2015/01/19

第65回 「英語教育改革の五つの提言」が目指すべきものは何か? ─「子どもたちの未来を豊かにする英語教育とは?」を議論するシンポジウムから考える

主任研究員 加藤由美子
 文部科学省は、昨年(平成26年)10月に「今後の英語教育の改善・充実方策について 報告~グローバル化に対応した英語教育改革の五つの提言~」(以下、五提言)を発表しました。11月に下村文部科学大臣が中央教育審議会に諮問した「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」(以下、諮問)にも、この五提言から、「英語を使って何ができるようになるか」という4技能の具体的な指標による教育目標の提示、小学校中学年での外国語活動導入と高学年での教科化、中学で「伝え合う能力」、高校で「発表・討論・交渉などを行う能力」を高めることなどが盛り込まれました。これらは「グローバル社会で求められる力」の中の「国際共通語である英語の能力」育成のために考えるべきこととして挙げられています。
 育成すべきはどのような英語の能力か? そのために何をするべきか? 昨年12月7日に「子どもたちの未来を豊かにする英語教育とは?」というテーマで実施した上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウムで、研究視点、調査結果(エビデンス)視点、現場視点から議論されたことを紹介しながら、考えたいと思います。

育成すべきはネイティブレベルの英語ではなく、国際共通語としての英語

 グローバル化に対応するために身につけるべき英語の能力とはどういうものでしょうか。諮問では「国際共通語である英語の能力」を育成する必要があると言っています。シンポジウムでは冒頭の講演で吉田研作先生(上智大学)が次のように発言されました。
 「日本では長きにわたり、ネイティブ英語が標準的な英語と考えられ、多くの日本人が発音練習に時間をかけ、文法的な表現やかっこいいと思われる慣用表現を覚える努力をしてきた。それはアメリカで移民の人が生活・教育・仕事のあらゆる場面で母語並みに使える英語の力を育てる考え方(*1)である。しかし、1日数時間の英語学習では、どこまでいってもネイティブのようにはなれない現実がある。そういう理想を追い求めるのではなく、EU諸国の人のように、母語をしっかり身につけた上で、多くの国の人とコミュニケーションするために必要な共通語である英語をある程度学習し、次に教育や仕事などの必要に応じて他の外国語も学習するというような考え方(*2)の方が日本の英語教育に即しているのではないか。」
(*1)多言語主義‐Multilingualism/Bilingualism : いくつもの母語が個人の中にも社会にも存在する状態
(*2)複言語主義‐Plurilingualism :  個人の中で個人の必要性にあった言語力が存在する状態
 発音に母語のなまりなどがあり、ネイティブ並みの英語の表現ができないとしても、必要な場面や状況で、相手の意図や考えを的確に理解し、自らの考えに理由や根拠を付け加えて論理的に説明したり、議論の中で反ばくしたり、相手を説得できるような能力、すなわち「国際共通語としての英語」でコミュケーションできる力(=英語を使う力)を、子どもたちが身につけられるような英語教育を目指すべきだというのが吉田先生のメッセージでした。
 日本人の大人には、英語で失敗することや正しく伝えられないことに恐怖心を抱き、失敗しながら上達するということもないままに、今日に至った方も多いと思います。そこにはネイティブレベルの英語を目指す教育を受けたことが背景にあると考えられます。現在、外国語として英語を使用する人口は、英語を母語とする人口を超えています。子どもたちが将来、英語を使って関わりを持つ相手は、英米の人だけでなく、アジア、アフリカ、南アメリカ、ヨーロッパ各国の人々にまで及ぶでしょう。関わりを持つ場所は、日本国外・国内両方の可能性があります。また、仕事・学校・生活・旅行など英語を使うシーンも多様であることが想像されます。その時に、まずは母語に支えられた力でしっかり思考・判断し、発信や対話をする内容を自ら持った上で、必要なレベルの英語を使っていける能力を子どもたちには身につけてもらいたいと思います。

