2013/08/19
日本の教育課題と展望 第1回 社会が求める人材育成と高等教育の使命[3/4]
■ 高等教育で身に付けるべき力
新井
さて、次に高等教育の課題についてお伺いしたいと思います。高等教育には大学受験である「入口」と、大学の質そのものである「中身」と、社会人になるための「出口」部分があります。まず、社会で求められる能力を持った人材の育成と出口、つまり社会との接続をどうしていくべきとお考えでしょうか。
安西 日本の大学は、これまで往々にして、入学すれば卒業できるものでした。そして、卒業すれば就職できると、とくに保護者の方々は思っていたはずです。しかし、これからの時代には、大学で「自分が」何を身につけるかがより重要になります。あえて「自分が」と申し上げたのは、「主体的に何を身につけるか」が大切になるからです。
大学側は、そういう自主性を重んじる学びの場をもっと整備し、提供しなければなりません。端的に言えば、大人数の一斉授業を1週間に1コマ90分間行うだけで、教師と学生あるいは学生同士のコミュニケーションがほとんどないまま、期末試験の結果だけで単位を認定するという教育方法は過去のものだ、という認識です。今後は、学生が主体的にかかわらなければ単位が取れないような授業にしていくべきです。
図2 高まる大学生の依存傾向
新井 たとえば、どのような授業方法が考えられるでしょうか。
安西 具体的には、少人数のディスカッションを大幅に導入することです。もちろん、大人数の一斉授業が全部ダメだと言っているわけではありません。両方あっていいのですが、少人数のディスカッションクラスが以前に比べるとはるかに大事になります。
仮に、7,8人の少人数のディスカッションクラスがあるとします。お互い初めて会った学生もいるでしょう。そういう学生たちが1か月、2か月と対話を重ね、目標を共有していき、チームで何らかの成果を挙げるというスタイルの授業が大事になると思います。その授業は、知識を身につけるだけでなく、ウマの合わない他人とのコミュニケーションの仕方、正しい日本語や外国語の使い方、臨機応変力、一貫性、並行処理力、人の心の痛みが分かる力も身につけていく、そういう授業であるべきだし、実際そうした授業をデザインすることは十分可能です。
新井
日本人が得意なのはグループワークであり、チームワークではないと言われているようです。異質な人たちが交じり合って難度の高い課題を解決するのがチームワークですが、グループワークはどちらかというと同質の人たちが集まり、既に一定の方向性が決まったことを指すようです。グローバルな社会ではチームワークの力が一層求められるのだと思います。
安西 日本の小中学校では、グループ学習とか協働学習と呼ばれる授業がすでにたくさん行われています。しかし、その多くはここで言っているチームワークではなく、グループワークに過ぎません。これからは個人が目標を持って主体的に学ぶ力を、チームワークを通して養い、またチームのメンバーとして活動していく力も同時に身につけていく、そういう教育がきわめて大事になります。むしろ、主体性はチームではたらく力を含んでいるとみるべきです。
新井 それは企業など実社会でもそのまま使える力ですね。
安西 その通りです。国内外問わず、社会の仕事の多くはチームワークを必要とします。企業では仲良しだけが集まって仕事をしているわけではありません。仕事をともにする相手にストレスを感じながらも、相手の気持ちを理解し相手の力も引き出すようにすること、そして目標を共有してともによい結果を出していくこと、そのトレーニングを早くからやるべきですね。
いま申し上げたような教育方法の転換について、学生はおとなしくて何を考えているのか分からないし、コミュニケーションさえうまくできないのだからとても無理だ、と言う方がおられるのですが、それは違います。どんな学生でも場が与えられれば必ず主体性を身につけることができます。チームワーク力も同じです。そういう場をつくれるかどうか、それは大人の側の力量の問題であって、学生の責任ではありません。
聞き手 新井 健一
ベネッセ教育総合研究所 理事長あらい・けんいち ● 平成16年執行役員、教育研究開発本部長及び教育研究開発センター(現 ベネッセ教育総合研究所)長を兼務。平成19年1月NPO教育テスト研究センター設立。同理事長に就任し、OECD等海外の機関とネットワークを構築。現在、中央教育審議会初等中等教育分科会「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」委員。総務省事業「青少年のインターネット・リテラシー指標に関する有識者検討会」座長代理などを歴任。