2022/12/22
第3回:両立を実現するためのポイントを学校に聞いてみました(横浜市立瀬谷さくら小学校の実践例)
帝京大学町支研究室・横浜市教育委員会・ベネッセ教育総合研究所は、共同で「教職員の『働き方の改善』と『学びの充実』を両立できる学校づくり」(以下、本調査)について調査・研究を実施し、第1回では、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立が重要であることを、第2回では、「両立」を実現するためのポイントを報告してきました。
特に、第2回で、両立するための個人と組織の在り方として以下の4つのポイントを挙げました。
- 「よりよい教育」のための働き方改善
- 「仕事のとらえ直し(ジョブクラフティング)」とチャレンジ
- 一人ひとりの考えを生かし、任せる学校運営
- 心理的安全性のある「日常の対話」が学びの場
そこで、第3回にあたる本記事では、本調査にご協力をいただいた学校の中で、日々新しいチャレンジをされている学校の先生方に、本調査の結果を交えながら、具体的にどのような工夫をして、「働き方の改善」と「学びの充実」を両立しているのかをうかがいました。
●お話を聞いた先生
横浜市立瀬谷さくら小学校 校長:池田千晶先生
横浜市立瀬谷さくら小学校 6学年主任:中野悟先生
横浜市立瀬谷さくら小学校 教務主任:岩崎佳奈先生
横浜市立瀬谷さくら小学校 校長:池田千晶先生
横浜市立瀬谷さくら小学校 6学年主任:中野悟先生
横浜市立瀬谷さくら小学校 教務主任:岩崎佳奈先生
●聞き手 帝京大学大学院教職研究科教職実践専攻 講師:町支大祐氏
〜池田千晶校長に聞く〜
■「働き方の改善」と「学びの充実」を両立するための工夫
町支:調査結果について、どのようにお感じになりますか。また、御校では、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立について、どのように取り組まれているのでしょうか。
池田:本校でも、教職員の「働き方の改善」をしながら「学びを充実する」ために、教材研究や校内研修を行う時間の確保は、大きな課題です。横浜市教育委員会と立教大学中原研究室との共同研究で作成した「働き方分析ツール」を活用して、学校の実態を把握すると、本校では、教材研究の時間が十分かについては、2020年は「十分だ」と答えた人の割合が市の平均よりも低く、課題であることが明らかになりました。そこで、私が着任した2020年度から、職員会議や放課後の業務を洗い出して、整理したり、学校行事を精選したりして、教材研究や校内研修をしっかり行うための時間の確保に努めてきました。2021年もまだ低いですが、少しずつよくなってはきています。
町支:3年越しで改革を進めてきたのですね。具体的にはどのような取り組みを行っていますか。
池田:全教員の担当コマ数を可視化し、勤務時間内で職員会議や研修を実施できる時間帯を検討しました。その結果、月曜は職員会議などの会議日、火曜は研究研修日、水曜は区や市などの研究日、木曜は学年・ブロック研と2校時の教務会、金曜は教員が自由に使える時間として各自の教材研究のほか細かな相談をする時間としても活用しています。
さらに、チーム学年経営の推進や校内研修の充実(ともに後述)に取り組んでいます。
さらに、チーム学年経営の推進や校内研修の充実(ともに後述)に取り組んでいます。
■全教職員が自分の考えを発信できる風土を醸成
町支:御校では、働き方改革と並行して、教職員が意見を出しやすい学校づくりを推進されていると聞きました。そうした組織の風土を、どのように醸成していったのでしょうか。
池田:私が着任して感じたのは、教職員は一生懸命に仕事をしていましたが、「こうしたい」という意見をもっと出してほしいということでした。そこで、コロナ禍の影響で、修学旅行や遠足などの学校行事を見直せざるを得なくなった際、その対応について、教員はもちろん事務職や調理員、用務員の全職員を対象としてアイデアを募りました。それをもとにつくった行事を終えた子どもはどの学年も「楽しかった」と笑顔を見せてくれました。それを見ている職員も満面に笑みを浮かべており、つくり上げた手応えを感じていたのが印象的でした。
