2014/04/30

Shift│第2回 危機に瀕した女子校が、教育界から注目を集める革命者に 【前編】広尾学園の驚くべき大転換 [3/3]

変われない保守体質から、「変わらないことこそ恐れる」体質へ

 「学校の性格は生徒の数で変わってきます」と金子氏は言う。生徒が増えたことで学園内にも活気が出始め、学校内の雰囲気も一変する。女子校時代は、「男子が入ってくることで一体、学校がどんな風に変わってしまうのか」と恐れていた教員も多かったが、一旦受け入れてしまえば、実はそれほどたいしたことではないこともわかった。また、男女共学を受け入れたことで、学校の価値観にちょっとした変化が生まれる。女子校時代は生徒の髪型やスカートの丈についてもかなり厳しく指導していたが、今でもそれなりの基準で指導しているものの、昔のように「風紀が最重要」という姿勢で厳しく追及して取り締まる風潮はなくなったという。
 一番大きく変化したのは、もしかしたら何を教えるべきかという教員たちの意識かもしれない。急増した生徒の多くは、広尾学園を進学校だと思って入学している。それまで保守的で、変化をなかなか受け入れなかった同学園の教員らも、今まで通りの授業をやっていては生徒に満足してもらえないと自覚し、自主的に変化を求めるようになった。学校側も生徒が急増することで、40名のスタッフだけで運営していくことは難しいことを認め、スタッフを少しずつ増やしていく。その際、「できるだけ外から新しい血を取り入れよう」という気運が強まっていた。実績のない新しい学校では入学者の獲得同様、新たに教員を獲得するのも大変な仕事だ。幸いなことに、応募教員の中には「新しくできた学校だから」と希望や可能性を感じてくれる人たちが何人かいた。冒頭で触れた医進・サイエンスコースをつくった木村健太氏やインターナショナルコースのマネージャー、植松久恵氏はその代表的な存在だろう。
Google社のエリック・シュミット会長が同校を訪れた
 新しい血を取り入れて広尾学園の変化のスピードはさらに加速した。かつて、あれほど長い間変化を拒んでいた教員たちが、今では変化が止まってしまうことの方に危機感を覚えている、と金子氏は言う。
 「誰かが、もうここまで変わったからいいだろうなどと言い始めたら、本当に危ないなと思います」
 木村氏によれば、広尾学園では毎年のように入学してくる生徒の層も変化しているという。生徒の層の変化は進学ニーズを変化させ、教員は進路指導や授業のカリキュラムを毎年つくり直し、さらには行事もすべて見直すのだという。こうしたどん欲に変化を求める姿勢によって、広尾学園は頻繁にニュースでもとりあげられるようになった。
 ある時はインターナショナルコースの生徒1人につき1台のMacBook(ノートパソコン)を導入したことでとりあげられ、ある時は医進・サイエンスコースで論文を読ませる道具としてiPadを導入したと話題になった。
 2013年には、NPO法人CANVASがGoogle社と始めた中高生にプログラミング思考を身につけてもらうための講座を開いた最初の学校となり、そのことがきっかけでGoogle社の会長、エリック・シュミット氏が来校。医進・サイエンスコースの生徒たちと一問一答をしてメディアから脚光を浴びた。広尾学園は良い意味で話題に事欠かない学校となった。やがて、この広尾学園の校風が生み出した生徒たちの活躍ぶりもまた、同学園に世間の注目を向けさせるのに一役買い始めた。
 次回後編では、広尾学園の特長でもある医進・サイエンスコースがどのような経緯で立ち上げられ、同校の教育として何を大切にしているのかレポートする。

【筆者プロフィール】

林 信行(はやし のぶゆき)

ジャーナリスト

最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。
国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えて、米英仏韓などのメディアを通して日本のテクノロジートレンドを紹介。
また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。
ちなみに、スティーブ・ジョブズが生前、アップルの新製品を世に出す前に世界中で5人だけ呼んでいたジャーナリストの1人。
ifs未来研究所所員。JDPデザインアンバサダー。
主な著書は「ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した」、「グーグルの進化」(青春出版)、「iPadショック」(日経BP)、「iPhoneとツイッターは、なぜ成功したのか?」(アスペクト刊)など多数。
ブログ: http://nobi.com
LinkedIn: http://www.linkedin.com/in/nobihaya