2019/05/20

【学びの場づくり】灘中学・高校では「道徳」や「公共」をどう教えているか ~灘中学校・高等学校 公民科教諭 片田孫朝日先生に聞く~

教員だけではない、様々な立場の実践者が創る"未来の学校"とはどんな形になるでしょうか。 悩み、挑戦してきた実践者の経験から、「未来の学びの場づくり」について議論を深めます。
2019.05.20 update
小学校では2018年度から、中学校では2019年度から「道徳の時間」が「特別の教科 道徳」(道徳科)へと教科化されます。また、高校の公民科に新設される必履修科目が「公共」となり、これからは道徳・公共の授業でも生徒たちが「読む」こと中心から、「考え、議論する」ことも求められます。一方で、教科化されることによって、何をどのように学べる授業にするのか、評価はどうするのか等の学校現場での模索も続いています。

そのようななか、日本有数の進学校である灘中学・高校では、どのような道徳・公共の授業を行っているのでしょうか。公民科教諭の片田孫朝日先生にお話をお伺いしました。

(1)このまま大人になると「出会わなさそうな人」と出会う機会をつくる

編集部:灘中生に道徳で学んでほしいと思っていることは何でしょうか?
片田:小学校の頃から優秀な成績を修めて灘中学・高校に入る生徒たちは裕福な家庭の子どもが多く、6年間の中高一貫教育を経て東大や京大あるいは医学部に進学する進路選択が大半です。そのため、彼らは階層的な社会の外側に知らない世界が多くなりがちです。その世界を勉強・体験することは彼らの人生にとっても、意味があることで、それには教育がとても大切だと思っています。
ただし、それを伝えるのに座学だけでは、心に残りません。学校教育として意味があるものにするには、「知的なアプローチ」と「心が動くもの」の両方が必要だと考えています。

(2)「知的なアプローチ」は現状の数字、構造、全体の中の位置づけなど

編集部:では、まず知的アプローチについて教えてください。
灘中学・高等学校公民科教諭片田孫朝日先生
片田:「知的なアプローチ」としては、たとえば貧困問題を扱うなら、社会全体でどのくらいの人が該当し、その問題は社会全体でどういう位置づけにあるのか、どれくらいの税金が使われているのか、他国と比較するとどうなのかなどを、自分の見方を相対化しながら俯瞰して捉えられるように説明します。
その時に重要なのはエビデンスで、たとえば「小学5年生の学力テストの点数とその親の年収の相関グラフ」を見せてみると、クラスメイト達は決して「多様な人の集まり」ではないことにハッと気づきます。さらに、それは社会の構造の問題なのか、遺伝的な要素はまったくないのか、何が影響するのかなど、知的好奇心を広げていくことができます。そのうえで自分の生活の問題とのつながりを考えるきっかけをつくります。
そしてなぜ貧困に陥るのか、その解決には税金を使うことも必要だということ、当事者に必要な社会的資源とは何か、ということを知る必要もあります。誰だって困ることはある、その時にどのような社会がよいのかということを伝えます。
さらに考えるヒントとして、北欧の税金の使い方として、医療費、学費がタダと言う話をすることもあります。「助ける・助けられる」という貧困とは別に、社会が医療・介護で必要なことは必要なこととして助けるべきものという文化の存在を伝える。税金で支えることに「自己責任」ということはなく、社会はみんなで支えなければならないという現実において、「共感」という基盤が必要だからです。
伝えたいことはたくさんになりがちですが、「心に残りやすい」工夫はしています。そこで初めて生徒たちが深い学びを経験できるようになります。心に何を残すのか、それをどうまとめるのか、どこをポイントにするのかは意図的に見せ方を考えています。

(3)「心が動くもの」:動画、当事者の話、現場での体験をもとに議論

編集部:次に、「心が動く」授業づくりの工夫を教えてください。
片田:「心が動くもの」としては、動画の活用、当事者を招いての講演、現場に行っての体験学習などを行うことがあります。
たとえば動画ですと、高校3年生を対象に最近行った授業では、7分程度の「外国人が不動産契約を断られる」という動画を見せて、「大家さん」「外国人」にわかれてロールプレイで議論させ、それぞれの言い分を話したうえでどうするのがいいのかを議論させてみる。「偏見」「差別」「ステレオタイプ」から起こる面倒なことは、どうすれば解決できるのか、その事例を実際に考え、悩ませたうえで紹介すると、心に残るかなと思います。
外部講師を招く授業としては、例えば「赤ちゃん先生」という、小さな子どものいるお母さんに子育てについて語ってもらう授業や、ホームレスの人が路上で販売する雑誌「ビッグイシュー日本版」のスタッフや販売者の方にお話してもらう授業をすることもあります。
「ビッグイシュー日本」のスタッフ・販売者による講義

