないもの、教育改革として将来目指すものを、職位の区別なく徹底的に対話し、その意見を集約した。結果新たな教育カリキュラムのあり方に納得感と参画意識が生まれ、若手教員主体の改革チームが主体となり半年という短期間で改革を成し遂げた。
ケース2; ある国立大学の専門職養成学部では、カリキュラムの改革に先立ち、学生も参加するFDを2年間にわたり開催した。そこで、今の学部教育に必要なものは何か、どのような授業が必要なのか徹底的に学生と教師が対話。意図せざる効用として、専門で分かれがちであった教員間の垣根が取り払われ、「教員も学ぶ主体である」との共通認識が生まれ、その後の教員一体の教育改革につながっていった。
ケース3; やはりある地方国立大学では、教育改善に係る事項をすべて「FD戦略センター」に集約し、教育の企画から、実施、評価、改善に至るすべての事項を「プロジェクト」化して推進した。ゴールと期限を明確化することで、多くの教員参画と議論のもとで活動の形骸化を防ぎ、教育のPDCAを維持し続ける仕組みの構築に成功している。
ケース2; ある国立大学の専門職養成学部では、カリキュラムの改革に先立ち、学生も参加するFDを2年間にわたり開催した。そこで、今の学部教育に必要なものは何か、どのような授業が必要なのか徹底的に学生と教師が対話。意図せざる効用として、専門で分かれがちであった教員間の垣根が取り払われ、「教員も学ぶ主体である」との共通認識が生まれ、その後の教員一体の教育改革につながっていった。
ケース3; やはりある地方国立大学では、教育改善に係る事項をすべて「FD戦略センター」に集約し、教育の企画から、実施、評価、改善に至るすべての事項を「プロジェクト」化して推進した。ゴールと期限を明確化することで、多くの教員参画と議論のもとで活動の形骸化を防ぎ、教育のPDCAを維持し続ける仕組みの構築に成功している。
「学問共同体」から「学びの共同体」としての大学へと進化せよ
我が国の大学は、伝統的に研究を重視しその研究知見を教授が学生に伝授する「フンボルト理念」に基づいた「学問共同体」として形成されてきた。それは、青年期の学生が優れた知見を持つ教授の薫陶を受け、知的見識と人格を形成する機会としての役割を担ってきた。大学である以上、研究の推進とその伝授は普遍的な要素として必要だ。
しかし現在、今大学に必要なのは、学問共同体としての良さを残しつつも、グローバルな環境変化に即して「自律的・持続的な改革」をなし得る組織として、進化することだ。必要なのは、変革後の教育目標を統一し、教員が組織としても個人としても変化を実現する意思と力を伸ばし続けることである。これは、かつてMIT(マサチューセッツ工科大学)のピーター・センゲが提唱した「学習する組織(Learning Organization)」につながる。センゲの理論を要約すると、変化の中で進化し続ける「学習する組織」は「互いの考えを深く理解し合う対話力」「様々な要素の関係の中で現象を理解する力」「自らを知り、将来目標の実現に向け行動する力」「ありたい将来像の共有」を備えているという。
教職員の意見と納得を得ながら教育改革に成功した大学では、FDを上手く活用することにより、大学組織をこうした「学習する組織」へと、教育機関流に換言すれば「学びの共同体」へと変化させていると言えないだろうか。FDを単なる教育研修の場に終わらせない。開かれた対話の場として教員相互で、時には学生や企業の意見も取り入れながら、自大学の目指す教育のあり方を議論する。それが何故必要なのか複雑な社会文脈の中での大学のあり方を見直し、理解する。ひいては、その実現のための組織のあり方と自己の役割を内省化し、共同して行動に移すことが必要だ。それは大学という伝統的組織に改革への風土を形成することでもある。
我が国の大学改革は既に実行フェーズに入った。その成否を決める最重要要因の1つが教員の参画と行動だ。「学問共同体から学びの共同体へ」これが時代の環境変化に即して進化を遂げる大学の基本要件である。
著者プロフィール
樋口 健
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
民間シンクタンクにおいて、教育政策や労働政策、産業政策等のリサーチ・コンサルテーションに携わる。その後、ベネッセコーポレーションに移籍し、ベネッセ教育総合研究所において主に高等教育に関する調査研究を担当。これまでの関わった主な調査研究は以下のとおり。
- 「大学卒業程度の学力を認定する仕組みに関する調査研究」(2009年 文科省委託)
- 「留学生・海外体験者の国外における能力開発を中心とした労働・経済政策に関する調査研究」(2009年 経済産業省委託)[PDF]
- 「質保証を中心とした大学教育の現状と課題に関する調査」(2010年)
- 「社会で必要な能力と高校・大学時代の経験に関する調査」(2011年)
- 「大学生の学習・生活実態調査」(第1回2009年、第2回2013年)
- 「大学生の保護者調査」(2012年)
- 「大学生が振り返る大学受験調査」(2012年)
関心事:我が国における「中等後教育の戦略」はどうあるべきか
調査研究その他活動:日本学生支援機構 有識者会議委員、研修事業委員会委員
調査研究その他活動:日本学生支援機構 有識者会議委員、研修事業委員会委員