2018/08/09

第3回:学習記録を基にしたフィードバックで、生徒の自立的な学習を支援する

稲垣 忠 ● いながき ただし

(プロフィール)
東北学院大学 文学部 教授
関西大学大学院総合情報学研究科博士課程後期課程修了。博士(情報学)。専門は、情報教育、教育工学。東北学院大学教養学部講師、准教授等を経て、現職。日本教育工学教会常任理事、日本教育工学会・日本教育メディア学会理事等を務める。共訳に『情報時代の学校をデザインする 学習者中心の教育に変える6つのアイデア』(北大路書房)など。

Q. 学習記録の可視化には、生徒にとってはどのような利点があるのでしょうか。

A. 実際に行った学習の量や質を、データに基づいてつかめます。

 生徒にとっての利点は、日々の学習の量や質が客観的に分かることです。これまでは、授業や家庭学習で書き込んだノートの厚みや1日の学習時間で学習量を感じることが多かったと思いますが、それは学習が終わった時にしか感じられないものでした。一方、タブレット教材を通じた学習では、取り組んだ問題数や正解率、一度間違えたが、解き直して正解した問題数など、学習の量だけでなく、どのように解いたかまでがデータとして見える形になります。さらに、学習の記録からは、「自分ではどの教科もバランスよく学習しているつもりだったが、社会は思ったほど学習をしていなかった」のように、自分の認識とのずれを自覚できるなど、学習の量や質を感覚ではなく、データをもとに自覚できるようになります。

Q. 学習記録データを生徒にフィードバックし、学習を振り返ることにはどのような効果があるでしょうか。

A. 生徒自身が、客観的なデータを基に、課題を見つけて改善していくことができるようになることを促します。

 学習を振り返ることの意義は、生徒自身が自分の学習の記録(実績)を見て、そこから自分の課題に気づき、自分で修正していく力を高めていくことにあります。事実データをもとに振り返りをすることができるので、先生や保護者の方との認識のずれを小さくできます。
図.学習記録の振り返りと目標設定シート
 本プロジェクトで現在運用している「学習の振り返りと目標設定シート」では、ある一定期間に学習した「学習の量」、1週間単位での学習の量を学校・家庭別に表した「学習のペース」、そして「学習の質」を表す指標として今回は、初めてその問題を解いた時の「初回正答率」と、間違った問題を解き直して正解した「解き直し正答率」の2つを、フィードバックシートに組み込んでいます。これら3つの観点で、自分の記録を基に学習を振り返り、次の目標を立てるシートになっています。
 実績データを見ることで、例えば「頑張っていたつもりだったが、学習にムラがある。毎日こつこつ取り組むようにする。」などと目標を具体的に立てることができます。また「初回正答率は80%くらいまで上げられるように、しっかり復習してから解いてみよう」といった目標を挙げて、自分の学び方を自分自身でデザインすることを促します。

Q. さらに生徒に自立的な学習を促すために、教員はどのような工夫ができるでしょうか。

A. 生徒が自分で必要性を感じて動けるような、学習環境を整えることが重要だと考えられます。

 生徒からみると、データに基づいて自分やみんなができていないことについて、教員が授業で扱ってくれたり、個別に指導してくれたりすることは、「先生は自分たちのことをしっかり見てくれている」という安心感につながります。学習記録を活用して、教員が学習状況を丁寧に把握し、よりよい学習にしようという姿勢を生徒に見せることによって、教員と生徒の信頼関係をより深めることにつながるでしょう。
 その一方で、教員が、課題がある学習内容に対する改善方法を細かく決めて指示し、学習させるだけでは、自立的な学習にはつながらず、指示されたことしかしない姿勢につながってしまうかもしれません。
 そこで、「苦手克服週間」「毎時間の最後は質問タイム」など、教員が生徒に学習する機会と時間を提供し、学習内容自体は生徒が自身の状況を振り返って選ぶようにします。つまり、学習環境を整えるための情報として学習記録を生徒と教師の間で共有するという考え方です。

Q. 生徒へのフィードバックをより効果的に行うためには、どのような工夫が必要でしょうか。

A. 課題がつかめたり、学び方について具体的なフィードバックができるとよいですね。

 自分に必要な学習を見いだせない生徒には、解き直しの状況を見て、中身に踏み込んだアドバイスをしたいものです。例えば、数学では、概念を理解できていないのか、問題文を読み解けていないのか、計算ミスが多いのかなど、その生徒が何につまずいているのかを気づかせたいですね。その上で、「教科書を読み直してみよう」「問題場面を図に表してみよう」「計算をした後は見直してみよう」といった学習方法をアドバイスができると、生徒の具体的な学習行動の改善につながりやすくなります。
 なお、タブレット教材では、取り組み方次第では、ゲーム感覚で問題を解いて正解すること自体が目的になってしまい、理解がおざなりになってしまうことが起こりえます。教材あたりの学習時間が短すぎる場合(当てずっぽうに解答しているか、答えを暗記している可能性)や、同じ教材ばかり繰り返し取り組んでいるといった様子が学習記録から推測される生徒には、取り組み方を考え直す機会をつくる、問題を解く意味を考えさせたり、理解して解いているのかを自覚させたりするようなフィードバックに踏み込むべきでしょう。
 また、フィードバックを生徒同士の学び合いにつなげる方法も考えられます。例えば、自分なりに工夫した学習方法などを、班で友だちと紹介し合ってから目標設定に取り組ませます。「そんな学び方があったのか」と新たな方法を知る機会になったり、自分の学び方やがんばりが友だちに認められれば、自信を持つ機会にもなるでしょう。また、話し合う際には、自分自身の学び方を言語化する必要があるため、振り返りを促すことも期待できます。

Q. 生徒の自立的な学習につなげるために、ほかにどのようなデータがあるとよいと考えますか。

A. 学習の時間帯に関する情報の活用を進化させたいですね。

 まずは学習時間帯の可視化です。1日の中で、いつ、どれくらい学習しているのかがわかれば、生活のリズムが見えてきます。例えば、24時間を示した帯グラフで教材を使った学習時間を示し、空白の時間は何をしていたのか、食事や通学、部活動、塾、睡眠などを選び、1日の時間の使い方を視覚化させます。時間帯と正答率の関係がわかると、集中して取り組みやすい時間がいつなのかを気づくきっかけになるかもしれません。その上で、1日をどう過ごせばよいのか、いつ、学習すればよいのか、見直し計画を考えます。
 こうした取り組みは、生活時間の使い方や学習計画をマネジメントする力を高めることにもつながります。現在の部活動の時間を見直す動きや、高校の新学習指導要領で探究学習に関する科目が増加するなど、生徒が自分で時間や学びを管理・見直す機会は増えていくと考えられます。さまざまな学習記録データに基づいて振り返り、自らの学びを改善する。自立的に学ぶ力は、今後ますます重要になる力といえるでしょう。