第25回大学教育研究フォーラム 参加者企画セッション 開催報告 2年半の追跡調査に基づくアサーティブプログラム・アサーティブ入試の現状と課題 ~多面的な評価に基づく選抜の効果とは~ [6/7]
■報告5 教育効果の高い面談を実現するためのアセスメントデータと学生カルテの活用
ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 研究員 岡田佐織
福島先生のご発表にありましたように、追手門学院大学では、アサーティブの取り組みの中で蓄積された経験を活かして、学生カルテの運用を制度化されようとしていますが、我々ベネッセとしての役どころは、こういった優れた取り組みから得られた知見を一般化し、他の大学でも活用できるようにする、というところにあると考えて、この研究を行ってきました。アセスメントやカルテ、ポートフォリオは、使われないと意味がないと思います。本当の意味で「使う」ためにはどうしたらいいのかについて、ここでは、3つの観点から考えてみたいと思います。
第一に、アサーティブ面談で培われたノウハウを入学後の取り組みで、あるいはほかの文脈でどう活かせるのか。それを考えるにあたっては、そもそもアサーティブ面談で何をしているのかについて、言語化し、意味づけする作業が必要になると思います。
第二に、アセスメントやカルテは、面談指導にどうやって使うのか。結論を先取りしますと、一つは、面談すべき対象者の特定、優先順位づけに使えると考えています。もう一つは、面談での対話を深めるための活用が考えられます。
追手門学院大学は、1学年約1,500人という規模ですので、これだけの規模の学生に対して一人ひとり丁寧に面談をしていこうと思うと、1年くらいかかってしまうと思います。そうすると、面談すべき優先順位の高い人からケアしていく、というところにアセスメントデータが活用できると思っています。また、学生本人が各設問で回答した内容に対して、なぜそう答えたのか、データを見ながら対話をすることで、深い話が引き出せるのではないかと思っています。ただ、自分が書いたものをなぜ見られてしまうのか、という不信感からネガティブに働かないように、使い方を事前に説明しておくといった運用の仕方やデータの取扱いには留意する必要があります。
第三に、効果の高い面談を実現するためのカルテとは、どのようなものであるべきか。これは、どのように意思決定を支援できるかということが重要になってくると思います。ただデータをためるだけではだめですので、意思決定に使うために必要なフォーマットや項目は何なのか、ということです。
また、学内での連携や申し送りを可能にするためにはどうしたらいいか、という点でも検討が必要です。私自身、これまでアセスメントデータの分析を行い、大学に報告したりしてきたのですが、能力を語る言葉は、それぞれの人がそれぞれに思いや定義を持たれていますので、なかなか議論がかみ合わないという経験をしてきました。例えば「思考力」といったときに指している「思考力」とは何なのか、「協調性がある」とはどういう状態を言うのか、という言葉のすり合わせが難しく、カルテのなかに例えば「この学生は協調性がなくて…」と書いてあったとしても、それを次の人が見たときにどう指導したらいいのか、次につながっていかないということを感じていました。その共通言語をどのように作っていって、学内で使える仕組みにしていくのかが大事になると思っています。
それでは、3つの観点について順にお話ししていきたいと思います。
第一の観点について、追手門学院大学のアサーティブ面談では、一人の高校生に対して、多くの場合、複数の職員がリレーをする方式で面談が実施されています。ですから、今後、入学後の面談実施を進めるうえで、あるいは他大学におけるカルテ・ポートフォリオ開発にとっても、このアサーティブ面談の取り組みからヒントが得られると思っています。
先ほど、先出し的に少し話をしましたが、アサーティブの取り組みでは、<キャリア>と<学習>と<納得>をつないでいくための働きかけをされています。これをシート4にあるようなタテのプロセスとすると、ヨコのプロセスとして、自己省察によって過去はどうだったのか「振り返り」をして、いま私は何をしたいと思っているのか「動機づけ」の確認をし、これからすることの「見通し」を持ち、実際にやってみて(「遂行」)どうだったかを「振り返る」、というサイクルを回せるようにしていく、という働きかけがあります。アサーティブの面談では、このタテの部分を相互につなぎつつ、ヨコの関係についても、整合性を持った形で本人の中に統合していく、その作業を支援しているのではないかと考えています。
