2025/09/18
公的学力調査におけるCBT導入のねらい
はじめに
「CBT」とはcomputer-based testing,すなわちコンピュータ上で実施されるテストを指す。研究コラム「CBTによって変わる,広がる教育テストの可能性1」で述べたように,現在,世界的な動向として紙版のテストからCBTへの移行が進んでいる。CBTには一般的に大きく分けて「テストの実施・運用上」「能力測定上」「受検者にとって」の3つの利点があるが,どのようなメリットを特に重視するか,そのねらいはテストによって様々である。本稿では,国内で行われている公的な学力調査に焦点を当て,CBT導入のねらいや今後の方向性を整理しておきたい。
ベネッセ教育総合研究所 測定技術研究室長/主席研究員
加藤健太郎
加藤健太郎
全国学力・学習状況調査におけるCBTの導入
令和7年度の全国学力・学習状況調査の結果が7月14日を皮切りに段階的に公表されている2。今回の実施において注目すべき点の1つに,中学理科のテストが全面的にCBTで実施されたことがある。今後,CBTは各教科に段階的に導入され,令和8年度には英語,令和9年度からはすべての教科テストが全面的にCBTで実施される方針である。また,CBT化に合わせてスコアの算出方式としてIRT(項目反応理論)が導入され,今後は年度をまたいだスコアの比較が可能となっていく。
文部科学省の公表資料に基づくと、CBT導入のねらいは概ね以下の三点に整理できる3。
-
データ利活用の促進
テストの解答データを機械可読なデータとして蓄積できることから,国から学校現場まで様々なスケールでデータを活用できる可能性が広がる -
測定内容の充実
多様な⽅法・環境での出題・解答が可能となり,テストで測りたい資質・能力をよりよく問うことができるようになる -
実施負荷の削減
電⼦データにより調査問題・解答を配信・回収することで,印刷・輸送の経費や環境負荷を低減し,問題冊子の管理にかかる学校の負担を軽減する
①に関連して,文部科学省は特に学校や自治体での結果の活用促進を重視しており,結果返却の早期化(段階的な結果公表),帳票における結果表示の工夫(可視化),ウェブ上で見たい結果の集計が簡単に行えるダッシュボードの整備など,結果利用者にとっての利便性・有用性の向上に配慮した動きが見られる。今後,教科テストが全面的にCBT化されれば,結果返却のさらなる早期化が期待できる。
また,②に関連して,令和7年度の中学理科のテストの問題例として,動画で提示された日常場面や実験状況について解答させる問題が示されている4。紙版のテストでは図や言葉によって説明していた内容が動画に置き換わることで,より現実に近い状況で現象を「観察する」ことが要求され,その中で知識を応用したり思考力を働かせたりすることができるかどうかが問われる内容となっている。
③に関しては,実効性を示す具体的な資料が現状では公開されていないが,特に調査の実施にあたる学校の負担がどの程度軽減されたのかを今後定量的・定性的に見ていく必要があるだろう。
都道府県の学力調査におけるCBTの導入
続いて,都道府県によって実施されている学力調査の状況を見てみる。各都道府県のホームページ等で公表されている情報をまとめると,2025年7月時点で小学校・中学校・高校のいずれかの学校段階において何らかの独自の学力調査を実施しているのは35道府県であった。そのうち北海道,埼玉,千葉,山梨,三重,滋賀,京都,鳥取,山口,愛媛,福岡,宮崎,鹿児島の13道府県がCBTを導入済みであり,福島,岡山,沖縄の3県が導入を検討中であった。CBTが導入された年度は最も早い県で2021年度であり,直近5年以内に集中している。GIGAスクール構想の開始やコロナ下でのその加速,これに並行して進められたMEXCBT(文部科学省CBTシステム)の整備がその背景にあると考えられる。
CBT導入のねらいを明示していた道県について,その内容を表1にまとめた。
表1 各道県が掲げているCBT導入のねらい
| 都道府県 | 調査名称 | CBT 導入年度 |
CBT導入のねらい (資料URL) |
|---|---|---|---|
| 北海道 | ほっかいどう チャレンジテスト |
2024 |
MEXCBTで実施することにより,各学校における印刷,採点,集計,結果登録作業が不要となるほか,子ども自身が学習eポータルを通じて過去のチャレンジテストの結果をいつでも確認できる (https://www.ictkensyu.hokkaido-c.ed.jp/gwt/giga33.pdf) |
| 埼玉 | 埼玉県学力・学習状況調査 | 2024 |
