2023/12/27

高校の商業科におけるアントレプレナーシップ教育の研究と普及

高崎商科大学の髙見啓一准教授は、早くからアントレプレナーシップ教育の重要性に着目し、大学教員としてアントレプレナーシップ教育を実践し、学生起業家を送りだしているほか、研究にも取り組んでいる。さらに髙見准教授は、中小企業基盤整備機構の起業家教育アドバイザーとして、大学や高校が実施する起業家教育のカリキュラム支援も行っている。そこで、今回はアントレプレナーシップ教育とは何か、高校の商業科で行う意義はどこにあるのか、髙見准教授に話を聞いた。

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髙見啓一

髙見啓一

高崎商科大学 商学部経営学科 准教授
主な研究分野は、アントレプレナーシップ教育、商業教育。関西大学大学院商学研究科修了。地方公務員、経営コンサルタントなどを務めた後、大学教員となり複数の大学を経て現職。教員免許のほか、税理士試験合格、中小企業診断士、日商簿記1級、販売士1級、応用情報技術者など、公的資格を多数保有。中小企業基盤整備機構起業家教育アドバイザー。日本商工会議所検定普及委員。著書に、『戦う商業高校生 リテールマーケティング戦隊』(栄光ブックス)など。

01 「起業家」の育成ではなく、「企業家精神」を育成する教育を

インタビューに応える髙見氏
 VUCAの時代において、複雑な社会問題を解決したり、新しい価値観を生み出したりするイノベーションの必要性が叫ばれている。その中で、注目を集めているアプローチの一つが「アントレプレナーシップ教育」だ。政府は、2022年を「スタートアップ創出元年」と定め国内のスタートアップの育成に乗り出し、文部科学省は、2023年6月、高校生などへのアントレプレナーシップ教育の機会拡大を図る「EDGE-PRIME Initiative」※1をスタートさせた。中小企業庁においても、2022年度より「創業支援等事業計画機能強化事業」のもと起業家教育支援事業※2を行っている。
 これまで、アントレプレナーシップ教育は、「世界トップレベルの人材育成」「研究開発型ベンチャー企業の新規上場数増加」といった、少数精鋭の起業家の育成に関心が集まっていた。一方で、こうした「雲の上のスーパーマン」のような起業家像に対しては批判(川名, 2014)※3もあり、多くの若者に「自分には起業は難しい」と躊躇させていた可能性があると、髙見准教授は指摘する。
 「起業活動の国際比較を行っているGlobal Entrepreneurship Monitor(GEM)調査※4によると、我が国の起業無関心者※5の割合は、欧米諸国に比べて高い水準で推移していることが明らかになっています。一方で、我が国の起業関心者※6が実際に起業活動を行う割合は、イギリスやドイツ、フランスよりも高く、アメリカと同水準であることも分かっています。つまり、いわゆる『普通の人々』に起業への関心が広まりさえすれば、日本でも起業する人が大幅に増えるのではないかと考えられます」(髙見准教授)
 アントレプレナーシップ教育は、「アントレプレナーシップ(企業家精神)」を育成するための教育でもあると、髙見准教授は強調する。アントレプレナーシップ教育の定義についての国際的なコンセンサスは現在のところ十分ではないが、一例として兼本(2016)※7は、狭義のアントレプレナーシップ教育を「ベンチャー企業の創業者を育成する、いわゆる起業するための教育」、広義のアントレプレナーシップ教育を「起業家精神の育成が目的であり、企業や行政、学校、病院などの組織内で改革の担い手を育成するための教育」と定義している。髙見准教授は後者の立場だ。
 「アントレプレナーシップ(企業家精神)には起業活動のみならず、機会認識、価値創造、リソース獲得、行動主義といった要素が含まれます。現在の日本では企業内外を問わず、改革を担える人材の育成が切実な課題となっており、広義のアントレプレナーシップ教育の立場に立つ研究者が多くなっています。また日本では特に、地方における『地域創生』が急務とされていますが、GEM調査のデータによると地方ほど起業無縁層が多くなっており(高橋, 2013)※8、地域課題に取り組む人材が不足しています。これらの点からも、突出したスタートアップ経営者の育成だけでなく、裾野を広げて、多くの人の企業家精神を育む必要があるでしょう」(髙見准教授)
  • ※1 文部科学省 https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/platform/index_00008.htm
  • ※2 中小企業基盤整備機構 https://startup.smrj.go.jp/entrepreneur.html
  • ※3 川名和美 (2014). 「我が国の起業家教育の意義と課題−『起業教育』と『起業家学習』のための『地域つながりづくり』」『日本政策金融公庫論集』25, 59-80.
  • ※4 高橋徳行・磯辺剛彦・本庄裕司・安田武彦・鈴木正明 (2013). 「起業活動に影響を与える要因の国際比較分析」『RIETI Discussion Paper Series』13-J-015.
  • ※5 起業意識の程度を測る項目のうち、「周囲に起業家がいる」、「周囲に起業に有利な機会がある」、「起業するために必要な知識、能力、経験がある」の三つの項目に着目し、三つの項目いずれについても「該当しない」と回答した人を、GEM調査では「起業無関心者」と定義している。
  • ※6 ※5の3項目のうち、一つでも「該当する」と回答した人を、GEM調査では「起業関心者」と定義している。
  • ※7 兼本雅章(2016).「産学連携による商品開発を通した起業家教育とその効果」『日本情報経営学会誌』36(4), 68-79.
  • ※8 高橋徳行 (2013). 「起業態度と起業活動」『日本ベンチャー学会誌』21, 3-10.