そうした場をもっとつくりたいと考え、全教職員が参加し、学校経営について話し合う会議を「さくら会議」と名づけて、年2回実施しています。
そうした場をもっとつくりたいと考え、全教職員が参加し、学校経営について話し合う会議を「さくら会議」と名づけて、年2回実施しています。
町支:全員参加型の「さくら会議」では、どのような話し合いが行われていますか。
池田:学校教育目標は日々の教育活動との距離があり、形骸化していて、実生活にまで落ちてこないのではないかという声がありました。そこで2021年1月に実施した第1回の「さくら会議」では、「1年後、子どもたちに、こんなふうにつぶやいてほしい」という、「子どもたちの姿」で、学校教育目標を考えることにしたのです。そのつぶやきが見られたら成功と考えれば、保護者にとっても教職員にとっても、わかりやすいものになります。全教職員で意見を出し合い、「自分大すき 友だち大すき このまち大すき さくらの子」という学校教育目標を「できた、わかった」などというつぶやきに置き換えました。
2回目以降は、目標の振り返りのほか、授業づくりや業務改善について語り合っています。話し合いの内容をもとに、教務会で取り組みの方向性を決定しますが、各分掌の業務はリーダーである主任クラスの教員に任せることで、スピーディーに業務改善を進められると感じます。
町支:そうした取り組みの結果、学校の雰囲気が変わっていったのですね。
池田:そうですね。日頃から、前例踏襲をよしとせず、「今の時代に合った学校経営をしましょう」と伝えていることもあり、教職員は「こうした方がよりよくなる」という様々なアイデアを出してくれるようになってきました。提案は、教務会や各部会でさらに検討を重ね、既存の校務分掌で取り組む場合もあれば、新しく分掌を立ち上げて取り組む場合もあります。2021年度は、教職員のアイデアで、ICTの活用推進を行う情報広報の分掌を設けました。
■一人ひとりが創造的な仕事をするために
町支:学校教育目標を教職員全員で話し合って決めるからこそ、一人ひとりがその目標を自分事化して、任されて創造的に仕事をしていることが、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立を可能にする組織を生み出すベースになっているのだと感じました。そうした先生のお考えにはどのような背景がありますか?
池田:教職員が、「この学校にとって、自分は役立つ存在だ」と思えるようにしたいと考えています。そのために、全教職員一人ひとりの考えを聴き、それぞれの得意を生かして、創造的な仕事ができるように努めています。それは、私自身が管理職から指示されるよりも、自分で考えて仕事を創ることにやりがいを感じた経験があるからです。会議などで「もっとこうした方がいいな」と思うことはありますが、一方的に自分の考えを押し付けないよう心がけています。
町支:校長が挑戦を応援してくれると、教職員の方も様々な提案がしやすいですね。そうした思いは、会議のほかに、どのような場で伝えていますか。
池田:職員会議は時間が限られるため、伝えたいことは、月1回程度の校長便りにまとめて発信しています。大事なことは、ストレートに伝えるよりも、「笑い」や「肩の力が抜けるような話題」を交えた方が伝わりやすいと思うので、書き方を工夫しています。また、全教職員で学校づくりをしていることを意識してほしいので、事務職員や用務員や調理員の頑張りも伝えています。
町支:本調査の結果では、「両立している教員」を支える組織の特徴として、助け合いや心理的安全性がある職場であることが挙げられています。御校はそれらに関する取り組みをされていますか。
池田:失敗したとしても、フォローし合える職場でありたいと思い、校内で起きた問題は、全教職員で共有しています。その問題は、たまたまその教職員に起きてしまっただけで、誰にでも起きうる問題かもしれないからです。再発防止策を皆で考え、問題が学校全体の経験であり学びになるようにしています。
〜6学年主任中野悟先生に聞く〜
■学級担任を持たない学年主任として、仕事をとらえ直す
町支:池田校長から、「チーム学年経営」をされているとうかがいました。具体的にはどのような取り組みですか。
