2018/11/30

第130回 日本の働く母親のワーク・ライフ・バランス向上のカギは? 幼児期の家庭教育国際調査—日本・中国・インドネシア・フィンランド—より

ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
持田 聖子
 ベネッセ教育総合研究所では、2017年に日本、中国、インドネシア、フィンランドで、幼児を持つ母親を対象に「幼児期の家庭教育国際調査 」を行った。本調査では、幼児期の「学びに向かう力」の発達と母親のかかわり以外に、親子の生活実態や、母親の教育や子育てへの意識、子どもへの期待についてもたずねた。
 現在、国内では、「女性活躍推進法」が施行され、女性の労働力活用が推進されている。女性の第一子出産後の就業継続率も上昇し、出産退職率を上回った1)。本稿では、各国の有職の母親の一日の様子、共働きの父親や、祖父母の育児・家事へのかかわりについて、各国の特徴を概観する。最後に、日本の母親の仕事と家庭生活のバランスについての意識と課題について考察する。
 有職の母親の定義は、就業形態について、「常勤(フルタイム)」、「パートタイム」、「フリーランス(在宅ワーク・自営業含む)」と回答した母親とした。分析対象者のうち、「常勤(フルタイム)」の比率は、日本46.9%、中国78.1%、インドネシア29.9%、フィンランド88.8%と、中国・フィンランドの常勤者比率が高い。尚、本稿では、国名で示しているが、調査地域は各国の都市部であり、国全体の結果を表すものではない。

平日の一日:日本(首都圏)の母親はもっとも“ワンオペ2)”?!

図1.4か国の家族の平日の一日
 図1は、本調査結果や、調査の前に各国を訪問して行った母親へのインタビューを基に、各国の都市部の共働き家庭の一日のイメージを筆者がまとめたものである。全体像をつかみやすくするため、平均値から作成したイメージ図であり、個々の家庭の差は図示していない。有職の母親が仕事を終えてからの生活の流れに着目しながら、データと共に見ていきたい。尚、この後、出てくる父親のデータは、共働きの母親が、配偶者について回答した結果である。
 母親の帰宅時間が遅いのは、中国と日本(図2)。日本の場合は、常勤者とパートタイムで差はあるが、帰宅時間のピークは18時台。常勤者の多い中国も、18時台がピークである。一方、インドネシアとフィンランドは帰宅時間のピークは16時台と早い。
図2.有職の母親の平日の帰宅時間
 子どもの就寝時間は、ピークの時間帯でみると、インドネシア(20時頃)とフィンランド(20時半頃)が早く、日本(21時頃)、中国(21時半頃・22時頃)が遅い(図表省略)。帰宅後、子どもが寝るまでの約4時間、有職の母親は家事・育児を誰とどのように行っているのだろうか。各国ごとに特徴をみていきたい。
 日本(首都圏)は、4か国の中では、母親が育児を中心に“ワンオペ”で奮闘している姿が浮かび上がる。日本の父親の帰宅時間は、4か国の中で顕著に遅く、4割強の父親は、子どもの平均的な就寝時間である21時に間に合わない(図3)。平日、育児を担えない父親は多く、「外遊び」、「室内遊び」など、「週3回以上」子どもと触れ合う比率は、4か国の中で最も低かった(図4)。本調査では、祖父母の協力頻度についても4段階でたずねているが、園などの送迎や、「子どもの預かり」、「家事」に協力する比率は、いずれも「よくある」は1割強で、祖父母が日常的に母親をサポートしている家庭は少ない(図5)。「民間の託児サービス」、「ベビーシッター・お手伝い」、「自治体の育児支援サービス」の活用比率は、合わせて6.4%と1割に満たず、育児にソーシャル・サポートを活用している母親は少ない(図表省略)。
 帰宅後の家事・育児について、祖父母世代の強力なサポートを得ているのは中国(北京・上海・成都)の働く母親である。祖母との同居率も5割を超えている。日本と同様、働く母親の帰宅時間は「18時台」と遅めであるが、幼児園(中国の幼稚園)が閉園する時間はもっと早いため、祖父母が園への送迎を行う比率は、「よくある」が約6割である(図5)。「子どもの預かり」、「家事」についても、「よくある」比率は6割前後と、他の3か国と比べて顕著に高い。本調査を監修した国立教育政策研究所の一見真理子総括研究官は、中国の女性の定年は55歳かそれ以前と早く、まだ若くて元気な祖母世代が孫の育児を担い、それが祖母自身の第二の人生の喜びにもなっていると指摘している。
 インドネシア(ジャカルタ市圏)は、母親は、本調査ではパートタイム就労者が多いからか、帰宅時間が日本や中国に比べて早めである(図2)。父親の帰宅時間は19時台がピークである(図3)。インドネシア調査を監修したジャカルタ国立大学のソフィア・ハルタティ教授によると、インドネシアの文化では、女性は家事、育児、夫の世話をするという役割観があるという。本調査結果でも、父親の家事頻度は4か国の中で顕著に低い(図8)。母親は、家事、育児を中心に担うが、帰宅時間も早く、日本の母親よりは時間的なゆとりがありそうである。また、経済的に豊かな家庭では、家政婦を雇う場合もある。筆者が訪問したジャカルタ市内の2軒の家庭にも、1人~2人の家政婦さんが働いていた。また、ハルタティ教授によると、近隣のコミュニティでの絆が強く、子育てをご近所同士で支え合うことも盛んであるそうである。
 北欧型福祉国家であるフィンランド(エスポー市他)は、常勤職の母親・父親であっても、帰宅時間はともに16時台と早い(図2・図3)。保育所も多くは17時に閉園するため、母親・父親のいずれかが、子どもを迎えに行く。夫婦ともに早い帰宅であり、男女共同参画の意識であるため、育児、家事を夫婦で平等に担っている。フィンランド調査の監修者であるヘルシンキ大学のリスト・ホトライネン准教授と、シルック・クピアイネン特別顧問によると、祖父母の協力は、日常的な家事、育児へのサポートではなく、保育所が長期休暇で閉所する間に子どもを預かるなど、限定的なものであるようだ。夫婦でともに日常的に育児も家事も行える、それがフィンランドであり、日本とは対照的な環境と言えよう。
図3.共働き家庭の父親の帰宅時間
図4.共働き家庭の父親の育児頻度
図5.祖父母の協力頻度