動画で授業場面を再現した出題が可能となり、児童生徒の日頃の学習に即した出題が可能となる。教師の指導方法の工夫・改善だけでなく、児童生徒が何度も見直しに時間をかけた問題を把握することで、学習支援が必要な児童生徒を早期発見することにより、児童生徒一人一人の更なる学力や学習意欲の向上につながる。 (https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/263999/r6_1shou.pdf) ・正誤の状況に加えて解答時間等が明らかになる。 ・より実際の学習場面に即した出題が可能となる。 (https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/52863/r5kisyakaikensiryo.pdf) |
| 滋賀 | 学びのステップアップ調査 | 2022 |
児童生徒一人ひとりの「学びの伸び」を客観的に経年で把握できる調査を、一人一台端末を活用してCBTで取り組むとともに、「個別最適な学び」の在り方について研究を行い、「学ぶ力」の向上を図る。 (https://www.pref.shiga.lg.jp/site/tosyoyosan/2023/tosyo_2/jigyo-MA10-013665.html) |
| 山口 | 学力定着状況確認問題 | 2022 |
CBTで実施することにより、児童生徒の発達の段階に応じた情報活用能力、デジタル読解力等の資質・能力の育成を図る。 (https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/196373.pdf) CBTによる採点システムを活用したスピード感のある情報提供 (https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/139770.pdf) |
| 鹿児島 | 鹿児島学力・学習状況調査 | 2024 |
CBTで実施することにより,一人一人の児童生徒が自らの学力や学習の状況を振り返ることで,自らの学びに生かすとともに,児童生徒の情報活用能力の育成につなげる。 (CBTのメリットとして) ・従来の紙媒体による調査と異なり,タブレット端末等(1人1台端末)を使用して調査ができる。 ・情報活用能力も含めた新時代に求められる「確かな学力」の育成につながる。 ・調査問題の配送や収集,採点の手間も不要となり,学校の負担が大きく減る。 ・「個別最適な学び」を実現するため,児童生徒は自身の結果を基にしながら類題に挑戦できる。 (https://www.pref.kagoshima.jp/ba04/kyoiku-bunka/school/teichaku/teichaku/documents/119977_20250313152354-1.pdf) |
表1の内容はCBTを導入している道府県の一部の情報であるため偏りがある可能性があるが,大まかにまとめると以下の点が強調されていると言える。
- デジタル時代に要求される情報活用その他の能力の育成(の機会提供)
- デジタル環境を利用した学びの促進:結果の早期返却,結果の振り返りや類題を用いた復習,その状況把握
- 測定内容の充実:現実・日常の学習に即した出題,解答時間などを利用したよりきめ細かな評価
- 実施負荷の軽減
公的学力調査におけるCBT導入のねらいのポイントと今後の課題
全国学力・学習状況調査,都道府県学力調査といった公的な学力調査の基本的な目的は,児童生徒の学習状態を把握することを通じて,教育政策の成果と課題の検証を行い,学校現場での学習・指導の改善を図ることである。
こうした目的のために公的調査が不可欠であるとの前提に立てば,テストが持続可能な形で運用されることが必須である。この点で,CBT導入によるテスト実施の効率化(実施負荷の軽減)は「テストの運用・実施上の」大きなメリットであると言える。紙版のテストの実施にかかっていた物理的コストを削減することに加えて,教員の不足や長時間労働が深刻な問題となっている中で,実施にあたり学校(教員)にかかる労務負担を軽減することは働き方改革の一助となるであろう。一方で,ネットワーク環境や端末の整備,テスト問題や受検者の情報等のセキュリティーの確保,テスト実施中の端末の不具合対応など,テストの円滑かつ安全な実施のために別の側面でコストや手間がかかってくることには注意しなければならない。総合的に見たときに本当にコスト削減や現場の負担軽減につながっているのかについては,今後の検証を待つ必要がある。
こうした運用・実施上のメリットに加えて,多くの調査が,従来目的としてあったマクロな意味での政策評価・政策改善にとどまらず,CBTの特性を活かしてミクロな視点で児童生徒個人の学びの充実を目指していること(「能力測定上」「受検者にとって」のメリットの追求)は注目に値する。このような方向での施策として,(a)テスト結果の早期返却と,(b)測定内容の充実の2点が挙げられる。
