2016/02/29

Shift│第12回 「おおさか☆みらいシティ」から考える、「10年後になくなる職業」の意味 -小学生がつくる未来の街を歩いて- [4/4]

子どもたちがワクワクするICTシステム

 ミニ・フューチャーシティで採用されたICTの技術開発を担ったのが、岐阜県大垣市にある株式会社GOCCO.(ゴッコ)だ。2015年12月4日、「おおさか☆みらいシティ」が開かれる前夜、GOCCO.の創業者である代表の木村亮介さんと大垣でお会いした。
GOCCO.オフィス内の一角
GOCCO.オフィス内の一角
 GOCCO.のオフィスは、大垣市内で移転を終えたばかり。新しい机や棚などから、木材独特の香りを漂わせていた。そのオフィスの開放的な打ち合わせスペースで、木村さんにミニ・フューチャーシティに関わったきっかけを聞いた。
 「京都大学の塩瀬先生から、ICTを導入することで、ミニ・シティを未来の街に発展させたいという構想をうかがい、GOCCO.はICTシステムの開発担当として参加しました」と木村さん。
GOCCO.の代表、木村さん
GOCCO.の代表、木村さん
 ミニ・フューチャーシティのICTシステムは、もともとGOCCO.がもっていた技術を「LIT(リット)コイン」という道具にアレンジしたものです。LITコインとは、2種類のボタンが付いた手のひらに収まる小さな端末で、各市民にそれぞれ1台ずつが配られる。このLITコインと、街にあるレジ、ATM、仕事管理などそれぞれの機能をもったアプリを連携させながら街を運営する仕組みだ。
 「紙幣は使わずに電子マネーオンリーで、市民はマイナンバー制を先取り。彼らの就職した履歴、離職した履歴、購入履歴、預金残高に加えて、店舗の売り上げや給与などもすべて記録してサーバで一括管理していました」(木村さん)
LITコイン
LITコイン
 LITコインの特徴のひとつに「ハートボタン」がある。お店で決済をするときに、購入者がその店を気に入った場合に押すボタンだ。あるミニ・フューチャーシティのイベント終了後、ハートボタンを押された情報を集計すると、最も売り上げの高かった銀行が「ハートボタン」の押された比率が最も低い結果だったそうだ。
 このようなデータ数多く分析すると、子どもたちの職業観と個人の満足度の間に何らかの相関関係などが見えてくるかもしれない。ちなみに、お店側の人には、このボタンを誰が押したかはわからないようになっている。
 開発者の立場として、アナログだったミニ・シティにICTを導入する不安はなかったのだろうか。
 「イベント当日まで不安はありました。まずは子どもたちが、LITコインやアプリを使えるだろうかということ。ここでつまずくと、いきなりイベントが終わってしまいますから。もうひとつは、逆にアプリばかりに気を取られて、本来の街づくりをしなくなってしまう心配です。あくまでもICTは街を支えるものだと思って開発していますので、子どもたちがICTを利用することが目的になってしまうのでは本末転倒です」と木村さん。
ミニ・フューチャーシティでの1コマ
ミニ・フューチャーシティでの1コマ
 しかし、すべては杞憂に終わった。子どもたちは、LITコインやアプリの仕組みを難なく理解し、道具として容易に使いこなしていたという。この街の市民は子どもたちだけだから、大人が子どもに口出しをするのは厳禁だ。逆に、スタッフが子どもにATMの使い方を聞かれても、「さあね」などと返していたという。
 果たして、子どもたちは自分たちでICTを活用し、それに振り回されることもなく、本来の目的である自分たちの仕事を創造し、よりよい街にするために試行錯誤を続けることに集中できたのだ。
 筆者は、ミニ・フューチャーシティの大人版も催してほしいと強く願う。世の中の社会人は、企業で働いていると、オフィスに閉じこもっている時間が長くなる。そうすると、社会と乖離し、自分の仕事をデスクの上だけで考えるようになりがちだ。こういう大人がミニ・フューチャーシティを体験することは、もう一度、自分の仕事とは何かを多面的に捉え、考える良い機会になるだろう。

子どもたちが、未来の仕事を考えるために

 ミニ・フューチャーシティでは、例えばこんな新しい仕事が生み出された。このイベントでは、市民の生活や店舗のやりとりなどの多くのデータがサーバに蓄積される。街には、データを閲覧することができるアプリも用意されていた。そうすると、子どもたちの中から、この莫大なデータを取り扱うデータアナリストのような職種を起業する人も出てきたという。
 また、ミニ・フューチャーシティでは、運営側には当初、ICTシステムを導入することで銀行をなくそうという考えがあった。しかし、いざイベントの幕が切って落とされると、職業によってはまとまった資金が必要になってくるということで、子どもたちから銀行を立ち上げる必要があるという意見が挙がり、設立されることになったという。この場合、子どもたちは、新しい職種ではないものの、既存の職業の価値をあらためて考えることができたのではないだろうか。
 このように、子どもたちにとってミニ・フューチャーシティは、普段の生活ではあまり経験できない仕事選び、起業(成功や失敗)、職業体験などの考察を通して、いまの自分と将来の自分に真剣に向き合える素晴らしい機会を提供している。
 塩瀬さんにミニ・フューチャーシティをはじめとする、今後の展望を聞いた。
「この仕組みはミニ・フューチャーシティに限らず、いろいろなところで展開ができると思っています。今回は、すごいメンバーが集まってくれて最高の舞台をつくり上げてくれました。同じような仕組みをどこか他のミニ・シティを運営されている団体などにも使っていただきたいです。
LITコイン
 さらにこの仕組みを、学校にも持ち込めないかと思っています。特に、『働く』と『働く』をつなぐところです。今の場所で働いていることと次の場所で働くことをつなぐことや、自分の仕事と他人の仕事の間をつなぐこと、製品をつくるために複数の職業をつなぐこと、プロジェクトを進めるためにいくつかの職種をつなぐことなどです。
 あるひとつの職業を切り出して考えるのではなく、『働く』と『働く』の間をつなげることが大事ではないかと思っています。ミニ・シティやミニ・フューチャーシティが街を単位にしているのは、つながりを大切にしているからです」
 世の中にある職業や職種そのものが大きく変わるこれからの時代、何よりも大事なのは自分の力で考えること。その際、大切なのは仕事と社会とのつながりを可視化することではないか。ミニ・シティやミニ・フューチャーシティは、インフラとして街を支えているICTのシステムを除けば、あらかじめ用意されている設備はない。子どもたち自身が想像力を働かせ、街のすべてをつくりだす。その想像力は、紙細工のお寿司を本物のお寿司と思って楽しむということだけではない。自分が関わっている仕事が、自分や自分の周りにいる仲間・生活者あるいは街全体に対してどのような影響を及ぼし、どんな笑顔をもたらすかという想像力であり、それこそ人がやるべき「仕事」の原点ではないだろうか。
(取材協力:日本科学未来館)

【筆者プロフィール】

林 信行(はやし のぶゆき)

ジャーナリスト

最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。
国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えて、米英仏韓などのメディアを通して日本のテクノロジートレンドを紹介。
また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。
ちなみに、スティーブ・ジョブズが生前、アップルの新製品を世に出す前に世界中で5人だけ呼んでいたジャーナリストの1人。
ifs未来研究所所員。JDPデザインアンバサダー。
主な著書は「ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した」、「グーグルの進化」(青春出版)、「iPadショック」(日経BP)、「iPhoneとツイッターは、なぜ成功したのか?」(アスペクト刊)など多数。
ブログ: http://nobi.com
LinkedIn: http://www.linkedin.com/in/nobihaya