2014/03/17

シリーズ 未来の学校 第3回 | 過疎からの脱却、地域を復興に導いた教育改革【後編】[4/4]

【後編】 教育改革の柱、島留学と公営塾 [4/4]

地域の継続的な努力が評価の決め手

 島根県立隠岐島前高校の一連の取り組みについて、島根県ではどう捉えているのだろうか。
 「海士町は以前からIターン人材を受け入れたり、産業振興を図ったりして地域づくりを行ってきました。その下地があったから、島前高校魅力化プロジェクトの成功につながったのではないでしょうか」。島根県 地域振興部 しまね暮らし推進課 地域支援グループ グループリーダーの勝部恵治氏はこう話す。
 隠岐島前高校魅力化プロジェクトは、島前地域3町村の人たちが高校と一緒になって進めてきたもの。県としても、「3町村が頑張るならば応援する」といったスタンスを取っている。
 「しまね暮らし推進課にとって、隠岐島前3町村は“優等生”と言えます」(勝部氏)。
 一方、しまね暮らし推進課とは少し異なる構えをとるのが、島根県教育庁である。「子どもたちの教育環境を整えることが最も大切なこと。そのためには、県立高校の再編も視野に入れています」。同庁 高校教育課 県立学校改革推進室 室長の佐藤睦也氏はこう話す。同室の立場に立つと、県立高校として望ましいのは1学年4~8クラスあること。それによって教員数が確保でき、部活動なども活発に行えるようになるからだ。
 それでは、ようやく全学年2クラスを達成した隠岐島前高校でさえ、廃校への道をたどる運命なのだろうか。
 「その答えはノーだ」と佐藤氏は言う。
 「例え1学年2クラスしかなくても、島前高校のように教育環境が地域の力で整えられるのであれば問題ない。ただし、地域の人たちが疲労困憊し、今のような活動を続けられなくなったら話は別。複数存在するキーパーソンの後進を育成し、熱い思いで高校に関わり続けることが前提となります」(佐藤氏)。県立高校の合理化を進める同室としても、隠岐島前高校の現状については高い評価を与えているようだ。
 また、隠岐島前高校の影響が、島根の別地域へ波及効果として伝わる兆しもでてきている。現在島根県が内々に進めているプロジェクトもあるようなので、時が経てばこの件についても伝えられるかもしれない。
 今回、高校魅力化プロジェクトを推進する複数のキーパーソンから様々な立場で話してもらったが、取材の最後には、皆同じ主旨のことを語っていた。
 「隠岐島前高校だけが成功すればいいとは考えていない。われわれの起こすムーブメントが、島根、ひいては全国の過疎地域にある学校に波及してこそ意味がある」——。

編集後記

 初めて隠岐島前高校のことを知ったのは6年前。その時、私は総務省施策である「地域おこし協力隊」制度を軌道に乗せることをミッションの1つとしていた。島根県庁から派遣されていた同僚に「元気な島がある」と聞いたのがきっかけだった。その頃から隠岐島前と言えば、地域活性化の成功事例として全国区になりつつあったが、教育界にその名が知れわたってきたのは意外と最近のことだ。所管官庁や分野の違いはあるとはいえ、同じ島での出来事なのに教育に関する情報の伝わり方が随分と遅い。まさにこれが日本の教育が置かれた現状を如実に物語っている。
 つまり、他分野と比較して情報伝達や知見共有の速度が遅い「教育村」は、諸外国から「閉じている」と批判される日本社会の中でも最も閉じているのではないかという問題意識だ。一方で時代は「オープン」。オープンガバメント構想やオープンデータの活用、世界中の大学講義が無料で受講できるMOOC(Massive Open Online Course)が注目されている。なぜなら「開かれている」ことに対して、多くの人たちが革新的な可能性を感じているからだろう。
 今では絶えることのない視察者が「あそこは特別」と口々に言うほど人材が集まり、育っている隠岐島前。しかし、ここでの教育改革も最初は前例の無い、ゼロからのスタートだった。決して「特別」な何かがあったわけではなく、むしろそれを作ってきたのが高校魅力化プロジェクトだ。そこでのキーワードは、「開かれている」地域運営だと思う。それを可能にしているのが“自分とは違う価値観を受け入れ、様々な人と協働し、新しい価値を作っていける力”だろう。これらはまさにOECDも注目する21世紀型スキルにも通じる考え方だ。未来のスキルを学べる学校は、やはり未来に必要な力によって作られていた。

ベネッセ教育総合研究所 ウェブサイト・BERD編集長 石坂 貴明

石坂貴明
デベロッパーにおいて主に北米でリッツカールトンやフォーシーズンズとのホテル開発に従事。ベネッセコーポレーション移籍後は新規事業に多く関わる。ベネッセ初のIRT(項目応答理論)を使った語学検定試験である中国語コミュニケーション能力検定(TECC)開発責任者、社会人向け通信教育事業責任者等を経て、2008年から(財)地域活性化センターへ出向し移住・交流推進機構(JOIN)事務局および総務省「地域おこし協力隊」制度の立ち上げに参画。2013年より現職。グローバル人材のローカルな活躍、学びのデザインに関心。