2014/02/21

【調査研究】 IRを活用してどのように教学改革を進めるか ~汎用的能力への取り組みを例に

主席研究員・チーフコンサルタント 山下 仁司
 今年度・来年度(H25・26年度)は、大学改革実行プランのいう「改革集中実行期」にあたり、文科省としても様々なインセンティブを用意して、大学改革を後押ししようとしている。その例として、私立大学等改革総合支援事業では、私立大学等経常費補助金約3200億円の5%近くを教育の質的転換、地域発展、産業界・他大学等との連携、グローバル化などの改革の支援に振り向けるとしている。
 H25年度の同事業の支給条件となる自己評価項目を見ると、たとえば教育の質的転換を進めるために、PBLを実施しているか、FD・SD研修を行っているか、教育の改善に授業評価を活かしているか、学生自身の成長や学修時間を外部のアセスメントなどを使って客観的に測定しているか、といった項目をクリアしなければならないようになっている。特に、大学のガバナンスの確立とともに、PDCAサイクルを確立しているかどうかが非常に重視されていることがわかる。
 ここで重要なのは、大学のIR(Institutional Research)機能の確立である。同事業の自己評価項目にもあるが、IRを設置し、専任の担当を置いて教学改革のみならず様々な経営課題に関する情報収集と改善のPDCAを進めることが求められている。しかし、IR等を設置していても、教学改革に活かすことは難しい、といったことをよく耳にする。そこで、ベネッセで行っているアセスメント「大学生基礎力調査」(I・II)の実際のデータを元に、どのように考えて行けば良いのかを見てみよう。

専門的学習、汎用的能力の育成に学生が力を入れているかどうかを見る

 図1・2は、2年次に行っている「大学生基礎力調査II」のデータ結果から、「大学1年次に専門の学習に力を入れたか」、「大学1年次に論理的思考力を身につけることに力を入れたか」という質問に対する回答割合をそれぞれ大学の合格偏差値帯別に集計したものである。
 今回のデータは、2012年度で年間総計16.7万人の受験のあったデータから、前年度(11年度)に「大学生基礎力調査I」にも回答のあった同一回答者によるデータ約1万9千件を使用している。
 まず、図1の「専門の学習に力を入れたか」という質問には、概ねどの偏差値帯でも70%程度の学生が「力を入れた」と回答していることがわかる(満足+不満の合計)。そのうち、「力を入れたが、不満だった」と回答している者は全体のおよそ20%である。
 一方、汎用的能力の一部である、図2の「論理的思考力を身につけることに力を入れたか」という質問に対しては、「力を入れた」と回答しているのはどの偏差値帯でも60%程度であるが、力を入れかつ満足しているのは40%前後に過ぎない。
 教学改革を進めるにあたっては、「専門の学習」だけでなく、「論理的思考力を意識的に 身につける」学生が増加しなくてはならないわけであり、このような数値をベースに、カリキュラムや初年次教育の設計を行い、実践を進めつつ割合の変化をもとに改善を検討してゆく必要がある。
 このようなデータで活動の成果を確認する際には、時系列間の比較(昨年よりも上がったか、下がったか)、自大学と同様の大学との比較(大学間相対的比較)、自大学内の学部・学科間比較(大学内相対比較)などで比較ができないと、それが良いのか悪いのかわからない。この点が、外部の標準化されたアセスメントを活用する際のメリットである。

論理的思考力への取り組み度合いの原因を探る

 データの使い方に慣れてくれば、様々な視点に活用することもできるようになる。例えば、図3は「論理的思考力を身につけることに力を入れたか」という回答を、高校時代の能動的な学びとの関係でクロス集計したデータの一部である。高校時代にグループワークでディスカッションをした経験の有無は、大学1年で「論理的思考力を身につける」行動と完全に関係があることがこのデータから見て取れるだろう。
 アスティンのI-E-Oモデルにある通り、大学入学以前の活動経験(Input)は大学での行動に影響する。このようなデータから、大学入試のありかたを見直したり(東大・京大の推薦入試・特別入試は、まさにこのことを狙ったものと言えるだろう)、大学から高校へのメッセージの発信にも工夫を行うことができると考えられる。

プロフィール

山下 仁司

元 ベネッセ教育総合研究所 主席研究員・チーフコンサルタント
福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、進研模試副編集長、ニューライフゼミ英語教材編集長、ベルリッツ・アイルランド、シンガポール出向、国際教育事業部長、ベルリッツ・ジャパン取締役、英語力測定テストGTEC開発統括マネージャーなどを経て現職。

◆近年の活動◆
大学FD・SD研修講演
広島大学、宮崎大学、名古屋工業大学、福岡工業大学、名城大学他多数

◆シンポジウム◆
・全国大学入学者選抜研究連絡協議会大会 公開討論会パネル
 (平成22年、25年)
・九州工業大学シンポジウム
「大学教育のあり方と秋入学-世界で活躍できる人材を育てるために-」
 (平成25年)
・ベネッセ教育総合研究所シンポジウム
「主体的な学びへと導く大学教育とは」(平成24年)

◆論文◆
・「高校・生徒からみた高大接続の課題と展望~高大接続の真の課題は何か~」
 (2011)
・日本高等教育学会 学会紀要『高等教育研究』第14集 高大接続の現在
・『「答え」や「モデル」のない今後のグローバル社会で活躍できる力とは?
 産学連携教育の研究実践と、主体性を引き出す大学教育の在り方』(2012)
・第4回横断型基幹科学技術研究団体連合シンポジウム 予稿集