(a)に関して,紙版のテストでは実現が難しかった点として,評価結果を短いサイクルで学習に還元することが挙げられる。CBTでは,テストへの解答から採点,帳票作成までがデジタル環境で完結するため,早期の結果返却をもたらすとともに,児童生徒が,復習としてオンラインで同じ問題や類題に取り組むことが可能となる。もっとも,民間の模試などでは,現状の紙版でも返却までに2~3週間,CBT化すれば即時~数日となることが見込まれる一方で,公的な調査ではその性質上,結果返却に時間がかかる傾向があり,早期の結果返却のメリットを謳うには限界があるかもしれない。さらに,結果返却のタイミングだけではなく,返却する内容を充実させることや,児童生徒・教員・学校等が結果を有効に活用できるようなサポートを行っていくことも重要である。
(b)に関しては,現状では紙版の移植として実施されているテストも多い一方で,測定内容の充実を念頭に,問題の提示に動画等のマルチメディアを利用したり,タイピングやドラッグ&ドロップなどの操作で解答させたりする「CBTならではの問題形式」を採用している調査が存在する。これは直接的にはテストスコアの妥当性(端的に言えば,テストで測りたい力を測定できている程度)を高めることにつながると言える。さらに,個々の児童生徒の学習状態をより「きめ細かく」推定するために,解答時間等の解答過程に関する情報を利用する向きも一部の調査に見られる。どのようにすればCBTの特性を活かして個人レベルできめ細かな学習状態の把握につながるかについて,今後の研究知見や実践のさらなる蓄積が待たれる。
おわりに
学習状況の把握による政策評価・政策改善という本来の目的を維持しながら,公的調査がどこまで児童生徒個人の学びにより直接的に寄与できるようになるか,今後も様々な観点で検討が進むであろう。その一方で,ひとつのテストに多くの機能を盛り込むことには限界がある。それぞれの調査でねらったことの実効性を丁寧に検証していくとともに,目的に応じたテストの住み分け・使い分けや統廃合といった一段高い視座から検討を行う必要もあると考えられる。
情報収集・まとめ協力:堂下雄輝・村田維沙・北條大樹(いずれもベネッセ教育総合研究所 研究員)
(注記)
1)https://benesse.jp/berd/special/researchcolumn/04.html
2)https://www.nier.go.jp/25chousakekkahoukoku/
3)文部科学省 (2025). 令和7年度以降の全国学力・学習状況調査(悉皆調査)のCBTでの実施について(案). 全国的な学力調査に関する専門家会議(令和7年度第5回)資料3-3. https://www.mext.go.jp/content/20250731-mxt_chousa02-000044035-08.pdf
4)国立教育政策研究所 (2024). 令和7年度全国学力・学習状況調査CBTサンプル問題(中学校理科)問題. https://www.nier.go.jp/kaihatsu/pdf/mondai.pdf
1)https://benesse.jp/berd/special/researchcolumn/04.html
2)https://www.nier.go.jp/25chousakekkahoukoku/
3)文部科学省 (2025). 令和7年度以降の全国学力・学習状況調査(悉皆調査)のCBTでの実施について(案). 全国的な学力調査に関する専門家会議(令和7年度第5回)資料3-3. https://www.mext.go.jp/content/20250731-mxt_chousa02-000044035-08.pdf
4)国立教育政策研究所 (2024). 令和7年度全国学力・学習状況調査CBTサンプル問題(中学校理科)問題. https://www.nier.go.jp/kaihatsu/pdf/mondai.pdf
プロフィール
加藤健太郎
ベネッセ教育総合研究所 測定技術研究室長/主席研究員
かとうけんたろう
ベネッセ教育総合研究所 測定技術研究室長/主席研究員
かとうけんたろう
ミネソタ大学大学院教育心理学科博士課程修了(教育心理学博士)。ミネソタ大学在学中にEducational Testing Serviceでインターンを経験。 2009年(株)ベネッセコーポレーション入社後、種々のアセスメント商品の開発・運用に測定の専門家(サイコメトリシャン)として関わる。並行して教育測定に関する研究活動・学会活動(学術誌編集委員)や、大学非常勤(東京大学他)などの教育活動を行う。2022年より現職。