2013/11/08

【コンサルティングの現場から】 大学生の主体性を引き出す産学連携講座の重要性

元 主席研究員・チーフコンサルタント 山下 仁司

フューチャー・スキルズ・プロジェクト(Future Skills Project)とは?

 来る11月28日(木)、明治大学アカデミーコモンズでフューチャー・スキルズ・プロジェクト(FSP)の第3回シンポジウムが開催される。FSPは、安西祐一郎日本学術振興会理事長を座長とした大学と企業合同の研究会で、日本の学生が世界で戦い活躍するために、産学協同で必要な力を研究・育成し、その知見を広く社会に公開することを目的としたものである。参加大学・企業は青山学院大、上智大、東京理科大、明治大、立教大と、アステラス製薬、オラクル、サントリー、資生堂、野村證券、ベネッセ(五十音順、省略形で表記)の5大学6企業で、2010年より議論を開始した。
 およそ半年間の数回に及ぶ議論を経て、どんなスキルよりもまずは主体性(自ら進んで物事に取り組む姿勢や責任感、当事者意識)が社会人には重要で、それがあっての知識やスキルである、という事が企業側から主張された。そして、それ以上の議論よりも大学と企業が一緒になって、大学生の主体性を引き出す授業を実践してみて、そこから得られる知見やエビデンスを元に一緒に考えて行こうという事になった。これが、今度のシンポジウムで報告される、産学連携講座の実践の始まりであり、2011年より今年で3年目を迎えることとなった。

FSPの講座と一般的なPBLは、何が違うのか

 FSPの実践講座では、大学1年生(主に入学直後)の半年間の15コマを半分ずつ、前後に分けてそれぞれ異なる企業からテーマを出してもらい、学生は1グループ6~7名でそのテーマに対する自分たちなりの解答を企業の担当者に向けてプレゼンテーションする。これだけを聞くと、一般的なPBL(Project Based Learning)と同じではないか、とか、大学1年生に行うのは早すぎるのではないか、という感想を持たれやすいようだ。しかしながら、我々の実践では以下の2つの点で、3年次に行われ、題材が1つだけのPBLと決定的に異なる。
 1つは、15コマの間に2つの企業の事例を行うことである。違う企業からのテーマを2つこなすことで、学生は1回目の反省を元に2回目の実践を行える。まず、ここが決定的に重要なのである。図1は、コルブ(Kolb)の経験学習モデルである。これは、経験を振り返ってみることで、自分なりの仮説を構築し、それを次の経験的実践に当てはめてみることで検証し、スパイラルに成長していくという成長のモデルである。
 最初の企業の課題は、この図で言う左上の「経験」にあたる。FSPの授業の進め方の中では、省察し、それをグループで共有し合う機会を豊富に入れている。そこで、自らの経験を持論化し概念化すること、言いかえれば「気づき」を得る事ができる。一般的なPBLではその実践で「概念化」まで行けても、2企業目の実践の機会がなければ、自論(仮説)の適用・実践まで経験できずにやりっ放しで終わってしまう可能性が高い。FSPでは、2企業目で1企業目で得られた持論の適用ができ、よりレベルの高い活動に押し上げやすい。
 事実、授業外で課題に取り組む時間は、2企業目のほうが圧倒的に多い。図2は、昨年のシンポジウムでも発表した授業外の活動時間のデータであるが、個人活動時間もグループミーティングにかけた時間や回数も、2企業目のほうが多くなっている。これは、省察した事をもとに、2企業目の検討をより丁寧に行っていることの証左である。
 また、経験や観察などを元に気付きを得て仮説を形成し、それを演繹的に他の文脈に当てはめてゆく、という帰納‐演繹のサイクルは、大学における「探究的な活動」と相似形であり、更にこれは企業が日々行っている活動、つまり顧客や社会の課題を発見し、それを解決するための商品やサービスを開発する活動とも共通するのである。

大学1年生だからこそ、やる意義がある

 2つめは、これを実施する時期である。1年次に行うことに関しては、FSP研究会内でも当初心配する声は多少あった。しかしながら、実際に行ってみると、学生の出してくる答えは、企業の人事担当者が同じテーマを与えて行っている新入社員研修でのプレゼンテーションとほとんど変わらない、という声が上がるほどだった。
 さらに、FSP講座では、結果のプレゼンテーションの完成度を目的としているものではない、ということが重要である。この実践講座の目的は、新入生に、今の自分の能力と社会が求めている事のギャップを思い知り、足りないものをその後の3年半の大学生活でどのように身につけるかを考えるきっかけにしてもらう、ということである。その中心となるものは主体性であるが、そのほかにも、学部の専門知識、論理的に自分の考えを他者に伝えるコミュニケーション能力、チームワークや課題解決能力などの重要性に気付くことを期待している。
 そのため、企業の担当者は約束事として、学生を「社員と同等に扱う」ことを求められる。プレゼン後のコメントでは、学生たちが泣き出すほど厳しいコメントを言う担当者もいる。このように社会の求めるレベルが厳しいものであることを学生に気付かせるためには、3年生になってからでは遅い。これが1年次からこの講座を実践している理由である。また、社会の厳しさを伝えるためであるから、講座の実施ができる学生のレベルに大学の合格偏差値などは関係ない。実際、最近は上記の大学以外でもFSPに賛同していただき、実践し始めている大学が複数あるが、どの大学でもほぼ問題なく実施できているのである。
 昨年の中教審の「質的転換答申」以降、アクティブラーニングを導入しようとする大学は急激に増加している。先に述べたように、FSPは得られた知見を広く社会に公開し、共有することを目的としている。アクティブラーニングの導入に、我々の得た知見や失敗の事例などを生かすために、ぜひシンポジウムに足を運んでその目で確かめていただきたい。
産学協同就業力育成シンポジウム2013
主体性が学生を変える 学生が社会を変える
http://www.benesse.co.jp/univ/event2013_fsp/

プロフィール

山下 仁司

元 ベネッセ教育総合研究所 主席研究員・チーフコンサルタント
福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、進研模試副編集長、ニューライフゼミ英語教材編集長、ベルリッツ・アイルランド、シンガポール出向、国際教育事業部長、ベルリッツ・ジャパン取締役、英語力測定テストGTEC開発統括マネージャーなどを経て現職。

◆近年の活動◆
大学FD・SD研修講演
広島大学、宮崎大学、名古屋工業大学、福岡工業大学、名城大学他多数

◆シンポジウム◆
・全国大学入学者選抜研究連絡協議会大会 公開討論会パネル
(平成22年、25年)
・九州工業大学シンポジウム
「大学教育のあり方と秋入学-世界で活躍できる人材を育てるために-」
(平成25年)
・ベネッセ教育総合研究所シンポジウム
「主体的な学びへと導く大学教育とは」(平成24年)

◆論文◆
・「高校・生徒からみた高大接続の課題と展望~高大接続の真の課題は何か~」
(2011)
・日本高等教育学会 学会紀要『高等教育研究』第14集 高大接続の現在
・『「答え」や「モデル」のない今後のグローバル社会で活躍できる力とは?
産学連携教育の研究実践と、主体性を引き出す大学教育の在り方』(2012)
・第4回横断型基幹科学技術研究団体連合シンポジウム 予稿集