02 高校の商業科がアントレプレナーシップ教育を広げる拠点に

公益財団法人全国商業高等学校協会での教員研修の様子
 広義のアントレプレナーシップ教育を草の根的に広げていく拠点として、髙見准教授が着目したのが、全国に遍在する商業高校などの「高校」の商業科だ。髙見准教授は簿記や販売士などの検定試験の普及活動を支援する日商検定普及委員として、全国の商業高校を訪問する中で、商業教育とアントレプレナーシップ教育は親和性が高いことに気づいたという。
 「高校の商業科のカリキュラムを詳しく調べてみると、簿記や情報処理のほか、マーケティングやマネジメントなど、ビジネスに必要な知識が学べますし、複数の科目で『起業家精神』を学ぶように設計されていました。さらに、大学のゼミ活動に相当する課題研究などもあり、このカリキュラムであれば、アントレプレナーシップ教育を無理なく導入できます。商業科を学べる高校は過疎地域も含めて全国にありますし、多様な学力の子たちが学べます。これなら地方にも広げていけると感じました」(髙見准教授)
 商業科では生徒数が年々減少し、学科の統廃合が進んでいる。その点も、髙見准教授がライフワークとして、商業科でアントレプレナーシップ教育を推進する理由の一つだ。
 「いま国際的にも、大学だけでなく高校におけるアントレプレナーシップ教育に注目が集まり始めています。しかし、高校に新しい教育方法を無理に入れようとしても、先生方の負担が増えてしまい、アントレプレナーシップ教育の広がりは期待できません。我が国に昔からある商業科という貴重なインフラに光を当て、従来の活動をしっかりと研究・評価し、我が国の若者のアントレプレナーシップを育成する拠点となるための方向性を示すことができれば、商業科としての独自性が打ち出せて、存在価値を高められると考えました。既存の取り組みと親和性の高いモデルを示していけば、他の学科も含めてアントレプレナーシップ教育は自然と広がっていくはずです」(髙見准教授)