日本の働く母親のワーク・ライフ・バランス満足度

 本調査では、母親に対して、育児、家事、仕事、そして、仕事と家庭生活のバランス、生活全般について、それぞれ5段階で満足している程度をたずねた。図6は、そのうち、「仕事と家庭生活のバランスに満足している」結果である。「とてもそう思う」、「ややそう思う」を合わせると、日本の母親のみ44.3%と半数を割っており、中国(75.4%)、インドネシア(93.8%)、フィンランド(68.4%)と比べて顕著に低い。日本の母親の満足度が低い傾向は、育児、家事、仕事、生活全般についても同様である(図表省略)。
図6.有職の母親の仕事と家庭生活のバランス満足度
 ここまでお読みくださった方は、日本の働く母親の両立生活の厳しさが印象に残ったことだろう。何か、日本の母親のワーク・ライフ・バランスへの満足に関連する要因はないのだろうか。

日本の共働きの父親は「帰宅時間が遅くても取り組める」家事に取り組む頻度がフィンランドについで高い

 筆者は、限定された設問の範囲ではあるが、父親の育児頻度、家事頻度、母親・父親の帰宅時間、祖父母のサポート等の要素と、母親のワーク・ライフ・バランス満足度の関連を分析した。その結果、父親の家事頻度と母親のワーク・ライフ・バランス満足度に有意な正の相関が見られた。つまり、父親の家事頻度が高いほど、母親の満足度は高い(図7)。
図7.共働き家庭の父親の家事頻度と母親の仕事と家庭生活のバランス満足度(日本)
 日本の父親は、「週3日以上」を基準にすると、「食事の後片付けをする(41.6%)」、「ごみを出す(39.4%)」について、帰宅時間が早いフィンランドの父親についで比率が高い(図8)。「洗濯をする(27.6%)」に関しては、最も高い。こうした家事は、帰宅時間が遅くても、時間を選ばず取り組みやすい家事である。特に、共働きの家庭にとっては、保育所での着替えも多く、洗濯はデイリーで行わなくては生活が回らない。働く母親は、帰宅後、子どもが就寝する21時まで、子育てと、料理などの子育てに必要な家事で忙しい時間を過ごす。21時頃に子どもを寝かしつけた後は、疲れもたまっていることだろう。しかし、遅く帰ってきた父親が、食器の後片付けをして、洗濯機を回したり、洗濯物を畳んだり、干したりしてくれる。ごみも出してくれる。こうした父親の家事が、母親の心身の疲れを取り、ワーク・ライフ・バランス満足度を上げていることは想像に難くない。
図8.共働き家庭の父親の家事頻度
※母親による回答