中野:「チーム学年経営」は、横浜市教育委員会が進めている施策で、本校は推進校の1つです。私は今年度は学級担任を持たず、学年主任を務めています。6年生の学年全体のマネジメントを行うとともに、一部教科を担当しています。現6年生を昨年度から受け持っていますが、当時から一人ひとりの子どもによりきめ細かく対応したいといった課題がありました。そうした折、横浜市教育委員会の施策を知りました。「チーム学年経営」にすることで、余裕を持って子どもと向き合う時間を確保したいと考え、応募し、推進校の指定を受けました。今は、児童指導や保護者対応、教材研究などの場面で、6年生の担任の負担を減らすという観点で、校長と話し合いをしながら、仕事の見直しを進めています。例えば、これまで担任が担当していた保護者対応や学年便りの作成は、学年主任の私が中心となって行っています。
町支:これまでの学年経営の在り方を見直して、仕事内容を見直している途中なのですね。それは、まさにジョブクラフティングと言えます。そのほか、仕事の意味をとらえ直して、やり方を変えて取り組んでいらっしゃることはありますか。
中野: ICT機器を活用して業務効率化を図っています。例えば、児童が一人一台所有しているタブレット端末に問題を配信したりしています。プリントの印刷が不要になり、教材準備の時間が短縮しました。また、タブレット端末の導入に伴い、私自身も効果的に活用できるよう学習アプリケーションの使い方を動画で学んでいます。先日は、私の子どもが通う小学校で、テストを手書きで採点をするのではなく、パソコンに取り込んで採点するということを行っていると知り、自分の学校でも役に立つのではないかと考え、校長にお願いして、視察にも行きました。
町支:新しいツールを積極的に活用し、業務軽減をしているのですね。ご自身の学びについてもお聞きしたいのですが、どういった学びを重視されていらっしゃいますか。
中野:新しい知識や情報をインプットするにも、自分の課題と合っていることが重要だと考えているので、今は校内研修を大切にしています。「チーム学年経営」によって空き時間ができたので、他の先生の授業をよく見に行っています。それも、大切な学びの時間になっています。また、相談したいことがあれば、次の研修や会議まで待たずに、先生方の空き時間に相談するようにしています。それも、生産性や効率を上げるコツだと思います。
〜教務主任岩崎佳奈先生に聞く〜
■教員の学びを担保しながら、効率がよい会議や研修をデザインする
町支:最後に、教務主任の岩崎先生に話をうかがいます。池田校長から、職員会議の精選についてお聞きしましたが、教務主任として、教職員の「働き方の改善」と「学びの充実」を両立するためにどのような取り組みをされていますか。
岩崎:教務会の実施を、木曜の2校時に固定しました。以前は、放課後に行っていたので、急な事案が入って実施できなかったり、開始時間が遅れたりすることもありました。今は、確実に検討事項を話し合えるため、安心して業務が進められます。また、限られた時間で充実した議論ができるように、前日までに会議資料を配布し、参加者に目を通してもらえるようにしています。また、グループで話し合う場合は、テーマに応じてメンバーを工夫し、話しやすい雰囲気で、活発に意見が出るよう配慮しています。
町支:池田校長の働きかけに加え、そうした細かい配慮があるからこそ、議論が活発になるのですね。中野先生から校内研究も充実していると聞きましたが、どのように進めていますか。
岩崎:2021年度は、研究テーマを「特別支援教育」と設定しましたが、研究する教科や研究の進め方は個人に任せました。それまでは、国語や算数など、取り組む教科を決めることが多かったので、個人の自由にすることは大きな挑戦でした。しかし、実際にやってみるとそれぞれの先生の得意なことや挑戦したいことが発揮された研究になり、大きな手応えを得ました。校内研究に合わせて、校内研修も進めています。特別支援教育の専門家を招くほか、教員が持ち回りで研修の企画を検討し、協議の上実施していくなど、多様な観点から特別支援教育を深めています。
町支:それは大きな挑戦でしたね。なぜ、そのようなことが可能だったのでしょうか。
