2013/07/26

第14回 教育改革は学校現場から~参院選後の教育政策の行方と学校への影響~

ベネッセ教育総合研究所 情報編集室
室長 小泉 和義
今回の参院選では自民党が圧勝しました。衆参の「ねじれ」が解消され、国主導での教育改革のスピードが速まることが予想されます。こうした動きが学校現場へ与える影響を予測しながら、今後、学校現場の進むべき方向性について考えてみたいと思います。

自民党の考える教育改革は「世界で勝てる人材の育成

自民党公約の中で、教育改革に関わるキーワードは「世界で勝てる人材の育成」と「子どもの健全な成長と安全の確保」です。グローバル化が進む社会の中で、勝てる日本を創造しようとする強い意志は、第一次安倍政権の時代から引き継がれており、具体的には「英語教育の抜本的な改革」「理数教育の刷新」「国家戦略としてのICT教育」(グローバル人材育成の3本の矢)を掲げて、その具体化を進めようとしています(図)。
図. 「グローバル人材育成の3本の矢」
グローバル人材育成の3本の矢
自民党 教育再生実行本部「成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言」より(2013.4.18)
そして、具体化推進に大きな役割を果たしていくのが「教育再生実行会議」の存在です。この組織は、安倍首相の肝入りで今年の1月に設置されました。従来通り、文部科学大臣の諮問に応じて提言をする「中央教育審議会」は存在しますが、民主党政権時代との違いは、この中央教育審議会の上に「教育再生実行会議」が設置され、そこでの議論で教育改革の大きな方向付けがなされている点です。
教育再生実行会議ではすでに10回の議論と3つの提言が出されています。第一次提言(2/26)では「いじめ問題」をテーマに、社会総がかりでいじめに対峙していくための法律の制定などが盛り込まれました。第二次提言(4/15)では「教育委員会制度」を取り上げ、首長が任免を行う教育長が、教育行政の責任者として教育事務を行うことを明示しました。そして第三次提言(5/28)では、これからの大学教育等の在り方についてまとめています。
その中で「グローバル化に対応した教育環境づくり」「イノベーション創出のための教育・研究環境づくり」「学生を鍛え上げ社会に送り出す教育機能の強化」などが記載されました。
今後は、大学入試改革や、6334制見直しなど、今の指導の枠組みを大きく変える可能性のあるテーマが議論されることになるため、注意を払う必要があります。

点でなく、線で進む教育改革

こうした動きは、学校現場にどのような影響を与えるのでしょうか。
例えば前述の教育再生実行会議・第三次提言の内容は、大学教育の在り方のみの言及ではなく、前述した「グローバル人材育成の3本の矢」を具体化する内容が多く記載されています。中でも「グローバル化に対応した教育環境づくり」の中では、小学校英語の教科化や、スーパーグローバルハイスクール(高校)の設置、国際バカロレア※認定校の大幅増加(16校→200校)、海外トップクラスの大学の教育プログラムや教員等の誘致など、小学校から大学を貫いた英語教育の抜本的な改革が構想されています。また、現在の改革の多くは、大学領域を中心に進んでいますが、これは、大学教育が変わることで大学入試が変わり、高校教育、高校入試、中学校教育と連関しながら変わって行くことを期待しているからではないかと推測します。
つまり、今回の改革は「点」の改革ではなく、「線」でつながった改革であり、幼保領域も含めて小・中・高・大の全てに影響があるとみるべきでしょう。今後学校現場では、幼保から大へと連続した教育の中で子どもをどう伸ばすか、という視点での指導がますます必要になると考えます。
また、個々に打ち出される改革をバラバラに見るのではなく、「世界で勝てる人材の育成」というキーワードを下敷きにすると、各学校段階でどのような指導が必要なのかが見えてくるのではないでしょうか。
※国際バカロレア:国際バカロレア機構が実施する教育プログラム。このうち、高校レベルの「ディプロマプログラム」は、最終試験の合格で国際的な大学入学資格を取得可能。詳しくは、「国際バカロレアについて」(文部科学省HP)をご覧ください。

忙しい学校現場で、教育改革は進むのか。

「国は、現場の実態を十分に理解せずに、次々に新しいことをやれと言ってくる」 「新しいことをしても、子どもの力が今まで以上に伸びるとは思えない」こうした声も学校現場でよく聞きます。
多くの学校現場で出会うのは、先生方が子どもたちと向き合う姿です。多くの先生方は「目の前の子どもたちの力を伸ばしたい」という熱意を持ち、日々戦っているのです。子どもの「今」の課題に向き合うだけで、精一杯なのではないでしょうか。そのような状況の中で、新しい試みを追加することなど不可能かもしれません。
私は、それでも学校は変わる必要があると考えます。
何故なら、子どもの生きる未来は、恐らく今とは違う世の中になっていると予感するからです。10年前に今のようなスマートフォンの普及を予想できなかったように、10年後も、予想できないことがたくさん起こっていると思います。そして、その変化のスピードは速くなっています。アメリカのある研究者は「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」 と言っています。
これはアメリカの話ではありますが、日本でも無関係ではありません。現在の「正解」が10年後には必ずしも正解ではない社会で生きていくためには、自分で課題を見つけ、その課題を主体的に解決しようとする姿勢が必要になるのです。また、グローバル化が進めば、たとえ日本で暮らしていたとしても、多様な国々の人と共に仕事をしていくことが当たり前になるかもしれません。そのような社会では、言語の壁だけではなく、多様な価値観の中で協調しながら、主体性を発揮していくことが求められるでしょう。
今を大切にすることはもちろん大切ですが、変化する未来社会に生きる子どもを育成するためには、それだけでは十分とは言えません。国が進めようとしている教育施策の賛否は別にして、未来社会の中で生き抜く「個人」を育成しようとする国の考え方には賛成です。そして、それは私たち大人がすべき使命だとも思います。
では学校はどう変わればよいのでしょうか?その答えは一人ひとりの先生の中にあるはずです。
「この取り組みは、本当に子どもの力を伸ばしているのだろうか」
「この取り組みには本当に無駄はないのか」
こうした問いを持ち続けることで、新しいことを試みる時間は生みだせるはずです。先生が変わろうとしている姿を子どもに見せることが、一番の教育かもしれません。

著者プロフィール

小泉 和義
ベネッセ教育総合研究所 情報編集室 室長
福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、高校の進研模試営業に関わる。その後、研究部門に異動し、教育分野に関する調査研究、サイバー子ども学研究所のチャイルドリサーチネット(CRN)の運営に関わる。その後、学校向け情報誌進研ニュース(VIEW21の前身)中学版の編集担当、VIEW21(小学版、中学版、高校版)副編集長、VIEW21(小学版、中学版、高校版)編集長を歴任し、現在に至る。これまで関わったおもな研究、発刊物は以下のとおり。
関心事:主体性は育成できるものなのか。スキルを育成した結果としての姿勢なのか。
その他活動:任意団体 次世代の教育を考える会 幹事