03 ポイントは、実践共同体を作り、越境学習に取り組むこと

地元企業との製品開発会議に臨む(株)GIFUSHOの生徒
髙見准教授は、アントレプレナーシップ教育で育成したい能力として二つの力を挙げる。一つ目は、課題を発見・設定し、解決策を創造する行動力。二つ目は、問題解決に向けたリソースを獲得し、他者と協働するためのネットワークを創出する力だ。
髙見准教授は、商業科でのアントレプレナーシップ教育の実践を調べていく中で、それらの力を獲得するためには、商業科が旧来実施している地域連携が有効であると考え、そうした実践校の取り組みをさらに深く研究した。すると、高校のほか企業、行政など、多様な主体が連携して、商品開発や観光振興などのテーマに取り組むことで、学校だけ、企業だけ、行政だけでは解決できなかった問題を解決している現場がいくつもあることが分かった。
「例えば、岐阜県立岐阜商業高校では、生徒が『(株)GIFUSHO』を設立・運営し、地元の和菓子店や産業支援機関と連携して、伝統菓子を現代風にアレンジした商品の開発・販売をするといった事業に取り組んでいました。連携先の方々も商業高校との連携を、戦略的に活用していたのが印象的でした。アントレプレナーシップ教育では、地域連携によって、すべての参加者(学校・教員・高校生・企業・行政)が共通して強い関心を持つ領域を設定し、互恵的な学習コミュニティを積極的に作ることが重要であることが見えてきました」(髙見准教授)
そのような関係性は「実践共同体」という概念で説明できると、髙見准教授は語る。
「実践共同体とは、『あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団』と定義されます(Wenger et al., 2002)※9。高校生だけでなく、多様な人と関わり合って実践共同体を作り、共通するテーマに取り組むことで、問題解決のために行動する力や、他者とつながる力が磨かれていくのです」(髙見准教授)
実践共同体による学びは、大企業でも導入が進んでいる「越境学習」であるといえる。越境学習とは、「仕事や組織の実践の中で、人々が現状の矛盾に直面しながら、対象との継続的な対話を進め、活動の新たなツールやモデル、コンセプトやヴィジョンを協働で生み出すことによって、制度的な境界を超えた自らの生活世界や未来を創造していくこと」(山住・エンゲストローム,2008)※10だ。
「複雑化している現代社会では、自分一人で、または固定したメンバーだけで問題解決できることは少なく、組織の枠を越境して課題に取り組むことが必要な場面が増えています。文部科学省が推進している『探究学習』※11も、まさにそのような場面を前提とした教育です。前例や正解のないテーマに取り組み、他者と関わりながら価値を創造していくという体験型・連携型のメソッドは、国際的にもアントレプレナーシップ教育のトレンドとなっていますから、多くの高校が実践共同体や越境学習の考え方を取り入れることを期待しています」(髙見准教授)
  • ※9 Wenger, E., McDermott, R., & Snyder, W. (2002). Cultivating communities of practice: A guide to managing knowledge. Harvard Business Press.(櫻井祐子訳『コミュニティ・オブ・プラクティス- ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』翔泳社, 2002年).
  • ※10 山住勝広・エンゲストローム,ユーリア (2008). 『ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ』新曜社.
  • ※11 ベネッセ教育総合研究所「教育用語解説『探究学習』」  https://benesse.jp/educational_terms/17.html

04 地域と学校をつなぐコーディネーターの育成が急務

(一社)実学実践探究舎による出前授業
(四日市商業高校の生徒と取り組む地元百貨店の活性化ワーク)
実践共同体や越境学習の観点から見れば、アントレプレナーシップ教育は、地域連携によってより豊かな取り組みになると考えられるが、髙見准教授によると地域や企業との連携の巧拙は高校や教員の置かれた状況による差が大きく、「関係構築」の段階が課題に挙がることが多いという。持続可能性のある取り組みとするためには、学校と地域をつなぐ「コーディネーター」の育成が急務だと、髙見准教授は話す。
「アントレプレナーシップ教育がうまく進んでいる高校では、必ずといってよいほど、キーパーソンの教員の活躍があります。彼らは学校外や分野外の場面に積極的に出て、地域や企業と人脈を築くコーディネーター役として、生徒の活動を支えていました。まずはこのような先生方が生き生きと動けるよう、経営資源を配分することが第一です。しかし、高校の体制によっては教員の異動等によって、地域や企業との関係が途切れて、取り組みが続かなくなってしまうことも多々あります。これは私自身も大学を移ってきた中で実感しているところです。一方で、地域連携を持続的に進めている高校の中には、外部の『専門人材』をコーディネーターとして上手に活用し、活動を活性化させている例があります」
ヒト・モノ・カネなどの経営資源の中で、もっとも替えが効かないのが「ヒト」である。髙見准教授は、こうした専門人材を育てることで、学校現場の支援を持続的にできると考え、これまでの教え子たちと協働で社団法人※12や株式会社※13を設立している。髙見准教授の研究成果を生かした社会起業である。
「社団法人では全国の小・中・高等学校を対象に、大学を卒業したばかりの年齢の近い若手スタッフらが、アントレプレナーシップ教育に関する出前授業や地域連携の支援をしています。株式会社では、ビジネスコンテスト上位校の生徒たちが考えたアイデアや取り組みを対象に、中小企業診断士や先輩起業家らのコーディネートにより、事業化・ビジネス化するというプロジェクトを進めています。引き続き、商業科を中心に多くの高校でアントレプレナーシップ教育が浸透していけるよう、微力ながら研究と教育支援に力を尽くしてまいります」(髙見准教授)
取材日:2023年7月26日