岩崎:戸惑いの声もありましたが、「とりあえずやってみよう」と前向きな意見が多かったので、思い切って挑戦できました。変えるときは、「大丈夫かな?」という心配もありますが、やってみて、変えてみて「こんな風にうまくいった」という経験が一つでもあると、「では、変えても大丈夫なのではないか」と思えるようになり、いい変化を起こしていけるという風に変わってきたと感じています。また、池田校長は、常に教職員の意見に耳を傾け、よい提案はどんどん取り入れてくれます。私たち教職員も、新しいことに挑戦するハードルが下がっていると思います。
町支:私も、いろいろな学校にうかがう中で感じるのですが、そうした雰囲気がある学校はそう多くないと思います。
岩崎:私もそう思います。本校には、先生方が授業でよくなかったことも、率直に話せる雰囲気があります。その話を聞いて、校長や先輩教員が声をかけてくれたり、一緒に解決策を考えてくれたりします。私は若手の頃、職員室で悩みをなかなか言い出せませんでした。ですから、今は遅くまで残っている若手教員がいれば、自分から声をかけ、テストの採点などを手伝うようにしています。池田校長のように周囲の先生の声に耳を傾け、悩みに寄り添って支援できる教員でありたいと思っています。
まとめ
横浜市立瀬谷さくら小学校の取り組みについて、3人の先生にうかがいました。「働き方の改善」と「学びの充実」の4つの両立のポイントは、以下のように具体的な活動で見ることができるのではないかと思います。
- 「よりよい教育」のための働き方改善
教材研究の時間が十分ではないという課題の解決のために、
- 職員会議や放課後の業務を洗い出して、整理
- 学校行事を精選
- 会議の曜日を固定したり、教職員が各自の裁量で使える「会議や研修などが何もない曜日」を確保したりする
- 「仕事のとらえ直し(ジョブクラフティング)」とチャレンジ
よりよい教育のために、校長の「前例踏襲とはしないで今の時代に合った学校経営を」という方針のもと、目的を見直し、仕事をとらえ直しています。その目的ならば、「こうした方がよりよくなる」というアイデアを出し、「とりあえずやってみましょう!」という前向きな姿勢で、思い切った挑戦をしています。変えてみて、うまくいったという経験が、よい変化を起こしていけるようになっていて、「変化に対するハードルが下がった」という様子がうかがえました。 - 一人ひとりの考えを生かし、任せる学校運営
全員参加の「さくら会議」にて、子どもの姿・子どものつぶやきに学校教育目標を置き換えて、その実現に向けて取り組まれていました。また校内研究では、2021年度のテーマとして「特別支援教育」を設定した上で、その具体的な活動は、各教員の得意なことや、挑戦したいことを生かした形で、進めていました。つまり、「自分の考えが反映され、任されている」と教員自身が感じられる学校運営を実践されていました。 - 心理的安全性のある「日常の対話」が学びの場
先生方が授業で良くなかったことも、率直に話せる雰囲気があり、校長や先輩教員が若い教員に声をかけたり、一緒に解決策を考えたりしていました。また、何か問題が起こったときも、その事例がオープンに共有されて、そのことが全員の学びにつながると認識されていました。教務主任は、教務会への提案内容や準備も、校長と気軽にその都度、相談の上進めており、管理職や同僚との日常の対話の中で学べていると言える状況が見られました。
以上、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立を実現するための「個人と組織」の4つのポイントについて、具体事例で見てきました。次回、第4回は、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立に取り組む学校や教職員を支える教育委員会の施策について見ていきます。
- 第1回:なぜ、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立が重要なのか?
- 第2回:両立を実現するためのポイントとは?
- 第3回:両立を実現するためのポイントを学校に聞いてみました(この記事)
- 第4回:横浜市の取組について聞いてみました