参考リンク:ビッグイシュー・オンライン

外部講師を招いた授業を企画する際は、「生徒たちが大人になった後も“実は身近に居る”人たち」だとベターだと思います。その点、赤ちゃんのいるお母さんはどこにでもいますし、学校卒業後、都市部の大学に行ったり就職したりするのであればビッグイシューの販売者には路上で出会うことができます。
外部講師を招くときにお願いしていることは、中学生や高校生対象なので、なるべく生徒たちと年の近い人に自分がチャレンジしていることを話してもらうことです。これにより生徒たちが当事者性やリアリティを持って受け止められ、質疑応答が活発になると感じています。
また、当事者の方が生徒の前で話をしていただくときに気をつけたいこともあります。それは大人向けの講演と違うところで、「当事者の話を聞かせればよい」というものではないことです。当事者のなかには、ご本人が話すことを厭わなかったとしても、救いようのない状況で生徒たちにショックを与えてしまう話もなかにはあります。
もちろん様々な方が社会には存在しているのですが、まずは生徒たちに「応援したい」「自分にできることが何かあるかな」と思う気持ちを芽生えさせられる人に話してもらったほうが良いと思っています。そこは、生徒たちが前向きな気持ちに着地できるよう、ある程度企画者である大人のお膳立てが必要です。大変な状況にある人のなかでも、何かにチャレンジしている人には、当事者の頑張りだけではなく社会的な支援が必要だ、と思ってもらえるからです。
灘の場合は質疑応答の際、タブーなしに「何でも質問してもよい」ということにしています。なかには鋭い質問が来ることもあるので、外部講師の方は「その質問にはこたえられませんねー」と、余裕をもって対応できるくらいの人である必要があります。質問に対して怒ったり取り乱したりすると、リアリティはありますが、伝わるものは少ないので。
また、「現場を体験」する授業は時間がかかるため、灘で実施している「土曜授業」や、休みの日に希望者を募る形で学びを深めることもあります。野宿者の襲撃問題に詳しい生田 武志さんと大阪で野宿者の多いエリアのまち歩きをしたり、炊き出しを体験したりしてお話をお願いすることもあります。
休みの日に、希望者を募ってその地域の夜回りをしたこともありますね。災害被災地にボランティアツアーをすることもあります。

(4)道徳や公民の授業の評価は、「レポートがロジカルであるか」と「+αの課題」

編集部:道徳や公民の評価方法について教えてください。
片田:評価については、道徳心や公共心は数字で測れませんので、試験で論述のテストをし、質問への回答になっているか、ロジカルであるかどうかを見ています。唯一の正解が無い問いに対しても、自分なりの論を順序立てて展開できていれば、考えていることが可視化もされます。それができていれば及第点としています。
たとえば、高校1年生の現代社会(経済)では、「国富論」の内容をまとめてレポートするとか、「所得ではなく資産が力を持ち、利子のほうが労働より大きくなることで、格差が広がることについてどう思うか」「税収が減る見込みの場合、社会福祉への支出を増やすべきなのか、減らすべきなのか」についてレポートの形でアウトプットをしてもらいます。そうしないと本人のなかに残りにくいと思いますので。
その際、回答の前提として「基本的人権」は先人たちが積み上げてきた大切なものであり、同意の枠組みであるということを伝えておく必要があります。これには「困っている人にだけに人権がある」というわけではなく、灘の生徒にも人権があるということを、授業中だけでなく学校生活全体を通して伝えています。
加点ポイントについては、関連テーマで課題図書を設定し、それを読んだ感想文を書いたらプラス、福祉体験の体験学習に参加したらプラス、というように評価しています。

(5)道徳で育てたいもの、道徳で学べること

編集部:最後に、片田先生が道徳の授業を通して育みたいこと、生徒たちに学んでほしいことを教えてください。
片田:学校の教科指導では題材にする事がまだ少ない「明確な答えのないこと」をとり上げ、社会を感情と体験だけではなく、数字と思考を使い全体として理解できるようにし、「どこを動かせば、何が変われば社会が変わるのか」を考えるきっかけを提供することで、社会課題に対してのまなざしを育みたいと思っています。
同じ社会に生きる者として、社会に出た時の「共感」の基盤をつくり、行政や公共といったものの役割、そのための人のつながりなど「何が社会的資源なのか」を考えてもらう。 より余裕のある者が他者のことを考えられるように、“民主的な市民”、“行動する市民”を育てていきたいというのが私の願いです。

プロフィール

片田 孫 朝日 かただ そん あさひ

■経歴
灘中学校・高等学校 公民科教諭。京都大学大学院文学研究科行動文化学専攻博士学位取得。主な著作に「男子の権力」など。日本に住む外国人の高齢者デイサービスや子ども食堂など、日常生活を支援するNPO法人「神戸定住外国人支援センター」の理事も務める。

(取材協力『ビッグイシュー・オンライン』編集部 マキノ スミヨ)