共同研究では、学生さんにインタビューをさせていただいたり、退学した人がアセスメントデータでどのように回答していたかを分析したりしました。その中で感じたのは、このタテとヨコの関係がちぐはぐな人が、大学生活での成長実感や充実感に乏しくなっていたり、退学していたりしている、ということでした。将来の進路展望が見えてきたと語る一方で、その進路展望の中で今の学びがどうつながるのかが見えておらず、努力の方向が適切ではないというケースや、あるいは、退学者のアセスメント回答では、教師になりたいとアンケートで答えているのに、学習時間はゼロ時間、読書冊数もゼロ、というふうにタテとヨコの整合性がとれていないケースが散見されました。面談の中では、このタテとヨコの整合性がとれるようにいざなっていくことが大事なのではないかと考えています。
では、それを実現するためのカルテはどのようなものになるでしょうか。それを考える前に、第二の観点として、それらをどのように使うかを考える必要があります。カルテには、大きく3つの機能が期待されていると考えています。
機能の一つ目は、面談対象者の優先順位づけです。今回の共同研究では、アセスメントデータをもとに対象者を絞り込むときに、アサーティブの取り組みで大事にしている3観点、<キャリア>と<学習>と<納得>、この「納得」を帰属意識ということもありますが、この3つの観点がチェックできるようにアセスメント項目を抽出しました。そして、大学への不満や本人の中に課題を抱えていると思われる学生さんをピックアップし、面談に見立てたインタビュー調査を実施しました。その内容については、報告書のこちらに掲載しています。教職員が使う「学生カルテ」にも、これらのアセスメント情報を掲載することで、面談対象者の優先順位づけができるのではないかと考えています。
次に、優先順位をつけて面談に来てもらった学生に、何をどう投げかけていくのか、対話を深めていくために役立てる機能が学生カルテには求められます。その際には、ズレやギャップをどう析出し、対話につなげていくか、ということが大事だと考えています。例えば、入学前に思い描いていたことと現在の状況とのギャップ、希望する進路ややりたいと思っていることと実際にやっていることとのズレは、大学への不満や日々の学習上の課題とつながっており、それらはひいては退学へとつながることになります。そういったズレやギャップに教職員が気づく、そして学生にも気づいてもらうことが必要です。学生カルテは、そのズレやギャップを引き出すための糸口を見つけるツールとして使うことができます。
さらに、自己評価と他者評価のズレ、ギャップを可視化する、という機能も大事になります。学生さんの話を聞いていると、すごいことをしているのに本人の自己肯定感や評価が低く、「それってすごいことなんだよ」と伝えると顔を輝かせるということがありました。学生の頑張りや成長を面談者が自然に承認してあげられる、そして学生自身も成長感や手応えが感じられる、ということも学生カルテの大事な機能になると思います。
そして最後に、第三の観点、そのための情報をどう蓄積していくか、という点です。面談に見立てたインタビューを実施し、その結果をもとに議論してみて気づいたことは、能力や行動の水準や程度の評価をして、それを活用するのは容易ではないということです。当初、観点を立ててルーブリックを作ったり、「しっかりできている」~「できていない」といった段階をつけるための評価基準を作ったりして、実際に評価してみたのですが、複数で同じ人を見たときの評価結果が、面談者によってずれるということが起こりました。そのズレの要因として、もともとの要求水準が違う、あるいは学生さんの語りの中から何を汲み取るか、その汲み取り方に違いがあり、評価結果が一致しないということが分かりました。
一方で、「この学生は次の一歩に向けて適切な行動ができているか」「この学生にとって次にすべきことは何か」という点は、これまでの研究活動の間で、学生指導で大事にしたいことを一緒に議論してきた、ということもあるのでしょうか、評価者間で驚くほど一致するということも分かりました。ということは、その一致するポイントをカルテに集積して次の指導につなげていけば、「使えるカルテ」になるのではないかと感じてます。ですから、いわゆるルーブリックのようなもので能力や行動の水準を評価するのもよいですが、まずは「この学生にとっての次の一歩は、多分これだと思う」という評価者間で一致・合意できる情報を取り出し、集積していくことで、意思決定や判断の根拠となる情報として有益なものになるのではないかと思います。