共働き家庭のワーク・ライフ・バランスのために、今できること

 2018年6月、日本では「働き方改革法案」が可決された。この改革が進み、父親がより早く帰宅できるようになり、家事だけでなく、母親とともに子育てもできるようになることが望まれる。しかし、改革の成果が出るには、まだ少し時間がかかるだろう。それまでに、日本の共働き家族が、母親のワーク・ライフ・バランスを整えるために、できる工夫はないだろうか。
 たとえば、便利な家電や、食材宅配などのサービスを活用して家事の負担を下げること、父親は帰宅時間が遅くても取り組める家事を積極的に担当すること、必要な場合は、ソーシャル・サポートを調べて、上手に活用することが、当面、無理せず取り組める手立てとして考えられることではないだろうか。ソーシャル・サポートには、公的なものと民間のものがあり、自治体によってサービスの内容や充実度、助成も異なり、費用もさまざまである。
 ソーシャル・サポートの活用については、他人を家に入れることへの抵抗、育児や家事をさぼっているのではないかという罪悪感、子どもを他人に託すことへの不安、コスト面等、働く母親はさまざまなためらいを感じるだろう。だが、パートナーと相談しながら、最善の形を追求していけばよい。筆者の場合は、仕事と3人の子どもの子育てを両立するために、行政や民間のソーシャル・サポート(ファミリー・サポート、ショートステイ、病児保育、病児シッター、NPO・民間の家事・育児サポート等)にお世話になってきた。ふり返ってみると、約15年間の両立生活の中で、のべ40人以上の子育ての“先輩方”に、育児と家事を助けて頂いた。その方々に、育児・家事のノウハウを伝授して頂いたこと、子育ての相談に乗って頂いたこと、子どもたちがより社交的になったこと、仕事に集中したり、自分のために使う時間も持てたりしたことで、孤独を感じず、笑顔で子どもたちに向きあえるようになれたことを感謝している
 共働き世帯がより増えていくことが予測される中で、働く母親への育児や家事の偏重を防ぐためには、家族で相談し、必要に応じて、夫婦での「やりくり」を工夫し、さまざまな支援・サービスを柔軟に活用することが有効な手段だと考える。子どもの成長に合わせて、その時々で最適な方法を試行錯誤する。その結果、働く母親や父親のワーク・ライフ・バランスの満足度が、ひいてはウェル・ビーイングがさらに向上していくことを心から望んでいる。
1)国立社会保障・人口問題研究所(2017).第15回出生動向基本調査(夫婦調査)報告書
2)“ワンオペ”について:ワンオペ育児より。ワンオペ育児とは、配偶者の単身赴任など、何らかの理由で1人で仕事、家事、育児の全てをこなさなければならない状態を指す言葉。
(出典:コトバンク

著者プロフィール

持田 聖子
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
2006年より現職。 妊娠・出産期から乳幼児をもつ家族を対象とした意識や実態の調査・研究を担当。 これまで担当した主な調査は、「妊娠出産子育て基本調査」(2006年~2011年)、「首都圏"待機児童"レポート」(2009年~2011年)「未妊レポート─子どもを持つことについて」(2007~2013年)、「産前産後の生活とサポートについて調査」(2015年)など。2016年より「幼児期の家庭教育国際調査」を担当。生活者としての視点で、人が家族を持ち、役割が増えていくなかでの意識・生活の変容と環境による影響について調査・研究を行っている。