テストのための努力と英語を使う力を身につけるための努力の一致

 「国際共通語である英語の能力」を身につけるにあたって、日本の英語教育の課題は何でしょうか。それを探るためにベネッセ教育総合研究所は「中高生の英語学習に関する実態調査2014」を行いました。シンポジウムでは、その調査結果について、学生、教員、研究者、教育行政、民間事業者など、さまざまな立場の参加者の間で活発な議論が行われました。
 調査結果によると、「英語に関する意識」の質問に対して、中高生が「とてもそう思う」「まあそう思う」と回答したトップ5は、「英語のテストでいい点を取りたい」(中学生[以下、中]:93.9%、高校生[以下、高]:90.2%)、「英語が話せたらかっこいい」(中:88.5%、高:90.5%)、「英語ができると就職に役に立つ」(中:86.1%、高:88.9%)、「英語ができるといい高校や大学に入りやすい」(中:84.7%、高:85.6%)、「外国の人と友だちになりたい」(中:65.6%、高:71.5%)でした。また、「英語を勉強する上で大切なこと」について10項目の中から3つまで選択してもらったところ、選ばれたトップ5は、「英語でたくさん会話をする」(中:53.4%、高:59.8%)、「単語をたくさん覚える」(中:46.5%、高:56.4%)、「文法の知識を増やす」(中:38.2%、高:35.6%)「英語をたくさん聞く」(中:37.4.%、高:46.1.%)、「発音をきれいにする」(中:29.1%、高:22.3%)でした。
 これに関する議論の中で、根岸雅史先生(東京外国語大学)が、「中高生が『英語のテストでいい点を取りたい』と思っていることと、『英語でたくさん会話する』ことがつながるといいと思う。同じく『英語ができるといい高校や大学に入りやすい』ということが本当に英語を使えるようになるための努力とつながってほしい」とコメントされました。
 言語を身につけるには数千時間かかると言われます。しかし、日本人の中高生の学習時間自体が大変限られている現実があります。その中で英語学習の時間はさらに短いものです。その学習が、テストや入試のためのものと、使う英語のためのものに分断されるのではなく、うまく融合されていくことは、英語教育の課題を考える上でとても重要なことです。
 五提言の中には、大学入試4技能化も盛り込まれています。「読む」「聞く」中心から、「話す」「書く」を加えた4技能をバランスよく問う入試に変わっていきます。大学入試の4技能化は、中学・高校での日々の指導や定期テストに「話す」「書く」がもっと取り入れられることを促します。その結果、中高生が「話す」「書く」力をもっと高め、入試やテストのための努力と英語を使う力を身に付けるための努力が重なっていくという、望ましい方向にむかっていくことになります。

子どもに夢を与えるだけでなく、夢の実現を支援するのが教育

 日本の中高生は、「英語をたくさん話すこと」は大切だと思い、「英語が話せたらかっこいい」という夢を持っています。一方、先ほど紹介した調査結果では、「授業でしていること」という質問に対して、「自分の気持ちや考えを英語で『話す』『書く』」を「よくしている」「ときどきしている」という回答は、中2の約5割をピークに、学年が上がるほど減少していきます。大切だと思い、夢見ていることを、実際の学びではあまりやっていないわけです。
 シンポジウムの議論の中で、「単に子どもに夢を与えるだけではなくて、その夢を実現するための教育って何だろう」と吉田先生が問題提起をされました。我々大人は、子どもが夢見ていることの実現を十分に支援できているでしょうか。英語教育の制度上の改善は進んでいますが、大切なことは、これに則して子どもたちの学びが変わることです。その結果として、子どもが英語を自分で使うイメージを持ち、その上で英語を使う力を高め、自信を持って使えるようになることを支援することです。これは学校の英語教員だけで実現できるものではありません。「英語が使えないと将来困る」というように怖がらせたり、テストの結果や文法上の正確さ・単語の知識などだけに囚われすぎたりせず、将来について考える、見知らぬ外の世界や他者とつながる喜びを感じられるような活動の機会を持つ、など一緒にされてみてはいかがでしょうか。それが、子どもたちの夢の実現を支援する「教育」に関わるすべての大人の役割であると思います。

著者プロフィール

加藤 由美子
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、大阪支社にて進研ゼミの赤ペン指導カリキュラム開発および赤ペン先生研修に携わる。その後、グループ会社であるベルリッツコーポレーションのシンガポール校学校責任者として赴任。日本に帰国後は「ベネッセこども英語教室」のカリキュラムおよび講師養成プログラム開発等、ベネッセコーポレーションの英語教育事業開発に携わる。研究部門に異動後は、ARCLE(ベネッセ教育総合研究所が運営する英語教育研究会)にて、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育のための理論的枠組み)開発および英語教育に関する研究を担当。これまでの研究成果発表や論文は以下のとおり。
関心事:何のための英語教育か、英語教育を通して育てたい力は何か
その他活動:
■東京学芸大学附属小金井小学校、島根県東出雲町の小学校外国語活動カリキュラム開発・教員研修(2005~06年)
■横浜市教育委員会主催・2006教職キャリアアップセミナーin 横浜大会講師(2006年)