そして、面談した結果としては、学生さんの現状を大きく3つに分類し把握できればよいのではないかと考えています。シート7では、優先的に面談すべき対象者を抽出するために設定した<キャリア><学習><納得(帰属意識)>の3つの側面について、学生の現状を把握する観点を掲載しています。これらの観点を見ていく中で、「適応上の重大なリスクがあるので、一刻も早くそれを解消する必要がある」というAのグループ、「現状でもそれなりにうまくやれているが、学びや活動の質をよりよく高めていくために支援する」Bのグループ、「十分活動的で成長もしている学生に、さらなる挑戦を後押ししていく」Cグループ、という大きく3つのグループに分けることができればひとまずよいのではないかと考えています。なお、ご参考までに、これらの観点をアセスメントで確認するための項目を、シート8および巻末の参考資料に掲載していますので、併せてご覧ください。
今回実施したインタビュー調査の結果から、試みにA、B、Cの3グループに分類した結果がシート9になります。アセスメントの結果から、大学や自己の現状への不満、悩みを抱えている可能性があると思われる学生さんを抽出して実施したため、今回はAグループの比率が高くなっています。
Aグループの中には、大学になじめないと感じているものの、ある先生に対する信頼関係が心の支えになっているという学生さんがいました。また、別の学生さんは、面談中に福島先生がかけた一言によってそれまでの表情がガラッと変わり、最後に「何かあればいつでも副学長室にきていいよ」と伝えたところ、「本当に行ってもいいんですか?」と嬉しそうに答えていたりしました。率直に気持ちを伝えることができる信頼できる人が、一人でも学内にいるということが、いかに学生さんにとっての支えになるのかということを、まざまざと感じました。
一方、Cグループの学生さんは、アセスメント実施からインタビュー実施までの3か月の間に、状況が変わったり、成長のきっかけをつかんだりしており、十分アクティブに活動をしていました。そのような学生さんに対しては、さらなる挑戦の後押しとなるような、学生さんの興味関心の延長上で実施できる学生企画プロジェクトの立ち上げの話を志村先生が持ちかけ、その後も窓口に来て企画について検討する、といった展開が生まれたりしていました。こういった、意欲の高いアクティブな学生さんが、学内でよりハードな挑戦ができる仕掛けを持っておくということも、効果的な面談の実現には重要な要素になると感じました。
このように、学生さんの状況は様々でしたが、面談を進めるうえでのプロセスは共通していて、おおむねシート10に挙げたような3つのプロセス、つまり、学生がやっていることの意味づけや承認、対話から気づきを引き出す、最後に、サポートを必要としている学生に学内のリソースを紹介したり、取りうる選択肢を一緒に考えてあげたりすること、に集約されるのではないかと思っています。
そこで、学生カルテに搭載すべき情報としては、先ほど述べたような、学生の現在のステータスを大きくA・B・Cの3群に分けるための情報と、学生の成長プロセスの現状と次に取るべきステップが分かる情報があれば、ひとまずは良いのではないかと思います(シート11・12)。
共同研究では、インタビュー調査に加えて、学生さんにいまの状態を自己評価してもらい、面談者も「私から見たらあなたはこう見えるよ」というものを評価し、それぞれで評価を行ったチェックシートを「せーの」で見せて突合せをする、ということをしました。そうすると、両者の評価はしばしばずれることがありました。学生生活の中で様々な挑戦をしていて、すごいことをやっているのに、自己評価が低いというケースもあれば、話を聞いた限りではまだまだかなと思っていた学生さんが高い自己評価をしていて、なぜそう評価したのかを聞いてみると、実はまだ引き出せていなかったエピソードがあって、学生さんの評価が正当であったという場合もあれば、ただ自己評価が高いだけで本当は出来ていないと思われるようなケースもありました。このチェックシートはまだ開発途上で、もう少し内容をブラッシュアップする必要があると思いますが、こういったものを使うことで、対話のスタートにできるのではないかと思っています。教職員が学生さんを一方的に評価したり、ただデータをためていったりするだけではない、対話のためのツールとして学生カルテが活用できるとよいのではないかと考えています。そして何より、カルテやポートフォリオを作り、運用していく中で、教職員、学生との間で、教育効果の高い面談を支えるための共通言語を作っていくことが大事なのではないかと考えています。